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その後のパンドラ  作者: 緑谷トンビ
序章 二匹の虫
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第10話 英雄の空ー3


「ねえ、大丈夫?...手を貸しましょうか?」


視線はその女に向けたまま、俺は側にあった長椅子の背を掴んだ。


「ありがとうよ、でも大丈夫さ。なんてことは無い」


得体の知れない女の癪に触らない様に言葉を選ぶ。

視線は動かさず手探りで床の上に落とした『精霊の法衣』を掴む。

値が下がったりしないよな?血で汚れちまった。

虫食いでも効力は残っている筈なんだ。



法衣を左腕と体に挟み落ちない様に軽く縛る。

長椅子で体を支えながら立ち上がる、

足元の血の池に足を滑らせぬ様に気を付けながら。




「良かった、一人で立てるなら平気ね」



心配してくれるなんて優しいじゃないか、

本当に屈託の無い優しい声だ。


でもあんたは何でこの男の死体を見て動揺しないんだ?


お前、階段から上がってきてないよな?

空でも飛んできたのか?


あの場にずっと居たんだろ、お前が奴らの取引相手か?

一体、何が目的でこんな事を?


この男の死体は何だ?お前がやったのか?

魔法教会の者が何故、教会の人間を殺す?



「私ね...」


ローブの女は喋りかけて直ぐに止めた、

俺が片手を上げて女の話を遮ったからだ。



「何も話すな、いいか?俺の方も何も聞く気は無い。

 俺は無関係なんだ」


「あら、フフ、じゃあ何故戻ってきたのかしら?」


「この法衣だけじゃ食い扶持が心配でね。あいつらの戦闘が終わったら残飯処理さ。

 でも見つかったら終わりだ。俺は消えるとするよ。もちろん全て忘れる。

 覚えてても金にはならないよな?俺は只のコソ泥なんだ」



「そんな、只のコソ泥なんて、あなたは良くやったわ。


 一度は捕まっても自力で抜け出し、盗賊達と戦い

 刻印の力も無いのにパンドラを守って見せた。


 まるで『谷越えのレック』の様だわ。

 知ってる?小さな男の子が自分の生まれた村を救う話」


やはり見ていたんだ、ずっと俺達の事を。目的は何だ?

『谷越えのレック』?何の話だ?

 

「昔話よ、まだ人々が空を大地から離された大きな河だと信じていた頃、

 大きな河の流れが太陽という炎を流し星という石を運んだ。

 やがて空は神の庭に帰っていきまた私達の頭上に流れて来る。

 

 そんな話をみんなが信じていた頃の昔話。

 ねえ、聞きたい?『谷越えのレック』の話を」



この女、頭がオカシイのか、おとぎ話だと?


「ッハハ、面白そうだな。だが遠慮しておくよ。

 早くどこかの町へ行き酒を飲みたい、その後はアホ面で眠るだけだ。

 

 俺は、良いか?何も知らない、

 パンドラという誰も食いつかない様な

 臭えカモをかじって飢えを凌ごうとしただけだ。


 今は何も知らない、あんたが何も話さなければな。

 無害さ、このまま行かせてくれ、良いよな?」



俺はゆっくりと後ずさりする。1歩、2歩、3歩。

女はローブのフードに顔を隠したまま動かない。

俺が4歩目を後ろに下げると女が声をかけてきた。


「気を付けて、後ろ向きに歩くと危ないわ。

 死体につまづいて転んでしまう」


「死体?何の事だ?暗くて良く見えないな。

 ゴミでも転がってんのか?


 約束するよ、誰にも何も話さない。

 俺は不知火の町に紛れ込んだコソ泥、

 何も見ていない、な?ッハハ、じゃあな」


女は窓際から動かないままだ、良かった。

見逃してくれる様だ。




俺は女の方に向いていた体を振り返らせる。

後ろには下に降りる階段がある筈だ。


バックダールの言う通りだった、余計な事を、

あの女の存在、その不気味さのせいだ。

悪い癖だろうか?思えばパンドラに最初に声をかけた時から俺は

意味の薄い無茶ばかりしている、自分の命を振り回す様に。

本当はどうにかなってしまいたいのかも知れない、

罰が、欲しいのか?


