五月(五月は日向ぼっこに最適な季節ですよね)
とある家庭
「あんたはいつまでそうやって泣いてるのよ!!」
そう言って女の人が少女を叩きます。
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
そう言って少女は一人泣いていました。
「帰ってきてよ、お母さん…。」
そう呟いた声は誰にも届きません。
少女のお母さんは交通事故で死んでしまっていました。
その数年後に彼女のお父さんは別の女の人と結婚しました。
それが彼女の今のお母さんです。
新しいお母さんは少女と仲良くしようと努めました。
優しいお母さんであろうとしました。
けれども少女が前のお母さんを思って泣く度、少女が彼女を拒絶する度、彼女の中からそういった気持ちはだんだんと消えていってしまっていました。
結果として彼女は自分の気持ちを抑えきれず、義理の娘である少女につらく当たってしまうようになってしまったのでした。
少女は今日も呟きます。
「お母さんのことを思い出す私は悪い子なの?
お母さんのことを忘れたら、新しいお母さんとも仲良くできるの?」
と…。
五月
水の都公園
「さーて、新しい町に着いたんだが、どうしたものかな?」
そういって大きく伸びをする男がいました。
この男、黒いシルクハットに白いワイシャツ、なのにジーパンと、とても怪しげな服装の男でした。
「すいません少しお話よろしいですか。」
と、案の定警察官に職務質問をかけられています。
数十分後
「ふう、やっと開放されたよ。
まったく警察官ってやつはひどいやつらだぜ、見かけで人を判断するなって学校で習わなかったのかな?」
「まあいいや、そんなわけで忘却屋、開業開業~。」
そう独り言を言って、彼は噴水のふちに腰掛けました。
平日なので人はほとんどいません。
しかしそんな中になぜかベンチに座ってうつむいている、赤いランドセルをしょった女の子がいました。
今は午前中、小学生は学校に行っている時間のはずです。
彼もそれに気がついて少女に話しかけました。
「どうしたのおじょうちゃん?」
うつむいていた少女は顔を上げて、そして彼のほうを見て、彼の服装に驚いて、もう一度目を伏せて…防犯ベルを鳴らしました。
その後、飛んできた警察官に少女との関連性等を聞かれて、何とか誤魔化した彼のやり取りは割愛します。
そんなの書いていたら物語がまったく進みませんからね。
「あんた、服装だけでも何とかしたほうがいいよ。」
そういって警察官は去っていきました。
「まったく余計なお世話だよ。」
彼はそう呟いてから少女のほうに向き直ります。
「君も何かいやなことがあったのかい?」
彼女はその言葉にピクリと反応しましたが、目を上げませんでした。
彼はそんな少女に対して言葉を続けます。
「もしかして、君は学校でいじめられてるのかい?」
少女は今度こそ顔を上げて彼のほうを見て、
「おじさん、なんで麻里がいじめられてること知ってるの?」
と、少女は…もとい、麻里ちゃんは言いました。
「おじっ…コホン…おにいさんはね。大概のことはお見通しなんだよ。
麻里ちゃんが家族とうまく行っていないことも含めてね。」
そう、彼が言うと麻里ちゃんはまた目を伏せて、
「本当におじさんは何でもお見通しなんだね。」
と言いました。
「おじさんじゃなくてお兄さんなんだけど…まあ良いや。
お兄さんでよかったら麻里ちゃんのお悩み聞いてあげるよ。」
まあ良いやと言いながらも、徹底的におじさん呼ばわりを許さない彼ですが、なんだかんだで彼は聞き上手でした。
最初は彼に促されるままに話していた麻里ちゃんも、少しずつ自分から話し出すようになりました。
麻里ちゃんは、自分が学校で虐められていることや、新しいお母さんとの関係が上手くいっていないことをおじさん…もとい、お兄さんに打ち明け、最後に
「やっぱりお母さんのこと忘れちゃいたいよ…。」
と、言いました。
彼は麻里ちゃんの話を一通り聞き終えると、
「なるほどね…。」
と言って、ひとつうなずいて、麻里ちゃんのほうに向き直ると、
「それで、麻里ちゃんは本当にお母さんのことを忘れたいのかい?」
と、彼はとてもまじめな顔をして言いました。
それに対して麻里ちゃんはうつむきながらもコクリ、と首をひとつ縦に振りました。
「忘れることはとても悲しいことかもしれないんだよ?」
だんだんと彼の声のトーンも真剣なものになっていきます。
麻里ちゃんは今度こそ彼に向き直って言いました。
「麻里ね、嫌なの。
家に帰ると、お父さんも、今のお母さんも言い争いばっかりしてるの。
最初は二人とも仲がよくって、楽しそうだった。
でも、最近は二人とも辛そうなの。
本当は言い争いたくないのに言い争ってるの。
全部麻里が悪いなら辛いのは麻里だけで良いのに…。
だから…。」
そういって麻里ちゃんは泣き出してしまいました。
これには彼も困りました。
彼は女の子の涙に弱いわけではありませんでしたが、さっきの警官がまた飛んでくるのではないかと思うと気が気ではありませんでした。
「わかった、わかった。
実はね、お兄さんは手品師なんだ。
お母さんのことを忘れさせてあげるよ、だから泣き止んで。ね?」
と、少々あわてた口調で言いました。
保身が過半数を占めたようなあわて方でした。
「おじさんそんなことできるの?」
「ああ、もちろんさ。
お兄さんはそれがお仕事だからね。」
彼の言っていた忘却屋とは、嫌なことを忘れさせてあげるといったことを主とした仕事のようです。
「じゃあ、おじさんお願い、麻里にお母さんのこと忘れさせて!!
