邂逅
「おい、お前」
会社帰り、家に向かう坂道で突然呼び止められて私は振り返った。
が、そこには誰もいなかった。
「おいおい、そっちじゃないこっちだ」
二、三度辺りを見回すがだれもいない。
「気のせいか」
「いやいやいや、ここにいるって!マジかよ、視えないやつが相方なんてめんどくさすぎだろ!」
見えない?確かに目はいい方ではないが、矯正視力なら1.5だ。むしろ、眼鏡の度が強すぎるくらいだ。
「やっぱ、気のせいみたいだな」
疲れてるのかな、と思いながら私は家路に…とそのとき
「待てって!今視えるようにするから!」
「見えるように?」
ふと見上げるとさっきまでなにもなかったはずの空間に人影が浮かんでいた。白いブラウスに黒いスカート、そして闇を切り取ったような漆黒のマントに身を包んだ女性が街灯に照らされている。
私は逃げ出した。どうみても普通じゃない。変質者か?
「おい!ちょっと待て!」
待てと言われて待つやつはいない。私は立ち止まらなかった、が
「いや、無駄だからとりあえず話聞けって」
奴は依然として
私の目の前に浮いていた。私は走り続けているのに。
しかたなく私は立ち止まる。
「…ぜーぜー」
私は荒く息をついた。運動は得意ではない。走るのなんて寝坊した朝くらいだ。
「まあ、息を落ち着けながらでいいから聞けよちょっと待てスマホ出して通報でもするつもりか知らんが無駄だ」
「はーはー」
私はスマホをいじる手を止め彼女を睨付ける。
「まあそう怖い顔するな、あたしゃこれでも神様ってやつだぜ」
「…死神かなんかかしら?」
「黒いカッコしてるから?ニンゲンてやつぁ単純でいけねぇな」
「じゃあ何のカミサマ?」
「…まあ明確な専門分野はないけどな、死神っちゃあしにがみみたいなこともするか」
「…やっぱりじゃない」
「ちょっと落ち着いて話を聞けよ、ニンゲンってのはこれだからいけねぇ」
そういうと神様は音もなく着地した。いや、実際足は地面についていないようだ。
「さて、そろそろ本題に入らせてくれるかね」
そう言う彼女を、しかし私は制止した。
「ちょっと待って」
「何だよ」
「家帰ってご飯食べてからね」
「…エネルギー補給か、ニンゲンってのはめんどくせぇな」
「しかし、狭い部屋だな」
「しかたないじゃない、薄給のサラリーマンなんてこんなもんでしょ」
お腹も満たされ落ち着いてきたので、今目の前にいる自称神様について考えてみることにした。
そもそもカミサマってなんだ。よしんばこいつが本当に神様だったとして、なんで私のところに来たのだろうか。
自慢じゃないが私には特別な力などはない。運動は苦手だったがそれ以外は普通の成績で、普通の高校、大学を出て普通に就職、残念ながら恋愛経験には乏しいが親兄弟とも健在。まあいたって普通の人間なわけだ。
そんなことを考えていると、私の考えを見透かしたように、
「まあ普通だろうがなんだろうが波長があっちまったもんはしかたねぇのさ」
と彼女は言った。
「…波長?」
「そうさ、めんどくせぇことにアタシたち神様はニンゲンの世界じゃ波長の合うニンゲンと組まないと本来の力の十分の一もだせんのだ」
神様ってもっと万能なものではないのか。神様ってのはそれこそ物語の最後に出てきてすべてを解決してしまうような、圧倒的な存在だと思っていた。いや、そもそんなものを本当に信じていたかもわからない。神社なんかは好きでたまにお参りにいくが、本物の神様を見たことなどないのだ。
「ところで、その力は何のため?」
「あぁそれなんだが…」
彼女がなにか言おうとしたとき、突然、辺りが闇につつまれた。
「な…!」
「[やつら]か!」
一瞬にしてなにも見えなくなる。私は、まるで深い湖に飛び込んだときのように、軽いパニック状態に陥っていた。
「体を借りるぞ!」
声が聞こえたと思うと、瞬間、今度は辺りがまばゆい白につつまれ、気が付くと私は自分の部屋にいた。
「…?」
私が声も出せないでいると、
「弱いやつで助かったな」
彼女の声で、私は少し正気を取り戻し、
「なんなの…?」
それだけ言葉を発した。
「ああ、あれくらいならアタシが力を解放しただけできれいさっぱりさ」
「…?もうちょっとちゃんと説明を…」
言いかけて、やっと私は自分の格好に気づいた。服が変わっている。いや、今来ているのは服と言うより水着か下着に近いほど布の面積が小さい。そして、神様のと同じようなマントをつけている。
「…っ」
「どうした、顔が赤いぜ」
そのとき別のことに気がついた。神様の姿がないのだ、声は聞こえるのに。
「やっと気がついたか。いまアタシとアンタは同化してるんだぜ」
そんな漫画かアニメみたいな!
「しかし相性はかなりいいらしい、大分しっくり来てるぜ。ついでに魂がリンクすればアタシ達のこと普通に視えるようになるろうしな。ホントは色々とケーヤクしてからなんだが、まあこの際仕方なしだ」
…アニメや漫画は好きでよく観るが、現実にこんなことが…。
私ジノの、一般的にいってとても普通の、日常はどうやらここまでのようだ。