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神前雫玖

前に投稿してから一年経つのか…。

というわけで生存報告代わりに投稿します。ArteMythも含めてシナリオ構成とイラスト込みの設定作りをしてましたが時間かかりすぎですね…

 ある日の朝、いつものように自習をしていると後ろから声を掛けられた。



「いよーっす悌!」

「あぁ、翔。おはよ」



 声に反応して俺は後ろを振り返ると、一人の男子生徒が立っていた。


 黒髪のアシンメトリーで、右側の髪をピンで留め、左側の髪を目にかかるほど長く伸ばしており、整髪料で毛先を整えていた。


 彼は比良坂翔ひらさかしょう。中学からの付き合いだが昔から一緒にいるかのような仲の良い友達だ。航と三人でよく遊んでいたことを覚えている。



「一時間目からテストとか怠くね? 適当に解いていいよな?」

「ダメダメ。成績に反映されるし」

「ちぇっ、面倒だけどやるしかないかぁ」



 翔は空いている席の椅子に座った。



「あっ、そういえば昨日さ。部活で俺が超絶上手いトスあげたらさー、仲間がスパイク空振って滅茶苦茶笑っちゃってよ!」



 翔は男子バレー部に所属しており、才能を発揮している。中学の頃はバスケ部でちなみに俺も同じくバスケ部だった。中学の頃は部活動強制だったし中学生でできるバイトもないしね。


その分部活では翔と一緒に大会で成績出してた。あの頃は夢中になって部活をやってたなぁ……。因みに航はというと、中学は野球部に所属、高校に入ってからはサッカー部に所属している。高校から始めたというが持ち前の運動神経でレギュラー入りはもう目の前だとこの前自慢げに語っていた。


 中学時代をぼんやりと思い出しつつ、俺は翔との会話へ意識を戻す。



「人のミスを笑ってあげるなよ……」

「いやだって、普段自分の実力はすごいって自画自賛してる人だからさぁ……! めっちゃツボっちゃって……!」

「翔だって昔は何度もやってたでしょうが」

「俺の場合は昔だし始めたばっかの頃だったからセーフだろ」

「ミスはミスだよ」

「手厳しいなぁ悌は」



 けらけらと笑うと、翔は立ち上がって窓の外へ顔を出した。



 どうしたのかと思っていると、背中に衝撃が走る。もちろん痛みというおまけつきで。



「おっはよー!」

「いったッ!」



 いつもの樟の挨拶だ。もう何度受けただろう……。



「比良坂もおはー!」

「おーっす樟。何か痛そうだからさ、いい加減その挨拶止めてやれって」



 いいぞ翔! もっと言ってやれ!



「なんか習慣になっちゃってさー。やらないと一日が始まんない気がして」



 習慣にしないで下さいお願いします!



「それより今日も勉強かー。よくもまぁ飽きないよねー」

「俺もそれは思った。勉強してばっかだと頭が固くなんぞ? 朝から毎日やってるだろ」

「俺は都合上大学に行けないからさ。高卒でいいところに就職できないといろいろまずいんだって」



 前にも説明したとは思うが、俺の両親はすでにこの世にいない。今は両親が将来の俺と奏楽のために貯めてくれた貯金と必死のバイト生活で何とか成り立っている状況だ。だがバイトにも限界はあるし貯金だっていつかはなくなる。ならば自立できるだけの稼ぎが必要となる以上早めにに就職しておきたい、というのが俺の考えだった。