そしたらお父さんも、今のお母さんもきっと昔みたいに仲良くなれるはずだから。」
そういって麻里ちゃんは彼に頭を下げました。
彼は少し困ったような顔をしました。
彼が悩んだのは忘れさせてあげることが麻里ちゃんのためになるかどうかではありません。
本来、これは彼の仕事であり、生活にかかわるのです。(料金は一回三千円~です。)
しかし、麻里ちゃんにはそんなお金を用意することはできないでしょう。
両親と仲がよくないならなおさらです。
しかし、ここで麻里ちゃんの頼みを断れば麻里ちゃんは確実にまた大泣きしてしまうでしょう。
それだけは彼としても避けなければいけませんでした。
彼はそのことでひとしきり悩んだ結果、
「わかったよ。」
と言って、麻里ちゃんにお母さんのことを忘れさせてあげることにしました。
さすがに一日に三度も警察官の相手をするのは彼としても望むところではなかったのです。
「じゃあ麻里ちゃん、目をつぶって前のお母さんを思い出して」
「忘れるのに思い出すの?」
「うん、一回思い出したほうが忘れるのに好都合なんだよ。」
実際、彼は思い出させなくても忘れさせることはできますが、その方法は時間がかかるのです。
麻里ちゃんは言われた通りに目をつぶり、お母さんのことを思い浮かべました。
いつもやさしくて、あったかくって、でも時々厳しく叱ってくれたお母さんのことをもう思い出せないかと思うと自然と涙がこぼれました。
そして、彼は何かを呟いて指を鳴らしました。
その瞬間、麻里ちゃんの頭の中からお母さんの記憶がはじけるように消え…たりはしませんでした。
「あれ?麻里お母さんのこと忘れてないよ?」
麻里ちゃんは言いました。
「いや、上手くいったよ。
今日は帰って早く寝るといいよ。
明日になって忘れてなかったらまたここに来なよ。」
麻里ちゃんは半信半疑ながらも家に帰りました。
「さてと、今日の晩御飯はどうしようかな?」
そう言って彼は、少し考えた結果、そのままベンチで春の暖かさに包まれて眠ることにしました。
「人間だって光合成くらいできるよね。」
と呟いて彼は眠りに落ちました。
二日後(晴れ)
彼はベンチで日向ぼっこをしていました。
おなかの上にシルクハットをおいて、春のうららかな日差しの中うとうととしていました。
そのときでした。
「ねえおじさん。」
彼に声をかける人がいました。
そこにいたのは二日前に彼のもとに来た麻里ちゃんでした。
「やあ麻里ちゃん、おとといのことは忘れられたかい?
いや、ここに来たってことは忘れられなかったんだよね?」
彼はまいったな、といった顔をして、苦笑いを浮かべました。
「ううん、ちゃんと忘れられたよ。」
と、彼が予想していた答えとは真逆のことを言いました。
しかし麻里ちゃんは笑顔で続けます。
「最初はね、お母さん喜んでたよ。
私が話しかけたら笑顔で答えてくれて、前みたいに私のことを叩かなくなったの。
でもね、しばらくすると逆にとっても怖がりだしたの。
自分のせいで、私が私自身を追い詰めちゃって、そのせいでむりやり自分の記憶を消したんじゃないかって。」
麻里ちゃんは『笑顔』で続けます。
「それにね、学校でのいじめはもっと辛くなったよ。
何で虐められてるのか理由もわからないまま虐められるようになって、余計に辛くなったの。」
麻里ちゃんは『笑顔』です。
「ねえ、おじさんワタシハナニヲワスレタノ?」
そこで目が覚めました。
「まったく、嫌な夢だね。」
彼は呟きました。
そしてそれを忘れるために彼はもう一度寝ようとしたときに何かに気がつきました。
「ん?なんだこれ?」
彼がおなかの上においていたシルクハットの上にはシロツメクサの花飾りがありました。
彼は花飾りを一瞥して、少し笑ってからもう一度眠りにつきました。
彼が目を覚ますと、あたりは真っ暗でした。
シロツメクサの花飾りもありませんでした。
きっとあの出来事は全部夢だったのでしょう。
でも、麻里ちゃんがどちらの夢のような結果になったのかを彼はきっと知ることがないし、知ろうともしないでしょう。
五月END




