丹波翠
今回はお嬢様系女子のお話。こんな女子はリアルにいないよねって思いながら書いてました。
これぞ二次元って感じがして俺は好きです。
放課後となった俺は図書室へ向かっていた。ここ最近はバイト続きであったため放課後に立ち寄ることができずにいた。
図書室自体は昼休みにも度々訪れているのだが昼食もあるせいか放課後より時間は取れない。図書室では飲食厳禁であるため教室で食べるしかない。
図書室の扉を開けるといつもの場所に一人の女子生徒が座っていた。
彼女の名前は丹波翠。アッシュジンジャーの髪は窓から入り込む風で靡き、読書の邪魔にならぬようサイドの髪をそっと耳にかける。佇まいも所作も品格溢れており、まるでどこかのお嬢様のようだ。本人曰く普通の家庭らしいけども。
「あ」
こちらに気づいた丹波さんは俺にふっと微笑みかける。やばい可愛いそしてふつくしい……。
「どうも」
「こんばんは。今日は何をするんです?」
「勉強やろうかなって」
「わかりました。わからない場所があれば言ってください。力になりますから」
「うん、ありがとね」
「いえいえ、気にしないでください」
丹波さんにはここで勉強する際に一度間違いを教えてもらって以降、不明な点は丹波さんの知恵を借りることにしている。丹波さん性格完璧なうえに頭もいいとかやばいな。かわいい。まさに才女というに相応しい人だと思う。
丹波さんは真面目な性格だ。物事には真剣に取り組み、勉強でも常に学年上位で運動神経も良くはないが悪くもない。唯一料理が苦手だって話していたことはあるけれど家庭科の授業を見かけたわけではないのでその腕前は未だ不明だ。
普段は自分の席で物静かで読書をしているらしいが、図書室でいるときと同じように読書をするその姿はどこかのお嬢様を連想させる。他クラスとも交流のある翔がこの前、あまりの神々しさに周りの人たちが近寄りづらいみたいだと話をしていたのを聞いたらしい。
けれどこうして話してみれば同級生や下級生相手でも敬語である点を除けば人当たりもよく話しやすい存在だ。相談にも親身になって聞いてくれるし励ましてもくれる。友人になればこれほど心強い存在などないだろう。
同じ成績優秀者でも出利葉だとこうはいかない。何かと俺に突っかかるし。和琴も丹波さんと同じように声をかけてくれるのだが、和琴の成績は良くも悪くも平均なので、俺が分からない箇所は和琴も頭を抱えて悩むのだ。頼りがいがあるのかないのかわからない。
「よいしょっと」
俺は彼女と二つ席を開けた場所に座ると、勉強道具を取り出して勉強を始める。二つ開けるのは近づくことが恐れ多いから。……というのは半分冗談で、最初に座った時に開けた席が二つだったからで、今もそれが続いているだけである。わからない箇所を聞く場合は席を立って心の中で何度か礼をしてから聞きに行く。常に聞ける環境だと頼る回数がその分多くなりそうで、読書に邪魔をしてしまいかねない。
「他の皆さんはもう帰ったんですか?」
「たぶんそうじゃないかなぁ。樟は部活だから省くとしてもそれ以外は帰ったと思う」
「和琴さんは待ってそうですけどね」
「連絡したから大丈夫」
実は丹波さんと和琴は面識がない。ではなぜ丹波さんが和琴を知っているのかというと、俺が電話やL〇NEで和琴とやり取りしていることを丹波さんが目撃したことがきっかけだ。そこから二人での会話時に和琴の話題になったら俺が話すことで丹波さんは和琴のことを知っていったというわけだ。もちろん和琴のプライバシーの問題があるから多くは語らないけども。少なくとも一緒に登校することや家に手伝いに来ることは把握している。
ここでもう一つ言っておきたいのが、和琴が俺と丹波さんの間に交流があることを知らないということだ。理由はいくつかあるが、携帯や教室にいるときに口頭で連絡等できるため俺が図書室に行く際は家事等を行うため図書室へは立ち寄らずに帰宅する。丹波さんとはクラスが離れているため学年で行う授業でもない限り廊下ですれ違うだけだ。俺と丹波さんは図書室でしか交流しないため、俺と丹波さんの仲を知っている人物は本当に数少ない。
和琴だけでなく樟や神前も同様に丹波さんと面識がないし、俺の方の航や翔も見かける程度で俺と丹波さんとの繋がりまでは知らないのだ。だが俺がべらべら喋るせいで丹波さんは樟たちの事をある程度把握している状況だ。プライバシー云々なんて言ったけどそんなもの最早ないも同然だな。
「適当に買い物しながら帰ってると思うよ」
「ん~、どうでしょう。今日雨予報でしたから」
「え、そうだっけ……?」
やばい傘ない。折り畳みなんて持ってない。荷物嵩張るしそもそも降るなんて予報見てなかったし!
