第16話 運命は眠り-7
うーん、この村の違和感か。
俺はまだ乾ききっていない自分の髪を布で拭いながらリサさんの店に入る。
(この村は俺達よそ者に対して何かを隠している)
確かにそんな気はするけど、どの土地にも隠し事なんかあるだろ、少しくらいはさ。
フラナタやユイリー、特にユイリーの事は俺も心配だ。
だが俺達にどこまで出来る?俺達が半端な正義感でユイリーの理不尽な状況を否定したとして、
村人たちを黙らせる事が出来たとして、それでユイリーの扱いが変わるとは思えない。
俺達は結局は旅人で、結局は部外者だ。目的がある。
俺達が旅立たなきゃいけない時にこの村の遺恨は残ったままだろう。
ユイリーを連れて一緒に行ける訳じゃ無いし、俺達がここに留まる事も出来ない。
タコリスはお人好しだ。
だから心配だ、全てを背負う事は出来ない。村の問題に首を突っ込み過ぎると
少なからず不自由になる、お前には大切な目的があるだろう?
普段なら良いが今回は状況が状況だ。パンドラを殺すという目的の前で、
あいつの小さなお節介が致命的な物にならなければ良いが。
パンドラを追ってこの村を出て、あいつが目的を果たしたら、
俺一人だけでももう一度この村に来ようかな、何が出来るか分からないけど。
カチャン。
食器の置かれる音だ。暗い店の中で厨房の方に明かりが灯っている。
俺はそこに近づきまだ眠っていなかった彼女に声をかける。
「リサさん、ひょっとして俺のせいで仕事が残っちゃった?」
「大丈夫よオルト君、いつもこの位の時間まで片付けや準備があるから」
リサさんは笑って俺に応えながら洗い終わった食器を布で拭いて片付けていた。
「それより今日はごめんね、色々頼んじゃってさ。
私は良いって言ったのにフラナタがどうしても手伝うって言うから」
「良いよ、俺もタコリスもどーせ暇だしさ」
「ハハ、そうよね。パンドラが起きるまでは暇なんでしょ?」
「パンドラ?ああ、まあそうだねぇ」
リサさんは笑顔のまま核心を揺さぶる。
フラナタは俺達の事を只の知り合いの商人として村人には説明している。
俺達の目的がパンドラである事はリサさんにも知らされて無かったはずだが。
「オルト君ダメよ、嘘をつくときはもっとはっきり言った方が良いわ。
そうしないと私みたいな女にはすぐ分かっちゃうんだから」
彼女はにこやかなまま食器を片付けている。
「あのさ、リサさん...」
「良いのよ、他人の事情に偉そうな事を言うつもりは無いわ。
でも、皆パンドラパンドラって、フフ。
もっと他に色んな事があるでしょうに、あなた達はまだ子供なんだから。
色んな事が楽しい筈でしょう?子供の内は沢山遊ばなきゃ。
明日は皆で遊んで来なさい、パンドラは長老が診ててくれるし、
どーせ時間が余るなら遊んでた方が良いわ...そうでしょう?」
リサさんの声が苦しそうだ、グラスを持つ手が震えて危なっかしい。
「森で遊んだって川で遊んだって
あんた達にはまだ少し早いかも知れないけどさ、男の子を好きになったり
女の子を好きになったり、なんだって良いじゃない。
そんな事が...どれだけ貴重だと思う?」
「リサさん?」
ガチャ、
彼女はグラスを不器用に置きゆっくりとしゃがみ込む、体中の力を失ったかの様に。
俺は訳も分からず彼女の肩を片手で支える。かける言葉が見つからない。
リサさんは床を見つめたまま暗い表情で俺に言葉を伝える。
「お願いオルト君、あの子たちと一緒に居てあげて、
もうすぐ...パンドラが目覚めてしまう」
オルトと別れてから自分の部屋に戻るつもりが、俺は外の切り株に座って星空を眺めていた。
田舎の方は澄んだ星空が良く見える。
長老の話とは何だろう?俺の心配はお節介と呼ばれる物か?
それとも只の下品な好奇心だろうか?フラナタとユイリーの助けになるのか?
