第10話 英雄の空ー2
その杉の木はそれまで周りにあった仲間たちとは変わらない
何の変哲も無い杉の木だ、遠目で見れば。
今は変わってしまった景色の中で1本だけ佇んでいる。
木の低い位置に枝を見つける、丁度大人の肩の高さくらいの位置に。
枝は風に流され木の幹を撫でる様に下から上へ絡みつく。
その枝の動きが、動きの流れが、なんと言うか...
そそる、男の俺から見るとそんな輪郭をなぞった。
木の足元からスラリと細く腰元で膨らみ、
少し細まってからまた膨らみ、なだらかな曲線を見せた後に
今、枝は自身が幹から伸びている位置より少し高い位置で
風に揺れながら木の幹に触れていた。
木の輪郭と合わせてみるとまるで一人の人物が
頬杖を突いてそこに立っている様に見える。
俺にはあの木が、人間に見える。
何故、木が風に揺れる?
何故、あの木は魔神の攻撃に1本だけ耐え残った?
何故、あの半端な低い位置に枝を伸ばしている?
もし誰かが俺達の戦いをずっと見ていたとしたら、
その正体はアレだ。あの木だ。あるいはあの人物だ。
思い出すのはドリアードと言う精霊。
男を誘い、その男の時間を盗むとか...
だが、あれはそんな精霊の類とは思えない。
気に入らないのはあの木の位置だ。
あの位置の木には見覚えが、
いや、俺達はずっと見ていた。あの木を。
あの木は俺が命乞いの与太話をしている時に、
バレンの野郎が寄りかかっていた木だ。
あれが只の木では無く、あの木が何者かであるなら、
俺達はあんなに間近に誰かが居た事に気づかなかった事になる。
俺があの木の不気味さに気づいたのは、
一度死にかけてから目を覚ました時、
あの青年、バックダールに『精霊の秘薬』を打ち込まれた時だ。
そうでなければ気づかなかった。
精霊の加護とやらが関係しているのだろうか?
しかし、俺は気づいてからも気づかない振りを続けた。
その不気味さに『気づいてはいけない』という恐怖を感じたからだ。
その時点でそこに居た、という事は、
最初からそこに居たと考えるべきか。
あんな場所で俺達に用がある者。
あいつだ、あいつが取引相手だ。
ずっと見ていた、俺達を...
ここまで回りくどい事をしながら
見ていたのか?ただ見ていたのか?
目的は何だ?
あれは何だ?精霊や魔獣の類なのだろうか?
それとも人か?もし人だったらなら
そいつは木と一体化しているのだろうか?
そんな魔法や刻印の力は聞いた事が無い。
その木を見ていると不思議なくぼみを見つける。
それ自体はよく見かける木のくぼみだが、あっただろうか?
さっきは気が付かなかったが...頬杖をした枝の少し上にある。
そのくぼみを見ていると、くぼみは動いていた。
ゆっくりと、少しづつ。
「やはりだ、木全体が...あの木は動いている。
まるで生きているかの様に」
くぼみはその穴を広げたり縮めたりしている。
少し上に動きゆっくりその穴を広げた。
穴の中から小さな輝きが、あの光は...
あれは...目だ、人の目。
見えた、こちらからそれが、という事は
俺はカーテンが動かない様に窓から離れる。
心臓が高鳴る、額から汗が噴き出す。
見られた!...違う、あれはこっちの方を見たとかじゃない。
教会の二階や屋根を見たんじゃない。
真っすぐ俺の事を見た!!それを感じた!何だ?あれは殺気なのか?
体は完全に隠して覗いていた。向こうから俺が視認出来るとは思えない。
マズい、奴に捕まってはいけない。
奴がここに登って来るにはどれくらい時間が掛かる?
いや違う、その前に降りなくては、
今すぐに!
ドカッ!ガチャ、ドン。
俺は床の上に転んでいた、恐怖に焦って、いや、何かに足を取られたんだ。
床の上で足が滑って、それで側の棚にぶつかった。
「何だ?床が濡れてやがる」
咄嗟に床に突いた自分の手の平を見る。
俺の右手にはべったりと赤い血が付いていた。
棚だ。側にあった棚から流れている、この血は...
「ねえ、大丈夫?」
女の声...
「転んでしまったのね?」
俺の背後...
俺はゆっくりと後ろを振り返る、そこに、
さっきまで俺が居た窓際に、
白いローブを着た女が立っていた。
いつの間に? どうやって?
ローブに入った刺繍を見る。
あの模様は、あれは
「魔法教会」
俺の口からは自然と声が漏れていた。
身動きが取れない、この女の得体の知れない
静かな威圧感に圧倒されていた。
女はこちらを見ている。ローブに隠され顔は見えないが
俺を見ているのが分かる。
この視線は...この殺気は...木から感じた...
ギィィィィ...
ドサッ!
何かが倒れて来た、側にあった棚からだ。
同時に床を流れて来る、大量の血が...
倒れ込んだモノを見ると、男だ、
少しも動かない青い目が見える。
そして力を無くした腕がローブの袖から伸びている、
男は白いローブを着ていた、
突然ここに現れた女と同じ
魔法教会の者が身に纏う白いローブを...
「ねえ、大丈夫?...手を貸しましょうか?」
とても優しい声だ、心が安らぐ優しい声だった。
次回は5月14日火曜日に投稿予定です。




