8話「エルの昔話」
まだ私が君くらいの年だった時ーーー。
「いくよっ!" 精霊よ 我が手に炎の証しをっ! "」
ボォッ!!
そう唱えた瞬間、私の手から揺らめく炎が出てきた。
「えいっ!」
掛け声を出すと同時に目の前の見知ったエルフの少年に炎を投げる。
「来たなっ!" 精霊よ 我が身を守る盾をそなえたまえっ! "」
炎が体に当たる直前に素早く盾を出し、炎を受け止める。
バリンッ!!
炎を受け止めた直後、少年の持っている盾が割れ、光になって空中に消えていった。
「はぁぁああ。 やっぱりアドリアナはすごいな」
「ふふふ。でもエレンもすごいよ?私の炎を一瞬でも受け止めたんだから。」
このエルフの少年の名はエレン。私と一番歳が近く。こうして毎日特訓に付き合ってもらっている頼れる親友だ。
「ねぇねぇ〜?私たちも魔法の練習する〜!」
私たちが練習しているのを先程から遠くで見ていた子達が駆け寄って来た。
「いいよ!みんなで練習しよっ?」
人数が増えたことを嬉しく思いながら微笑んだ。
「やったー!じゃあいくよっ?アドリアナお姉ちゃん?!」
そこからはみんなで楽しく魔法の唱えたり放ったりした。
「なぜだっ?!!なぜ貴方はそうなんだっ!!」
その練習の最中、近くから大きい怒鳴り声がした
(父さんの声……何があったんだろう……。)
声がした方にみんなで行ってみると、大人たちが何やら言い争っていた。
いつもは強くて頼もしい優しい父親のこんな声は聞いたことがない。
「だからといって、クレインが戻ってこないなんて危険だ。最悪の場合死んでいるかもしれない話だぞ?!」
その言葉を聞いた瞬間、となりにいたエレンが息を飲んだ。
(クレインって、エレンのお父さんじゃない?!どう言うこと……。)
「どういうことなんだ?!!」
そう言おうとした瞬間、アドリアナよりもエレンが先に大人たちに問いかけた。
「父さんは外の世界に少しの間言ってるだけだって!すぐに帰ってくるって行ってたじゃないか?!!」
今にも泣きそうなエレンに大人たちは顔を見合わせる。
「すまない。エレン 実はな……」
もう隠し通すのは無理だ。というような顔で父は話し始めた。
そろそろエルフは外の世界を知った方がいいのではないか、
そのためにまず様子見としてエレンの父のクレインを外の世界に行かせたが、一向に帰ってこないこと。
外でなにがあったクレインを助け出すために、エルフの森の大人たち全員で部隊を組んで外の世界へといくよう提案していること。
でも、それを王様が反対していること。
「なんで?!なんで王様は反対するの?!」
なにがあった仲間を助けにいくのは当然のことだろう。なぜ反対するのかと、先程父と言い合いになっていた男にたずねる。
「危険だからだよ。クレインはこの森でもかなりの魔法の使い手だ。そのクレインに何かあったとして、我々が行っても確実に戻ってこれるか分からない。」
「見捨てるのか?!仲間一人守らなくてなにが守れる?!」
「しかし、エルフの森の大人全員で行くことはないだろう。少なくとも、この森にいれば結界のお陰で無事なのだから。」
エルフの森の結界ー。それは外の世界の住人がこの近くを通っても、見えないようにしているらしい。
「王よ。そんなこと言って、本当は王妃の体調が不安なのではないか?」
アドリアナの叔父であるアレクが王様に疑わしそうに問いかける。
王様の奥さんはとても美しい人だ。足元まで伸びる金色の髪に驚くほど整った顔。エルフは比較的顔が美しい者が多いが、その中でも群を抜いている。 おまけにエルフの森のなかでも一、二位を争う魔法の使い手だ。
でも……確か王妃様って妊娠中じゃなかったっけ……?
「……。」
王妃様の体調が心配なのは図星だったようで、王様は気まずそうに下を向く。
「なっ!王よ!そのような事で我々に反対していたのですか?!」
父が呆れと怒りが入り混じった声で王様に怒鳴る。
「だがっ、フレイシアもエルフの森の大人の一人だ。彼女も連れていくのだろう?!」
「当たり前です!彼女は俺と同じくらいの魔法の使い手だ。連れて行かないという手はない。 それに産むのは後何百年も後じゃないですか?!」
「それでもだ!フレイシアは今でも苦しそうなのだ。彼女を連れて行くというなら、この話に許可を出すことはないっ!」
「苦しそうですと?!そんなもの我々がクレインを待つ方が苦しいっ!!」
許可を出さないと言った王様に父はものすごい勢いで掴みかかった。
「先程貴方はクレインが死んでいるかもしれないと言った!だが木はまだ生えていないじゃないか!!」
父さんはバッ!っと白い木が立ち並ぶ森を指差した。
エルフの森では寿命を迎えたエルフは精霊の加護で白い木に生まれ変わる。
そして根から魔力を吸い出し、一年中甘いもの実と枯れることのない葉を生やす。
自然と共存してきたエルフは自然に帰るのだ。
そして、代々エルフの森では最年長のエルフが性別に関係なく王となる。
だから、この森に生える全ての白い木は、これまでの王でもあるのだ。
だから、もしクレインが死んだなら白い木が一本増えているはずだ。と父は言う。
「だが、外の世界で死んだら木にならない可能性もあるではないか。」
何しろ、今まで外の世界に行ったエルフの事例がないし、自殺すれば木にはなれるものの、一年中実をならすことのない枯れた木になる。
