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第九話 悪意

 国興しへ向けて三人が一致団結した(させた)ことで、会議はぐだる事なく進められた。


 俺は、引き続き今後の行動に関する計画などを書き連ねていく。

 他国の制度やらは、ひとまず丸々借りるとして、必要な所を継ぎ接ぎしていく。後で見直して問題あれば修正していけばいい。

 今はとにかく気合を入れて、でっち上げる! うらうらうらうら!


 心の中で叫んでも、傍から見たら、目を血走らせた男が一心不乱に筆を走らせている光景である。

 話しかけられる事がないから、ある意味、仕事が捗る効果はあると言える。 


 そういえば、別に砦に戻っても構わないと思うのだが、初日以降はずっと塔にこもっていた。

 目標がでかくなりすぎたせいもあり、集中して進めたかったというのもある。


 ハライには仕事がてら領内を回って様子を窺ってもらっている。トゥロは相変わらず剣の鍛錬のみ。いやたまに意見は交わしたかな。


 そして旗の図案をばら撒いて数日後。皆の興味は、反乱の行く末から旗に移っているとハライの報告があった。


 神獣の御旗様々だ。

 領民の気勢を削いだお陰で、領内を歩き回っても掴まることはないとハライのお達しである。

 みんな飽きっぽいのだ。




「よう領主様がたじゃねえか、元気そうだな!」

「ああ、なんとかね」


 道行く領民たちと、何事もなかったかのように普通に挨拶を交わす。

 俺とトゥロは、港町の方へ出向いていた。

 外に出るのがものすごく久々に感じるが、塔にこもって数日しか経っていないのか。俺だけ時間の流れがおかしい気分になる。


 食堂の前、軒先に旗が飾られているのを目の当たりにすると、ハライのもう大丈夫だよという言葉に真実味が増していた。

 くっくっくっ。しっかり餌に食いついてるようだな。

 開店時は半分開けっ放しであるその入り口へと、堂々と踏み入れた。

 昼時の喧騒が一際大きくなった。


「おお海領様、元気だったか」

「陸領様も相変わらず悪い笑いしてるな」


 俺のことを誤解している奴が居るようだが、ひとまず脇へ置いておこう。

 今日の目的は俺の意図するところを汲み取ってもらうことだ。もう一押ししておきたいからな。

 店内にも飾られていた旗印を確認すると、思わずニヤリと笑みが漏れる。


「ふっふっ、俺たち領主へ追随の意、確かに汲み取ったぞ」


 壁に掲げてあった旗をビシッと指差して言い含めた。

 一同ギクリと身を震わす。


「いやあ確かな証拠があるって素晴らしいね!」


 ハハ……ハハハハハ。


 ぎこちない笑いが場を濁す。

 目を交し合うと、皆一斉に振り向いて言い放った。


「「「商人共の手伝いはしないから取り上げないで!」」」


 おうよ、もちろんさと優しい笑顔と共に肯いておく。ハライの言ったとおりだな。

 俺たちの前では頼りないだけのハライだが、皆からは慕われているから、きちんと話が出来るのだ。

 そこで軽い昼食を摂りながら、最近の様子を聞いた。


「旗のお陰で大漁なんです!」

「彼女ができました!」


 等々胡散臭いことを楽しそうに話してくれた。

 まあ縁起物であるというのも興味を持つ理由の一つだろうが、何よりも、この地では柄物の布なんて作成に時間がかかりすぎて高級品である。


 普通の布にちょろっと図案を足しただけで格好良いとかで、俺が想像した以上の人気となっていたようだった。

 悪いことも広まりやすいが、良いことも広まりやすい。みんなの単純な気質が今は有り難い。


 親父共が潜んでいる海側でこの調子なのか。この分だと陸側も大丈夫てのは本当みたいだな。

 ハライよ恩に着る。


 食堂を後にすると、港に並ぶ船の帆先に、たなびく旗を見やる。

 とりどりの布に縫い付けられた、二対の神獣が揃う様は壮観だ。

 その光景に一人悦に入る俺であった。



 ▽▽▽



 港へ向かうと、不快な雰囲気を纏う商人に声を掛けられた。海向こうの商人だ。まだ居たのか。


「お噂はかねがね伺っております、領主様方。常々ワタシらの船をご覧にいれたいと思っていたのですよ」


 半ば強引に船上へと誘われ、渋々と頷いた。新たな取引というし、そう無碍にできない。

 念の為、時間はないのでと伝え、甲板をぶらぶら歩きながら話を聞くことにした。


「改めてご挨拶をば。ワタシは海向こうで、トショーヤ商会を営んでおります、ルネコ・トショーヤと申す者です。いえいえ怪しい者ではございません」


 冗談のつもりなのだろうか。十分怪しいと思うぞ。笑ってやったほうが良いのか悩んでいると捕捉してきた。


「前領主様方にご注文の品をお届けに参じたまでですよ」


 それは知ってる。

 しかし、それにしてもだ。親父たちの注文分は引渡し済みである。結局、武器なんぞを買ってたというのがむかつくが、信用にかかわるし返品はできない。


 とにかく、他に食糧など必要な物があっても受け取り済みだと思うのだが……未だ滞在しており、さらに長期になりそうな気配がした。

 こいつらにも最近の騒動は耳に入っている筈なのに、紛争に巻き込まれるかもという不安もなさそうだし、相手を間違ったかと呆れて帰るわけでもない。


 商魂逞しいだけなのか、それとも他に親父共との交渉事があるのだろうか?

