第八話 緊急対策会議
塔内隠し部屋に潜伏した俺、トゥロ、ハライは対策会議を開いていた。
正しくは、黙々と思考する俺を、他の二人がのんびりお茶しつつ待っている。
とりあえずの出鱈目な理由付けで国作りを目指した俺。
初めに親父から資料を押し付けられた時から今までは、自主課題のように捉えていた。いつもやってる模型作りみたいなものだと。実際の制作を目指しはするが、あくまでも検証、思考遊戯だった。
だから覚悟を決めるまで、ぐだぐだと呪文のように今までの腹立たしい事を無理やり思い返し、羅列した事実を頭に植えつけて気力を掻き集める。
出来うる限り面倒事から逃げ続けたい俺にとって、現状を呑み込み受け入れるのには強力な自己暗示が必要であった。
領主業を譲ってからの親父共の反抗。あれは俺が本気でどうにかするまで止めないつもりなのだ。
もし俺が諦めたら、親父共なりにやりたいようにやるだろう。
だが、経験から知っている。
それをやると、俺は非常に不利になるだけなのだと。
俺が、何か問題があれば面倒でも解決に向かうようになったのは、そんなわけなのだ。
しかも今回は、その不利が生涯に渡って続きそうな大事なのである。そう思えば、
ここは退くわけにいくまい。
だらけたければ、さっさと事を終わらせるしかないんだ。
しかしなぁ、さすがにこれは今までと規模が違いすぎる。
「さっさと終わらせるとか無理だよな……」
眩暈を覚える。
俺の気力はどこまで持つのか。
こんな我慢大会は嫌だ。
どうにか形が見え、軌道に乗ったからって俺が暇になれるとは到底思えなかった。
というより益々忙しくなる未来しか見えない。死んでしまう。過労死一直線だ。
気が重い。今からこんな調子では思いやられる。
気を取り直して、ざっとまとめた叩き台を見直し、細部をもう少しばかり詰めることにする。
「死んだ魚の目と、ぎらつく血走った目が合わさり最強に見えますね……」
「今リィスは戦場に立っているのだ。死線を超えるか……私達に出来るのは背後を固めるのみ」
時折ぼそぼそと声が聞こえた。
狭い部屋だ。いくら声を潜めたところで内容を聞き逃すことはない。
俺の苦悩を知ってか知らずか、その内容は真剣味が足りない。昨日まで一番お気楽だった俺が言うのもあれだが。
まずはこいつらに何かさせた方が良い気がしてきた。
▽▽▽
「というわけで、国興し草案をみんなで検討するぞーワーパチパチパチ」
俺は草案をまとめた紙切れを卓の中央に滑らせた。
日常的会議の一つである。そんな風に何気なく提案する。
「へえ国興しですか。ほー。で、誰が。えっ私?」
「私にも海領の管理があるのだが……なに、それも国としてまとめるだと?」
二人は一瞬で起動不全を起こした。
目を丸くしたまま、凍結したように微動だにしない。
くくく俺の苦しみをお裾分けだ。
まずはハライが抵抗を試みた。
「ええと、代表との話し合いでは、商人と領民の仲裁、ということではなかったでしょうか……?」
その通りだ、ハライが正しい。
だがそれでは回避できないことを納得してもらわねばならない。
「そこに親父達という不確定要因があったのを忘れるなよ」
ぐっと言葉を詰まらせるハライ。親父共が関わる以上それだけで済まないのは薄々気付いているだろう。今回の暴挙は、未だかつてない規模だ。だがハライは経緯を知らない。疑問だらけなのも頷ける。
「王国でいこうとか、呟いていたのは……いつもの現実逃避の妄言じゃなかったのですね」
ハライは青褪めを通り越して白くなりながら失礼なことをほざいている。
「いっぺんに解決して、再犯を防ぐ魔法なんかない。世の中の潮流に身を任せるのが、一番穏便に済むと思うぞ?」
「そ、そうかもしれません……けど! そんな大事なことを話さずに勝手に進めるなんて酷いじゃないですか!」
おおっと駄々を捏ねだしたぞ。
「あのな、大事なことだから、話す前にまとめないと混乱するだろ? そしてまさに今、その話を始めたところなんじゃないか」
