第一章12:アーニユ(Ániyu)
持ち主の声が姿を現すと、オーフィスターニャはまるでお化けを見たような驚くの表情で見つめる。
「お、お前は……!」
オーフィスターニャの目の前には不敵な笑みを見せる荒獸族がいた。
「ふん……」
彼女は違う制服……と言うより、違う軍服を着ていた。 海より深い青色、胸元に三つ黄金色の星と黒の軍用ブーツ。
少し巻き毛の金色のショートカット、それに合わせるような白い肌、顔色は健康的な色、長いまつ毛と…大きな口と牙。
「あの子……どこかで見たような……」
アルファーニはブツブツと疑いの眼差しで金髪の荒獸族を睨む。
「お前は……お前は……! エレオノーラ・グランディーグニス(Eleonore・Grandignis)!!」
「……」
オーフィスターニャが叫んだ名前で彼女は何も言わずに笑う。
すると――、
「YES ! I AM !(イエス!アイアム!)」
彼女の指先に小さな火玉が現れ、目の前で十字架を描いて直ぐに消えた。 そしてその指先は地面を指す。
「何ぃぃ!!? エレオノーラ・グランディーグニス?! あの……レジェンドの聖騎士長、アーサー・グランディーグニス様のひとり娘?!」
オーフィスターニャが驚いていたのはエレオノーラがここに現れたこと、対してアルファーニはもっと別の理由驚いてた。 口を大きく開いて、めだまが今すぐにでも飛び出しそうな勢いだった。
「あ、やっぱりアルファーニもエレオノーラのことを知ってるよね。 こいつはワタシの幼馴染みだ! エレオノーラ、この間抜けな面を晒してるのはあのシュテルンヌン家のひとり娘、アルファーニだ」
アルファーニがまだ驚いてる間、オーフィスターニャは急に腕をエレオノーラの首の後ろに絡む、そして手のひらをアルファーニの方向へ伸ばして紹介し始めた。
「よろしくな、えっと……アルファーニって呼んでいい?」
手を前へ差し出て握手するエレオノーラがテレテレして、ほっぺを擦る。
「ももももちろんです、グランディーグニスさん!」
対してアルファーニは緊張し過ぎて、カタカタと震える。 まるで子ネコが大きな犬に出くわしたのように震えている。
「そんなにかしこまらなくてもいいぜ! エレオノーラと呼んで構わないから! ひひぃ~」
エレオノーラの無邪気な笑顔はまるで太陽の如く明るくて、誰もその笑顔見たら元気になるように、アルファーニも思わず微笑む。
「はい……! コチラこそよろしくお願いします、エレオノーラ」
緊張から解けたアルファーニは強くエレオノーラの手を両手で握る。
「お嬢様、楽しんでる途中、申し訳ないのですが……そろそろタイムオーバーです」
「ハッ……! そうだった!」
まだ浮かれてるアルファーニを一言で現実に引き戻すミネルヴァは、静かに彼女の後ろに立っている。
「あれ? あのメイド、アルファーニの専用メイド? 私はエレオノーラ、よろしくなっ!」
エレオノーラはやっとミネルヴァの存在に気付き、彼女らしい簡潔な自己紹介と握手するつもりで手を前へ。
「よろしくお願い致します、エレオノーラ様。 私はアルファーニ様の専用メイド、ミネルヴァ・フショー・フォン・クレアトゥールとお申します」
ミネルヴァは丁寧に自己紹介して、スカートを少しめぐって頭をさげる。
「(ん? なんか内容が少し違う気がするのだが……気のせいかな?)」
ミネルヴァの自己紹介に何か、違和感を感じたオーフィスターニャは少し考えたが、それ以上深く考えるのをやめた。
「そんな堅苦しい挨拶は大丈夫! って……メイドにそれを要求するのはちょっと無理っぽいか、ハハハ……」
エレオノーラはミネルヴァの気持ちが分かってるみたいに、さっきまでの勢いと違い、頭を冷やして対処した。
「ミネルヴァはアルファーニの女中であり、親友でもある。 ワタシとお前みたいに、親友だ」
「なるほど! って、抱き付けるなぁ! ほっぺにスリスリするな! 暑苦しい!」
オーフィスターニャがアルファーニとミネルヴァの友情を語ってる隙に、彼女はいきなりエレオノーラを抱きつけて、自分の頬とエレオノーラの頬を擦る。
「いいじゃん! 小さい頃よくしてくれるじゃないかぁ~、それにエレオノーラのほっぺた、柔らかーいぃ」
エレオノーラの言葉を無視して、オーフィスターニャは更に絡みつく。
