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東坂和琴

久しぶりにこっちの更新を。

「おはよう」

「あ、おはよう和琴」




 いつも通りの登校時間に家から出ると、いつものように和琴が玄関先の塀に背を預けていた。俺の事を待っていたようだ。


 東坂和琴。幼稚園の頃からずっと付き合いのある幼馴染だ。艶のあるボブの黒髪だが本人の人当たりの良さから暗さを感じさせない。きっちりと制服を着こなし佇む姿は花があり、すれ違う人々の視線を集めてしまいそうなほど写真映えする。




「待ってるなら呼んでくれていいのに」

「いいの。待つ時間も好きだし、焦らせて忘れ物しちゃったら困るし」




 まぁ、俺も待ってることが多いので家を出る時間は少し早くしているのだが、和琴はいつから待ってるんだろうか……。


 毎度のことだけど、疎ましく思うことは無い。登下校の道が一人であることが悪いわけではないが、それでも話し相手がいるのは一種の安心感を得られる。特に和琴だとね。




「行こ?」

「だね」




 俺たちは並んで学校へと歩いていく。当たり前だが、俺の方が身長が高いため和琴の歩幅に合わせて若干歩くスピードを落としている。今の時間帯なら遅刻の心配はないし、わざわざ和琴を急がせる必要もない。




「今日もバイトだっけ?」

「ん、そうだった。授業の合間で課題片づけるかなぁ」

「時間足りるの?」

「多分ギリ。どうせ授業でやったことの繰り返しだし行ける……はず?」

「不安になるなぁ……」




 心配そうな瞳で和琴が見つめる。いやそういう和琴も自分の家だけじゃなくて俺の家の家事もやってくれたりとか大変だろうに。


 正直和琴の厚意には多大な感謝があるが同時に申し訳ない気持ちもある。和琴もやりたいことがきっとあるはずなんだ。図書室で丹波さんはあぁ言っていたけれど、本当は我慢していたりするんじゃないだろうか。




「……悌君?」

「……ん、どした?」

「いや、虚空を見つめてぼーっとしてたから」

「あ~、ちょっと考え事」

「電柱にぶつかるよ?」

「大丈夫――おわっ!?」




 心配させまいとそう言い切ったと同時に、歩く自分の足がもつれて派手に転倒する。恥ずい。マジで恥ずい。




「……それで、何が大丈夫なの?」

「ダイジョウブダイジョウブ。シンパイナイヨアハハ」

「どう見てもおかしくなってる気が……。早く起き上がらないとその姿を他の人に見られちゃうよ。ほら」




 和琴がしゃがんでこちらに手を伸ばす。俺は和琴の手の位置を確認しようと顔を上げたのだがしゃがんだせいで和琴のスカートの中が見えそうになる。




「……っ」

「?」




 俺は卓球選手もびっくりの反射神経で咄嗟に目を逸らす。幸い位置は分かったので和琴の手を掴んで立ち上がれた。スカートの中も視界には入らなかったので一安心。見られるのは和琴も嫌だろうし、死んでも見んぞ俺は。




「ついてないな全くもう……」

「今転んだ不幸の分、この後に幸運があるかもしれないよ? 元気出そうよ」




 励ましてくれる和琴はほんと天使のようだ。この優しさを出利葉にも分けてやりたいよ。あと奏楽にも。




「出すけどさぁ……。樟の朝紅葉と出利葉の毒舌が待ち受けてると思うと……」

「あはは……。二人は二人で悌君のことを信頼してると思うよ? じゃなきゃそんなことしないだろうし」

「その信頼はどうか優しさに変換してほしいものだけど……」

「でも、なかったらなかったで多少はつまんなく思わない?」




 それを認めてしまうと俺はMだということになっちゃうんだよ。それだけはあっちゃいけない。俺のペットボトルのキャップくらいのプライドに賭けて。


 あの絡み方でなければ別にいいんだよ? 話しかけてくれるのは俺としては嬉しいし。勉強の時間減るけども。




「俺は普通に日常会話をしたいだけなんだ……!」

「中神君や比良坂君もいるし、詩乃ちゃんも彩音ちゃんも雫玖ちゃんもいる。いっぱいいるよ。私もいるし。そういう事言えるなんて贅沢者だよ、悌君」

「ん……。言われればそうなのかもね」




 航は小学校から、翔は中学から、他三人は高校からの付き合いだが高二になってもこの関係がずっと続いていて安心している部分もある。


 和琴に至っては本当に小さい頃からずっと一緒にいる。気づいたらもう十年以上経過していて、今もこうして一緒に歩いて話をしてるし、関係を維持するどころかむしろその距離は近くなっている気がする。


 きっと、俺の家で家事をするようになってからだろうな。俺と奏楽の二人の生活に、たまに和琴も混じる。和琴のお母さんも来てくれることもあるし、何だかんだで東坂家には返しきれないほどの恩がある。


