第7話 片腕のネズミー5
「ネズミの噂は二つある」
俺はパンドラの方を見る。
赤蛇のバレンから攻撃を受けながら
なんとかあの黒いかまいたちで凌いでいる様だ。
だがそのかまいたちも、どんどんと小さくなっている。
自分の場所もほとんど移動していない。
早くパンドラの元へ行き加勢しなければ。
ゴダの野郎が手に棍棒を持って近づいて来る。
さっきまでヨタヨタと動いていた奴が、しっかりとした足取りだ。
昨日の傷も痛むだろう。表情の険しさで奴が気を張って
無理をしているのが分かる。
「一つはラズが喋った情けねえ笑い話だ。
もう一つは、裏家業の歴史に残りかねない逸話だ。
パンドラ戦争は初めて本格的に刻印と
教会が伝えた精霊魔法が戦場に投入された。
そんな要因もあって戦況は混迷を続け戦線は伸びきっていた。
ネズミが逃げ回った道中には無数の戦場があった。
いくつもの敵軍と自軍、そしてその境界線を
ネズミは一人で越えて来たんだ。
それだけでも驚異的な能力と言える。
そして一見マヌケな逃走劇だが奴には裏の目的、任務があったと聞く。
奴の率いた部隊は全員が刻印持ち、『傷有り』だ。
そんな中、隊長であるはずのネズミだけが『傷無し』。
そこに部隊の仕掛けがあった。敵軍にいた刻印を探知する能力を逆手に
ネズミは部隊そのものを囮に自分だけが深く敵本陣に潜り込んだ。
そしてある物を盗み出している。
『賢者』が残した遺物、強力な精霊魔法の宿った宝玉だ。
ネズミはその宝玉を本国に持ち帰った。
そして出来上がったのが賢者の精霊力を用いた
大量殺戮兵器だ。
ネズミが帰還してから間も無く出来上がったその兵器は
戦争を終わらせるに十分な打撃を敵に与えた。
ネズミは最も多く敵軍を潰した将軍と並んで一番の功労者だ。
ネズミはその受勲式からも逃げ出して表には出ない功績らしいがな。
間接的にではあるが殺した数ならパンドラを除いて
この中じゃ桁違いの大物だ」
ゴダがラズを一瞥する。
「死なないだけ運が良かったな?」
ラズが俯く。
「く、くそっ」
「しかしそんなネズミが何故パンドラと一緒に行動している?」
「さあな?成り行きだよ。中々面白い成り行きだがな」
「成り行きでそのザマか?笑わせるぜ」
向こうで休んでてくれ。バレンの相手だけでウンザリなのに
テメーは明らかに余計だ。
「へへ、ゴダの旦那よお。スゲー汗だぜ?
歩くだけで昨日の傷が開いちまったか?
無理すんなよ。その棍棒もケガ人には重そうじゃねーか?」
「うるせえ。俺はなネズミ、お前が戦い始めた時に少し喜んじまった。
お前が戦いを長引かせてくれればバレンのアニキを説得できるかもとな。
情けねー話だ。自分のアニキに物が言えなくなってた。
これ以上てめえらに舐められてたまるか。
ガキ共もやられた。
ネズミ、お前を潰してそれからアニキを説得して
俺達はここを抜ける」
奴が来る、俺は仕方なく迎え撃つ為に一歩踏み出す。
ガクッ。
姿勢が崩れる...足にガタが。
足元がふらつく、体が左右に揺れる。
何が俺を揺らしているんだろう?体中の疲労か?
左腕の激しい熱か?一本だけで酷使しすぎた右腕のおかしな痺れか?
おそらく全部だ。あんな女の為に死にそうだ。
ラズが口を出す。
「野郎はフラフラだ、やっちまえゴダのアニキ」
奴は歩いて来る。弱った俺を目で見ながらも
足取りを速める事も遅らせる事も無く
俺を警戒しながら決意の一撃をその手に握って。
「ネズミ、てめえが見せた骨法は相手に密着しなきゃ出来ない。
俺の棍棒で一撃で沈めてやる」
足元がふらつく、体が左右に揺れる、まるで死人のダンスだ。
見えるか?この構えが...
