盗賊団の砦
前回のあらすじ
いい武器を買ったらお金がなくなってしまいました。
やることがないので寝たのだが、この長い髪と大きな胸は結構邪魔だった。
寝返りを打てば絡まるし、うつ伏せに寝ると息苦しい。痛みがないのに息苦しさを感じる……というのがわかったのは、収穫ではあるのだが。
そして、なんだか気だるい。
男の体の時はこんなことなかったのだが、どうにも脳に血液が足りていないような感じがする。そういえば、過去に付き合っていた低血圧の彼女がこんなことを言っていたような気がする。
それと、昨日はあまり気にならなかったが、一眠りしてみると、骨盤の辺りがいつもと違う気がした。
しかもショーツに血が付いている。月経まであるのか……。
と、急に昨日の風俗体験が心配になってきた。確か、避妊をしていなかったはずだ。
周期と妊娠の関係についてはよく覚えていない。元の世界ならちょこちょこと調べるだけでわかるのだが、ここにはインターネットなど存在していなかった。
妊娠検査薬もあるわけがないので、確かめようがない。
大の男がこんな歳になって、まさか妊娠の心配をすることになるとは思っていなかった。いや、今は女で二十四なのだが……。
思っていなかったことといえば、家に帰ってやることが特になかったことだ。
元の世界では暇を作るほうが難しいぐらいだったのだが、今は本当にやることが少ない。いずれ忙しくはなる予定だが、主な娯楽はやはり風俗か食事ぐらいしか無いのだろう。
いや……この村には無いようだが、場所によっては剣闘試合ぐらいはあるかもしれない。だが、それもいつでもどこでも暇を潰せるようなものではない。そもそもそういった催しは主催側に回りたかった。
ベッドから降りる。肩幅の狭さや手足の細さなど、細かい身体の違いが気になった。身長が一八ニセンチから変わっていないのは、不幸中の幸いだ。
靄の掛かった頭を押さえ、ベッドの縁に腰掛けて少し休む。
これから盗賊団を退治に行くというのに、こんな調子で大丈夫なのだろうか。
とりあえず、血のついたショーツをどうするべきか……。洗濯機はないので、近くにあった川で洗うしか無いだろう。だが、問題は乾燥だ。乾燥機などあるわけがない。
こんな布切れでも、乾かすのにはそこそこ時間がかかる。洗わないという選択肢はないので、びちゃびちゃに濡れたショーツで過ごすか、あるいはノーパンで過ごすか……二択だ。
いや、奥の手として、ショーツを新しく買うというのがある。金貨はないので、家にあるものと物々交換だ。
テザーは布の服とショーツを脱ぎ捨て、ビキニアーマーに着替える。布の服は上だけなので、下半身を隠すにはこれしか無いのだ。尤も、下から覗かれると丸見えなのだが……。
ブラはなかった。
ノーパンのまま家を出て、ショーツを川で洗濯。大体落ちたので、絞って家の中に干した。
相場がわからないので、まずは何も持たずに下見に行く。確か、雑貨屋でショーツも見かけたはずだ。
駄目だった。
女性の股間を優しく包み込むショーツは、非常に高価なものだった。
一応、ステテコのようなものなら安価で買える。だが、男の頃にボクサーパンツを愛用していたテザーに言わせてみれば、密着しないものは下着と呼べない。
ノーパンと変わらないのなら、無駄な出費はしないほうがいいだろう。
仕方なく、テザーはノーパンのまま盗賊団の砦へと向かった。
※
休憩もせずに半日歩き続けて、ようやく砦に到着した。
既に日は沈んでいて、砦からは光が漏れている。なかなかの大きさで、大規模な体育館と同じぐらいはあった。
ここで野宿し夜明けを待つか、あるいはこのまま攻め込むか……眠らなくても問題はないので、このまま奇襲したほうがいいかもしれない。今朝の体たらくもあるし、見回りが来る可能性もある。野宿は危険だろう。
では、どう潜入するか。
夜とは言え、警備が居ないわけではないだろう。入り口らしきところを探ると、どうやら二人が警備についているようだ。
二人なら騒がれる前になんとかできるかもしれない。