さあ早く現状を受け入れて先に進もうではないか。
「ぐぬぬ、屁理屈ではリィスに敵いませんね」
「では剣で制すか」
「いやいやいや待て落ち着こう?」
トゥロも立ち直ったか。物騒な方に。またぐだぐだしてきた。
ひとしきり言い合ってようやく皆で腰を下ろす。
いつもならば、これで何事も無かったように話は進む。
だが、ここは始めに戻っただけであった。
俺の差し出した紙を見下ろして、再び固まっている。
国興しなんて内容もさることながら、ちょっとした宣伝作戦も同時に展開しなければならないか手伝ってほしいんですが。
そもそも何故そんな大事に関わらねばならないのかという、二人の戸惑いが伝わってくる。
席にはついたが緊張からか苛立っている。俺は疲労で苛立っていた。
「おい、海の娘。俺だってさっさと終わらせたいんだ」
「誰が娘だ土くれ野郎。ちんたらしているのはお前のせいだろう」
「丁寧に行動しているだけだ。野蛮な者と一緒にしないでくれ」
「お前は器用な奴だな。喧嘩を売りたいのか協力してほしいのか同時に出来ると思っているなら呆れてものも言えぬ」
海の娘と呼ばれた女ことトゥロは、土くれ野郎と呼んだ俺の胴を、剣先に向けてやや幅広になる湾曲した剣で切りつけていた。
鞘ごと振り回したので、俺はまだ切り身にはなっていない。
「ってぇああああー!」
叫びながらもんどりうつ男を見下す女。こめかみには見事な青筋が立っている。
寡黙だが、トゥロはとても短気なのである。しかし怒ってるんじゃなくて動揺してるところを俺が煽った。
「いきなり何しやがる!」
俺はそう言うと精一杯険しい目で睨むのだが、目の端に涙が浮かんでおり威嚇にはならない。
「わかっているのか。あまり猶予はないのだぞ」
「あのな、作戦立ててるのは俺だろう。指示する度に遮ってるのはお前だよ!」
「だったら私にも分かる言葉で話せ」
「自分で馬鹿だと抜かすかこいつ。いやなんでもない! 何も言ってないから!」
そんなやりとりに毒気を抜かれたのか、ハライが呆れ声で茶々を入れてきた。苛立ち中のトゥロに話しかけるとは勇気ある男だ。俺だけはお前を称えるぞ。
「あのう、トゥロにリィス、どうか気を落ち着けて目の前の問題に集中していただければ、その嬉しいかなあ、なんて」
「してるだろ」
「している」
俺たちの低い声に、おろおろと今にも折れそうな物腰の頼りないハライだが、少しずれたタイミングで口を挟む。当人は、なんとか諌めようと必死なのだがうまくいったためしがない。
「お二方の仲が良いのは大変喜ばしい事ではありますが、ここは一発仲直りのちゅーでもしてですねって、なんでっ、剣を向けるんですかっ!」
やっちまったな。さすがハライ。期待を裏切らない。
「ぬ、すまないハライ。大丈夫か? 私としたことが加減を誤った」
ハライの犠牲のお蔭でトゥロも正気に戻ったようだ。慌てて床に蹲るハライを助け起こした。
あの、俺は?
「ええい、仕切りなおしだ!」
俺は叫んで、気を取り直す。
一芝居打った甲斐があった。
ハライは仲裁せねばと新師職に頭が切り替わり、トゥロはやり過ぎたと俺とハライに罪悪感を抱いて落ち着いた。
現在、俺が今後の方針をまとめたものを前に、ようやく三人で意見を出し合う段階にこれた。
頭が破裂しそうになっていたのは俺なのに。トゥロとハライは、俺の立案に対して恐慌状態になっていたのだ。
「だいたい、領主ともあろうものが、剣すら振るえないからこうなる」
それと議題内容と何が関係あるんだよ、とは言えない。彼女の言いたいことはこうだ。
領主の仕事は領地を守ることだ。
で、俺にはその術がない。
先日の連携訓練を思い出してもらっても分かるとおりだ。
そりゃあ、こんなのが跡継ぎでは領民たちは不安に思うと言いたいわけだ。
だから今からでも遅くない、鍛えればこの窮地は治まると考えたのだろう。
領民が親父共の反乱を特に責めきれないのも、俺への信頼度が足りないからではないか。
とね。ちょっとはしょりすぎじゃね?
