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第七話「僕、今、この子に依頼をしている最中なんですよ」


 現れたコールマンの表情は、普段の穏やかなそれではない。目は釣り上がり、とても怖い顔をしている。

 シュネーがその顔を見たのは、確か兄弟子と師匠が大喧嘩をした時くらいだ。

 その時の事を思い出し、シュネーはひくっと顔を引き攣らせる。


「に、兄さん……」

「シュネー、その男から離れなさい。そいつは、指名手配されている海賊船の船長です」


 コールマンはスタッグを指差し、そう言った。

 ぎょっとしてシュネーはコールマンを見る。


「船長!?」

「いやーはははは」


 目を丸くするシュネーに、スタッグは困ったように笑う。そう見えませんよね、と言っている様だった。

 下っ端ではないな、とはシュネーも何となく思っていたが、まさか船長だとは。考えてみれば確かにスタッグは自分の事を海賊、と言っただけで、海賊の何なのかは言っていなかったな、とシュネーは思い出した。


「様子がどうにもおかしいと思っていたら、その男がシュネーと一緒に行動をしている、という知らせが入ったのですよ」


 コールマンは不機嫌さを隠さずに、かつかつと足音を立てて二人に近づいて来る。

 その手にはコールマンが愛用している杖が握られていた。

 コールマンの怒気に当てられて、シュネーが一歩後ずさる。それを見てスタッグがスッと庇うように前に立った。


「どけ、悪党」

「いやぁすみません、僕、今、この子に依頼をしている最中なんですよ」


 へらり、とスタッグは笑う。その横っ面を、コールマンは杖で躊躇なく殴りつける。


――――否、殴りつけようとした。


「まぁまぁ、そうカッカせず」


 スタッグはにこにこ笑ったまま、その一撃を左手で軽々と受け止めていたのだ。

 そしてスタッグはそのまま杖を握ると、コールマンごと力づくで後ろへ押し返す。

 一瞬バランスを崩したコールマンは、少しふらつきながら数歩下がった。


「……お前」


 そしてギロリ、と睨む。

 冷静さを欠いた様子のコールマンに、スタッグは「やれやれ」と肩をすくめた。


「話し合いって手段があるでしょうよ」

「悪党の言葉など聞く必要はありません。……シュネー、こちらへ」


 コールマンはスタッグから目を離さず、シュネーにそう言う。

 だがシュネーは首を横に振った。


「できません」

「シュネー」

「私は今、依頼の最中です。約束をしました。ですから、兄さんすみません」


 はっきりとシュネーは言った。スタッグを助けるのだと、シュネーは決めたのだ。

 スタッグが海賊でも、悪党であっても、数日間一緒にいたスタッグはシュネーの目には『良い人』だと映った。

 忘れられるのは嫌だけど、死なせたくないと本気で思ったのだ。


「……ッ」


 シュネーの言葉に、コールマンは目を見開いた。

 普段は聞き分けの良いシュネーが、自分の言葉を拒絶するとは思わなかったのだろう。

 その動揺が、言葉に出た。


「シュネー! そいつは魔法を使ったら、あなたの事を忘れるのですよ!」


 シュネーにとって、一番、抉られる言葉だった。

 シュネーの頭の中に、今までの事が一気に浮かび上がってくる。

 分かっている。知っている。そんな事は最初から決まっている事だ。

 スタッグがどんなに良い人でも、スタッグと一緒にいるのは楽しいなと思っても、魔法を使えば相手の中から自分の存在は消える。欠片も残らない。文字通りゼロになる。


 だが、それが何だと言うのだ。だってスタッグは、言ってくれた。

 シュネーは両手の拳を、色が変わるくらい強く握る。


「忘れないように、日記をつけてくれているんですよ」

「何?」

「忘れないようにって」


 シュネーは初めてコールマンを睨み返した。

 喉の奥から這い上がってくる激情に目が潤む。鼻が痛い。顔が熱い。

 そんな表情を、感情を、コールマンに向けたのはシュネーは初めてだった。


「それがどれだけ。――――どれだけ嬉しかったか、兄さんには分からない!」


 叫ぶように、シュネーは怒鳴る。

 コールマンは一瞬、ハッとした顔になった。自分が何を言ったのか、ようやく気付いたのだろう。

 後悔するような表情を浮かべ、コールマンは唇を噛む。


「……っもういい、後で話をしましょう」


 そして、余計な感情を振り払うかのように、首を振って兵士に指示を出した。

 命じられた兵士たちは、一定の感覚で、じりじりとシュネーとスタッグに近づいて来る。

 シュネーはぐい、と袖で乱暴に目を噴いた。そして自分の鞄の中身に手を伸ばす。その指先が触れたのはランプだ。

 魔法を使えば、と考えるシュネーの肩を、スタッグはポン、と優しく叩いた。シュネーが顔を向ければスタッグはにこりと笑う。

 