草の陰を伝って忍び寄り、ギリギリまで近づく。これ以上近づいたらバレる。そこで小ぶりの石を拾い、反対側へと投げた。警備の二人は投げた瞬間だけこちらを見たが、すぐに石が落ちた方向へと視線を向ける。
今だ。
「せえい!」
剣を大きく振りかぶり、草の陰から跳躍する。手前の一人の脳天を、砕いた。
嫌な感触が手に伝わる。同時に、ショッキングな光景が目に飛び込んできた。これまで間接的に数えきれない程の人間の命を奪ってきたが、直接殺すのはこれが初めてだ。肉を断って骨を砕く感触は、なかなか気持ちの悪いものだった。
だが躊躇っている暇はない。もう一人の顔面にも、剣を叩きつける。
とりあえず黙ったので、中に入った。細い通路が伸びていて、不均一な感覚で扉がついている。
警戒しながら進んでいくと、一際豪華な扉の奥から、歌声や野次などの喧騒が聞こえてきた。夜なので、宴会でもやっているのだろうか。酒や煙草の臭いが混ざり、嫌な臭いとなって扉の隙間から漏れ出る。わずかだが、雄臭さや雌臭さも混じっている気がした。
まあ、それはそれで都合がいいだろう。宴会中なら、油断しているかもしれない。
一気に扉を蹴破り、テザーは騒ぎの中へと身を投じた。
部屋の中では、予想通りの宴会が起きている。飯、酒、煙草、女……この世界で出来る精一杯の贅沢が、そこにはあった。
そんな乱痴気騒ぎの中で、テザーに気づいたのは全体のごく一部。その一部も、まさかテザーがここを潰しにきたとは考えもしていないようだった。
「おぉ!? 追加の女なんて聞いてないぞ!?」
「でもこいつぁ上玉ですぜ」
「犯せ! 犯せ!」
揃いも揃って下卑た笑みを浮かべ、テザーに飛びかかってくる。テザーはそれをサッとかわし、痩せた男を背中から斬りつけた。
「あいでぇ!? こいつ、抵抗しますよ!?」
「そういう余興かもしれねえ。全く、ドンも粋なことする」
「犯しちまえ!」
どうやら、テザーが傭兵で、盗賊団の退治を依頼されてここまで来たという発想は、全くないらしい。
これは好都合なのだろうか……。三人は股間の怒張をギンギンに滾らせ、テザーを囲む。服の上からでもテザーが男だった頃より大きいのがわかり、悔しいやら腹が立つやら、とにかくこいつらを殺してやろうという気分になった。
まずは一番簡単に死にそうな痩せた男からだ。先程の傷もあってか、一番動きが鈍い。
「でえい!」
思いっきり、脳天に剣を叩きつけてやった。
「げひゃぁ!?」
痩せた男は、脳漿をまき散らして倒れる。多分死んだだろう。警備の男を殺した時は気持ち悪かったが、今はとても晴れやかな気分だ。
「お前、なかなかやるな!」
「犯し甲斐があるな!」
次は、犯せ犯せとうるさい少し頭のネジが逝かれていそうな男だ。かなりの歳を食っていそうだが、どうにも表情が子供っぽい。脳が少し残念なのだろうか。
「死ねえ!」
剣を横薙ぎに振るい、男の側頭部に叩きつける。今気づいたが、折角いい剣を買ったのに先程から叩きつけてばかりな気がする。切れ味を活かしきれていない。
まあいい。
何はともあれ、次は大男だ。三人組の中では、こいつが一番強そうだった。
テザーは長身だが、それよりも遥かに大きい。三メートル近くはありそうな巨体に、思わず圧倒される。
だがこいつも所詮は人間だ。不死身のテザーには敵うまい。
頭には届かないので、剣を足に叩きつける――が、大男はビクともしなかった。
「女のわりには大した力だ。だが、俺には敵わないだろう」
言うと、大男はその大きな手でテザーの両腕を掴んだ。必死に抵抗するが、その拘束から逃れることができない。
どうしたものか……。考えていると、大男の背後から声がする。
「どうした?」
「女の追加らしいぞ」
「アマゾネスの見世物じゃねえのか?」
「ドンの計らいらしいぞ」
テザーの存在に気づいた男たちが、どんどん群がってくる。これは、本当にマズイ。
「安心しろ。大人しくしてれば、しばらく殺しはしない」
腕の力を緩めないまま、大男は告げる。
万事休す――大男の足に刺さったままの剣を見下ろし、テザーは体の力を抜いた。




