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出利葉詩乃

一キャラずつ掘り下げていく予定です

 今現在、現代文の授業中である。


 現代文担当の仁原先生という四十代だと思われる男性教師が板書していくので、生徒たちは要点をうまくノートにまとめていく。面倒な人は板書通りに書き写していくのだろう。


 俺の場合は要らない箇所は書かずに必要な箇所だけまとめ、大事そうな部分をマーカーで印をつけていく、という形でノートをとっている。


 ふと、俺は右隣の少女へ目を向ける。


 艶やかな黒髪は背中を流れ、邪魔にならないように襟足をピンで留めていた。板書を書き写していくその姿は優等生そのものだろう。


 彼女は出利葉詩乃。高校からの付き合いだ。


 別段親しいというわけではないが、クラスでよく話をするのは和琴と航と、今はいないがもう一人の男友達である翔。おそらくその次が出利葉だろう。



「……板書、写したら?」



 見つめていると冷たい声でそう囁かれる。気づいて黒板を見てみるとかなり板書が進んでいた。



「やばっ!」



 俺は急いで先生が書いていた部分を書き写していく。こうなれば全部書き写す。要らない点を省く余裕なんてなかった。黒板のスペースが埋まってきているので、放っておけば消されかねないからだ。


 俺は集中してノートに向き合い、ペンを進めていった。






「はぁ~、間に合った~」



 板書はギリギリ間に合いどうにか書き終えることができた。



「まったく、見惚れるのは構わないけれど、それで勉学を怠るようならその目は潰したほうがいいんじゃないかしら。というか次から見ないでくれる?」

「目を潰したら黒板見えないしそもそも生活に支障きたすっての!」



 まぁ、確かに見て倒れが悪かったけど別に見惚れてたわけじゃない。……いや、見惚れてたのか? 今はどうでもいいや。



「あれっ、次の授業って何だっけ?」

「次は移動教室。家庭科よ」



 そう言いながら出利葉は手提げバッグを持って立ち上がる。おそらくそのバッグの中にはエプロンや三角巾が入っているのだろう。



「そうだったっけ。あったっけなぁ」

「いつも置いてなかったかしら」

「いや、一回家に持って帰っててさ」



 前回の家庭科が終わってから家に持って帰って洗濯をしたのは覚えているが、それから学校に持ってきていたかを覚えていなかったため聊か不安だった。


 俺は後ろのロッカーに向かい、ロッカーに入れていた鞄の中を探ってみる。



「おっ、ちゃんと持ってきて…………」

「どうかしたの?」

「……三角巾だけない」



 何度バッグを探っても三角巾が姿を現さないのだ。


 家庭科の先生は女性なのだが、普段から厳しいことに加え生活委員を担当している先生であり、服装や装飾品に関してはかなり厳しいのだ。忘れたとなれば授業に参加できないかもしれない。