そんなふたりを見ているアルファーニは……平然なる態度。 まるで彼女には関係ないみたいに、赤の他人を見る目で見ていた。
オーフィスターニャはまだエレオノーラに絡んでる時、彼女はふと何かを考える。
「それにしても、ワタシたち精霊族と荒獸族の言語って大半の言葉は違うよね…」
「それってどういう意味?」
先にオーフィスターニャの疑問を聞いたエレオノーラが聞く。
「例えば、さっきエレオノーラが言ってた『メイド(Maid)』、あれは荒獸族の言語で、ワタシたち精霊族は『シルビエンタ(Sirvienta)』。 同じ意味なのに、随分と違うだなぁーと思ったんだ」
「そりゃあそうよ、違う国と種族だからな。 どうして今更そんなことを聞く?」
少し興味を持ったアルファーニは前へ歩き始めて、オーフィスターニャの目の前で止まる。
「いやぁ……何と言うか……その……普段は気にしてないけど、いざ真面目に考えたらどうしてかなぁって感じ?」
「何それ?」
「ワタシも何を言っているのか分からない……ァハハハ……」
自分が何を言ったかの意味でさえ分からなかったオーフィスターニャが頭を擦る。
アルファーニは呆れた顔で空を眺める。
「君はもしかして、アホ?」
「ひどっ!」
「まぁ、オーフィスはたまにわけのわからないことを言うんだ。 気にするな」
「お前ら、酷過ぎっ! 乙女であるワタシを責めるだなんて、それでも淑女か!?」
我慢の限界を超えたオーフィスターニャが爆発して、文句を言い出し始めた。
「乙女? おめぇが? いやいやいや」
「乙女? 君が? ありえないね」
「乙女? オーフィスターニャ様が? そんな設定、含まれてません」
他のさんにんはためらいもなくオーフィスターニャをツッコム。
「なっ! てか、ミネルヴァ! 設定ってなんだよ! ワタシだってお前たちと同じ、十八歳の乙女だ! あ、ワタシ……もう十九歳だっけ……」
人差し指でひとりひとりを指して、拗ねてる顔で睨む。
「おーい、お前ら!!」
すると、大きな声が彼女たちの耳に響く。
「(ギクッ! この声は……!)」
全員は既に頭を声の方向に振り向く。 しかしオーフィスターニャだけは震えていた、怖れていた、まるで頭を振り向いたら恐ろしい何かに見てしまう感じ。 しかし――、
「おいコラ、教官が呼んでるのに、頭を振り返るもせず、背中を見せるのがどういう意味だ、あぁ? オーフィスターニャ」
オーフィスターニャがまだ頭を振り返る準備すら間に合わず、既に誰かが彼女の肩に手をのせて、耳元に冷たい口調で喋る。
「(もしここで頭を振り返ったらきっと助かる道がある……! 勇気をしぼりだせ!)」
目を閉じたまま、体ごと振り返る。 まるで叱られる寸前の子供みたいに目を強く閉じて、唇の形も歪んで、拳を強く握る。
「(叱られる……!)」
「ターニャちゃん、こっち向いて〜、ちゃんと目を開けろよ~」
あの迫力の声に叱られると思ったら、急に違う声が聞こえる。 その声はまるで氷を溶けるような暖かい光の如く優しく、穏やかにオーフィスターニャを緊張の呪縛から解放された。
オーフィスターニャは微笑んで頭をあがる。
「ママ……!」
「よぉー」
「ゲッ!」
っと頭をあげ、幸せな笑顔を晒していたオーフィスターニャの顔は一瞬で嫌な顔になる。
彼女が見たエルフは、精霊大将。
「『ゲッ!』ってなんだ! あたしでは不満か?」
「いえ! 滅相もない!」
「ごめんねぇ、ターニャちゃん。 こうしないと、ターニャちゃんは絶対頭をあげないから……」
オーフィスターニャがイファスティに叱られている間、レミカは手を合わせて謝る。
そんなトワベールカ家の茶番を見ている他の連中は呆れる。
「ところで、お母さんはどうやってイファスティさんと一緒に?」
見慣れた風景のエレオノーラはさりげなく自分の母に質問する。
「ん? 偶然教会の前で彼女たちの姿を見たので、声を掛けたんだ。 なんでそんなことを聞く?」
簡潔に答えるアーサーは次にエレオノーラに聞く。
「いや、私も偶然この噴水のとなりでオーフィスたちと会ったんだ。 ひひ」
「そうかー、やっぱ私たち母娘は似てるよねぇ! ハハハ」
「だな! ハハハ」
そしてアーサーとエレオノーラ、母娘が話してる間、ふたりは大笑いする。
その間、唯一無関係のアルファーニとミネルヴァはただ横でボーっとする。 しかしそれでもアルファーニの心の鼓動は激しく動いて、頭の中は混乱状態。