それならと、俺も口撃を返す。
その言が通ずるならば、海側の領民たちも追随していることへの答えにもなるからだ。
「そっちは、お前の暴力が行き過ぎて、みんな怯えちまったんだろ。少しでも機嫌損ねたら暴れられるんじゃまとまるものもまとまらないしな」
「ぐ。それは、その通りだが……」
さきほどの抑えきれなかった行動もあって、トゥロは項垂れた。
でも、俺やハライの前では普段より気を抜いてるからというのは知ってるんだ。
ちょっと意地悪しすぎたか。
「ふうぐっ。お二人とも、ご立派になられて……お側で成長を見て参りましたが、私が隠居しても大丈夫なご様子。きっと前領主様方も、天より誇らしく見守っておいでですよ」
今のどこに感無量な会話があったのか意味不明だが、ハライが鼻をすすり上げながら話している。
「何が隠居だ。歳、ほとんど変わらないだろ」
「前領主は、まだ健在だぞ」
ハライめ、一人だけ関係ない風を装っても無駄だ。逃がさないからな!
「俺も言い過ぎたよ。でも、難しいことは俺が考えるからさ。トゥロもハライも、ゆっくり落ち着いて、見てくれないか?」
そうこうしてどうにか冷静になるよう努めつつ。今度こそ会議を開始できたのだった。
草案といっても、今のところは、大前提である幾つかの方針を書き付けてあるものだけを見せた。
大前提の大きな事と言っても大まかにはこんな程度である。
王国として陸領ルーグランと海領ハトウをまとめる。
ここにいる三人が中心となって制定していく。
まずは、二人にも覚悟を決めてもらう必要があったのだ。
ふうと大きく一つ深呼吸し、俺に真っ直ぐ向きなおるトゥロ。
「私は、リィスの決めたことなら反対はない」
散々動揺していた後では説得力のない言葉だな!
「お前は私が守るから、安心して事を成せ」
だが普段の落ち着きを取り戻し至極真面目だ。すっかり気持ちを切り替えたのだろう。
「当てにしてる」
俺はそれしかいえない。トゥロにはそれだけ言えば十分だった。
「体が鈍る。外で素振りしているから必要があれば呼べ」
自嘲気味に唇の片方だけ吊り上げた笑みを浮かべると、一言そう残し力強い足取りで部屋を出て行く。
そのトゥロの背を見送った。
あれ……体よく逃げられてね?
ハライに向き直ると、呆けて真っ白になっていた。うむ、ハライも覚悟を決めたようだな!