「あ~、お前んちって結構大変だったっけか。じゃあ仕方ねェわな」

「そゆこと。まぁ、話してる時間は楽しいからそれは別にいいんだけどさ」

「だよな。ま、迷惑かけない程度に話しかけることにするな」

「あたしもそうしよっかな。紅葉は止めないけど」

「よそよそしくしないならいいよ。あと樟。できればそれを止めてほしいんだけど!」



 果たして俺の声は届くのだろうか。……多分届かないよね知ってた。



「おう。じゃ俺は戻るな」

「あたしも戻るねー」

「はいよー」



 翔は席から立ち上がると自席へ走って戻っていった。


 さっ、気を取り直して予習を……




――キーンコーンカーンコーン。




 チャイムが学校に鳴り響き、俺の教室へ担任の東凪沙あずまなぎさ先生が入ってくる。



「それじゃ、挨拶をお願いしまーす」



 ……予習する時間なんてなかった。






「あっ、売り切れてるし……」



 昼休みになり、俺は飲み物を買いに玄関に設置してある自動販売機の元へ来たのだが、普段購入している飲み物が売り切れていた。



「どうすっかな」

「…………どした?」



 俺が何を買うか悩んでいると、左側に来た人物に声を掛けられる。言葉の少なさとかわいらしい声は特徴的なもので、その声の主はすぐに分かった。



「神前か。いやいつも飲んでる奴が売り切れててさ、何選ぼうか迷ってた」

「…………ふーん」



 俺は普通に答えたつもりだが、神前は大して興味はないらしい。なぜに聞いたし。



「神前も飲み物を買いにきたの?」

「…………花壇整備の戻り」

「あぁ、確か環境委員だったっけか」



 俺の在籍する高校には評議員、風紀委員を始め多くの委員会が存在する。俺の周りで言えば今目の前にいる神前が環境委員、航が生活委員、丹波さんが保健委員にそれぞれ所属している。



「一人で?」

「…………うん。別に広くないし」



 花壇整備と言っても、校庭の一角に存在する幅数メートルほどの小さな花壇がある。チューリップやシロツメクサなど、季節ごとに違う花が咲いていたりする。しかし一目の付きにくい場所に存在するため、係がないと放置されそうなものなのだ。



「手伝おうか? 明日からでもいいなら」

「…………いい。そこまでじゃない」



 善意からの言葉だったが、断られてしまった。とはいえ昼休みは昼食を食べれば、あとは本を読むか自習だ。この際だから何か別の事をやってみたいと俺は考えていた。



「今週だけでもダメかな?」

「…………汚れるよ?」

「そりゃ花壇整備だし、覚悟の上だよ」

「…………じゃあ、明日校庭に」

「りょーかい。それじゃ俺は教室に戻るな」

「…………わかった」



 神前は一言呟くと花壇へ向かうのか中庭の方へ向き歩き始めた。振り返り際に見えた神前の表情は、どこか嬉しそうだった。






 次の日、昼食をとり終えた俺は中庭へと小走りで向かった。約束は忘れない。


 花壇へ来ると、花への水やりを行っている神前を見つけた。



「おーい神前、来たけど」

「…………ん。じゃあ、まずは肥料を」

「蒔けばいいのね」

「…………そ。やりすぎ注意」

「わかってるよ」



 これでも小学生の時に育てた朝顔はクラスで一番の咲き具合を見せて褒められた俺だ。育てるのならば誠心誠意大事に育ててあげるのが務めというものだ。



「そーいえばさ」

「…………?」

「草ボーボーの花壇もう一つあったけど、あれどうするの?」

「…………え?」



 どうやら神前は知らなかったようだ。


 昨日神前とわかれた後花壇がほかにあるのか見てまわったら一つだけあったのだ。長方形で、奥行き二メートル、幅は十メートル以上もあり高さも膝ほどある少し大きな花壇。これほど大きな花壇が放置されるのもおかしな話ではあるが、今俺たちがいる場所よりかなり目立たない場所で、一般の生徒じゃ普段立ち入ることもない場所だ。



「…………知らなかった」

「だろうね。あそこ普段誰も通らないし。ぶっちゃけ放置してても問題はないと思うけど……」

「…………やる」

「……だな」



 スルーできないとは思う。花壇の整備を欠かさず行う神前のことだ。大切に思っていなければできることではない。



「んじゃ、こっちをまず終わらせようか。その後にあっちの花壇ってことで」

「…………ん。わかった」



 こうして俺と神前は、花壇整備を始めた。


 やることは単純だ。花への水やりや雑草抜き、周りの柵の掃除。あと、今日はやらないらしいが花の数も定期的に数えるらしい。少なくなっている花壇には新しく花を植えるようにしているとのことだ。


 座ったり中腰になったり、俺は普段しないことであるため多少疲れを感じていたが、神前はむしろ普段見ない生き生きとした表情をしていた。……いつもその笑顔でいればいいのに。