両国の大英雄が同じ場所、彼女の前でいることは、彼女にとって、とても信じ難いことだった。
アルファーニは有名な貴族の者、金持ちの貴族、権力を持つ貴族、いろんな地位の高い精霊族と荒獸族を小さい頃の時から見てきたが、精霊大将と聖騎士長を会える機会だけは無かった。
そして昨日のオーフィスターニャと戦った後、憧れの精霊大将、イファスティと出会う。 続いて今日は尊敬してる聖騎士長、アーサーと出会す。
その偶然は昨日で今日、アルファーニのささやかな願いが叶えた。 そのせいでアルファーニは初めて憧れの存在と話す機会と思ったら、彼女の体がまるで石化されたみたいに、身の一つすら動けない。
「ところで、君は?」
アルファーニの存在を先に気付くアーサーは彼女に近づき、微笑む。
「あ、ひゃい! わ、私はアルファーニ・シュテルンヌンとお申します! 聖騎士長である、グランディーグニス様と会えて光栄です!」
緊張のせい、アルファーニは最初の返事で舌をかんでしまったが、その後のセリフは無事に言えた。
「シュテルンヌン? まさか君はウルスラ(Ursula)の娘?」
「あ、あれ? グランディーグニス様、母のこと、ご存知ですか?」
アルファーニは不思議な表情でアーサーを見つめる。
「Yes! 私、イファスティ、レミカとウルスラはこの学園で五年間、ずっと同級生だったからなっ! ひひ」
「…………」
アルファーニの口は既に言葉を失った。 顔は無表情。 驚いていいのか、気絶してもいいのか、彼女自身ですら分からなかった。
アルファーニは初耳だった、自分の母親はかつてこのふたりと同級生だっただなんて……。
「なにそれ? そんなの初耳だ!」
と、いきなりエレオノーラが叫ぶ。 その声はオーフィスターニャたちにも届いて、彼女たちは気になってアーサーのとなりまで寄り付く。
「何が初耳だ?」
オーフィスターニャは急にエレオノーラの後ろから飛び出し、顔はまるで磁石を付けたのように、またしてもエレオノーラのほっぺたとくっ付く。
「オーフィス……おまえなぁ~」
「ワタシが好きだから、いいじゃん!」
「ハァ……仕方がないなぁ、今回だけよ?」
オーフィスターニャのわがままを許すエレオノーラにため息をつく。
「いひひ、ありがとう~んで、なんの話をしていたのだ?」
オーフィスターニャが笑う度に、誰もが彼女の笑顔に免じて許してしまう。 それは、エレオノーラ自身も自覚していた。
「ああ、さっきお母さまがお前の両親、アルファーニの母とお母さまは昔この学園の同級生だった、という話をしてた」
「え? そんなの初耳だ! ワタシは知ってるのはママと母さん、そしてアーサーさんは同級生であることだけ……」
「私も同じ……まさかここでお母さまの同級生の娘さんと出会えるだなんて、こんな偶然、そう簡単に出会えないんだ!」
「うんうん!」
盛り上がるオーフィスターニャとエレオノーラがはしゃぐ。 そして徐々にエスカレートしていく。
そんなふたりを見たアルファーニは思わず笑う。
「プッ……ハハハハハハ……!」
そして笑い始めた、お腹を抱えて笑っていた。 オーフィスターニャたちは初めてアルファーニが笑うところを見て、まるでその笑い声に移されたみたいに、オーフィスターニャとエレオノーラも笑い始めた。 ミネルヴァも、アルファーニのそばで微笑む。
「盛り上がってる途中で悪いけど、そろそろこのくらいにしてくれない? あたし達はもう完全に遅刻している」
っと、いきなりイファスティは真顔で彼女たちが忘れていた本来の目的を言い出す。
さっきまで笑っていたオーフィスターニャたちの表情と動きが石のように固まる。 しかしそんな連中の中で、ふたりだけは違ってた。
「「ハニャ?」」
グランディーグニス母娘は同時に、そして同じリアクションの『ハニャ』でイファスティを見つめていた。 母娘ふたり揃って口を三角の形して、目を大きく開けて、間抜けな顔で見つめる。
「『ハニャ?』じゃないわぁ!! 本当に遅刻してしまうんだ! みろっ! 噴水の上にある時計を!!」
イファスティは先にアーサーたちの顔を真似して、その直後で怒鳴る。 彼女は怒りながら噴水の方向へ指で指す。
現在時刻、八時二十一分。
