第一章7:好敵手(ライバル)
まだ保健室の中にいたオーフィスターニャたちは無意味な数分を過ごし……アルファーニはようやく立ち直り、ミネルヴァに聞く。
「ところでミネルヴァ……」
アルファーニはキョロキョロと周りのテーブルを見る。
「はい、お嬢様」
「もう朝になりましたけど……私の朝食は?」
「はい?」「は?」
アルファーニが質問したこと、あまりにも予想外だったことによって、ミネルヴァとオーフィスターニャは思わず同じリアクションをした。
「何を? 朝になったから、まずは顔を洗いし、歯を磨き、そして朝食を済ます。 これのドコが違うの?」
「…………」
「すみません、オーフィスターニャ様。 お嬢様は子供の時から、ずっと同じ朝を送っていたです。 だから、このような突発的な状況、お嬢様は体験したことがないです……」
「なるほど、前々から薄々気づいたのだが…ここまでとは……さすがのワタシでも惨め過ぎて、見てやれん」
「はい……うぅ……」
オーフィスターニャは惨めなアルファーニを可哀想な眼差しを見る。 そしてミネルヴァはまるで絶望したのように、口を手で塞いで、涙を少し流す。
対してアルファー本人はミネルヴァたちの会話を聞き取れず、ただそこに依然として半裸の状態で立っている。
「ミネルヴァ? 話はもう済んだのかい? じゃー早めに朝食を――」
「ありません」
「を……え?」
アルファーニはまだ話の途中で、ミネルヴァは一瞬で涙を拭き、無表情で否定する。 それを聞いたアルファーニの顔は、固くなる。
「ですからお嬢様、朝食はありません。 私たちはまだ学校にいます、昨晩、アルファーニ様たちは重症に負い、ここの……東の校舎の保健室に運ばれたんです。 だから、朝食の支度は出来ませんでした……お、お嬢様? ……アルファーニ様?」
「…………(ボケー)」
アルファーニは既にここにあらずの状態で、彼女の瞳の光が無くなった。
「まさかの気絶ッ……?! そんなに深刻なこと? ただ朝食を抜きするくらいで……」
オーフィスターニャはそれでも理解出来ず、複雑な表情で話す。
アルファーニは立ったまま気絶していた。
「お嬢様は今まで規律な毎日を送ってのですから、いきなり別の朝を迎えて、相当に動揺しているでしょう……お嬢様! 私の声、聞こえますか? お嬢様! アルファーニ様!」
必死でアルファーニを呼ぶミネルヴァは、彼女の肩を掴んで、大きく揺らす。
「あぁ~……ぁうあ~」
「ダメだこりゃ……仕方がない! 母さんの直伝、目覚まし技を使ってやる!」
普通の方法では通用しないと見たオーフィスターニャは先に諦める。 そして、顔は一転して、殺気のオーラを溢れ出す。
「オーフィスターニャ様……何をするつもりですか? それと、直伝っと言うのは……?」
「どいて、ミネルヴァ。 ワタシに触ったら、どうなっても知らないわよ……」
「!!」
オーフィスターニャを止めようとしたミネルヴァは、その眼差し、そのオーラに呑まれ……自動的に彼女は震えながら道を開けた。
そして、気絶しているアルファーニの前に、ドス黒い殺気を放っているオーフィスターニャの姿がいた。
オーフィスターニャはゆっくりと膝をおりて、目線をアルファーニに合わせる。
アルファーニの顔をじーっと見つめる。 そのまま数秒が経つ。 すると――、
「ぐっ……」
オーフィスターニャは急にアルファーニの首を右手で掴んで、その苦しさに、アルファーニは呻き声をあげる。
「な……!? 何をしていますか?! オーフィスターニャ様、手を離してください! お嬢様が苦しんでいます!」
「これ以上近づくなっ!」
ミネルヴァは再びオーフィスターニャを止めようとしたら、オーフィスターニャは大声で叫んだことに、ミネルヴァはどうすることも出来なかった。
彼女は少し悔しいの表情晒し、下唇を噛む。
「大丈夫だ、ミネルヴァ。 ワタシはちょっと荒っぽいけど、決してアルファーニを傷つけたりしないから、ね」