 そんなことを思いつつ、数十分してようやく整備が終わった。しかし……。



「思いのほか時間かかったね」

「…………うん」

「向こうの花壇出来なかったなぁ……。放課後やるしかないか」

「…………悌は、バイトのはず」

「今日はお休み。俺の代わりに先輩がシフト入れてくれたから」



 夜遅くまでのバイトが多いためか普段よくしてもらっている先輩が定期的にシフトを変わってくれるのだ。あの人すごい優しい。



「…………」

「放課後もやろっか」

「…………わかった」



 俺たちは道具を片づけて教室へと戻る。午後の授業が終わればあと一か所だけ残っている花壇の整備を行う。あのまま放置していれば神前の仕事も増えることは無かったのだろうが、放置しようとは言わなかったあたり、神前は花壇を放っておけないんだなと思った。






「んで、俺は何からやれば?」



 予定通り、放課後を迎えた俺は整備道具を持って神前と一緒に、放置された花壇の場所に来た。前に来た時と変わらず雑草は無造作に生え、蔦は這うように絡みついていた。



「…………」

「どした?」



 やる気満々だと思っていたが、神前の表情には元気がない。



「…………何で気付けなかったんだろ……」



 神前がこれほど落ち込むのも無理はない。一年生の頃からずっと環境委員で花壇整備を行っていたからだ。上級生も把握していなかったせいか神前はこの場所を知らなかった。その結果がこれだろう。


 思えばこの花壇、いつから整備されていなかったのだろうか。気になるところではある。



「ま、仕方ないでしょ。神前って基本あまり動き回らないし。かくいう俺も偶然見つけただけだけど」

「…………頑張る」

「だね。んじゃ、俺こっちやるから」

「…………うん」



 俺は左側から、神前は右側から。軍手を身に付け鋏を持ち、近くに袋を置いて整備を始めた。


 日陰の場所にあることが唯一の幸運だったと言える。もしこれを行う時期が夏真っ盛りの時期だったらと思うとぞっとする。



「これゴミ袋運ぶの大変だね」

「…………頑張って」

「そうだよね神前は運ばないよね何となくわかってたけども」



「うわっ、蚯蚓!」

「…………食べないでね?」

「食うか!」



「…………喉乾いた」

「如雨露の水でも飲めば?」

「…………殺すよ?」

「物騒なこと言わないで冗談だから……」



 そんなやりとりをしながら作業すること数十分。日が傾き校舎や校庭が赤く染められている。



「終わったなー。すごい疲れた」

「…………うん。でも綺麗になった」



 二人だけなので時間はかかったけれど、整備前とは見違えるような綺麗な花壇が目の前にあった。


 まぁ、その努力の代償と言いますか、俺も神前も顔や腕、制服にまで土汚れが付いてしまっていた。帰った時奏楽に何言われるかわかったもんじゃない。



「ふーっ、久々に大仕事した」

「…………」

「神前?」



 俺が呼びかけても神前は振り向かない。じっと花壇を見つめるばかりだ。だが神妙な面持ちではない。むしろ口角は上がっていた。



「…………何を植えようかな」



 そういえば、神前が環境委員になったのって、こういった整備が好きなだけじゃなかったっけか。整備しているときに植えられている花を見る目が、まるで親が子を見守るように優しかったから。


 きっと花が好きなのだ。でなきゃこんなに真剣にはなれない。次の年も環境委員になろうとは思わない。花壇整備が終わって満足感のある顔なんてできない。



「今度さ、また大変そうなときがあったら言ってよ。時間が合ったら手伝うからさ」

「…………うん」



 ちらと、神前の横顔が目に入る。


 その顔は夕焼けのせいなのか、花壇整備で普段あまり動かさない体を酷使したせいか、上気したように頬が赤くなっている。疲れているせいか息も荒いようだ。



「…………帰ろ?」

「だね。終わったし帰ろっか」



 俺は雑草や蔦の入った二つのゴミ袋を持つ。帰る前にゴミ捨て場にこれを捨てに行かねばいけない。神前も道具を片づけないといけないため、すぐには帰らないようだ。


 早く帰りたいのか俺の前を先行して歩いていく。その足取りは整備が終わった後とは思えないくらい軽いものだった。


 俺はその背中を見つめながら、ゆっくりと歩き始めた。いつもとは違う一面を見られた新鮮さを感じながら。



お読みいただきありがとうございます!

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