 外部の者が居るのもやり辛いな。


「そうですか。こちらとしては嬉しい限りですが、こんな何もない所に、随分と長い滞在ですね」


 つい、はよ帰れと言ってしまっていた。

 トショーヤはしれっと受け流し、笑みすら浮かべる。


「前領主様方から、交易に関して相談に乗って欲しいと要請がありましたからな」


 やっぱり親父共が関係あるのか。単に受注品の受け渡しだけにしては、やたら気が合ってそうだったし。


「今後、領主様方にお世話になることもあるでしょう。互いに損のない取引が出来れば結構なことでございますヌフッフ」


 俺は嫌そうな顔をしていたと思うのだが、取り込もうと考えているのか商魂逞しく営業してきた。

 トショーヤは、さっと懐から板切れを取り出すと、よく見えるよう前に差し出す。


 そのむくんで饅頭のような手の上に、その手の平より一回り大きな黒ずんだ鉄板を乗せていた。そしてヌフッと唇を歪める。


「いかがです。これは本国より特別に賜った、国の為となる商取引の代理権行使を保証するする委任証です」


 トショーヤは、俺が頼んでもいないのに身分を証明してきた。

 もったいぶって回りくどい説明をするトショーヤの手元に目を落とす。

 武器に蔦が絡まりあったような刻印が施されている。確かに、トショーヤの属する国が、交渉事に使用する印章と同様の図案だ。


 無意識に眉を顰めていた。

 こんなものを見せびらかす魂胆に辟易してだ。

 大国の威を借りるか、それともそれも含めての搦め手なのか。


 目の前の横暴な野心を振りかざす肉饅頭を、まじまじと観察していると気分を損ねたらしい。何故平伏さないのかとでも思ったのだろう。より尊大さを増した。


「ワタシらの手際を御覧じろ。この田舎臭い場所を、見事に変えて見せましょうぞヌフッフッ」


 あからさまに格下扱いだよ。別に構わないが、芝居がかった奴だ。

 口ひげの下から覗く厭らしい笑みは、お気に入りの笑顔なのだろうか。あまり接客に向いてるとは思えないぞ。


「それはそれは……楽しみだね。参考にさせてもらいますよ」


 俺は無表情のつもりで言った。ここで笑顔の一つも作れないとは情けないと思いつつ、冷めた返ししかできなかった。


 こいつらの望みは、ただの大口取引の成功ではない。

 それが、よくよく分かったからだ。

 ここまで商売っ気があると、親父共の要請を無報酬で受けるとは考え難いな。


 親父共め、武器だって我慢ならないのに、無駄なことの為に外貨に手を付けているなら承知しねえぞ。

 俺の件が終わったら、きっちり調べてやるから待ってろよ。


 親父共の企みにどう噛んでいるのか知らないが、今しがたのやり取りでは、別の思惑があるように思える。

 こいつらはどうにも不愉快だった。


 これ以上は無意味だと帰ろうとした矢先、部下の一人らしい男がトショーヤにすっと近づく。そして、どこが耳かわからない肉饅頭に耳打ちするなりその場を辞した。

 どこまでも胡散臭い奴らだ。


「これは失礼しました。なにやら儲け話が耳に入ったようでしてね、ワタシも早速出かけることにします。今後もよしなに」


 全力でお断りします。

 トショーヤはどこかで悪巧みだろうか。俺の挨拶を聞くまでもなく、足早に去っていった。

 腹立たしい奴らだ。脱力しつつも、この場から抜け出すべく動き出す。


「疲れたな」

「ほんとにね」

「早く降りよう」


 さてと俺たちも戻ろうと、降り場へ向かう背後から鶏を絞めたような耳障りな叫びが上がった。


「おお麗しのストゥロンさぁん!」


 トゥロの眉間が険しく歪む。危険を察知し振り返ると、トショーヤの息子が迫ってきていた。


「この船、魔の巣窟だな」


 俺は軽く会釈しつつも出口へ向かう足は止めない。


「しばらくお見かけしないと思ったら、まだその男に脅されていたのですね!」


 何か言い出したぞ。

 そういやこの前も助けるとかなんとか言ってたな。俺の設定はどんなことになっているのだろうか。いやはや全く興味はない。


 トショーヤの息子がトゥロの左手を両手で包み、さわさわと撫でだして俺は目を剥いた。

 お前、コロサレルゾ!

 一瞬まるでおれ自身が殴られるかのように体が竦む。


 トゥロも本気で気味が悪いらしく全身を逆立て、今にも殴りかからんとしてはいた。

 だが衝撃音は聞こえない。


「ストゥロンさん、このポロロ・トショーヤにお任せあれ。もうすぐ父が貴女を救い出してみせます」


 人任せかよ!