オーフィスターニャたちは首を振り向いて、時計を見たら、彼女たちの顔が真っ青になる。
「もうこんな時間になったの?! やばっ! ワタシたちはまだ自分のクラスがどこにいるのか、知らされてない!!」
「しょ、初日で遅刻……お、お母様に叱られるぅ……!」
「落ちづいてください、お嬢様!」
「んぎゃー! なんてこった! どうしよう!」
少女たちは既に絶望状態、何を言われても聞く耳がない。
そんな状況で、イファスティが一歩前へ踏む。
「静粛!!!!」
イファスティの声は見かけによらず、まるでドラゴンの咆哮の如く、周りのみんなの耳に強く響く。
みんなは耳を手で塞いでる間、彼女たちの視線はイファスティに集まる。
「慌てるなっ! お前らそれでも専門軍学校に入学希望した者かっ!」
「ひ」
イファスティの怒鳴りで、オーフィスターニャはぷるっと震えた。
「よーく聞け。 いかなる状況であろうと、どんな絶望的な窮地に追い込まれようと、常に冷静を忘れなっ! 冷静に最善策を考え、自分が出来る範囲で最善を尽くす! そうすれば、必ず突破口が見つかる――」
「と言うか、イファスティちゃんは一番時間の無駄をしているよぉ?」
「――はず……」
イファスティがかっこいい名言を喋ってる途中、いきなりレミカが割り込んで、彼女のたった一言でそこにいる全員を複雑な顔でイファスティを覗く。
イファスティは真っ赤な顔とほっぺを膨らんですねる。
「んもう! レミカの意地悪! なんでこのタイミングで言うの?! いっつもそうだ、あたしが毎度かっこいいセリフを言おうとしたら、お前はいつもツッコム!
子供みたいに、イファスティが拗ねて顔を横へ振る。
「んもう……拗ねてないでぇ、こんな時にかっこいいセリフを言おうとしたイファスティちゃんが悪いよ~? もう時間が無いのに、これ以上時間の無駄は出来ないこの状況で、イファスティちゃんはいつも空気が読めないから! こうして私が止めているのよ、分かった?」
「はい……我が嫁……」
いつも同じ笑顔を晒すレミカの顔が…笑っていない。 普段のニコニコしているのに、全然暖かい気持ちが伝わって来ない、むしろ、氷より冷たい、闇より暗黒などす黒いオーラを放っていた。
それを近くにいるイファスティ本人は一番感じていた、分かっていた。 そして彼女は汗をかいて、簡単な返事する。
「よろしい! ふふ」
返事を聞いたレミカの顔は元の明るい笑顔に戻る。
「久しぶりだな、レミカが怒るところ。 やっぱおっかない〜」
「ワタシも……最後にママが怒ったのはワタシはまだ四歳の時……やっぱりママはある意味最強だ……」
関心するオーフィスターニャとアーサーは昔のことを思い出し、震える。
「私はオーフィスのママが怒ってる姿はここで初めて見たが……本当に怖い……てか、授業の方は?」
「「あ……」」
全員は既に授業のことを忘れ、彼女たちは間抜けな顔を晒す。
「ち、遅刻ゥゥゥウ!!!!!」
大声で叫ぶオーフィスターニャが先に飛び出す。
「待て! オーフィスターニャ! そっちじゃない! お前たちのクラスは西の校舎、一階にいる一年二班だ!」
オーフィスターニャがまだ遠く離れてないうち、イファスティも大声で叫んで、オーフィスターニャに自分のクラスの居場所を伝える。
残されたアルファーニたちはオーフィスターニャの背中を見て、すっかりと自分たちと関係していることを忘れていた。
「ほら、お前らも先に行け。 あたしは後で追う」
「そ、そうでした……! トワベールカ様、お先に失礼します! ミネルヴァ、エレオノーラ、行くよ!」
「はい!」
「おう!」
イファスティの一言で彼女たちは動き始め、オーフィスターニャを追う。
さんにんは楽しそうで、飛び出す。
そしてその場に残されたイファスティたちは彼女たちの姿を見て、自分たちがかつてこの場所で過ごしていた日々を思い出し、重なる。
「もう十九年かぁ……はやいなぁ……」
「そうだなぁ……」
レミカとイファスティ、ふたりはオーフィスターニャを見て、思わず微笑む。 幸せな顔で、彼女たちは密かに手をつなぐ。
「ところで……オーフィスターニャは昨日、バトルしたよな?」
アーサーはさりげなくイファスティたちのとなりに近づき、先日オーフィスターニャがバトルしたことを聞く。
「ああ」
「私が聞く限り、オーフィスターニャは全くお前らの魔法を使ってないが……どうして?」