「くたばれ!ネズミ!!」
ゴダが棍棒を振り上げた。
俺の体はフラフラと揺れながら前に倒れ込んだ。
上半身は死に体、奴の攻撃の軌道をあざ笑う様に揺れた。
ギリギリまで体は残す必要がある。
奴には俺の体に思い切り振りぬいて貰わなくては。
俺の体の残像だけを残し、一瞬で決める。
奴が振り上げた棍棒に力を入れる。
体の揺れに合わせて、しなやかに素早く動く。
振り上げた奴の手を取り自分の体を反転させる。
その一瞬、俺の体と奴の体は隣同士、同方向を向きピタリと寄り添う体勢になる。
まるで師が弟子に教えを施す様に片腕を奴のエモノに添える。
奴の振りに合わせて同じ向きに武器を振る。
奴が振り切るタイミング、腕の可動域の限界、
その位置に向けて力を上乗せする。
奴の手に添えた俺の手を滑らせそのまま棍棒を掴み
内側に、強く捻る。
ガンッ!
地面を掠めながら棍棒は大きく回転する。俺の体を中心に、
そしてゆっくりと奴の鼻先に
突き付けた。
「お、俺のエモノを...」
「盗法 鬼だまし」
ドサッ。
奴が膝を着く。恐らく体に無茶を言わせて
振り絞った最後の一撃だったのだろう。
「ゴダ!」
ケーリアが駆け寄りゴダの体を支える。
そして俺の方を伺う様に見上げた。
「連れてけ、怪我人に用は無い」
ゴダに肩を貸しケーリアが重たそうに
なんとか退いて行く。
俺は振り向きゴダから奪った棍棒を投げつけた。
せっかく手に入れたエモノだが俺が振り回すには重い。
体の動きが鈍るよりは捨てた方がマシだ。
ガンッ!
野郎は長く伸びた鎖を操り棍棒を振り払う。
鈍い音と共に弾かれた棍棒は教会の庭に飛んで行った。
しかし、ゴダには怪我人だと言ったが、俺の方は
重症じゃねーか。今すぐぶっ倒れて眠りてえ。
「はあ、はあ、やっとテメーの相手が出来るぜ
赤蛇」
「...使えねー連中だ」
俺はプラプラと歩いてパンドラに近づく。
おかしい、妙に身体が軽いぜ。
アタマの中身も雲みたいにフワフワと軽い。
四肢の感覚が狂っている、思考がハイになっている。
明らかに劣勢に見える女の側で立ち止まり、呼吸を整えると、
「ハァ...ハァ...ハァ...ッヘヘ...クックック...」
乱れた呼吸に笑みが混じった。
「まだ生き残っていたみたいだな?パンドラ」
「遅いぞ、ゼタ」
パンドラの呼吸に揺れる背中、
その向こう側にいる男を見ながら会話を続ける。
「冗談きついぜ、あの短時間で3人なんとかしたんだぞ?」
「うるさい、は、早く...なんとかしろ」
いつも以上に言葉が単調だ。この女も限界か。
「まったくよ、世話の焼ける女だ...」
パンドラを通り越し、
男の視線を邪魔する様に女の前に立ちはだかる。
「少し休めパンドラ。
野郎は俺がおちょくってやる」
冷たい目のまま男は口を開く。
「退け、ドブネズミが。お前は後で殺してやる」
「そう言うなよ、せっかくお前の手下共を
あしらってきたんだ、相手してくれよ。
まあうっかりよ...ッハァ!ゲホッ!...ハァハァ...
お前も倒しちまうかもしれねえな?...ッヘヘ。
パンドラの見せ場を奪うのも忍びない、
気を付けながら戦うか...」
少し離れた場所の男に声は届いているか?
腹から力を振り絞り、俺はニヤケ面で強がる。
「なあ!!赤蛇さんよお!?」
男は片手で鎖を持ち上げ、不機嫌な声を聞かせた。
「戦場で死に逸れただけはある...
ネズミにしちゃあデカく鳴くじゃねえか。
消えろ!てめえは目障りだ!!」
奴の鎖が回り込む様に弧を描き襲い掛かる。
第8話「終幕に映えし呪いの絵」へ
次回は1月29日火曜日投稿予定です。




