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その後のパンドラ  作者: 緑谷トンビ
序章 二匹の虫
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第10話 英雄の空ー11

「そうだな...あれぐらいだ」


「ッフフ、ウフフ。あんなにか?冗談だろう?

 私を騙して後で笑うつもりなんだ、そうだろう?」


「違う違う、本当に作ったんだよ、俺の親父は」


俺とシラビュウス団長は彼女の家の庭で

育ちきったカボチャ程の大きさの石を見て笑っている。


「あの大きさの塊をかまから出して俺に食わせたんだ。

 『形は少し悪いがこれがクッキーだ』とな」


「少し?ハハハハハ!少しと言ったのか?

 君の父上は?フフ、クククッ。

 随分と寛容な自己評価じゃないか?」


「ああ、全くだ。俺にはすぐ分かったよ

 親父は失敗したんだって。


 そのころ俺は11才だった、クッキーなら町で見た事があるよ。

 でも汗だくになって作ってくれたオヤジにそんな事は言えない。

 

 親父なりに無理してくれたんだ、

 片親の負い目なんだろうな。


 だから俺は黙って食ってオヤジに言ったんだ。

 『美味しい』ってな、本当はそれまで食べた事ないくらいにマズかった」



「アハハハハッ!素直な良い子供じゃないか?」


「昔はな、ところがその後が大変だ。

 親父はニヤリと笑ってこう言った。

 『また食わせてやる』とな。


 俺は後悔したよ!ハハッ、ククッ、

 俯きながら言ったんだ。

 『楽しみだ』と」


「ハハハハハハ!もう、もう良い!

 やめてくれ!笑い過ぎてどうにかなりそうだ!

 

 良いお父さんじゃないか?

 それに君も良い息子さんだった。

 それなのに、ククッ、フフフ」


「ああ、起こったのは悲劇だ」


「アハハハハハハ!、ハハ、

 ハア... フフ」


彼女は部屋着のまま庭の椅子に腰かけていた。

笑ったせいで少し乱れた長い髪を整えながら話しかける。


「久しぶりだよ、こんなに笑ったのは。

 もう十分だ、君も十分に胸の内を晒してくれた。

 これで私達は協力者だ」


「もう良いのか?俺がしたのは殆どが

 親父の馬鹿話だぜ?」


「ああ、十分だよ。君のお父さんは良い人の様だ」


「...泥棒でもか?」



「...そうだな、ゼタ。


 私は警備団に入ってから様々な人間を見てきた。

 中には貧しさから盗みを働きそれを見知らぬ孤児と分け合う者もいた。

 

 正しい行いが有れば悪しき行いが許されるという訳では無い。

 むしろそんな美談を利用したがる物だ、本当の悪党もな。

 我々は警戒しなくては、存分に私腹を肥やせば善行も容易かろう。


 だが法を守りながら他者を欺き奪い続ける善人というのも

 私は沢山見てきた。

 

 我が太陽の王国は腐敗と堕落の一途を辿っている。

 騎士も貴族も善良な市民なんだ。

 どれほど力無い者達を見捨てても、奪っても、

 彼らは力ある限り善人であり続ける。


 そんな状況で誰かを守るにはあらゆる種類の力が必要だ。

 フィルもそんな力を持った女だ」


「精霊ホタル」


「ああ、彼女のお陰で貧民街の者がどれほど死なずに済んだか。

 ゼタ、君が元泥棒と言うなら、

 父君と旅をしながら悪しき力を身に着けたと言うなら。


 その力を貸して欲しい。

 フィルが言うにはな?

 

 卑怯な力で他者を傷つけたり、自分の私腹を肥やすのを

 卑劣という。


 卑怯な力を使って他者を守れる人間を

 したたかな人間と言うらしい。


 『国語の上で正しいかは知ったこっちゃない』だとさ。

 フフ、いい加減なものだが私はその考えが気に入っている。


 ゼタ、君なら私の協力者として申し分ない」


「そうか、分かったよ。

 それじゃあこれからはお互いに連絡を取り合おう」


「ああ、またいつでも我が家に来ると良い」




元々は彼女に会いにこの家に訪れたのでは無い。

彼女の父親、セバル大臣に呼ばれたからだ。


セバル大臣は国の内政に幅広く携わり国王の信頼も厚い大物だ。

大臣とは以前、一度話をすると約束していた。




俺とセバル大臣は色々な話をした。

大臣が王国騎士の腐敗を気に掛けている事、

『傷無し』や貧民街の者達への支援を考えている事、


この娘にしてこの父ありか?大臣の言っている事は

俺やシラビュウスの考えと似ている。


だが彼女は大臣を俺に紹介しようとはしなかった、

俺を協力者にするなら同じ志の人間を紹介するはずだが

彼女は俺と大臣が繋がるのを快く思っていない様だ。


俺は大臣の事を警戒しながら話に臨んだ。

しかし彼の口にする国の改善案を聞いているうちに

その具体的な展望に好感を持った。


まだ分からないが信用出来る人物なのかも知れない。

彼女との不仲は単に親子関係での問題なのだろうか?





