復讐劇
この間、あるテレビ番組を見ました。
番組の内容は、いらなくなった食材をお店や民家の方々に恵んでもらい、その食材で料理を作るといったものだったと思います。
タレントAが、いらなくなった卵を貰いに行こうとする時、別のタレントBが「卵は難易度が高いですよ!」と言って、過去に、タレントBがある養鶏場へ卵をもらうため交渉に行くが断られるシーンの映像が流れます。
映像を見ると、養鶏場の経営者はかなりご立腹の様子で、訪ねてきたタレントBやカメラマンに対して「突然来るなや。失礼にあたるやろ!」と声を荒げて怒っていました。
映像が終わり、タレントBから事の次第を聞いたタレントAは、不安に駆られながらも卵を貰うため、アテを探しに行きます。
そして、ある養鶏場(詳しくは覚えていませんが、確か養鶏場だったと思います。民家であれ、お店であれ、養鶏場であれ、それは問題ではありません。)を訪ねると、映像で流れたタレントBの時とはうって変わって、タレントAは養鶏場の人々に大いに歓迎されて、いらなくなった卵を貰うことに成功したのです。
私は、この一連の放送を見て、大変気分が悪くなりました。
テレビでよくある流れではないかと思われるかもしれませんが、この流れを放送することが、非常に悪意に満ちていて、卑劣で、残酷なものだと思うのです。
私は、どういった人が編集して、放送内容を決定するのか分かりませんが、今回の放送では、編集や、放送内容の決定に携わった人々の悪意を感じずには入られませんでした。
というのも、タレントAが卵を貰うことの前置きで、タレントBが散々に怒られた上で卵を貰うことに失敗した映像を使うことは、タレントAの成功をより際立たせて、見せ場を作っていることや、タレントAも、タレントB同様散々な目に合うのではないかという緊張感を演出することに成功しています。
この点で、タレントBが失敗した時の映像を活用する名目になるわけですが、タチが悪いのは、タレントAが行き先の養鶏場で大いに歓迎されて、卵を貰うことに成功したことです。
この一連の映像を見た人は、タレントBが物乞いに失敗した映像による演出の効果もあり、タレントAが無事卵を貰えたことに、まず胸を撫で下ろします。
そして、突然訪ねてきて物乞いをしたタレントAを歓迎して、卵を譲り渡した養鶏場の人々の心の広さを称賛する感情が芽生えると思います。
それも、タレントBが訪ねた時の養鶏場経営者は突然の物乞いを怒鳴りながら追い払った、というシーンが頭にあるので、その対比で、よりタレントAを温かく迎えた養鶏場の人々の姿勢を称賛することになります。
一方で、タレントBを追い払った養鶏場経営者は、真逆の印象を放送によって植え付けられました。
突然の訪問にも寛大に対処し、卵を譲った人と、突然の訪問に怒りを露わにして追い払った人。心が広い人と狭い人。良心がある人とない人。
対比が飛躍しすぎたかもしれませんが、こんな具合に、少なからず真逆の人物像をイメージするのではないでしょうか。
タレントBの物乞いを断った養鶏場経営者にとって、これはたまったもんじゃありません。
突然訪問してきて初めて会う人に、いくら使わない物とはいえ、いくら番組とはいえ、物を乞う行為を断ることに何の過ちがあるでしょう。
怒って追い払ったことに関しても、全く過ちがあるとは思えません。
もしかしたら養鶏場経営者は、急ぎの用があって気が立っていたのかもしれません。
仕事の面でストレスが溜まっていた時に、間が悪いタレントBが訪ねてきたのかもしれません。
突然カメラを向けられて腹が立ったのかもしれません。
単にテレビに映るのが嫌だったのかもしれません。
彼には、物乞いを断る権利も、相手の態度を怒る権利もあるわけですね。
当然あります。
断って、そこで終わっていれば何の問題もなかったのです。
しかし、番組側は、この経営者をまるでヒールのような演出で放送しました。
あの放送のされ方を見て、経営者に良い印象を抱いた人はいないでしょう。
むしろ、実際の人柄(私は経営者がどんな人柄か知りませんが、少なくとも、あの悪意ある放送だけから読み取れる人物像よりは優れた方に違いありません。)を遥かに超えて、悪い印象を抱いたように思います。
いや、悪い印象を抱くように仕立て上げられていると私は感じました。
私は、編集、内容決定に携わった人々が誰一人、この放送がタレントBを追い払った養鶏場経営者に不利であるということに気づかなかったとは思えないんですね。
むしろ、経営者をヒールにしようとする意図的なものすら感じたわけです。
番組側に良い態度を示さなかった者に対する強烈な復讐劇です。
私は、この放送をしたテレビ番組がどれほどの人気があるのか知りませんが、地上波放送でしたので、かなりの人々が見ていたはずです。
タレントもかなり有名な方々でしたしね。
最も恐ろしいのが、この"かなりの人々が見ていた"という点です。
養鶏場経営者は、卵を譲り渡すのを拒んだだけにもかかわらず、番組側の強烈な復讐によって、放送を見た何十万(それ以上かもしれません)という人々の前で、ヒールな存在に仕立て上げられ、見世物にされたのです。
名誉を傷つけられたのです。
この、番組側の強烈な復讐に対して、経営者は果たして何が出来たでしょうか?
何も出来ません。
経営者はヒールに仕立て上げられ、その姿が電波に乗って、全国に拡散されました。
晒し者にされました。
その時点でもはや、打つ手立てはないじゃありませんか!
番組側は、経営者への復讐を成功させたわけですが、このような手段はあまりにも卑劣極まりないと思いませんか。
テレビ放送による復讐劇は、当然今回のケースだけではないはずです。
見ていない別の番組でなされている復讐、あるいは、見ていても番組の巧妙な演出に騙されて、その卑劣さに気づけない復讐もはびこっていることでしょう。
なんと恐ろしい!
番組によって、強烈な復讐をされた被害者の方々の名誉回復を祈るばかりです。
終わり