第10話 英雄の空ー14
「作戦の流れは分かったな?」
「ああ、お前たちを囮に俺が敵国に忍び込み
宝玉を盗み出す。敵国を抜け出せば俺の為の逃走補助部隊と
合流出来て、その後は本国へ安全に帰れる訳だな」
「聞いていた通りノンキな男だな」
俺が話しているのは口の両端から長い縫い目が
耳元まで伸びている通称『ワニ口のバーニアス』
俺が割り込まなければ恐らく特務隊の隊長を張っていたであろう男だ。
「良いか?今回の戦争、戦線は伸びきっている。
たとえお前が部隊と合流出来たとしても
本国に帰るまでは一時も油断は出来ない。
どこに敵が紛れ込んでいるのか分からないからな」
「味方の部隊であっても、か?」
「そういう事だ、その懸念も含めての逃走部隊の
編成になっている。お前と合流する予定の小隊は
徹底した身辺調査で安全性が証明されている。
良いか?この小隊以外は戦場で誰も信用できないと思え」
「つまり、俺が味方として頼れるのは
その小隊のみという事か」
「そうだ。この小隊とお前が合流出来るか否かは
作戦の成否に大きく関わってくる。
恐らく、お前は合流に失敗すれば生きては帰れんだろう」
「合流地点の湖、そこにも合流の手助けをする
男がいるんだな?そいつは信用できるのか?
月の国に長く潜伏していると聞くが」
「問題ない、貧民の出の男を使っているらしい。
故に今まで政治的な繋がりは誰とも無い。
身辺調査も完璧だ」
「なるほどな、良く分かったぜ。
敵国への侵入ルートも頭に入った。
部隊と合流予定の湖の場所も。
後は神様のご機嫌次第か。
行こうぜ、バーニアス」
「ああ、出陣の準備は出来ている。
部隊の皆に声をかけ、出陣の号令を出せ」
「俺がやるのか?」
「当たり前だろう、隊長はお前だ」
「やれやれ、似合わねえ仕事だが、仕方ないか」
俺は自分の乗っていた馬を少し歩かせ
特務隊の隊員たちの顔が良く見える位置へ動く。
力無い者達の為に、この命を懸けて。
迷いは無い、だがそんな俺の意志と
この場の連中の戦う理由は必ずしも重ならない。
間違いがあってはいけない
互いの好き嫌いはあるが、特に俺は
この場の全員から控えめに言っても好かれちゃいない。
それでもこいつらの士気が下がるのは作戦に響くはずだ。
言葉を間違えてはいけない。
「よお、『傷有り』のエリートども
俺が隊長のゼタだ。
今回はラッキーだったよ。『傷無し』
という弱点が今回の任務では偶然強みになった。
上手くやれば俺みたいな男でも
今後食いっぱぐれは無いだろう。
お前たちにとっても楽な仕事だろう?
囮として逃げ回り、俺を本国に逃がしさえすれば
それで良いんだからな。
今回の任務が成功すれば俺達は英雄だとよ。
貴族共の間でも限られた椅子を巡っての
睨み合いはあるんだろう?
国を救った『英雄』なら、随分と有利な筈だ。
逆に失敗すれば、
こんな簡単な仕事だ、国でどれだけ笑い者になるか。
分かるよな?
お前たち有能な『傷あり』共の能力を疑う訳じゃ無いが
問題なく仕事をこなし無事帰国しよう。
仕損じれば俺達みたいな『傷無し』共の
酒の肴になるだけだからな?」
言い終えて俺はバーニアスの元へ戻る。
隊員達は黙って最後まで聞いていた。
場の空気は重い。
彼らの物言わぬ敵意と嫌悪感が伝わってくる。
これで良い。下手に仲間意識を見せれば
反発する者が多いだろう。それ自体は良いが
反発の種類が問題だ。気取った嘲笑の類では気が緩み
士気は下がるだろう。
こいつらが失敗した時のリスクはかさ増しされた。
俺みたいなクズに後でバカにされるのは死ぬ程嫌だよな?
「さあ、行こうぜバーニアス。
やはりお前が号令をかけてくれ、
俺は嫌われている様だ」
バーニアスは黙ったまま俺の顔を少しの間見る。
そして隊員達の方へ顔を向け鼻で笑った。
「フン、味方を挑発するとはな、
ネズミのゼタか、聞いていたよりは
骨の有りそうな男だ」
バーニアスは隊員たちに号令をかける。
「貴様ら!俺達『傷あり』は骨董品じゃない!
戦場でその実力を見せてみろ!!
全ての者をその武と勇で黙らせろ!
出陣だ!!」
必ず生きて帰る。
必ず帰ってあの国を変える。
シラビュウス、雨は上がるさ。
そこは静かな湖のほとり。
戦場の騒音は遠く、微かに聞こえる程度。
険しい地形は兵士たちを群れでは寄せつけず
戦況に何の影響も与えぬ見捨てられた土地。
大きな木の側に慎ましい木製の家。
元の家主は大金を手にこの地を離れ
今はこの地で隠居を決め込んだ老人が一人。
家の玄関は開いたまま。
家の中では老人と客人の二人。
「なあ、簡単なんだよ...
極秘の任務の内容を知る事も
どの人脈がどこへ繋がっているのかも
簡単に分かる。何故だか分かるか?
俺が貴族だからだ、お前らとは違うんだよ...
