ギルド
前回のあらすじ
異世界転生したら女になってました。
しかも不死身。
ギルドは、テザーが予想していたとおりの施設だった。
『傭兵ギルド』 と書かれた看板がでかでかと掲げられていて、非常にわかりやすい。
この地の一般的な建造物と同じく、ここもログハウスだった。
「すいませーん」
中へと踏み込む。屈強な男がカウンターの奥で手を組み、その周りでマネージャーのような女性が数人、それぞれ何かしらの仕事をしている。
「おう、どうした……って、お、おおお前は……!」
屈強な男は、テザーを見た瞬間に驚き素っ頓狂な声を上げた。どこか怯えているようにも見える。
まるで世界の終わりでも見たかのような反応だ。この世界では、まだそこまで驚かれるようなことはしていなかったはずなのに。
腕相撲大会で優勝したが、それは大したことではない。この弱そうな女の身体で勝ったので、驚くのはわかるが……それでも、ただのビックリ人間だ。世界が滅ぶわけではない。
「ん……ああ、そういえば」
よく見ると、男は腕相撲大会の決勝で戦った相手だった。
男は、恐る恐る言う。
「嬢ちゃん……あんた何者だい……。そのほっそい腕で村一番の怪力自慢の俺に勝つなんて、只者じゃねえ……」
そういえば、決勝戦を終えてから、彼はしばらく呆然としていた気がする。
それで、なんとなくわかった。
(なるほど……それしか無いんだな)
ミラーフォードは、まだ文明が未熟だ。貨幣の概念が発展しておらず、経済的優位に立つという状況が、あまり身近ではない。
そんな中で、最も目立つ力は何か。
それは、腕力だ。
村一番の怪力。その称号は、言ってしまえば、この村で一番強いことを意味する。
この村で、最も優位に立った人間。
そんな人間の目の前に、もしその地位を脅かす相手が現れたとしたら……?
それはもう、世界が終わるのと同じような思いをするだろう。
「ああ、気にしないでくれ。俺は別にこの村をどうこうしようとしてるわけじゃない」
サラリと嘘を吐きつつ、適当に流す。
「こういう体質なんだよ。婆ちゃんの時代からそうだ」
だが、男はどうにも疑り深い。
「そんな話、聞いたこと無いぞ」
「まあ、ここの出身じゃないしな。ドールギンってところだ」
苦し紛れのつもりだったが、なかなか上出来な言い訳になった。特に、自然にパスポートに書かれていた地名を出せたのがポイント高い。
「ドールギンか……確か、大きな街だったか……」
男はドールギンについて思い出そうとしているらしく、テザーから視線を外して天井を見上げた。だが、今はドールギンについてなどどうでもいい。
「そんなことはいいだろう。とりあえず、俺に何か仕事を振ってくれ」
催促するように言うと、男はふむと腕を組み、横の女へ振り向き指示を飛ばす。女は棚から手早く一枚の紙を取り出し、カウンターに置いた。
「これは危険な仕事だが、まあお前ならやれるだろう」
そう言うと、男は紙をこちらに向ける。
「ほーん、盗賊団の退治、ねえ」
「村長直々の依頼だ。今まで三人死んでるが、報酬はいいぞ」
報酬は、金塊とだけ書かれていた。量がわからないが、塊というぐらいなのだからそれなりの量があるのだろう。
それにしても、村長直々の依頼を、こんな他所者にあっさりと回すだろうか。
男の表情を窺う。何かを隠している……わけではないが、何かしら企んでいそうな顔をしていた。これは、厄介払いを考えている人間の顔だ。
察するに、この依頼でテザーが死ねば自分の地位が脅かされずに済むし、達成すれば厄介な依頼が一つ消える……そんなところだろう。
「よし、受けよう」
危険は百も承知だ。迷うこと無く、テザーは依頼を受けた。
「おお、それは助かる。じゃあ、サインしてくれ」
渡された羽ペンで、テザーはサインする。文字が書けるか少し不安だったが、なんのことはなく書くことができた。やはり、この世界に来る時に大きな力が一枚噛んでいるのだろう。
サインした依頼書を受け取ると、男は安堵の息をついた。
「死人が出てから、受けようとする奴が減ってな……村長からは急かされるし、どうするか考えていたんだ」
大体予想通りだ。彼もそれなりに苦労しているのだろう。
「これが盗賊団の砦への地図だ。準備が必要なら、出発は後でもいい。終わったら、牢屋にブチ込むから首領を連れてきてくれ。まあ死体でもいいがな」