オーフィスターニャは直ぐにミネルヴァを慰めた。 彼女の笑顔はまるでどんな苦しいことを救われるみたいな効果が、ミネルヴァはそれを感じた。
「分かりました。 お嬢様のこと、よろしくお願いします」
それを答えるように、ミネルヴァは安心した顔で微笑む。
「おう、任せろっ! ひひ~!」
オーフィスターニャが笑った後、彼女はアルファーニの顔に近付き、耳元で囁く。
「…………」
あまりにも小さい声で話したゆえに、ミネルヴァは全く内容を聞き取れなかった。
でもオーフィスターニャがアルファーニに話す時間は約五秒。 そしてオーフィスターニャがアルファーニのそばから離れた時、アルファーニの顔は明らかにどんどん真っ赤になっていく。
「……! おおおおお、オーフィスターニャ・トワベールカ!! 今、何を言ったか、分かるのですか?! そ、そんなに責任を取らなくても大丈夫なのに……私たちってまだ一日にしか会ってないでしょう? だからその……(ぶつぶつ)」
大声で叫ぶ、そして途中で何故かぶつぶつと喋る。 しかし、オーフィスターニャとミネルヴァは全く聞こえなかった。
「ほら、アルファーニは起きた」
「これは一体……? オーフィスターニャ様、貴女はどうやったのですか?」
驚いたミネルヴァはオーフィスターニャに興味津々で見つめる。
「こ、これはその……母さんの直伝なので……むやみに他者に教えられるモノではないんだ」
オーフィスターニャは少し目を逸らす。
「それってどういう……?」
「えっと……簡単に言うと、この技は特定の対象のみ、使うのを許されるんだ」
「ちょっと! 私を無視するなっ!」
アルファーニの存在感、あまりにも薄っぺらで、彼女たちは会話を始めた途端、すっかりアルファーニのことを忘れてしまった。 そのせいで、アルファーニが怒鳴る。
「悪い悪い、真面目にミネルヴァに教えたら、すっかりお前のことを忘れてた」
オーフィスターニャの言葉に悪意が感じられない、それは、アルファーニ自身も分かっていた。
アルファーニは飽きれた顔でため息をつく。
「もういい……これ以上話しても、何も進めないので、まずは……ミネルヴァ」
「はい」
「私の制服を持って来て」
「分かりました、お嬢様」
ペコリとミネルヴァは頭を下げて、隣のベッドに向かう。
ごく普通の主従関係の会話に、オーフィスターニャは違和感を感じた。
「制服って……昨日の激闘で、確かお前の制服は既にボロボロになってのでは……? あれ?」
話の途中で、オーフィスターニャは言葉を失い、ミネルヴァが持ってきた制服をガン見る。
「ちょ……どこでその新品な制服を持ち出した? まさか……誰か先に用意したのか? それとも、もしかして……まさか……! この学校に数百年前から潜む不確定現象による仕業?!」
だんだんエスカレートしてるオーフィスターニャの顔は、それに合わせ、徐々と怖がる表情を晒す。
それを聞いたアルファーニの顔は、まるで阿呆を見たみたいに、エルフを見下すような眼差しで睨む。
「オーフィスターニャ・トワベールカ、君は阿呆ですか? それとも単に脳みそが水と混じって、腐ったのですか?」
「その言い方、ちょっと酷いよ……それに、数百年前からいる不確定現象の仕業という可能性があるだろう? 『すべての可能性があるから、無限の過程と結果が存在する』! と言うじゃないか?」
「ないわね」
堂々とカッコイイセリフを言ったオーフィスターニャは、アルファーニは一言で否定された。
「どうしてそう言い切れる?」
ちょっとムカついたオーフィスターニャの声のボリュームが上がる。
「私が分かるから。 と言うか、なんなんだ? 今の根拠の無いセリフは? どうせ碌でもない誰かが――」
「母さんがよく言っていた軍に必要な心得だ」
アルファーニの話の途中に、オーフィスターニャが割り込む。