繋げ方はな、簡単だ。
利益だよ、そこだけには繊細に、間違いなく繋げる。
間違いなく得をして、間違いなく損はしない。
その道筋を見せ安心させるんだ。
ゼタも、シラビュウスも、セバルも、
考えが甘い、分かって無いのさ。
はっきり言ってやったさ。
俺の目的を。
俺の『協力者』は納得した。
ネズミを一匹殺したい。
誰の損にもならないのさ」
男は老人の顔の側でささやく。
老人の怒気と恐怖に歪んだ顔は震えながら男を睨む。
ポタリ、ポタリと赤い雫は木の床を濡らす。
「ゆ、油断した。まさかお前の様なひよっこが敵の密偵だとは」
「密偵?おいおい、人聞き悪いぜ先輩。
俺は間違いなく太陽の国の騎士、あんたらの味方さ。
ただな、あんたは邪魔だからよお、死んでもらうぜ?
恨むならネズミのゼタを恨め、全部あいつが悪いんだからな?」
「頼む、ま、孫娘にだけは手を...」
「ああ、あの尻軽か、
俺が貴族の位をくれてやると言ったら
しっぽ振ってたぜ。これで祖父に楽をさせてやれるとよ。
心配してたぜ、祖父が『もうすぐ大金が入る』ってよ
きっと危ない事をするんだってよ。
自分自身がその祖父を脅すエサになってることも知らずにな。
祖父は孫に心配かけまいと、孫はその祖父を想って...
クク、ククク。
馬鹿だよなあ、お前らクズ共は。
お陰で俺みたいな貴族の役に立てるんだ。
嬉しいだろう?なあ、『傷無し』のゴミがよお!!」
男の叫びと共に刃はさらに深く体に沈む。
「グ、ウウウウ...」
「安心しろよ、お前の話した合流の手筈が
間違いなければ俺の仲間も本国で何もしない。
娘は無事なままだ。俺が帰国した後は優しく振ってやるよ。
その方が良いだろう?
ただし、手筈に間違いが無ければの話だ。
なあ、もう一度思い出せよ?
下手な嘘や間違いがあれば孫とはあの世で会う事になる。
なあ、合言葉は間違いないか?なあ!」
「ガハッ!...ま、間違いない。
だから、孫は...ハア、ハア...」
「まだ、死ぬなよ?もう一度おさらいだ。
しっかり確認しないとな?
お前が死ぬまで...しっかりとな?」
敵は追ってきていない。
俺が置いてきた宝玉のレプリカは
いつまでバレずにいてくれるだろうか?
見た目は同じだが宿った精霊の量が違う。
見る者が見れば一目瞭然の筈だ。
「ハア、ハア...」
寂れた廃屋の中で俺は敵兵の服を脱ぎ捨てた。
ここからはこの辺りの村人として逃げよう。
着替える途中で今回の戦利品が目に映る。
「これが賢者の宝玉。
こんなものの為に山程の人間が殺し合いか」
合流地点の湖まであと少しだ。
「お前が?随分と若いな?」
「はい、私の様な若輩者に今回の役目は
大変光栄な話です」
「ふむ、それでゼタはどこにいる、負傷していると聞いたが。
「はい、こちらに。谷を少し下る事になります」
「何?何故そんなに離れた場所で隠れているのだ?」
「実は、この合流場所がどうも怪しまれているようなのです。
何度も敵兵の姿を見ました。
...失礼ですが、間違いないのでしょうか?
あなた様の部隊に裏切り者は?」
「バカを言うな...
良いだろう、ゼタの元へ案内しろ」
「はい、こちらへ」
「おい、お前」
「はい?」
「...いや、気のせいか。
声が似ている気がしてな、確か落雷のビリスだったか。
顔が全然違うな、ましてや敵に寝返るような男じゃない。
太陽の国で大人しくしていれば順風満帆、
欲しいものは何でも手に入るだろう」
「構いませんよ、こんな状況です。
お疑いになられるなら存分に」
「いや、良い、ゼタが気がかりだ。
早く案内しろ」
「はい、仰せのままに」
山間の林を抜けると小鳥の鳴き声が聞こえる。
水鳥が水面に着水した。
のどかな景色だ。戦場である事を忘れそうになる。
やっと、やっとたどり着いたぜ。
湖だ。湖の側の木と家、あの家に仲間がいる。
俺は家の前まで辿り着きドアを開け中に入る。
家の中は静まり返っていた。
人の気配が感じられないが、どこかに潜んでいるはずだ。
「勝手に失礼する。
私は近くの村の者、道を尋ねたい。
それと、厚かましいかもしれないが
手当を頼みたい。
来る途中で野鳥に襲われてな、怪我をしている。
右腕を怪我した、それと、恥ずかしいが尻をな」
合図を口にしながら家の周りを見渡す。
俺の声はこの小さな家の全体に届いたと思うが...
誰の声も帰ってこない。
おかしい、合流部隊は先に到着して待っているはずだ。
俺は家の中を警戒しながら調べ始めた。
とはいえ、調べるのに時間はかからない、
あっという間に理解する、この家に人は居ない。
小さな台所で焦りながらも状況を
把握しようと思考を巡らせる。
不意に鼻を微かにくすぐる嫌な臭いに気づく。
匂いのする方へ行くと吊るされた鹿肉の下に
ツボがある。狩猟した動物を保管する為の物だろう。
ツボの蓋を開けると嫌な匂いの正体が分かった。
老人の死体だ。腐敗や痛みが見られない。
死んでからそれ程経っていないだろう。
何が起こっているのかは分からない、だが...
どうやら急いだ方が良い、敵が俺を殺しに来る。
「クソッ、不味いぜ、これは相当酷い状況だ」
逃走部隊とは、合流出来ない。
次回は7月26日金曜日に投稿予定です。