「はぁ。何を言ってもダメだな。」
何度説得しても許可を出さない王様に失望したと言わんばかりに頭を振る。
「ならば、フレイシアを連れて行かないと言うならどうです?」
「?!」
「貴方が心配しているのは王妃なのでしょう?彼女は出来れば連れて行きたかったのですが……」
残念そうに父は首を振る。
「それでも許可をいただけないと言うなら、私らは勝手に行きます。」
王様は父たちの覚悟を決めた顔を見て、迷うような顔を見せた。
「できれば……。何千年も一緒にやってきたんだ。出来れば挨拶なしに勝手に出て行くような無作法な真似はしたくない。」
父の悲しそうな顔を見て、王様は一瞬驚いた顔をしたが、やがて覚悟を決めたような顔をした。
「分かった。許可しよう。ただし私も行く。」
「!?王も……ですか!」
予想外の返答に大人たちは皆驚愕の言葉を口にした。
「あぁ。フレイシアにも、生まれてくる子供にも、お前らを全員行かせて、自分だけ安全な場所でいるなんて恥ずかしい姿。見せたくないからな。」
王様はそれまでの気難しげな顔が嘘のように笑った。
「よしっ!!そうとならば早速行くぞ!!」
「ルシウス……?どう言うことなの……?」
嬉しそうに腕を振り上げた父が、その声を聞くと、驚いた顔をし、振り上げていた手を下ろした。
「母さん……。」
父に問い掛けたのは母だった。
ふわふわとした桃色の髪で、大きい瞳を心配そうに揺らす、年齢が分からない童顔は娘の私でも守ってあげたくなる。
「うっ……これは…。」
いいよどむ父に叔父は驚いたように声を上げる。
「おい、お前?!まさかの言ってなかったのか……?」
「あ、あぁ……。」
そんな二人の前に母さんが立った。
「ねぇ、貴方……?どう言うことなの?」
「うっ……。」
先程までな威勢は何処へやら、心配そうな母から顔をそらす。
ガッ!!
「ちょっと!!あんたっ!どうせクレインを助けに行くとか言ってフレイシアも連れて行くとか言ったんでしょ?!!!」
母さんはふわふわの桃色の毛を逆立てて、大きな目を吊り上げ、鬼の形相で父さんに掴みかかった。
「いったい!いたい!いたい!だって、フレイシアは森の中でも屈指の魔法の使い手で……」
「だからって、どうせ産むのは何百年も先だからって無理やり連れて行こうとしたんでしょ?!!これだから男はっ!!妊娠中がどれだけ辛かったか分かる?!!」
ものすごい勢いで怒鳴る母さんに父さんはすっかりしょげてしまった。
……母さん。怒ると本当に怖い……。
「はぁ。とりあえずフレイシアは連れて行かないわよね??」
「あ、あぁ。そう言うことになった。」
怒りが一旦静まった母さんに父さんはホッとしたように返す。
「そうらしいわよ〜?フレイシア?」
そう母さんが言うと、奥から息を呑むほど美しいエルフの女性が歩いてきた。
「フレイシア……。」
呆然とする王様に王妃様は駆け足で歩み寄る。
「貴方も……。行くのですか?」
「あぁ。そうだ。すまない」
「………。」
王妃様は一瞬辛そうにした後、ニッコリとは微笑んだ。
「本当に……。帰ってくるんですよね?」
「あぁ。必ず帰ってくるとも。約束する。」
「本当ですね?私、何千年たとうが、ずっと、ずっと待ってますから。だから、待たせないでくださいね?」
今まで笑っていた王妃様の顔から涙が溢れでて、取り繕っていた笑顔が崩れた。
「ばかっ。ばかっ。貴方があんまり長く帰ってこなかったら、私の子供が貴方に懐かなくなっても、知りませんからねっ?!」
綺麗な顔を涙で濡らす王妃様の頰を王様はすっと撫でる。
「約束するよ。子供の顔が見れずに死なない。」
二人は強く、強く抱き合った。
「あーー。お二人さん?邪魔して悪いんだけど、そろそろ行かないと….…」
呆れなような父の言葉に二人はバッ!だと離れる。
「ちょっと貴方?今言わなくてもいいじゃない?!」
「いや、だって……。」
母さんと父さんがそんな二人の様子を見ながら言い争う。
「まぁ。いいわ。さぁっ!行きましょう!」
「えっ?!お前も行くのか?!」
「当たり前でしょー?なんでフレイシアはいいのに私はダメなわけ?!」
父さんの言葉にまた母さんの怒りがこみ上げてきた時、叔父さんが手を叩いた。
「まーまー。そこまでそこまで。今度こそ行くぞ??」
おじさんの声を聞き、父さんと母さんが私を見た。
「アドリアナ。いい子に待っててね?」
「アド。父さんがいないからって泣くなよ?」
母さんと父さんが私の頭を撫でる。
「うん…。わかった。泣かない。ちゃんといい子にしてるから……。 だから二人とも、絶対戻ってきてね?」
当たり前だ。と、二人が頷く。
「じゃあな….…。行ってきます。」
「行ってらっしゃーい!!」
私たちは、みんなが見えなくなるまでずっと手を振った。
「よしっ。王妃様っ!そろそろ戻ろっ?」
「えぇ。そうね。」
私は王妃様の手を取って歩いた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「えっ?!」
振り返ると、そこには白い木がどこまでも立ち並ぶ森があった。
メキメキメキメキ………
地面が割れ、その割れ目から白い枝が生えてきた。
みんなが呆気にとられている間に、この枝はぐんぐん成長し、やがて一本の白い木が生えた。