男から地図を受け取り、テザーはギルドを出た。
※
出発は後でもいいと言われたので、とりあえず準備をする。
とは言うものの、食料や医療品の類は必要ないので、用意するものは武器ぐらいのものだ。強いて挙げるなら、この貧弱そうなビキニアーマーの替えの服だろう。今すぐ着替えようというわけではなく、破れた時の着替えが欲しい。
服装にルーズなジーマ村であっても、裸で徘徊するのはマズイだろう。仮にそれが許されるなら、恐らくこの村の多くの住民は服を着ていないはずだ。
雑貨屋らしき店で革のカバンを買い、服も買う。ビキニアーマーのような装飾は無く、シンプルな布の服だ。普段着にはこちらの方が適している気がする。
買い物中は、意識して金貨の残りを確認するようにしていた。元の世界では、買い物中に残金を確認したことはない。使いすぎることがないようにと、買い物前から意識していたのだ。
そうでないと、肝心の武器が買えなくなってしまう。
買った服をカバンにしまい、武器の店へと向かう。
武器の店……というか、工房と表現したほうが的確かもしれない。数人の職人が、店の奥で鉄を打っている。
「いらっしゃい。どんな武器が欲しいんだい?」
カウンターで店番をしているのは、浅黒いテザーよりも更に色が濃い――褐色と表現したほうが良さそうな肌をした女性。赤く長い髪は乱れ気味のポニーテールでまとめられている。
なかなかの美人だ。体つきも、細身ながらどこか性的で、セックスアピールは抜群である。こんな女性が相手なら、レズビアンに走るのも悪くない。
齢は、テザーとあまり変わらないように見えた。
「何があるんだ?」
カウンターの奥にある武器棚を覗きながら、テザーは訊ねる。すると、女性は怪訝顔をした。
「何があるって……そうだな……あんた、普段は何使ってるんだ?」
(ああ、そうか……傭兵は普段から武器使うからな……)
こんなところに武器を買いに来るのは、十中八九傭兵だろう。傭兵なら、武器知識に疎いのはおかしい。
「いや……武器を買うのはこれが初めてでな……」
まあ別に悪いことではないと思うので、正直に言ってみた。すると、女性は少し驚く。
「へえ、その歳でデビューか……。詮索はしないが、まあ……頑張れ」
この反応、恐らく、二十代で傭兵を始めるというケースは珍しいのだろう。確かに、元居た世界でも昔は成人が早かったと聞くし、ミラーフォードでは少年少女が社会に出ている可能性も十分にある。
……なら、テザーの二十四歳も、年増扱いされる可能性が……いや、やめよう。
「初心者なら、槍か……いや、木こりの経験があるなら斧でもいいかもしれないな」
当然だが、木こりの経験など無い。なら槍を使うべきだろうか。
だが、女性は続ける。
「でも斧も槍も作ってる人が少ないから、選択の幅は狭まるな。武器の質にこだわるなら、やっぱり剣が一番いいかもしれない」
道具の質、というのは極めて重要だ。実力には、道具の力とそれを使いこなす力も含まれている。なら、答えは一つしかないだろう。
「じゃあ、剣にしよう。オススメは?」
「金に糸目をつけないなら、ウチの親方が作ったこいつだね」
言うと、女性は店の奥から一本の剣を持ってきた。
鞘に包まれたその剣は、テザーの身長の半分以上はありそうなものだった。女性は鞘から剣を抜き、テザーに見せつける。
「いい剣だろ。あたしもいつかこんな剣が作れるようになるといいんだがな……」
女性の言うとおり、その剣は素人目に見ても素晴らしい物だった。
刃に粗が一切なく、触れれば切れてしまいそうな鋭さだ。
「ここまで不純物を抜けるのは、東の刀鍛冶ぐらいだ。親方は、ホント凄いよ」
東……刀鍛冶……日本的な場所が、ミラーフォードにもあるのだろうか。
まあそれはおいおい調べるとして、だ。
「で、いくらなんだ?」
「金貨で言うと十五枚ぐらい」
「ふむ……」
自分の金貨袋を確認する。今、十五枚残っていた。ピッタリだ。
この世界の相場がイマイチわかっていないので、散財は避けたいところである。しかし道具は良い物を揃えておきたい。
「……よし、買おう」
考えた末に、買うことに決めた。
悩む理由が値段なら買え、欲しい理由が値段ならやめろ、というやつだ。
「まいどあり」
鞘を腰から下げ、店を出る。
もう日が沈み始めていた。今日は家に帰って一旦休み、出発は明日にしよう。