 和琴たちはそれを気にする素振りを見せない。俺としては返すべき恩だが、彼女たちにとっては自分たちの生活の延長線上でしかないと思っているのだろう。二人ともそれを苦とは言わない。本人たちの前では絶対言えないだけだろうか。


 近くにいる和琴にちらと視線を向ける。彼女は考え事をしてる俺に気付かず話し続けている。


 気づけば結構な頻度でこうして和琴たちから受けた恩について考えてるな。一度負担になっていないか聞くことも検討したけれど……。




「それでね、今日奏楽ちゃんと一緒にご飯作ろうと思うんだ~。何食べたい? 悌君の好みの味付けはもうわかったと思うし、作れそうなものなら何でもいいよっ」




 いつの間にか先行して歩いていた和琴はこちらを振り返る。彼女が向けるのははじけるような笑顔だ。淀みなど一切ない純度100%で、そこに悪意や裏の意図など混じっていない。


 その笑顔を見るたびに胸がきゅっと締め付けられる。疑う自分が情けなく思えるのだ。




「……今日は遅くなると思うよ」

「それでもいいよ。もう作るって決めちゃったもん」




 申し訳なさでいっぱいになってつい遠回しに断ろうと思ってそう口に出すが、和琴は純粋な厚意をぶつけ、決定事項だと言わんばかりにこちらの意見を切ってくる。




「和琴にもやることあると思うし、毎回悪いって」

「家事がやりたいことだよ。辛かったらこうして言い出さないし。……もしかして、余計なお節介だったりするのかな……?」




 和琴の表情が笑顔から悲しげな表情に変化する。


 それと同時に気付く。俺は何をやってるんだろうかと。自分でも言ってたじゃんか。悪意も裏の意図も何もないって。


 一人で考えて一人で勝手に決めつけて、バカだな俺は。ほんとバカ。


 朝からこんなんじゃダメだ。俺は自分の頬を思いっきり殴る。




「えぇ!? 何してるの!?」

「っつ……。ちょっと俺がバカだっただけ」

「おバカさんでも自分の事は殴らないと思うよ……?」

「それより!」

「!」

「作るならバイト終わりだし、がっつりとした丼物がいいかも。でも本当に遅くなるかもだから無理して作らなくていいからね?」




 取り繕うように明るく振る舞う。和琴は一時戸惑いを見せるもすぐ笑顔を取り戻す。




「うん! 帰ってくるときに連絡してもらえれば大丈夫だよ。作って待ってるから」

「ごめんね、本当に」

「謝るの禁止! 私は好きだからやってるの。二人の負担を減らしたいから、できることは手伝うつもり。さ、もう行こうよっ。自習時間減っちゃうよ?」

「……だね」




 俺たちは若干歩くペースを速めて学校へ向かう。それからの会話は授業の事、昼食の事、帰りの事といったいつも通りの会話。


 何気ないこの時間も、俺達には特別だ。


 話に夢中になっているうちに、気づけば速めていたペースは段々と普段のペースになっていて。


 けれど楽しい時間だったので何気ない話を続けていた。


 自習時間が減ってしまったけれど、今日くらいはいいと思えた。


 ただ朝紅葉と毒舌だけはいいと思えず、喰らった俺は朝から身も心も痛いです。訴訟。










「うぃーっす悌。それ食べ終わったら体育館行くぞ!」




 昼休みに突入した俺は弁当を広げ、いざ食べ始めようとした時翔が近くの椅子を寄せ声をかけて来る。




「いきなり何さ」

「たまには付き合えって。航も誘ったしよー」

「今日出た課題終わらせんといけないからパスで」

「えぇー! 今日ぐらいいいだろー」

「こっちは忙しいの。やりたいのもわかるけどさ」




 俺たちの高校では体育祭の代わりに球技大会が開かれる。俺は現在帰宅部だが中学時代は部活で活躍した功績があり、航と翔は現役の運動部で運動神経は抜群。俺たち三人は去年の球技大会において上級生を次々倒したことから、クラスどころか学年の代表を名乗れるほどになっている。


 頼られるのは嬉しいことだがいろんな競技に駆り出されるため運動できても体力が持たない。




「球技大会あるもんね。いつもお疲れ様」




 二人の話を聞いていたのか和琴もこちらへ近づいてくる。その手にはおそらく弁当の入った花柄で可愛らしい巾着袋が握られている。




「おうよ! 今年も三年相手に全勝してやるさ。和琴も応援してんだから行くぞ!」

「いやだからさ……」

「課題なら私がやっておこうか?」




 和琴から魅力的な提案をされたが絶対字でバレる。昼にやる予定の課題は現代文なのだが、あの先生何かとノート提出の時に字を見るんだよな。汚いとか赤ペンで書かれて翔が喚いてたっけ。