「うわっ、どうしよ……」



 何度鞄の中を探っても見つからない。手に触れるのは鞄とエプロンの感触のみだ。



「はぁ……。御堂君、これを使いなさい」



 そう言って出利葉が差し出した手に乗っていたのは正方形方に綺麗に折りたたまれた三角巾だった。



「えっ? いいの?」

「叱られることで授業が短くなる事も空気が悪くなるのも嫌だからよ」



 普段の出利葉からは想像できない行動に俺は一瞬戸惑った。



「どうするの? いらないの?」

「い、いや! お言葉に甘えて借りるよ」



 俺は出利葉から三角巾を受け取る。



「別に返さなくていいわよ。あげるわ」

「いや、でも」

「男が使った物なんて使いたくないもの」

「そうだよねわかってた……。わかってた俺……」



 ただまぁ、貸してくれたのはありがたい。そしてあぁは言われたが三角巾は返すことに決めた。使わないなら捨ててくれればいいし。


 俺は鞄に三角巾を入れるとすぐに家庭科の授業を行う調理室へ向かおうとし、ふと俺は入り口辺りで立ち止まる。



「出利葉」

「何かしら?」

「これ、ありがとね!」



 俺はお礼だけ言って調理室への移動を再開する。



「……お礼なんていらないわよ」



 出利葉はそう呟くが、俺の耳には届かなかった。






 家庭科の授業も何とか乗り切り、昼休みを迎える。クラスの男子が購買へ走っていく中、俺は弁当を広げて昼食をとり始める。隣の席の出利葉は委員会により席を外している。


 昼食をとるときは基本的に教室なのだが、気分転換や女子たちに絡まれないように屋上で食べることもある。


 弁当は妹が作ってくれる。味は一級品なのでいつかお礼をしなければならないな、と一人で考えながらおかずを口にする。



「よう悌ー。近くいいか?」



 そう声がしたので顔を上げると俺の前の空席だった席に航が座っていた。その手には購買で購入したと思われるパンを三つほど持っていた。



「そんなに食べるの?」

「おうっ! 午後の授業は体育もあるしな」

「あっ、そうだった。今日から何やるんだっけ?」

「たしかフットサルじゃなかったか?」



 俺との会話中だがお構いなしにパンの袋を一つ開け、中のパンに齧り付く。



「フットサルかぁ……。疲れるのやだなぁ」

「何言ってんだよ。今年も球技大会あんだから気合入れてやんぞ」

「わかってるよ。そういや翔は?」



 翔とは、俺と航の共通の友達のことで本名は比良坂翔ひらさかしょう。翔とは中学からの仲なのだが、一年の時に意気投合してからは三人で行動することが多くなった。中学一年から一度もクラスが離れたことがないのは一種の奇跡だろう。


 昨日は風邪で寝込んでいたため学校を欠席。今日は教室にいるのを見かけたのでいないということは無いはずだった。そういえば今日は翔と話してないな、と思いつつ航へ問いかける。



「翔なら昼飯食べ終わって他のクラスの奴と体育館に行くって」

「もう食べたんだ。早くない?」

「早弁したんじゃね?」

「あり得る」



 あぁ、こんな男子との普通の会話ができる時点で俺の高校生活は平和だ。平凡な日常が送られていると感動できる。


 聞いたところ樟は今日休みらしいから乱入されることもない。休みの原因は確か法事だったはずだ。



「でもフットサルかぁ‥…。今の時期やりたくないなぁ。他のスポーツでも変わらないけど」

「何でさ」

「いや普通に汗かくじゃん。汗かくと着替えなきゃいけないし。その分洗濯物が増えるんだよ」

「あぁそっか。お前んち二人暮らしだもんな。あんま無理すんなよ?」

「わかってるよ。自分の体はよくわかってるつもりだから」

「そういうやつに限ってダメなんだよ。気ぃつけろっての」

「はいはい」



 俺は食べ進めていた弁当を食べ終えるとささっと風呂敷に包んで鞄へ仕舞う。



「ふと思ったんだけどさ、お前の近くに可愛い子いっぱいいるのに、いまだに彼女なしっておかしくねェか?」



 唐突な話題に俺は吹き出した。急に何を言い出すんだこいつは。



「……いや、それとこれとは関係ないでしょ。よくあるでしょ? ほら、クラスだけの関わり的な? 仲良くしててもそう言った関係にはならないでしょ普通」



 用事があって話しかけることはあっても、それ以外ではまず自分から話すことは無いし、そもそも彼女たちは俺をいじって楽しんでいるだけだと思う。



「でもさ、興味がなかったら話しかけもしねェだろ?」

「うーん……」



 言われてみれば彼女たちが俺に興味を持った理由がよくわからない。関わったのは些細なきっかけだ。落し物を拾ってあげたり、分からない箇所を教えてあげたり。それだけしかやってはいない。



