御堂悌の日常
あらすじにもある通り完全不定期で更新していきます。
※登場人物の呼び方や名前がおかしな点があったので修正しました。時系列もおかしすぎたので。
雀のさえずりと陽光が窓から入り込み、それが朝を知らせる。
さぁ、俺――御堂悌の一日の始まりだ。
「ふわぁ~~……」
俺はベッドから身を起こすと、ハンガーに掛けてある高校の制服を手に取り、それに身を包む。
藍色を基調としたブレザーとスラックスは身長に合わず大きめのサイズだが、まだ二年生になってひと月だ。後々ピッタリになるだろう。
着替えが終わった後、教科書類を鞄にまとめていると俺の部屋のドアが勢いよく開く。
「お兄ちゃん! ご飯出来たから早く来なさいよ!」
「わかってるっての。あまり大声出すなよ」
「お兄ちゃんが遅いのが悪いんでしょ? とっとと降りてきなさいよね」
「……」
このきつい口調の少女は俺の妹、御堂奏楽である。
艶のある黒髪を二つにまとめてあり、すでに制服に身を包んでいる。奏楽は俺と同じ高校に通っている。
うちの高校では男女の制服にあまり差異がない。違うところと言えば男子はネクタイのみで女子はリボンも可。あとは当たり前だが男子はスラックス、女子はスカート着用が絶対であることだ。男子がスカートを履いてきた日にはきっと笑いものになるだろう。人気者がやれば変わるのかもしれないが。
「今いく」
「冷めるから早くね」
そういうと颯爽と一回に下りて行った。
「しつこいっての。……俺の妹とは思えないや」
俺は鞄を持って一階へと降りて行った。ちなみにうちの両親はいない。父親は過労死で、母親は病死。よって俺はバイトをしながらの生活だ。毎日徹夜なので体力的に厳しいが、何とかやっていけている。
妹はあぁ言いながらも当番の時はきちんと美味しい料理を作ってくれている。そう考えると案外悪い奴じゃないのかもしれない。口の悪さは直してほしいけど。
朝食を済ませ洗い物も終わると、時計の針は七時半を示している。学校で朝の自習をするのが俺の習慣なので俺は奏楽より早く家を出る。
奏楽に一緒に出ようと言ったこともあったが「あんたと一緒に歩きたくない!」と一蹴されてしまった。道に迷わないようにという俺の親切心を圧し折りやがったんだよあいつ。ほんと許せん。
家の門を出ると塀に誰かが背を預けて立っていた。
「あっ、おはよう悌君」
「おはよう和琴」
ボブカットの黒髪を揺らし俺にあいさつをしたのは俺の幼馴染、東坂和琴。俺の隣の家に住んでいる少女で、妹と同じ制服に身を包んだ彼女は朝から眩しい笑顔を俺に向ける。
その笑顔に俺はいつも癒されます。家だと妹があれだから気が休まん。
「やっぱり今日も早いんだね」
「まぁ、予習復習は基本だし。ていうか何時から待ってたの?」
毎度俺の家の前にいるのでいつも申し訳なくなるのだ。
「十分くらい前、かな」
「別に俺を待たなくても良かったんじゃない? 何なら奏楽と一緒に行ってもいいんじゃ?」
「奏楽ちゃんは奏楽ちゃんで交友関係があるんだし、そもそも学年違うでしょ? 私は悌君と登校したいし」
「……そういうもんなの?」
「そういうものだと思うよ」
何気ない話をしながら通学路を歩いていく。俺と和琴が通う高校は歩いて二十分ほどの場所にある。和琴と通学路を歩くことは珍しくないんだが、何だかんだでいつも待たせてしまっているので申し訳ない気持ちになる。
早く行ってもいいと言っても、「俺と行きたい」の一点張り。正直に言えば話す内容に困るわけだが、一人より二人の方が楽しくていい。特に和琴だからいい。
今日の小テストや美術など、話題を脳内からひっぱりながら会話を続けているうちに学校に到着。
俺と和琴は同じクラスなので教室まで一緒に歩く。俺と和琴が幼馴染なのはクラス全員周知の事実なので勘違いされるなんてこともない。
「おはよう」
「おう、おはよう悌」