「スタッグさん?」

「それはなくても大丈夫ですよ」


 スタッグはそう言うと、コールマンと兵士たちの方を向いて拳を構える。

 こんな状況にも関わらず、スタッグは笑っていた。 


「僕は褒められた人間じゃないです。立派でもないです。でもね、泣いている女の子に無理強いするような奴にゃあ、負けないですよ」


 皮肉と嫌味をさらっと込めた言うスタッグに、コールマンが苛立つのがシュネーには分かった。

 だが、それでも冷静さを保とうと、コールマンは眼鏡を押し上げる。


「私の話を聞いていなかったようですね?」

「いやいや、聞いていましたよ。で、あなたの事も聞いていました。あなたがシュネーさんのお兄さんで、優秀な魔法使いさんなんだって事は」


 でも、とスタッグは続ける。


「シュネーさんは嫌がっています」

「……そうですか、なら、仕方がありませんね」


 眼鏡越しにコールマンの目が冷たく光る。そして短く「やれ」と言った。

 その言葉に合わせて、兵士たちは一斉に剣を抜き、スタッグに飛び掛かる。

 相手が武器を持っているのに対し、スタッグは素手だ。どう考えても危険だと、シュネーは鞄の中からランプを取り出す。


 だが、そう思ったのは僅かな間だった。

 押されている、と思った次の瞬間には、スタッグは兵士の襟首を掴んでは投げ、掴んでは投げと、あっという間に倒していく。

 馬鹿力だ、と誰かが言った。確かにそうだとシュネーは思わず納得してしまった。


「ね、大丈夫でしょう?」


 スタッグはそうシュネーに声を掛ける。

 その声が明るくて、シュネーはホッと息を吐いた――――のも束の間。


「そうやって、いつまで余裕ぶっていられますかね!」


 と、今度はコールマンがスタッグ目がけて杖を振り下ろした。

 体重をかけた一撃だ、先ほどよりも重い。だがスタッグは冷静に腕で防ぐと、


「まぁ、一応海賊なんで、それなりにですかね!」

 

 と、お返しだと言うように、その身体を蹴り飛ばす。

 コールマンは軽く吹き飛んだものの、片手をついて着地した。


「魔法使いにしては肉弾戦ですねぇ」

「黙れ」


 スタッグの挑発に、コールマンは吐き捨てるように言う。

 そう言えば確かに、とシュネーは思った。コールマンは一度も魔法を使わない。

 もしも最初の気付いていない時に、背後から魔法を使われたら勝負は決まっていた。

 癒しの魔法に関しては、相手の記憶が必要だが、相手を攻撃する類の魔法ならば周囲の兵士の記憶を使って、ただ範囲を指定し広げれば良い。

 だが、コールマンはそうしなかった。何だかんだで兄弟子は優しいとシュネーが思っていると、スタッグが目を細めた。


「コールマンさん。あんた、魔法が使えないでしょう」


 そして、そんな事を言い出した。


「え?」


 シュネーが思わず声を上げる。そしてコールマンを見れば、視線の先で兄弟子の表情が固まっている事に気が付いた。


「変だと思っていたんですよ。あんたはシュネーさんを大事にしているように見える。けれど、なら、大事ならなおのこと、シュネーさんの代わりに魔法を使ってやりゃあいいんです。でもあんたはそうしなかった。魔法が使えるってんなら、それは何故です?」

「それは……記憶が消えたら仕事で困るから……」

「いいえ、違いますよシュネーさん。仕事で困るって言うのなら、仕事上で記憶が消えたら困る人のだけ残ってりゃいいんです。それに、仕事上で困る人なら、よっぽどの事がなければコールマンさんに魔法を依頼しないでしょう」


 スタッグの淡々とした言葉に、シュネーは動揺してコールマンを見た。

 兄弟子は動かない。心なしか顔色が悪い気がする。


「兄さん……?」

「シュネー、私は、ちが」


 違う、とコールマンは言いかけた。だがその先の言葉は続かない。 

 コールマンの動揺は、兵士にも伝わる。その一瞬の隙を、スタッグは見逃さなかった。


「シュネーさん、失礼します!」


 そう言うと、スタッグはシュネーを脇に抱える。

 そして、ハッとしたコールマンが何かを言うよりも早く、海の中へと飛び込んだのだった。


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