「お前は気が回るからな。あの中の誰かに告白すれば付き合えるんじゃないか?」

「それは絶対ない」

「即答かよ……」



 想像してみても、告白した後少々の沈黙の後「友達としてしか見れない」的な発言をされるのが目に見えてる。もしくは「あなたと恋人なんて死んでもあり得ないわ」とか。具体的な人物像が頭に浮かんで吃驚した。



「それに、……誰かと付き合うっていうのが何か想像できない、んだよね。別にいつも周りにいる女子に限らずなんだけど」



 俗にいう『付き合う』とはどういう事か、俺にはよくわからないのだ。


 たとえば二人でどこかへ出かける。きっと俺は彼女に意見を譲るだろうし、女子同士の方が盛り上がれるのではないかと思う。


 映画を見ると映画を見るのに集中して感想を彼女が引くくらいたくさん話すだろうし、趣味が合わなければ片方が楽しくてももう片方が楽しくないという状況になってしまう。


 食事の場合はどうだろう。向こうの好みにあったお店に入らないといけないし、……ってさっきから俺、気を遣ってばかりだな。


 けれど仕方ない。お節介を焼くのは昔からなのだ。困っていたら手を貸す。それが俺の性分で、誰か一人だけに向けることはできない。



「かっこいいのに勿体ねェ」

「それは航だけには言われたくないね」



 鏡を見て言ってよ。皮肉にしか聞こえないわ。



「でもさ、付き合ってみれば考え方とか変わるんじゃね? よく言うじゃねェか。結婚は一つの幸せだって」

「それって一般論っぽいけど結婚して後悔することだってあるでしょ。同棲して嫌な部分が見えてくることだってあるし、それで相手が幻滅したりすることもあるわけでしょ?」



 付き合っていた大人しそうな女性が同棲してから男性を扱き使ったり、結婚が幸せだというが政略結婚の場合はそうとは限らない可能性がある。挙句の果てに結婚詐欺まで存在する世の中だ。結婚することが幸せとは必ずしもそうとは言えない。



「……何? 恋愛でトラウマでもあんの?」

「なんでちょっとキレ気味なのさ……。別にそういうわけでもないよ。ただそういう考え方もあるよってこと」

「……その考えを圧し折ってくれる彼女がいてほしいもんだね」



 航は呆れたように溜め息をつきながらそう呟く。


 そんな人間がいるわけないし考えはそう変わらない、そう思いながら昼休みを過ごした。






 次の日の朝、教室に入り席に着くと鞄から三角筋を取り出し、隣の席で本を読んでいた出利葉に渡した。



「はいこれ、昨日はありがと」



 声を聞いてこちらを向いた出利葉は俺の行動を見てため息を吐く。その反応は酷いと思う。



「……返さなくていいって私は言ったのだけど」

「俺は借りるって言ったから。借りたもんは返すべきでしょ? はい」



 向こうの言い分など聞くものか。


 それにこれは礼儀である。返さなくても良いことになっても何かしらの形でお礼をしなければいけない。というか俺の気が済まない。


 出利葉は未だ呆れているが、俺が折れないことを悟り三角巾を素直に受け取り自分の手提げバッグにしまう。が、半分ほどバッグに入ったところでふとしまう手を止めた。そしてふいにこちらを向く。



「……ちゃんと洗濯したわよね」

「ちゃんとしたよっ! さすがに非常識でしょそれは」



 それに男が使った物なんて使いたくないなんて言う考えを変えてやるために一生懸命洗ったわ。きちんとアイロンがけもしたしね!