「そう! 私もそれを言いたかったんだ! トワベールカ様の心得、やっぱり説得力ありますね~」
と、アルファーニの口調が急に変わって、今と言おうとした内容が明らかに違ってた。
「おい……ミネルヴァ……」
オーフィスターニャは囁きとミネルヴァを手招きで呼ぶ。
「なんでしょう、オーフィスターニャ様」
ミネルヴァは静かにオーフィスターニャの所へ寄る。
「お前に聞きたいことがあるんだ……」
オーフィスターニャはチラリとアルファーニを心配そうな目線で覗く。
「アルファーニのやつ……もしかしてと思うが……その……うちの母さんのことが、す……好き?」
彼女の声、はっきりと言わず、顔は真っ赤。 まるで何かに怖がってるみたいに何度も唾を飲んだ。
「……はい」
それを聞いたミネルヴァはまず両目を大きく開けて、瞬き二つの後、微笑んで返事する。
そして、答えを知ったオーフィスターニャの様子が変化した。 頭を傾けて、影で自分の目を隠す。
「やっぱりかぁ……確かに、ワタシに比べれば、母さんには足元すら及ばないかも…なんにせよ、国を救った大英雄ですからね~。 みんなが憧れるヒロイン――」
彼女の口調は既に勝負を投げ捨てたみたいに、八つ当たりなふるまいをする。 それを聞いた他のふたりは無表情、と言うより、真剣にオーフィスターニャの……友達の悩みを聞いていた。
「だがっ!」
と、へこんでいたと思ったオーフィスターニャが急に! 大声を出して、立ち上がる。
あまりにも唐突なことで、アルファーニとミネルヴァが間抜けな顔でびっくりされた。
「ここで宣言しよう! たとえ、聞いてくれるのはお前らふたりだけど、構わない!」
覚悟を決めた面構えで、右手の人さし指で天井へ指す。
「ワタシ、オーフィスターニャ・トワベールカは必ず大英雄を、イファスティ・トワベールカより、いや……歴史の全てのエルフより、優れた精霊大将になって見せる!!!」
「なっ!?」
「これは、随分と大胆な目標ですね……」
オーフィスターニャの偉大な夢、或いは目標を聞いたアルファーニは驚く顔で宣言したオーフィスターニャを見詰める。 逆に、冷静とは言えないが、ミネルヴァも少々驚いた口調で話す。
「どうよ! ワタシの目標!? 驚いただろう?」
「はい」
「驚いてない!」
ドヤ顔で手を腰の上にのせるオーフィスターニャの言葉は、真っ先にアルファーニで否定された。
「へ~、どうして?」
オーフィスターニャはアルファーニを見下す口調で、まるで悪党のような顔をさらす。
「簡単だ。 君を否定するには、理由はたった一つ。 たった一つの簡単な答えだ。 精霊大将は私がなるから!」
「なっ?!」
アルファーニの言葉に、迷いが感じられなかった。 彼女は本気だ。 オーフィスターニャもそれを感じた。
「じゃあ、こうしよう」
オーフィスターニャは左手を前へ出す。
「なにをするつもり?」
疑い深いアルファーニが警戒する。
「なぁに、ちょっとした勝負だ、ひひ~」
オーフィスターニャの笑った顔が、アルファーニに悪意は無いというメッセージが感じ取った。 そして安心したみたいで、警戒モードから前へ一歩を踏み出す。
「それで、なんの勝負だ? まさかと思うが……」
「そのまさかだ。 ワタシの目標とお前の目標は同じ。 だからこうしよう、これから誰かが先に精霊大将に成れるか、勝負!」
ニヤリと笑うオーフィスターニャ、とそれにうつったみたいに、アルファーニもニヤリと笑った。 そして、彼女はオーフィスターニャの手を握る。
「望むところだ! 誰か先に成れるか、勝負っ!」
ふたりの熱い思いが、ミネルヴァまで熱気を感じていた。
「フ……」
「フッ……」
睨みあって笑うふたりがすっかり夢中でお互いの競争心を高まる一方。 そして、既に諦めていたミネルヴァは、ただ静かに保健室の扉の上にあった時計の時間を見ていた。
「八時五分……もう無理でしょうか?」
授業の開始時間は、八時十五分。