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『僕が死んだ日の君は』  作者: 黛 栫ヰ
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「ごめん」

《五月十五日・学校》

 学校の休み時間。彼女と初めて話してから一年以上経った中学校三年生の五月。クラスのメンバーは去年とあまり変わっておらす、まだクラスに受験の雰囲気は無い。そして、彼女は今日も友人であろう僕の幼馴染(おさななじみ)徳永冷夏(とくなが れいか)と話をしている。冷夏の話を聞いてるのか、ただ聞き流しているのか、相槌(あいづち)を打っているので聞いてはいるはずなのだが、注意して見ないと思い切り聞き流しているようにしか見えない。

 「おーい!梶ヶ谷!来いよ!虹色のやもりがいるんだ!」

篠崎観察をしている途中、急に僕を呼んだのは(はる)だった。こちらを見て目を輝かせている。馬鹿だな、と思いながら、遙の方へ向かう。その際に彼女と冷夏の横をさり気なく通り過ぎ、会話の内容にほんの数秒、いや通り過ぎる際に聞いただけなのでそこまで聞き取れてもいないだろう。二人の話す声が聞こえた。だが冷夏のうざったるしい声が大きかったので、きっと誰かの悪口を言っているのだろう。冷夏が一方的に彼女(そういうと僕の彼女みたいに聞こえるか)改め、篠崎に愚痴(ぐち)を言っているだけなのだろうか。それとも冷夏の愚痴に篠崎も混ざり一緒になって女子の裏側の下衆な部分をさらけ出しているのだろうか。

 そう考えているうちに、遙のいるベランダへと着いた。教室内なのでさほど遠い距離では無いが、その短い距離を歩く何秒かでよくこの低能がここまでの思考能力を発揮したものだ。ここは素直に自分を()(たた)えるとしよう。

「ほら見ろよ!やもり!」

遙がベランダの掃除に使うデッキブラシで押さえつけていたやもりは、体育祭ではしゃぐ女子たちのように輝き、僕の目には眩しくて痛いと感じる、今日の太陽の光に照らされて角度を変えると様々な色に見えた。

 すると急に後ろから声が聞こえる。

「あ、本当に虹色のやもりだ!可愛(かわい)いなぁ」

 僕がその声の主が誰かということに気付いたのは、その声を聞いてから数十秒後の事だった。その声は、女子にしては低く、聞いていて落ち着きのある、しっかりとしたかっこいい声。

 振り向くと、その声の主の、太陽に焼けたのか、染めたのか、元からなのか分からない少し茶色の髪の毛先が僕の鼻先に触れた。予想通りだ。声の主は篠崎だった。立ちながら少し前屈(まえかが)みになっている彼女の方を向く僕は、やもりを間近で見ていたためしゃがんだ体制をしている。そんな状態で真っ直ぐ、彼女の方を向くと、必然的に彼女の首元と制服の間から少しだけ彼女の豊満な体が見える。なぜかかなりの背徳感(はいとくかん)があるのだが、断じて見ようとして見たわけではない。偶然目に入ってしまっただけだ。大事なことなのでもう一度言おう。偶然目に入っただけだ。だが、気付いていないのか彼女はその体制のまま動じず、「やもり可愛いね!虹色なんてオシャレさん!」と微笑(ほほえ)んだ。その笑顔のせいで僕のほうが色んな意味で動じてしまった。

 そんな僕をお構いなしに、彼女はやもりを見たいがために、僕の方へもっと前屈みになりながら近付いてくる。僕の僕はもう危ないラインまできている。

 そんな僕と篠崎を横目に、

「おい!梶ヶ谷(かじがや)!その角度と体制は確実に見えてるだろ!それとも奏ちゃんがわざと梶ヶ谷に見せつけてるのかぁ~?」

と、遙がかなり大きめの声で言った。すると、周りにいる僕の友人やクラスメイトが一斉に笑い出す。もちろん皆、遙が冗談でふざけながら言ったと分かっているから笑っているのだが、その冗談がたまに通じていないのが、篠崎奏だ。彼女の顔に目線を移すと、表情筋は職務放棄しており、目は死んだ魚と入れ替わっていた。そんな表情で篠崎が見ていることを僕以外はきっと知らないだろう。

「梶ヶ谷ごめんね。近かったね。やもりに興奮し過ぎて梶ヶ谷の事が見えてなかった。次は気を付ける。てか遙!うちと梶ヶ谷が付き合ってるわけねぇだろうが。ふざけんな。」

彼女がベランダから教室中に言い放った直後、陽だまりのような空気が一変し、肌着とパンツ一枚で冬の北海道の海に投げ込まれたような感じがした。まあ肌着とパンツ一枚で冬の北海道の海に投げ込まれたことは無いけどな。

約三十秒後、彼女が、僕と目を合わし目だけで薄く微笑んだあと、ベランダのやもり野次馬(やじうま)たちを()け、自分の席に着くまで、僕と遙からポツリと出た、謝罪とはまた違う意味の「ごめん」が、教室の沈黙の中響いていた。


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