階段の方へ歩く。走り出したい気分だが

後ろの女を刺激したくない。


途中で横目に窓の外を見る。

さっきまで眺めていた木を探すと変わらぬ場所にあった

だが姿はまるで違う、幹の表面は乾燥しきって

皮が所々剥がれている。木全体は痩せ細り生気が抜けている。


あの女は、やはり危険だ。

この教会を出たら林を抜け川に沿って歩こう。

村がある筈だが辿り着けるだろうか?


もしそれが無理なら途中で野営だ、

この体の調子なら1度休めば

2日は動けないかも知れない。

体が動けなくなる前に罠を用意しよう

野生動物でも捕まえて最低限の飢えは凌がなくては。


階段の方へ歩くと窓からは更に離れ、光が失われていく。

窓も無い細い階段は外の光が届かず薄暗い。

登りは問題ないが下りは危ないかもな?

靴がまだ血に濡れてる、階段から足を滑らせるかも知れない。


確か階段を降りる前に燭台があった筈だ。

火を起こす物があれば良いが、


燭台の方へ歩くとその先にうっすらと人影が見える。

俺は歩みを止め息を飲む。

そいつが燭台に火を着け人影の姿がはっきりと見える。



燭台の炎の小さな明かりを白いローブが受け止めた。


女は燭台を手に持ちゆっくりと俺の方へ歩いて来る。




「レックはね、村一番の臆病者で何の取柄も無く

 大人しい子供、気が弱くて毎日他の子ども達に苛められたわ」 



おいおい、お嬢さん。

どうしてもそのクソ下らねえ話を聞かせたいのか?


ていうか、今どうやって現れた?...ヤバいぞ、こいつ何を考えている?

俺を消すつもりか?だったらこの無駄話は何だ?



「ある日、悪い魔女が村に呪いをかけたの。

 村の大人達は病で次々に倒れて行ったわ。

 子供たちは毎日の様に泣いた。

 

 村が助かる方法は只一つ、

 魔女に会い彼女が欲しがる村の宝を渡す事。


 でも魔女の家に辿り着くには『重ね夜の谷』を越えなくてはいけない」



俺は後ずさりする、マヌケにもさっきいた部屋の中に後戻りだ。


「ま、待てよ...ハハ」 

女に対して零した言葉は怯えと困惑を隠せてない情けない物だった。  



「深すぎる罪を犯した夜はその星空を濁らせ

 日が昇っても流れる事無く神の庭に帰れない


 どこかの誰かが汚した夜達が深い谷に流れつき

 折り重なり濁りだす。そんな谷から怪物達がやって来るの。

 村を囲み村人たちを眺める。生贄の血で重ね夜の罪を

 洗い流そうと、辻褄を合わせようと。

 それが重ね夜の祭り。

 

 大人たちは祭りの夜には大きな火を焚いて怪物たちを遠ざけたの。

 でももう大人たちは居ない」

 


窓の外を指さして不気味な女に対して話しかける。


「おい!良いのか!?あいつが目当てなんだろう?

 パンドラがあんたにとっての何なのか分からないが

 あの二人、いつ決着がついてもおかしくないぜ?

 

 あんたは勘違いをしてる、俺みたいなのは

 只のネズミだ、食い繋いでどこかで野垂れ死ぬ。

 気に掛ける程の価値なんか無いんだ、分かるだろ!?」


女は俺の言葉を気にもかけず歩いて来る、

俺を追い詰める様に、ゆっくりと。



「村の子供たちは泣きながら火を焚く準備をしたの、

 怪物たちが谷からやって来る。

 子供たちが作った不格好な篝火は少しづつ崩れながら

 怪物たちを待つ。怪物たちがやって来た時はとても小さな

 心細いものだったわ、風が吹けば消えてしまいそうな、


 そう、まるでこの町の不知火の様に、

 とても夜明けまでは燃えずに消えてしまうでしょう。

 怪物たちが子供たちを見ている。

 

 火が小さくなる度に陰気な歓声を上げるの、

 『もうすぐだ、もうすぐ罪は清められる。

  子供たちの血で!』

 

 篝火がひと際大きく崩れた時、

 怪物たちは目を輝かせ雄たけびを上げた。 

 子供たちはその声に怯え身を竦ませた。

 