俺の挨拶に応じたのは中神航。小学校からの付き合いで俺の親友にあたる。
アッシュグレイの短髪は整髪料でよく整えられている。黒の三白眼で笑顔の時によく磨かれた白い歯が輝く。
「今日も和琴さんと一緒か」
「まぁね。待たせるの悪いから先言っててもいいと思うんだけどさ」
「……お前なぁ、和琴さんの気持ち考えろって」
「和琴の気持ち?」
俺がそう言われて少し黙り込んで考えるが、その間に和琴が割って入った。
「私の事はいいの。それより二人とも席に着いたら? とくに悌君、自習しなきゃでしょ?」
「お、そうだった。ありがと和琴」
「うぅん」
話を断ち切り和琴はそういうとそそくさと自分の席へと向かっていく。俺は一番窓際の前から三番目の席で、航は俺の列の一番後ろ。和琴は廊下側の一番前の席だ。
俺は自分の席に座ると鞄から自習用ノートと今日行われる英語の小テストの為に英語の教科書や問題集を取り出す。
「……朝から勉強?」
不意に声を掛けられたので俺はそちらを振り向く。
俺の右隣に座るのは出利葉詩乃。高校から知り合ったのだが、読書の趣味が合うことから話す機会が増えた。
腰まで流れるストレートの黒髪ときっちりと着こなした制服、そして本を手に集中する姿は高校生とは思えないほど大人びており、雪の結晶の髪留めがより神秘さを際立たせる。机から覗くすらりと長い脚はニーソに包まれ足のラインが強調されていた。
丸みを帯びた桜色の唇と瞬きをする度に揺れる睫毛は思わず目を瞠るほどに綺麗だ。これだけ見れば完璧なのだが……。
「……あまりじろじろ見てどうしたの、とても気持ち悪いわよ? 通報してもいいのかしら?」
綺麗なバラには棘がある、とはよくいったものだ。
御覧の通り、出利葉は毒舌なのだ。周りと話す時は鳴りを潜めているのだが、俺の時だけは毒の棘を容赦なく浴びせてくるのだ。
「すいませんわかりましたからその携帯仕舞ってくださいまだ高校生活を楽しみたいんです!」
「なら見ない事ね。思春期真っ盛りのケダモノ男子とはいえ相手は考えてくれるかしら」
「わかったよもう! ていうかそれ偏見! 男子全員がそんなこと思ってるわけじゃないからっ!」
俺は正面に向き直しノートを開いて教科書のマーカーが引いてある文章を書き写していく。シャーペンを滑らせるこの音が心地よい。
勉強は嫌いじゃない。今後語学は大事になるわけだし。
「おいーっす! 悌っちーおっはよー!」
少女の声が響いた途端、俺の背中に衝撃が走る。
「いったぁ!?」
どうやら背中に紅葉をされたらしい。まだ痺れてる。超痛いんですけど。
彼女は樟彩音。茶髪のポニーテールを揺らし、運動した直後なのか頬や腕を汗が伝う。丸い瞳は真紅に染まっている。
少し日焼けした健康的な肌をしており、八重歯が特徴的だ。よほど暑いのかブレザーを脱いでおりYシャツ姿だ。
「まーた勉強してるんだ。楽しいの?」
「楽しい楽しくない抜きに勉強は大事でしょ。部活もそうだけどさ。樟は朝練終わり?」
「うん! やっぱり走るの楽しいから! 悌っちも陸上部に入ればよかったのに」
「俺はバイトがあるから無理だよ。それよりさっきの凄い痛いからやめてね! 毎朝やられるとさすがに限界来るし」
「そう? じゃあ明日から控えめにするよ」
「まず背中叩くの止めてよっ!?」
「別に何発叩いても変わらないでしょう? もっと叩いてあげた方が朝の挨拶には丁度いいんじゃないかしら?」
隣から出利葉が口を挿む。しかもかなり余計なことを口走っている。
「笑いながらそういうこと言わないでくれます?」
「やっぱり?」
「そこ納得しないで!」
まったくもう……、と呆れつつも楽しいからこれはこれでいいかな。そう思いつつ、俺は予習の続きを始める。
「じゃ、また昼休みにね!」
「はいはい」
そう言って樟は俺達の席を離れる。樟は俺達とは別のクラス所属なのだ。