「……そう。まぁ、使わないけれど」

「結局かい!」



 俺はツッコみながらやるべきことはやったので、鞄から本を取り出し読書を始める。向こうも本に視線を戻したようだった。



「次は忘れない事ね。私が貸してあげたのだから感謝なさい」



 本に視線を向けたまま、出利葉は俺に言葉を発す。俺は意識をそちらへ向けた。



「うん、それについては本当に助かったよ。この借りは絶対返すね」

「なら私のいう事を一つ聞いてもらってもいいかしら?」

「……言っとくけど、俺ができることでお願いね?」



 不気味に出利葉の口角が上がったので俺は一応釘をさす。



「今すぐ両目を潰してくれないかしら。授業中にこちらを向かれるの迷惑だし」



 釘など刺さっていなかった。



「できないよ! ていうかそれ目を潰しても顔が向いたら意味なくない!?」

「冗談よ。次からは忘れ物をしないでちょうだい。気まぐれで昨日は貸してあげたけれど、次はないと思いなさい」

「うん、肝に銘じておくよ」



 最初はとんでもないことを言ってきたけれど、それぐらいであれば大丈夫だ。というかそんなことでいいのだろうかと少々不安になるが、これ以上言っても向こうは聞かないだろう。


 俺は諦めて読書に意識を戻す。


 そのまま時間が流れ、朝のホームルームを迎え滞りなく進むと、授業へと入っていく。


 一時間目は数学で、崎山先生という若い男性教師が担当している。基本無駄話が多いが授業内容や解説は分かりやすく、等身大で接してくれることから生徒たちからの人気も高い。


 だから俺も数学が好きでいられる。俺以外の大体の生徒も好きなんじゃないだろうか?


 出利葉は相変わらずなので好きかどうかは分からないけれど。


 自習時間になると席が自由になるため、生徒たちは仲の良い生徒で集まり一緒に問題を解くことになる。その分私語が多くなるが崎山先生は気にしないタイプなのだ。


 俺は航や翔と一緒なのかと言われると、答えはノーである。


 航や翔には俺以外にも友達が多くいる。現に航は他の男子生徒たちと騒ぎながら問題を解き、分からないところを教えてあげていた。翔は逆に教えてもらっている立場なわけなのだが。


 俺はというとそんな男子がいるはずもなく、一人で勉強していた。なぜいないのかって? 俺もよく知らない。嫌われるようなことをした覚えはないのだが、俺に鋭い視線を向ける男子が多いのだ。おかげで男子生徒とはあまり仲が良いとは言えないのである。


 かといって一人だけなのは俺だけじゃない。俺の隣にいる出利葉もそうだ。


 ストレートで手厳しい物言いをする彼女は同性からあまり好かれていない。かといって友達がいないわけでもなく俺の周りにいる女子たち以外にも友達がおりその子と会話するところも見たことがある。別のクラスだから授業中に話すわけではないけれど。


 隣は見ないが会話もないので一人で問題を解いているのだろう。なんか同族意識が……。



「失礼なことを考えているならその頭、握り潰すわよ」

「いきなり怖いこと言わないでくださいぃい!」



 俺は頭を押さえて必死に抗議する。ていうかなに、エスパーなの? この人。



「集中するんだか辺りの人間を観察するんだかはっきりしなさい」



 何で俺のやってることが分かってるの? 俺ってそんなにわかりやすい?


 何か言い返そうかと恐る恐る出利葉の方を向く。ちらとノートへと目を見やると説いている途中の問題に目が入った。



「……」

「何? 人のノートをじろじろ見ないでくれるかしら?」

「あぁ、ごめん。えーっと、そこの式の数字、間違ってる気がして」

「……えっ?」



 出利葉はノートへ目を向ける。間違いに気づいたのか消しゴムで消してそのまま答えを書いていく。



「……教えてくれたことは感謝するけれど、人のノートを勝手に見るのはどうかと思うわ」

「だからごめんってば」

「……けれど、……」



 一旦言葉を区切り、俺の方を向く。その顔は少し穏やかな表情で……。





「ありがとう」





 その一言に、俺はどう反応していいかわからなかった。


 俺が思考停止していると、表情を戻した出利葉がノートへと体を向けた。



「時間無くなるわよ」

「え……、あっ!」



 残り一分だった。


 俺は急いで問題を解いていく。


 なんだか優しいんだか厳しいんだか、俺は出利葉の事が、一層わからなくなった。けれどこれが出利葉なのだと、俺は勝手に納得した。




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