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誘惑

前回のあらすじ


隙を突いて燃やしました。

 悪名高い盗賊団をたった一人で壊滅させた英雄として、テザーは大いに感謝された。

 報酬も契約より多く貰い、その後も安定して仕事を回してもらえる新しい契約まで取り付けてもらえた。

 なかなか快調な滑り出しだろう。

 だが、テザーの快進撃は終わらない。

 テザーは数多の賊を狩り、報酬を得ると共に民衆の支持を集めていった。

 英雄と讃えられ、次々に依頼が舞い込む。テザーを指名しての依頼も、少なくなかった。

 そして同時に、テザーが愛用する武器を作った工房も、名匠率いる工房として名を轟かせていく。名が売れた礼として、焼けた剣はタダで打ち直してもらえた。最新技法を使った特別製だ。

 一月も経った頃には、村の人気をテザーが独占していた。娯楽の乏しい村で、英雄の存在は絶好の話題だ。

 連日の依頼で、報酬もたんまり貰っている。家の空き部屋には、金塊が積まれていた。

 地盤は固まったので、そろそろ動き出そうと思う。

 この村の村長は、六十手前。ミラーフォードでなら、いつ死んでもおかしくない年齢だ。その上、妻は既に他界しているらしい。

 そして、村長の子供はまだ十九になったばかり。傭兵ならいざしらず、村長をするにはあまりにも若い。

 死にそうな権力者と、若く未熟な跡継ぎ。これを利用しない手はない。



 仕事の合間、村長の家に入り浸る。

 朝は挨拶、昼は談笑、夜は胸の大きく開いた服で、酌を取る。

 最近、ビキニアーマーは戦闘中にしか着ていない。常に露出度の高い服を着ていると、こういった場面で色気を使えないのだ。

 最初は遠慮がちだった村長も、三日でテザーの酌を躊躇いなく飲んでくれるようになった。後一週間も経たないうちに死ぬだろう。

 ボンクラ爺に関してはどうにでもなりそうなので、息子に注力する。

 息子は、毎日毎日日が暮れるまで遊び呆けていた。全く跡継ぎの自覚がなく、こんな奴にこの村を任せていいのかと不安に思う意見も多い。

 だが、それは本人が一番わかっているはずだ。

 この年頃の男子は、非常に面倒くさい。特に彼のような重荷を背負っている男の子は、逃げ出したい気持ちと責任を取らなければならないという気持ちの間で板挟みになっていることが多い。

 そんなところに年上で美人でおっぱいの大きいお姉さんが優しく近づいてきたら……簡単に堕ちるものだ。

 ここが女の使いドコロである。折角性転換したのだから、男ではできなかった手段も使うべきだ。

 まあ、男を誘惑することに抵抗がないといえば、嘘になるのだが。

 帰ってすぐ、息子は部屋にこもった。その後を追い、テザーは部屋に入る。

「――君、こんな遅くまで出歩いて、何をやっていたんだ」

 息子はベッドに座っていたので、その横に腰掛けた。息子は、少し距離をとる。わかりやすい反応だ。

「別になんだっていいだろ……」

 中学生かよ……などと考えつつ、彼の人物像を修正する。どうやら思ったよりもいくらか精神年齢が低いようだ。責任感はあまりないかもしれない。

 なら尚更、押しには弱い。

 ただ、ストレートに誘うのは嫌悪感があるので、上げて落とすことで手っ取り早く済ませることにする。

「まあそう言うな。親父さんは、君のことを信用していたよ」

 恐らくこの反抗期少年なら、親の話題は嫌がるはずだ。

「……! 親父は関係ないだろ!?」

 親と比べたわけでもないのに、この反応だ。余程、父に対してコンプレックスを抱えているらしい。あんなボンクラにコンプレックスを抱いているのは、少しだけ哀れだ。

「大体お前、親父に取り入ってたんじゃないのかよ……!?」

 息子はテザーに詰め寄り、責めるように言う。なかなか鋭い勘だ。彼のような勘のいいガキは、嫌いではない。

「君は社交辞令というものを知った方がいい。目上の相手には、酌を取っておくものだよ」

 いくら勘が良くても、誤魔化すだけならどうだってなる。適当な理屈を並べ立ててやれば、子供は大抵黙るのだ。

「……」

 俯いて黙っている。もうひと押しだ。

「俺は……君のような未来のある若人のほうが好きだよ。俺もまだ若いから、あまり大きな声では言えないがね」

 身体を倒し、服の隙間から胸の谷間を覗かせる。相変わらず、ブラジャーは持っていない。

「あんた……」

 最後のひと押し。

「君は年上、嫌いかな?」

 不意に肩にかかる重み。視界がグルンと九十度回転し、天井と、息を荒らげた息子の顔が目に入った。

 狙い通りだ。

 ベッドに押し倒されたテザーは、無抵抗なまま、なすがままにされる。息子は瞳を閉じ、顔を近づけてきた。――キスだろう。

 女とのキスなら、男の頃に数えきれないほど経験した。だが、女になってからは、初めてだ。

 風俗では行為だけなので、キスは一度もしたことがない。

 男娼を相手に何度か身体は重ねたのに、唇を重ねることには、まだ少しだけ抵抗があった。

 だが、ここで抵抗をすれば全ては水泡に帰す。(キスだけに)

 選択肢はひとつ。素直に受け入れるしかなかった。

 のしかかる体重。遠慮のない重みとは裏腹に、キスは恐る恐る、ゆっくりと迫ってきた。テザーも覚悟を決め、瞳を閉じる。

 感触は、意外と柔らかかった。彼も若いからか、女の唇と、そこまで違いのあるものではない。

 唇を重ねるだけ。先走る欲望を必死で押さえた息子は、しばしの間を置いてからゆっくりと顔を上げる。

「ご、ごめんなさい……」

 少しだけ冷静になったのか、息を荒げつつも、謝罪の言葉を口にする。だが、ここでやめられては困るのだ。

 わずかに身を起こし、柔和な笑みを作って言ってやる。

「謝んなくていいよ」

 受け入れること。それがコミュニケーションの基本であり、人と人との繋がり合いに繋がる。

「テザーさん……!」

 再び、背中がベッドへと叩きつけられた。今度は乱暴な手つきで、衣服を脱がされる。

 女になってから、経験は男娼だけ。元居た世界の言葉なら、 『素人処女』 とでも表現されるのだろう。

 眼を血走らせ、鼻息荒くテザーの身体をまさぐる。彼が、初体験の相手だ。

 そう思うと、ただ利用するだけの存在を、少しだけ愛しく感じるような気がした。

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