 でもその中から一人の子供が村を飛び出した。

 レックよ、彼は怪物たちの喜び、慢心の隙を突き

 捕らえられる事無く村を抜け出した。

 

 レックは村の宝を持ち出し怪物たちの居なくなった

 『重ね夜の谷』を走り抜けたの

 そして魔女に会い彼女に村の宝を渡した。


 『魔女よ、この宝を渡します。

  だから僕たちを見逃して下さい、今夜も僕たちの

  罪を見逃して下さい。』


 そして村の大人たちは病から起き上がり急いで火を焚き

 怪物たちを退けた。



 何の取柄もないレックは

 誰よりも勇気を持った少年だったの、

 彼はその強さをそれまで誰にも見せなかった。

 ただ、誰かを守る時だけは迷いも恐れも無かった。


 ねえ?あなたに似ていると思わない?

 パンドラを守る為、小さなネズミが勇気を出して

 走り続けた」


「いいや、似て無いな。

 その子供とエサを探して駆け回るネズミとじゃあ」



クソッ、窓の外から飛び降りるか?

女の虚を突けるが、流石に無事でいられる自信が無い。

俺は後ろを振り返り窓の方を見る。


窓からは外の景色が半分しか見えない。

女が窓に腰掛け外の景色を遮っているからだ。

この女、一瞬で。


とっさに階段の方を見る。女はそこに居た。

落ち着いた仕草で側の長椅子に持っていた燭台を

コトリッと置いた。  


「わ、分かった。あんたの言う事は何でも聞こう。

 どうして欲しいんだ?俺は逆らうつもりも敵対するつもりも無いんだ」


階段の方から歩いて来る。何も言わずに。

俺はもう一度窓の方へ振り返る。

今度は窓も見えない、女は俺のすぐ後ろに立っていた。


「どうして?パンドラをどうしてそこまでして守ったの?

 彼女に同情したの?聞かせて、ネズミのゼタ」


ダメだ、こいつ、話が通じない。

こうなったらがむしゃらに走って逃げよう。

こいつの瞬間移動もでたらめな動きなら攪乱できるか?


階段の方へ向かって走り出そうとする。


ガクンッ



右手を後ろに引かれる。



手を掴まれた!後ろを見ないまま振り払おうとするが

手が離れない、感触が何か変だ...



どうする、戦うか?この女と。

女はどんな攻撃をするのか?見当がつかない

密接した距離だ、この距離なら俺にも分があるだろうか?



振り返る、女はすぐ後ろに居た。


掴まれた右手を何とかしなくては、


右手を見る。


その女と手を繋いでいた。硬く、硬く。


もう離せない様な気がした。


「う、ああ...そんな」


俺の右手の甲から女の指が、

女の右手の甲から俺の指が、

突きだしている。


「フフ、仲良くしましょう?

 ネズミのゼタ...」


「うわあああああああああああああああ!!」


女の手と俺の手が一体化している。


「や、やめろ!やめてくれ!」


俺は階段に向かって走り出そうと階段の方へ振り返る。

でも、どうするんだ?後ろにいるこの女とは離れられない。


戦う?戦えるのか?この女と?



ヒタッ



左目が光を失う。女に後ろから掌で目隠しをされた。


左目が、変な!感触だ!!


「や、やめろ!」


振り払いたいが俺の左腕は体に巻き付かれたまま

右手は女の手と...いや、繋がれていない!

右手は解放されている!


何とか、しなくては!


ヒタッ



「大丈夫、怖いものなんか何も無いわ」


右目が!視界が完全に失われた!


感触が、この感触は!?



「大丈夫、あなたは辿り着いたの。

 

 疲れたでしょう?今は休まなくては、


 あなたの傷を...見せて」




女の手は暖かい、俺の全てを許してくれるかの様な

温もり...やめてくれ、許されたい訳じゃ無い... 



「あなたの心には何が淀んでいるの?」



女の声が遠くなっていく、


どんどん遠く、離れて行く。


俺は沈んでいるのか?


こんなに深く、深く、


そうだ、俺は許されない...



あんなに高く、高く、


空が



次回は5月24日金曜日に投稿予定です。

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