現に今あまり曇り空じゃないし。
「その顔は傘がない、って顔ですか?」
ふふっと意地悪な笑みを零す丹波さん。からかっているのだろうが可愛さでどうでもよくなる。
「当たり……。そっかぁ……ん~、じゃあ降る前に帰るかな」
「学校で保管している置き傘を借りないんです? それが可能なら大丈夫だと思いますよ。廊下で最近勉強できてなくてやばい……と数日前に嘆いてたじゃないですか」
「聞こえてたんだ……。いやぁ、できるんだろうけどそういうの借りるの躊躇うって言うか……」
借りた傘が大雨や強風で壊れたら、とかいろいろ心配な部分がある。壊れて骨組みのみになってずぶ濡れになったりして、そんな状態で家に入れば奏楽からタオルをぶつけられるだろうし。
「それじゃ貸出可能の意味がないのでは……」
「いいのいいの。借りるかどうかは本人の自由だし。放課後になってまで先生に会いたくないし」
「部活で先生と会う生徒たちの気持ちを考えましょうよ……」
そこまで話したところで風が強くなってきたので俺は立ち上がって窓を閉める。もしかして雨が降る前兆なのでは、と勘繰りつつ席に戻るとそのままバッグを掴む。
「とにかく今日はもう帰るよ。濡れたら妹に怒られそうだし」
「……わかりました。帰り道、気をつけてくださいね」
俺がそう言うと淋しそうな表情を浮かべた。俺の高校の放課後の図書室はほとんど人がいない。勉強するにも読書をするにも、学校近くにある大きな図書館で行われることが理由なのだが、にもかかわらずほぼ毎日と言っていいほど丹波さんはここに通っている。
つまり読書するのは丹波さん一人であることが大半だ。だから話し相手がいることが嬉しいのかもしれない。
あぁもう、そんな顔しないでほしいんだけど! 自分の体を椅子に固定して朝までいたくなるじゃんか!
「あ、よかった~。まだ残ってた」
心の中で葛藤していると図書室の扉が開かれる。珍しいなと思ったが図書室の管理をしている水戸先生だった。若い女性の先生で物腰柔らかい性格で多くの生徒たちから好かれている。
「何か?」
「ちょっと手伝ってほしいことがあって。いい?」
「すぐ終わります、それ?」
「どうだろう……。ちょっと時間かかるかも」
「断るのもあれですしやりませんか? 二人ですればすぐですよ、きっと」
「ん~……。まぁ、いっか」
「ありがとう! じゃあちょっと来てくれる?」
そう言って水戸先生が歩いていった先はこの図書室内に存在する司書室という部屋だ。ここには新たに搬入される本の保管場所になっていたり図書委員が話し合いをする場所として利用されている。
「ここのね~……。あ、これこれ。このアンケート票のまとめと、あとは図書室内の文庫本の状態の確認をしてほしいの。本当は今日やる予定だったんだけど忘れちゃってね」
「えぇぇ……」
「アンケートのまとめもそうですけど、状態確認は時間かかりそうですね……。まぁ本来なら委員会全員で行う作業であって、私はともかく御堂さんにさせる仕事ではないのですが……」
丹波さんは水戸先生にじとっとした視線を送る。何これかわいい。……え、俺のキャラが崩壊してるって? 気にしないで。気にしたら地獄に落ちるよ。
「い、いや先生だって大変なの! 部活の指導内容もまとめないとだし期末テストの問題作らないとだし!」
「うわ、嫌な単語聞いてしまった……」
「というわけでよろしくお願いね!」
ぱんっ、といい音を鳴らして両手を合わせ頭を下げる水戸先生。だが笑顔の水戸先生の傍で丹波さんが言葉を挟む。
「貸し一つ、ですよ?」
「……はい」
おおう、何か黒い一面を見てしまったような気がする。まぁ出利葉に影響されて俺を揶揄うような人だしそういう一面があるのもまたギャップがあっていいのかもしれない。そう考える時点で俺ももうダメになってるんじゃないだろうか。