 俺たちはズカズカと歩く速度を増すのだが、もちろんこのヒョロ長い男も歩みを止めはしない。


「貴女を救った暁には、その美貌に相応しき黄金の装飾品を集めて見せましょう!」


 トゥロが宝飾品なんぞで釣れると思っているとは、憐れだ。

 実のところ、このヒョロ男が殴り飛ばされるのを今か今かと胸躍らせていた。だがトゥロは拳を固めたまま耐えているようである。


 暴れすぎだと諌められたのを気にしているのか。それに、ここで部外者を殴っては、せっかくマシになった評価も逆戻りだな。しかも他国船籍の船上だ。

 何より、先程のトショーヤについて懸念しているのかもしれない。

 ここで殴ったりしたらどんな因縁をつけられるか分かったもんではない。


 トゥロがすいっと払いかわした手を、ポロロは尚も執拗に追い縋っている。

 へろへろ小走りでトゥロの周りに取り付き、にへらにへらとした間抜け顔に、なんというか……なんか俺も苛ついてきた。


 思うが早いかさっと近寄ると、ポロロの進行方向へ一歩足を踏み出していた。結果までは想像していたわけではなかった。こいつは俺以上に軟弱らしい。

 躓いた拍子に面白いほど思い切りつんのめり、船外へと飛んでいった。


「は、はれええええ!?」


 積荷を移動させるための傾斜のある板をゴロンゴロン転がるのを、冷ややかに見つめる。

 ベタン。そんな音を立てて、ポロロはうつ伏せの大の字で地面に貼りついた。


「器用だな」


 他人事のような感想が漏れる。

 トゥロをすぐ手を出すと責めた手前、警戒してちらと彼女を見ると、何か嬉しそうに頬を上気させていた。

 やはり、人が痛めつけられるのを見るのが嬉しいのだろう。


「助けないつもりかと思った」


 トゥロは珍しく目を逸らして言った。

 いつも助ける側だから、よっぽどバツが悪かったのだろうか。


「いやーあれ見てるだけでイラッとしたし」


 あれ、なにか不満げな表情である。まずい事言ったかな。恐ろしい。彼女に攻撃の隙を与えてはいけない。


「さあ、用事も済んだし出よう!」


 船員がポロロに近寄ってくる前に、船から脱出成功!

 危なかった。予想外のことにうっかり気を取られてしまった。

 現在俺たちを取り巻く状況では予想外のことが常なのだから、気を引き締め直さねば。


 この一週間、日に何度気を取り直し、引き締め、奮い立たせたかわからない。心臓に悪い。焦ってもどうにもならないと分かっていても重くなる気持ちに溜息は止まらないのだった。


 俺は、ようやく最後の目的地へと向かう。

 街の皆の態度に安心できると確信したので、思い切って商人たちを訪ねるつもりだったのだ。



 ▽▽▽