「……朝から騒がしいわね」
出利葉がそう呟き溜め息を零す。そこには同感です。
「けどまぁ、いつもの事だし。もう慣れたよ」
「紅葉の痛みは?」
「それはいつまでも慣れないと思う」
「私が慣れるまで紅葉をしてあげましょうか?」
「結構です。というか、いい加減集中させて」
「勝手にどうぞ」
「そっちがからかってきたんでしょ……」
俺はようやく予習を再開する。でもあと十分くらいしか勉強できない。急いで要点をまとめていると、突然ノートに影が差す。出利葉は読書をしているので違う。誰かと思い左側を見ると一人の少女がこちらを覗いていた。
セミロングで藍色の髪を揺らし、こちらを見つめる翡翠色の瞳は半眼で眠たそうな印象を抱かせる。彼女はブレザーではなく鼠色のカーディガンを着ており、手首にはシュシュをつけていた。
こちらを覗く顔には幼さが残っており、その身長も相まって小動物を連想させる。
彼女は神前雫玖。容姿は幼くても俺や出利葉たちと同い年だ。
「どうしたの?」
「…………おはよ」
「……うん、おはよう」
「…………紅葉、痛かった?」
どうやら紅葉に関する会話を聞かれていたらしい。
「うん。凄い痛かった。毎度痛いって言ってるけどやめる気配がなくて」
「…………止めてって言わないのが……悪い」
「やっぱり俺が悪いのか……」
今度土下座してでもやめるように頼もうかなぁ……。
「…………それだけ。今日も頑張ろ?」
「そだね。頑張ろう」
神前は小走りで自分の席へと戻っていった。神前ともクラスは同じで廊下側の後ろから二番目の席が神前の席だ。
俺は会話を終えノートに向き直るとすぐ左に出利葉の顔があった。立ち上がって俺のノートを見ていたらしい。柑橘系の香りが鼻をくすぐる。
「……どうしたの?」
「ここ、綴りが間違っているわ」
指摘した箇所を確認してみると確かに「i」と「y」を間違っていた。
「あ、本当だ。ありがと」
「基本中の基本よ。間違える方がおかしいわ」
「すいませんでしたねぇ!」
俺は消しゴムで雑に消し正しいアルファベットを書くと、次の文章をまた書き写していく。
騒がしい俺の朝はこうして過ぎていく。毎日こんなんだからきっとバイトしなくても疲れるんだろうなぁ……。
一日の授業を終えると、俺は図書室を訪れていた。教室にいても出利葉たちにからかわれるのが目に見えていたからだ。
図書室は静かでいい。静かにしなければいけない空間であるからこそ、この静かさが心地よい。
「あっ、御堂さん」
「丹波さん、どうも」
声のする方を見てみると、二つある長テーブルの奥側の席に座っている一人の女子が本に向けていた視線をこちらに向けていた。
アッシュジンジャーの髪を揺らし、ハーフアップでまとめた髪は団子にしている。残りの後ろ髪は肩甲骨の辺りまで伸びていた。前髪の両サイドは鎖骨に触れる長さでそのまま流している。
制服は藍色のカーディガンを着用しており、きっちりと着こなした制服とスカートとニーソの間の絶対領域とのギャップがよりかわいらしさを際立たせる。
彼女は丹波翠。俺とは別のクラスに所属しているが、昼休みや放課後に図書室で会うことが多く、今日の出来事や読んでいる本の話題で盛り上がったりしている。
軽く挨拶を済ませると俺は丹波さんの二つ右隣の席に座る。
「今日も勉強ですか?」
「いや、普通に本読みに来た。最近ホラーにはまってさ。良い本ないかなって」
「ホラーですか……。私は苦手ですね。……でももし私にも読めそうな本があれば紹介してくれませんか?」
「うんいいよ。今度持ってくる」
「ありがとうございます」
そう言って華やかな笑顔をこちらに向けてくる。いやほんと、丹波さんマジ女神。同級生に敬語っていうのは少し距離感を感じるけれど、一挙一足の所作の丁寧さから育ちの良さ、それと出利葉とは違う清楚さが窺える。口も悪くないし。