大臣との話の中で気になる話が二つあった。


一つは隣国である月の国との関係が悪化している事。

どうやら月の国は魔法教会という集団と提携して

武力の拡大を図っているらしい。


魔法教会は俺達の国にも紛れ込んでいる。

賢者の教えとやらを民衆に広めている様だ。


賢者の作った箱のお陰で人の悪徳が封印され

戦争が起こらなくなったと聞いていたが、

どうやらその話を広めていたのも教会の人間だったらしい。





気になる話のもう一つは奴隷売買だ。

どうやら国内で禁止されていたはずの奴隷売買が

密かに行われているらしい。


もしそれが本当なら狙われるのは間違いなく

貧民街の者達だ。


この点はシラビュウスと良く相談しなくては。




更に大臣は俺が驚く話をした。


「君の父上とは古い友人だ。

 まさか彼の息子が我が太陽の国で生きていたとは


 それならば私を頼って息子さんの事を

 知らせてくれれば良かったのだが、

 そうすればもっと早くに君の事を取り立ててやれた。


 彼は義理堅い人間だからな、自分の素性が

 私の迷惑になると考えたのかも知れない」



驚いたが、成る程な。

大臣が俺を騎士に推薦した理由がこれで分かった。

まさか大臣ほどの人物と親父が知り合いだったとは。



「ゼタ、君とビリスの戦いを見て分かった。

 君はお父上の技を見事に受け継いでいる様だ。


 君のお父上は素晴らしい技術を持った男だった。

 本来なら放浪の旅などせずに大儀の為に

 働いて欲しいものだ。だが今この国には君がいる。

 

 ゼタ、いつか君の力はこの国にとって必要な物になる。

 その時は私から声をかける。君の力を貸してくれ」




俺は大臣と別れて帰ろうとしたが

途中で庭にいたシラビュウス団長に呼び止めらた。

そのままいつかした約束を果たす事になった。



一通り彼女との会話が済み、

お互いの連携を密にする約束を交わして

俺は屋敷を後にする事にした。


彼女は玄関まで見送ると言ってくれて

俺達は冗談を言いながら屋敷の玄関まで歩いた。

今日一日の彼女は終始穏やかな表情だ。


「ゼタ、今度はお前の部下も連れてこい。

 私もフィルを同席させよう」


「...団長、確かに楽しそうだが」


「分かっている、冗談だよ。

 私達が協力関係だとは余り知られない方が良い。


 ただ、いつかそんな風になれたらと想像するんだ。

 ゼタ、お前との協力関係はな、胸が躍る思いだ。

 こんな状況で不謹慎かも知れないが、

 私は今までに無い希望を感じている」


「ハハ、それは結構な事だ。

 だがよ、お互いに嫌われ者だ、

 はしゃぎすぎて足元救われない様にしようぜ?

 団長さんよ」


「お前はこんな時にも皮肉を言うのか?

 フフ、通りで好かれない筈だな?」


「お互い様だぜ団長さんよ。

 それじゃあ失礼するよ」


「ゼタ、その...また会おう」


「ああ、その内にな」






彼女と次に再会したのは、それから数日後の事だ。


雨の強くなった夜の路地裏。


彼女は武骨な鎧を着たまま


乱れた髪もそのままに呆然と立ち尽くしていた。



彼女の足元には大量の血が流れながら

強い雨ですぐに薄まっていった。



シラビュウスの足元で血を失いながら、

もう声も出せない女の顔を覗くと、


その女は、俺達に手袋を渡してくれた婦人だった。



「娘さんが...いないそうだ。


 父親が町中探しても、娘さんが見つからないそうだ。


 もう...多分...この町には...いないだろう」



いつも思う。


俺は、どうしてこんなに無力なんだろう?


「奴隷売買...」



彼女は降る雨に抗いもせず俺の顔を見た。


俺の顔を見て少しだけ笑った。


「この地区は乱暴な騎士達が縄張りにしていてな。

 私は、特にこの辺りを気にかけていたんだ」


「シラビュウス...」


「月明かりの無い夜だ、だから私は...

 私は...気に掛けていた...」



不意に、俺の肩は乱暴に掴まれた。


「気に掛けていたのに!!」


彼女の涙が肩に染み込む。

その温かさで、雨では無く、

彼女の涙だという事が伝わってくる。


「ゼタ!私はいつも!...いつも!

 どれ程手を尽くしても

 自分の無力さを思い知るばかりだ!」



なんて悲しい人だろう。

誰かの為にこんなに泣くなんて。



「シラビュウス、雨が降るのを止める事は出来ない、

 誰がそれを責められる?君は自分を責めてはいけない」


「強さが!強ささえあれば!

 ...どうして...こんな事ばかり...


 おばあちゃんに、おばあちゃんに会いたい。

 おばあちゃんなら、私を叱ってくれる...」

 

「シラビュウス、少しの間だけ泣け。

 俺達はまだ戦わなくてはいけない。


 だから今だけは、俺が見張っているよ。

 誰もいないから、だから今は良いんだ」



彼女の泣き声は雨が消してくれた。


俺も少し泣いた。

だが涙は拭わなかった。


この雨の中でも、

隙を見せれば誰かが彼女を傷付けるだろう。


俺は彼女に肩を貸したまま、ただ何も出来ずに泣いていた。




次回は7月9日火曜日に投稿予定です。

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