 港の石造りの倉庫横に、商人共の集まる、木造の掘っ立て小屋がある。普段は会合に使う事もある寄合所である。

 現在は、親父と商人悪の組織本部であった。

 そこにはすっかり頭から抜け落ちていた人物らが巣食っていた。


「母様におば様」

「母さんたち、こんなところに居たのか」


 入れた気合が抜け落ちて行く。


「あらあ、トゥロにリィス! なんだか久しぶりね」

「まあトゥロ、元気そうで良かったわ! リィスもね」


 母の言葉の間に目を細める。俺はついでなのかよ。


「ほほほリィスったらいつまでも子供みたいに拗ねないの」


 ぐっ。やりづらい。親父共とは違う面倒さなのだ。


「イェスったら、リィスも男の子ですもの。あまりからかうと後が面倒よ」


 トゥロの母、オカンネルは庇ってくれるのかと思ったらこれである。これも親父たちのせいだ。


「そうねネル。リィス、早く迎えに来てね~」


 厚かましいにも程がある。だが得体のしれない恐ろしい生き物なのだ。反抗はしないのが賢い選択というもの。

 

「……努力する」


 迎えに行くことになっていたのかい。

 この軽さ。俺たちとの温度差に肩も落ちる。

 いつもと変わらぬ親父共との楽しい見回り気分のように見えた。

 逆に言うと、無視しておいてよさそうだ。

 とりあえずは頭の片隅で気にしていたので、安否が確認できて良しとする。


「まさか、のこのこ本拠地にまで堂々と潜入に来たとはな!」

「よく来たなトゥロ、リィ坊!」


 不意に響いた朗々とした野太い声。親父だ。やっぱり居るよなー。

 その背後に展開するのはげっそり商人隊。

 各々、大きな木箱やら麻袋などを引っさげている。


「もう用は済んだよ!」


 条件反射で踵を返していた。そういえばこの前は逃げたせいで勘違いされたんだったな。いや砲弾が飛んできたのだ。あれは逃げるだろう普通。

 そう思いつつも、どんな面倒事が降りかかるかわからない。脱兎の如く塔へ駆け戻った。




 塔へ戻ると、海領で得た情報を精査する。

 親父や商人たちが運んでいたのは、運搬用の普通の木箱と袋だった。

 一応、親父たちも仕事を手伝っていたみたいだな。俺の邪魔することだけ取り組んでるのかと思ったが、ただ遊び呆けているわけではないらしく少し安心する。企んではいるんだろうけど。


 逃げずに親父たちに聞いてみれば良かったかな。直接の答えはくれないだろうが、うっかり口走ることくらいは期待できただろうし。

 でもなぁ、トショーヤ商会か……。

 今はこっちのが気懸かりとなりつつあった。


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