 それに自分でやらないと身に付かないし、何より和琴に悪い。家事をしてもらっていてさらに課題代行とか俺が完全に怠け者になる。




「いやいいよ悪いし。どうせあの人なら字でわかっちゃうでしょ。だから翔、今日は航と頑張って」

「マジかー。しゃーねぇな。んじゃ行ってくるわ」




 そう言って翔は立ち上がる。そういえばこいつ弁当食ってないな。




「翔昼弁は?」

「もう食べた」

「早っ!」

「んじゃなー!」




 片手を挙げて簡素に挨拶を済ませ翔は体育館へダッシュで向かう。ほんと嵐みたいだな。さて、これで食べられそうだと思い弁当を見ると入っていたはずの唐揚げと卵焼きが一個ずつ減っている。あの野郎……。翔を恨みつつ俺はウインナーを一つ口に放り込む。




「手癖悪いなあいつ……」

「絶対早弁したのと量が足りなくてお腹すいてたからだね」




 和琴は翔が座っていた椅子に腰かけると巾着袋から弁当を取り出す。俺もなるべく自然を装ってスペースを空ける。ありがと、と一言囁いた和琴も弁当を食べ始めた。




「だろうね。今度からカッターの刃でも仕込んどこうかな……」

「お弁当が真っ赤になっちゃうから!」

「いい気味だと笑ってやるさ」

「悌君は手癖じゃなくて意地と性格が悪いね」

「あいつにだけだっての」

「ふふっ、知ってるよ」




 あぁ、すごい今気が楽だわ。こうして普通に会話して普通に弁当を食べている。毒舌も喧しい奴もいない。まさにオアシス。桃源郷はここにあった。


 何気ない日常を目を閉じて噛み締め、食べ進めようと目を開けると減っていたはずの卵焼きが一つ増えている。




「和琴?」

「慈悲とサービス? 私のは少し多かったみたいだから。頑張ってねっ」




 ふわりと笑う和琴。その優しさに涙が出る……。頑張る、超頑張る。


 昼休みを終えた俺は活力全開のまま午後の授業を乗り切った。翔と航は運動したせいで午後の授業は熟睡して先生に怒られましたとさ。











「もうこんな時間!」




 バイト終わりの帰り道。俺はダッシュで自宅へと向かっていた。学校から直で来たため教科書類の入ったリュックを背負っている状態だ。重いわ!


 店を出る段階でバイト先の時計は午後十時を差していた。一応和琴には店を出た後すぐにL○NEで連絡していたけれど、晩御飯を出すには遅い時間になってしまっている。店長の話長いんだよ!


 急いで帰ってきたのだが、電気は点いている。奏楽が起きている可能性も考えたが、和琴が気を利かせて寝かせたのかもしれない。


 和琴は帰ったのだろうか。さすがに帰ったかな。帰ったっつっても隣だけど。


 なるべく静かに玄関のドアを開け中に入る。




 玄関には奏楽の靴と……ローファー。




 という事は……。




「っ!」




 俺は駆け足でリビングに入るとラップがされている親子丼がテーブルに置かれ、ラフな格好の和琴は伏せるようにして眠っている。ポケットからスマホを取り出す。既読はついていなかった。


 寝息を立てているその姿はあまりに無防備だ。俺の家とはいえ安心しすぎだろうに。ていうか和琴のお母さん心配しないのだろうか。連絡したのかな。いろんなことが頭の中を駆け巡るが、和琴を見るとそれも吹き飛んでしまう。




「全く……。ほんと頭上がんないな」




 俺は近くにリュックを下すと、ラップを外して丼の上に置いてある箸を用いてささっと食べる。時間が経って冷めているはずなのに、温かみを感じるのは気のせいか。


 食べ終えて台所で食器を洗った後、風呂の為に一度自室へ戻ろうとリュックを持って二階へ上がる直前に、和琴の元へ静かに駆け寄った。






「……いつもありがとう。ずっとずっと……感謝してるよ」






 そう一言残して俺は自室へ戻っていった。








   * * *








「…………」




 帰ってきた悌君が二階へ上がった後、私はそっと、目を開ける。すぐに立ち去ってくれて助かった。頬や耳が僅かに紅潮していたからだ。鏡を見ずとも体が熱くなる感覚ですぐにわかる。




「……こっちこそ、だよ」




 一言だけ呟いて、また目を閉じた。


 思い出すだけで表情が少しだけ緩んでしまう。……優しいなぁ、本当に。


 どれだけの量の感謝より、悌君のあの一言の方がよほど嬉しい。心が満たされるのがすぐに分かったから。




 今日はこのまま寝てしまおう。今の気分のままならきっと……いい夢が見られると思うから。




学生時代は一度も早弁しなかったなぁ……。クラスメイトはがっつり食べてたけど。

ちなみにこの作品は所謂サザ〇さん時空です。二年生で時間は止まっています。

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