それとも悲しませるだけだろうか?答えが出ないまま漠然と疑問ばかりが浮かぶ。
明日か、明後日には目覚めるらしい。俺もその時に備えなくては。
ふと見ると一人の人影がある。
離れた場所からこちらを見ている。
その女は直ぐに俺を見るのを止め、林の方へ歩き出した。
俺は立ち上がりそちらへ歩く。
女より僅かに早く歩いていると段々と距離が縮まり、やがて女のすぐ後ろに追いついた。
「どこへ行く?勝手に出歩かれたら困るな」
「風に当たりたいだけだ、心配するな、店には戻る。
私にもこの村の支援は必要だからな」
「体の調子は?」
「お前には関係ない」
一時言葉を見失い、俺は女の後に続いて林の中を歩き続ける。
女の黒く長い髪は顔の殆どを隠している。
その奥の目は真っすぐ前だけを見て俺の方は気にしていない様子だ。
やがて木が少なくなり開けた場所に出る。
「止まれ、あまり遠くへ行かれても俺にも帰り道が分からなくなる」
女は素直に言う事を聞いたのか?それとも元々そのつもりだったのか、
何も言わずに大きな石の上に座り星を見上げた。
俺は側の木に寄りかかり女を見るでもなく何も無い地面を睨みながら
女に話しかける。
「目覚めたばかりだろう?村の呪術師の話じゃお前は全ての呪力を使い果たして
眠っていたそうだ」
女は俺の言葉が聞こえていないかの様に星空を見上げている。
「魔神を抑え込んでいたんだろう?大して戦いもせずに
呪力を使い尽くす理由は他には無いからな。
もう抑え込めたのか?もしお前に魔神を抑えきれないなら
この村を守る為に俺が魔神の相手をする事になる、俺にも関係ある話だろう?」
女の髪に隠れた顔を見ると僅かに覗く口元から
少しも表情を変えずにいるのが伺える、そしておもむろにその口を開いた。
「魔神は今は大人しい、このまましばらく村で休み聖都に向かう。
そこまで行けば魔神を強く抑える術がある。知り合いの魔術師がいる筈だからな。
そこまで行けば何の問題も無い」
女は一気に聞かれた以上の事を話してまた黙り込んだ。
「次は聖都に向かうんだな?」
「お前には関係ない話だ」
俺は寄りかかった木から体を離して女の方を睨む。
「なあ、少しは俺の顔を見てくれないか?」
「興味が無い、私の人生にお前は関係無い」
女の方へ向かって歩き出す。
「俺の事を覚えているか?」
「悪いが、覚えていないな。私に恨みを持つ人間は無数にいるんだ」
次第に女に近づく、それでも女は表情を変えずに
空を見上げている。
「俺は、忘れた事は無かった」
「無意味な事だ」
女の肩を掴み顔を近づける。
「パンドラ!俺の目を見ろ!!」
女の髪が乱れ、前髪に隠された両目が露わになる。
澄んだ冷たい目が真っすぐに俺を見ていた。
「タコリス!!」
振り返るとそこには少女が恐怖に顔を歪めてこちらを見ていた。
彼女は早足で近づいて来る。
「フラナタ...」
彼女は側まで来ると強い目で俺を睨む。
「約束は?」
俺は彼女の目に驚き、少し怯えてしまう。
「分かっているよ、ただ話をしていただけなんだ...」
フラナタはパンドラの方へ目を向け落ち着いた口調で話し出す。
「パンドラさん、まだ出歩かない方が良いです。
ベッドを見に行って誰もいないからびっくりしたんですよ?」
「ああ、すまなかった。もう戻るよ」
「部屋へお連れします」
フラナタとパンドラは店へ戻って行く。
俺は置き去りにされたまましばらくその場を動けずにいた。
「それでは、また明日に細かい話はしていきましょう。
明日と明後日はお体の様子を見た方が良いと思います。
洞窟へ向かうのはその後で」
「ああ、分かった」
彼女は一言返して明かりを消す。
私はドアを閉じて部屋を後にする。
彼女が目覚めた、だけどまだ無理はさせられない。
洞窟へ行くのはしっかりと準備をしてからが良いだろう。
タコリスは何の話をしていたんだろう?分からないけど、ただ。
(パンドラ!俺の目を見ろ!!)
タコリスはパンドラに以前会っている。
そして恐らく、パンドラもタコリスの事を知っているのでは?
私がタコリスを止めた事で彼女は安堵していた様な気がする。
廊下を歩いているとタコリス達の部屋のドアが僅かに開いてる。
タコリスはまだ戻ってはいないと思うけど、オルトがまたドアを閉め忘れたんだろう。
声をかけようと近づくと中からオルトの声が聞こえる。
「赴けば全て闇の中、幼子は獣の贄、古老は孤独の贄、
女は苦痛の贄」
これは、呪文?
私は部屋に近づき部屋のドアの隙間から中を覗く。
真っ暗な部屋の中、オルトが窓に向かって一冊の本を開き呪文を唱えていた。
彼が座って本を開いているのは分かるが、暗くて何の本を持っているのかは分からない。
「男は争いの贄、勇者は運命の贄、賢者は宿命の贄、
これら全ては闇が謀った邪知なれば、奪わるるなかれ、
貶むるなかれ、我らの探求に慈悲の御手を添え魂を無事帰らせたまえ、
照らしたまえ、照らしたまえ」
ポウッ、
オルトの目の前で空中に小さな明かりが生まれる。
明かりはユラユラと窓の側を漂っていた。
「フウ...精霊の祝福に感謝する。
我が志、賢者と共に」
明かりが真っ暗だった部屋を控えめに照らし、
オルトの持っていた本もはっきりと見える。
本の表紙には金の糸で一本の木の装飾が施されていた。
あれは、世界樹だ。あの本は魔法書。
信者にのみ与えられる...
私はドアが開いている事をオルトに告げないまま、
音を立てない様にその場を離れて店の一階へ行く。
そのまま外へ出て、自分の家へと向かった。
ここ数日、パンドラの看病もあってリサの宿屋に泊まっていたけど、
今日は自分の家で眠ろう。お父さんとお母さんの思い出が詰まったあの家で。
私は家へ戻り自分の部屋へ帰りベッドに座った。
「どうしよう、オルトは魔法教会の信者だわ。
じゃあタコリスも?二人はどうして...パンドラを?」
遅くなりましてすいません。
次回は4月7日火曜日に投稿予定です。