アーサーの質問はピンポイントに重要点を当たって、イファスティも真剣に答える。
「私が禁じられたんだ……もしあいつがこの学園にいる間、好き勝手あたし達の魔法を使ったら、紛れもなく数日間でこの学園の最強のエルフと呼ばれるでしょう……」
真剣な眼差しには、ほんのちょっぴり心配してる声がした。
「だったら――」
「しかし! それだけはあいつは強くなれないんだ! 生徒達はオーフィスターニャから離れて、誰もあいつに挑む勇気が無くなって、空虚の最強の称号を得てしまうんだ。 それは耐えられないんだ、あいつが偽りの最強を得たら、一生強くなれない…だからあたしは条件をあいつに提案した……」
イファスティの顔は明らかに落ち込んでいく、でもレミカとアーサーは黙り込んで、ただそばでイファスティの言葉を最後まで聞く。
「オーフィスターニャが五年生に上がった時、彼女がその四年間、どう潜り抜いたのかはあいつ次第だ」
最後の言葉、まるで吹っ切れたみたいに、イファスティが笑う。
「なるほど…五年生を思い出すと、やはり毎年恒例の【全国魔法競技大会】の時だな。 あの時お前は危なかったなぁ……無敵と思われたお前の唯一魔法ですら苦戦を免れなかったな」
昔のことを思い出すアーサーの顔が何故かニヨニヨ笑っていた。
「そりゃあ、あいつらも唯一魔法を使えるから苦戦になった…まぁ、結局勝ったけどよ…しかもあいつらの子も完璧に唯一魔法を受け継げられた」
イファスティも昔のことを思い出すと、寒気がして、ぷるっと震えた。
「唯一魔法のことを言うと、うちのエレオノーラは私の唯一魔法を使えこなしているのだが……私たちの魔法は結構危険なので、ちょっと心配なんだ」
アーサーがエレオノーラの安全を心配していたわけじゃない、むしろ他の生徒たちに危害を加えることを心配していた。
「お前の唯一魔法・爆『点火』は確かにダメージは極めて高い、究極の炎属性魔法だ。 でも思い出せ、お前もここでその魔法を制御したんだろう?」
イファスティは強くアーサーの肩の上にある鎧を叩く。
「それはそうだけど……でもやっぱり心配だぁ!」
アーサーは目を逸らし、庭の方へ見る。
「心配するのは分かる、でもこれはエレオノーラのためでもある。 なぁに、大丈夫だ! あたしが見ているからっ!」
「それは心配なんだ」
「なっ!」
予想外の答えに、イファスティが転ぶ。
「ハハハ……! そのリアクションを待っていたんだ! アハハハハ!! ふぅー、笑った笑った……エレオノーラのことはもう大丈夫だから、本来の話に戻るね」
アーサーは大笑いした後、暗い顔が吹っ切れたみたいに、元気な顔でニヤリと笑う。
「おまえなぁ……」
「まぁまぁ、いいから! それより、オーフィスターニャのこと、これってビッグニュースじゃねか? ひとりのエルフが二つ唯一魔法を使えるだなんて……私が先日家に見た最新資料の中でもいなかったぞ?」
アーサーは語りながら頬を擦って、複雑な顔で考える。
「そうだな、だからこそ、あいつにはレミカの唯一魔法、『神聖鼓動』だけを使う許可したのさ」
「それで、女王さまは知っているのか? オーフィスターニャのこと」
「もちろん知っている、しかも称号を与えるつもりだ」
盛り上がってるふたりは、すっかりレミカの存在を忘れた。 しかし本人は楽しくニコニコしていた。
「じゃあその称号は? もう決まった?」
「ああ……精霊族の古代語より古の言語でなつけた……その名は、『アーニユ(Ániyu)』。 意味するのは、唯一」
「『アーニユ』……なんかかっこいい!! 唯一と似てるけど、根本的な違いは『アーニユ』は二つの唯一魔法を使える唯一無二の存在、対して唯一魔法はその血を引く者たち、つまりその血統だけは使える魔法! ということだな! てことは私たちは今、奇跡の誕生する瞬間を目にするかも……!」
「そうだ!!!」
「うおおおお!!!」
イファスティが言い出したその言葉、そしてそれを聞いたアーサーとレミカの肌はまるで電気が走ったみたいに、全身がピリッとした。 彼女たちだけじゃない、イファスティも興奮していた。
彼女たちがはしゃいでいる頃、噴水の時計は継続していた。
現在時刻、八時二十五分。
これは、オーフィスターニャ・トワベールカがある使命を成し遂げるまでの物語。