そういう事にして、次の段階へ進むべく準備を始めるのだった。
話し合いも結構だが、何か手を打っておいた方が良いと考えていた。
何しろ、まだ俺たちには信用がない。
勢いとノリでほぼ動いている領民たち。
今回は、深く考えるのが苦手な彼らにとっては静観した方が良い情況なのでどうにか落ち着いているが、何かあれば親父たちに手を貸すことだろう。あっちの方が勢いもノリも良いからな……。
何か単純で分かり易く、野郎陣営のみでなく、ご婦人連合や、子供達も楽しめそうな餌を撒いておこうと思う。
何でも試しておこう、うまくいけば儲けものだと、思い付きを提案した。
俺たちだけの旗を作るのである。
活動に関してあれこれ提案していた内の一つ。これで領主側賛成勢力を分かり易くする。
一つの国としてまとめていくにしろ、それらの指標を一目で分かる形としても、旗印は必要だろう。
怠けるための一環であった粗描技能がこんなところで役に立つとはな。何でもやってみるもんである。
大小幾つかの図案を、炭の棒切れで荒い紙に描き付けていく。
錨を背に海蛇と隼が交差している図案にした。
それぞれの民を象徴とし、馴染みのある神獣である。
波間を悠々と生きる海蛇は、もちろん海の民を表す。陸の民は、崖から大地を眼下に飛ぶ隼だ。
錨は別に怒りと掛けているわけでは、すいませんあります。
どちらかといえば海領贔屓になったが、現在は海の民の好感度が下がり気味だから、ちょうど良いだろう。
まあ深いことは誰も気にしないか。目立てば良いのだ。
これを身動きできない俺とトゥロに代わって、ハライに届けさせることにした。ハライも領主一味ではあるが、皆の仲裁役であり中立地帯管理者だから領民は機嫌を損ねたくないだろう。
それに親父たちですら、前神師の威厳の前にはびびっていたくらいだ。向こうだって領民を敵に回したくはないだろうし、ハライに無体はしないだろ。
「えーでは、前領主様方と商人方に直接連なる者を除き、村民らへこれを渡してくると。渡す相手は立場や年代もばらけるように。それで宜しいですね?」
ハライは仕事柄全員の人となりやら人間関係やらを把握している。任せておいて間違いはない。
「お前以上に適任はいない。頼むぞ、俺『たち』の未来がかかっているからな!」
複雑な表情のハライを送り出した。
お調子者が多いのだ。こういう分かり易い物を掲げるのが楽しくて心変わりする者は絶対出てくる。断言できる。だが、それでいいのか領民よ。
俺はハライを見送ると一息つくことにした。今まで、こんな密度での考え事などしたことがない。
こもってばかりも疲れるし急に外に出たくなった。出られないからこそ、余計にそんな気持ちになるのかもしれない。
「出かけよう」
飽きもせず外で素振りをしていたトゥロに声をかける。嬉しそうに駆け寄ってきた。俺以上に苦痛だろうな、トゥロの場合。
塔からそう遠くない場所で人に見られそうになく、心落ち着けられる絶好の場所がある。小さい頃から好きで、トゥロとよく来た場所だ。
親父の稽古に泣いた時とか、稽古さぼって従者に怒られて泣いた時とか、稽古さぼるなら花嫁修行でもしましょうと母が嬉しそうに詰め寄ってきて怖くて泣いた時とか……。
情けない過去はおいておくとして、いつも慰められてきた景色だった。
塔から海領側に下ると、狭い崖がある。木々がぽっかりと開けたその縁に、トゥロと肩を並べて座った。
眼下は鬱蒼と茂った森の一部で、その先に海が広がっている。
夕刻には、真っ赤な太陽が地平線に溶けて行くのを眺められるのだ。
「早く落ち着くといいね」
ああ、ほんとにね。トゥロさん、あなたも頑張ってくださいよ。
荘厳な景色を眺めながら、親父たちへの恨み言を並べ、俺式国家邁進へと誓いを新たにした。
▽▽▽
旗の一件について、経過を報告しておく。
この適当な図案を描いた紙切れを配り、大きな布に描きつけた見本を見せて回ると効果はすぐに表れた。
その意匠は何か心をくすぐるものがあったのだろう。神獣が並んで御利益ありそうだし、なんか強そうだしと。
特に働き盛りの男性陣に人気が出た。そして彼らのお願いに答えて、女性陣が布織物に素晴らしい刺繍を施してくれたのだ。
帆先や軒先に飾る者が増えたという。
子供たちは単に旗を振って走り回るのが楽しそうである。
おうおう兄さん、その旗の意味分かっとるんやろな?
てな感じで、どんどん丸め込むよ!
「あーなんかもうどうでもいーわ」
という空気が瞬く間に広がっていく。
既得権益を守り隊側勢力も、毒気を抜かれたのか勢いは弱まっていった。
念願の勢力逆転!
などとただ喜んでいるわけには行かない。
彼らは、頂上決戦に委ねることにしただけである。一時停戦というわけだ。
俺たちの啓蒙活動を見て、闇雲に反対するのではなく、考えてみようとしてくれたのだろう。
そして、俺たちが提示するものはそれに値するや否やと動向を見守っている筈だ。
この、民から貰った機会を活かせるかは、俺たちの行動次第なのである。