密室の葛藤
「やっちまった……」
チェルカはガックリと項垂れながら息を吐いた。この状況に頭を抱えたくなってしまう。抱えたところでどうすることも出来ないのだけれど。
そんなチェルカの膝の上ではセレスが眠っている。すうすうと安らかな寝息はチェルカの理性をやや危うくさせていた。
何故頭を抱えそうになりながらチェルカがセレスを膝枕をしているのかと言えば、ちょっとしたミスで閉じ込められてしまったからである。
簡単に言えば罠にはまってしまったのだ。
そして、あろうことかセレスが眠らされてしまったのだ。
「いやぁ、うん、殺せないし、安全に捕獲するならどうするかっていうので眠らすのはいい手段だと思うよ。睡眠薬素敵だねって思うよ。そんで、とりあえず安全な檻に突っ込んでおこうっていうのも分かるよ」でもさあ、とチェルカはキレ気味に叫んだ。「なんで俺とセレスを一緒にしちゃったわけ!?」
密室で無抵抗な女の子と一緒にされたらなにするか分かったもんじゃないようわー! とチェルカは叫ぶ。誰が聞いているわけでもなく、大声を出したところで何が起こるわけでもないのに叫ぶ。それは一種の暗示でもあった。ここでセレスが目を覚ましてしまったら目も当てられない状態になるのだが。
「クッソ……セレスが眠ってさえなければどうとでもなったのに……なったのに!」
眠っているセレスの隣で破壊活動を行えば、セレスがどんな怪我をするか分かったもんではない。危ない目に遭わせるだけでも許しがたいのだ。
そして、それ以上にこのセレスを膝枕して寝顔を間近で見られるという状況に幸せを感じてしまっている。それが何よりの原因で、何よりの縛りだった。
本当にセレスを眠らせるというのは有効だったらしい。効果は絶大だ。
「本ッ当、あんなヘマどうにかなると思った自分が恨めしい……もう何? この腹の底からわき出る感情を俺はどう発散したらいいわけ? つーかウチのセレスさん可愛くないですか? 可愛すぎません? 睫毛とか長いしさぁ、肌白いしさぁ、可愛いしさぁ、頭おかしいよね。こんなのと一緒にいて寝顔とか見せられたらそりゃあ頭もおかしくなるよね。セレスさん俺のじゃないんですけど。クソーーーーッ!」
唐突に小声の早口で語り始め、小声で叫びながらキレるチェルカ。ここが二人だけしかいない密室で良かったねと言われそうなほどの奇怪な行動である。何百年も生きて春が来なかった爺に唐突に春が来てしまったのだから仕方がないのかもしれないが。
ハッスルするお爺ちゃん。
いつの日かセレスとチェルカを手にいれようとした梛がこの光景を見たら鼻で笑いそうなものである。
「あー……本当にどうしよう。セレスが起き次第あのクソ野郎はぶん殴るのは確定なんだけどそれまでがなぁ……これじゃ何も出来ないし」
正しくは膝枕をしたままでいたいからなにもしたくない、だが。
ため息をつきながらセレスの寝顔を見る。大分深い眠りについてしまっているようで、当面の間は起きそうになかった。それどころか、楽しい夢でも見ているのか少しだけ微笑んでいるようにも見える。
「……まあ、ちょっとぐらいこのままでもいいか」
その寝顔を見続けている内にチェルカはとうとうそんな結論に至ってしまったのだった。