「それじゃあよろしくね」
「はい」
「はい」
俺たちに仕事を押し付けて水戸先生は図書室を出る。俺たちは早速作業に取り掛かるが俺は図書委員の仕事をあまり把握していないので大半の事は丹波さんに聞きながらになる。なんか申し訳ないけど俺も仕事できないと丹波さんへの負担が大きすぎるしね。
「俺こっちやるね」
状態確認は図書委員である丹波さんの判断に任せるのが一番だ。おそらく学校で一番図書室の蔵書に触れてる存在だし。それに比べてアンケート票のまとめは一般の雑用に近いから俺一人でもできそうだ。
そう言ってシャーペンを取り出してアンケート票をテーブルの上に乗せる。うわ何だこの山みたいな量……山を前に座ったらまるで売り子みたいだな。
「わかりました。……票数、間違えないでくださいねっ?」
まとめを俺に任せて状態確認作業に入ろうと司書室を出る直前で丹波さんはふわっと軽やかに振り返る。目を少し細め柔らかく、そして少し意地悪そうに微笑んだ。まるで彼女の近くに桜が舞っているような錯覚を見てしまうほど、可憐で美しくて可愛らしかった。
「大丈夫。任せてよ」
自分の胸を拳でとんと叩いてそう宣言する。俺からこっちをやると言い出した以上失敗するわけにはいかないし!
「それじゃあ、お願いしますね」
そう言って安心したように笑って丹波さんは司書室を出た。もうほんとに女神だ浄化される癒されるぅ……。
さて、きっちり俺は俺の仕事をこなしますか!
* * *
あぁ~~~~~……疲れたぁ……。
いやね、学年ごとに本のタイトルのリストアップや同数票の計算、要望の簡略まとめとかやること多すぎて笑えなかったんだけどこれ……。
じっくりじっくり計算したし要望を上手く汲み取ったうえできっちり簡略化できているか、など確認する作業だけでも時間を取ってしまった。一人じゃ無理があるなやっぱり。委員会でやるべきだ。あの先生め……。
一、二学年分をまとめた時点で午後五時半を過ぎていた。正門は六時、遅くても六時半には閉まってしまう。先生の報告も含めると六時頃には終わらせたいけど無理だなぁこれ……。
終わった分をわかりやすいように分けて、上に何学年か表記した紙を乗せてやる。別に置いていくわけではないが、こうしたほうが俺も分かりやすくていいのだ。
気合を入れて三学年の分を始めようと一枚目の票を手にした時、司書室の扉が開かれる。そこに立っていたのはクリップボードを持った丹波さんだった。
「あれ、終わったの?」
「ここの蔵書の状態なら、私が大半を読破しているので辞書などの物を除いた書物のほとんどは把握してるんですよ。特に直近に読んだ物は軽くぱらっと見るだけで十分なんです。状態確認だけでいいとは思いますが一応蔵書数の確認もできそうだったので一緒にしておきました」
流石だわマジで。伊達にいつも図書室で読書してないな。ほんと図書委員にとことん向いている人材だと思う。水戸先生は救われたな、うん。……さっき貸しとか言っていたけど今まで何度貸しを作ったんだろうか……。ちょっと気になった。
「そちらはどうです?」
クリップボードを近くの棚に置いてこちらの手元を除き見る。近い……。恐れ多くて今すぐにでも飛び退きたいところだがさすがに失礼だと思うので止めておく。
「あと三学年の分だけ。まだ時間かかりそう」
「そうですか。私の方は終わりましたので手伝いますね」
「……申し訳ない」
「いいんですよっ。気にしないでください。むしろ図書委員でない御堂さんにこの仕事をさせる水戸先生が悪いんですから」
「でも俺がいなかったら丹波さん一人でやりかねないし……」
俺も図書室で関わって話をするようになってから少し視線で追うようになったのだが、気になる事もあり、よく先生に頼みごとをされるのか読書以外に請け負った仕事をしている風景を見かけることも多かったのだ。