「そういえば、東坂さんは一緒じゃないんですか?」
「和琴? 和琴は家事があるから先に帰ったよ」
和琴は母と二人暮らしでその母親も昼間は仕事に出ているので和琴が家の事をしなければいけない。毎日晩御飯まで作って洗濯もしている。学校と両立っていうのは大変だろうに。
「大変ですよね」
「本人は楽しいって言ってるけどね。俺も手伝うことあるけど意外と大変でさ」
「いいんですか? 手伝わなくて」
「俺も最初はそう言ったんだけど、いいからって言われて先に帰っちゃって。別に手伝ったっていいはずなのに……」
最終的に力ずくで背中押して俺がよろけてる隙に帰っちゃうし。
「うーん、きっと手伝わせるの悪いって思っているんでしょうね。幼馴染とはいえいつまでも手を借りるわけにもいかないんでしょう」
「その割に妹の家事手伝ったりしてるけどね、和琴」
「だったら、ただ単に家事が好きなんじゃないですか? 家事をやっている時間が楽しいとか。自分だけの時間が欲しいとか。……素直に言っちゃえば御堂さんが邪魔だとか」
「俺除け者!?」
俺が驚くと丹波さんは右手の人差し指を口に当て、片目を閉じる。
「冗談です」
小悪魔めいた言葉と表情に俺は一瞬呼吸を止め丹波さんに見入ってしまった。
「和琴さんがそう思うわけないですよ」
「じょ……、はぁ。勘弁してよ」
俺はため息をつくと丹波さんはまたクスリと笑いだす。
「ふふっ、出利葉さんとのやり取りを見ていると私もやってみたくなって」
「丹波さんはそういうことしなくていいの」
昼休みにこうして図書室を訪れる時に、たまにではあるが出利葉も来て勉強や読書をしている。俺たちと丹波さんの距離はそう遠くない。だからその間のやり取りはやはり聞かれていても仕方がないわけで。
出利葉の毒牙がここまで及ぶと俺のオアシスがほぼなくなるんだが……。
「でも、優しいんですね。そうやって人を思えるんですから」
「俺が、ね……。そうかな?」
「そうだと思いますよ。少なくとも、私は」
俺はその言葉を聞いて恥ずかしくなって、ふと丹波さんの顔から視線を下に逸らすと丹波さんが持っている小説が目に入る。先程から俺と話していたせいかページが捲られていないことに気付いた。
「ごめん、読書中だったよね」
「あぁ、大丈夫ですよ。もうすぐ読み終わるものですし」
「俺も読書始めようかな」
「そうしたほうがいいかもですね」
俺は立ち上がってホラー系の小説を手に取り、鞄を置いたテーブルまで戻り席に着く。
そして持ってきた本の表紙をめくり、読書を始めた。
窓から入り込む陽光と風が、今いる図書室の環境をさらに心地よくしている。埃一つない空間に湿気など存在するはずもなく、澄んだ空気が部屋を包んでいる。
やはり読書をするならここが一番だ。
丹波さんもそう思うのかはわからない。読書している時間しか見たことないがきっとリラックスした時間を過ごしているのだと思う。
読書をするその姿勢は崩れることがないし、真剣に文字列を追う視線やページをめくる指先まで出利葉と同じくらい綺麗な所作だった。
「ん、何ですか?」
しばらく見つめていると、気付かれたのか視線をこちらに向けて聞いてくる。
「あぁ、いや。何でもないよ?」
「そうですか。変な御堂さん」
丹波さんは吹き出すように笑うと、また本に視線を戻す。
やはり、この空間は心地よい。
そう思いながら、俺はこの日の放課後を図書室で過ごしていた。
忘れていたが、これは普通な男子である俺と、親友ポジの男子、毒舌なクール系女子、活発な運動系女子、口数の少ない小動物系女子、ツンな妹、穏やか幼馴染、そして礼儀正しいお嬢様系女子。
そんなテンプレ(?)みたいな女子たちとの、平凡な日常を綴る物語である。
舞台背景等は順を追って描写していきたいと思います。
お読みいただきありがとうございます!
ArteMythの方もよろしくお願いします!