断れないこともないけれど断るほどの理由もないので受けている、といつだったか話してくれたのだがその優等生としての振る舞いは疲れないのかな、と俺は個人的に思う。俺は堅苦しいの嫌だし。
「心配してくれてるんです?」
「……そりゃあね」
なんか急に恥ずかしくなってそっぽを向く。ちらと視線だけ送ってみると口元に手を当てて小さく笑っていた。
「ふふっ」
「人が真面目に心配してんのに……」
「いえ……嬉しいんです。そう言ってくれて……」
頬を赤く染めて嬉しいと言ったこの表情は十人いれば十人が見惚れてしまうのだろう。実際に俺も若干動きを止めてしまった。
「……は、早く終わらせてしまいましょうか」
「……だね」
その後丹波さんは誤魔化すように筆記具を取り出して俺の一つ隣の席に腰掛けるが、頬の紅潮は治まっていない。俺はそれが少し可笑しくて、小さく笑ったあとアンケート票の束を丹波さんに渡した。
それからは私語もなく作業に集中した。部屋の中は時計の針が刻まれる音とシャーペンが滑る音しか聞こえない。いつもはページを捲る音も一緒に聞こえてくるのだが、今日はそれがない。
だが俺たちが仕事をするうえで、心地よく仕事を進められるBGMとなってくれたことには変わりなかったのである。
* * *
「……」
「……降っちゃいましたね」
ざーっ、と勢いよく雨雲から落ちた滴が地面を叩く音が聞こえてくる。校庭の土はすっかり水気を吸って湿っている。湿気を含んだ風は独特な臭いを一緒に運んできていた。この雨の臭い好きじゃないんだよなぁ……。
午後六時を回ったころに作業が終了し水戸先生に報告してからすぐに玄関に向かったのだが、案の定雨が降り始めていた。勢いからして本降りらしい。
「結局借りてないし、どうするかな~」
バッグを傘代わりに頭上に持ってきて走ろうかとも考えていたところ、隣で持っていた傘を開く丹波さんの姿が目に移った。そしてこちらに視線を移す。
「……入ります?」
「え……」
「濡れると大変なんですよね?」
「そうだけど……。いいの?」
「私から提案してるのにダメなわけないじゃないですか。さぁさ、遠慮せずに」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「はいっ」
そう言って丹波さんの隣に恐る恐る入るとぴたっと身を寄せてきた。近い近い近い近い!
丹波さんはそのまま歩き始めようとしたのだが、さすがに傘を持たせるのは悪いので俺が持つことにした。身長差が多少なりとあるせいで丹波さんが若干腕を上げていたから、というのもあるけど。
もちろん丹波さん一人が使うことを想定した大きさなので、丹波さんが濡れないように傘を若干傾けると、俺の肩が徐々に濡れていった。だがまぁ、このくらいなら大丈夫だ。いつだったか肩だけ濡れた状態で帰っても奏楽に怒られなかったし。平気平気。
「……今日、楽しかったです。いつもより」
「仕事だったのに? 俺は大変だったけどなぁ……」
「きっと、理由は御堂さんにはわかりませんよ?」
「えぇ……」
俺がうーんうーん、と悩んでいて気付かなかったが、横にいた丹波さんは少しばかり頬を紅潮させ俯いていた。視線だけはこちらに向けていたようだけれど。もしかして濡れた肩を見られたかな。まぁ今くらいかっこつけてもいいだろう。
「わかる日が来ると、私も嬉しいんですけどね」
小さく呟かれたその言葉は、雨にかき消され俺の耳に届くことはなかった。
けれど、悩んでいる俺の隣を歩く丹波さんは、今までで一番と思うくらい柔らかく、そして優しい表情で俺の横顔を見つめていたのだった。
読み返して思ったより恋愛要素が入ってることに気づきました。もうちょっとふざけよう……。