第七話 そうだ王国で行こう
「では急ぎ方針を決めなければって、なんで私まで参加させられているのですか!」
ハライの何を今さら発言で会議中断である。
「なんでって、この場はお前の提供だ。会議に参加する権利をやろうと思って」
「いりません」
なんでこんな場所でと言うと失礼だが、塔で隠れるように対策会議するはめになった経緯に思いを馳せた。
親父は他領と比べて乗り遅れているだとかで衝撃を受けていたし、海領商人に取引の独占を誤解されて説明するときに、うっかり他領の統合について半端に口にしたんだ。
その資料を俺に渡してあるから大丈夫だとでも言ったのだろう。藪蛇だ。
商人は思うだろう、やっぱり企んでるだろ誤魔化されねえぞと。
それで商人は、親父どもに要求を通して手を組んだつもりが、乗っ取られて扱き使われているらしい。意味が分からない。
突然領主にされたと思ったら、親父たちの不手際を、まるで俺の責任のように押し付けられた。しかも準備万端だ。一揆を扇動したり、陸海両方から追い込まれてしまったり。
砲撃による撤退を臨機応変に利用して追い詰めたのは偶然なんだろうけど、考えてなければ、すぐに動けなかっただろうからな。
それで、曖昧にしていた問題を明確にさせられ、対策せざるを得なくなった。
そうでもなければ俺は本腰入れて動かないと、考えたのだと思う。
まったく否定できない。つか翌日は早速逃避してたしな……。
実際に一揆なんかで訴えを聞いたから、さっさと片付けようと動いたのは確かだ。
だがそれだけではない。
普段の彼らは温厚だ。訴状を持ってくる際に勢い付いて皆で集まるのも、なんでも娯楽として、お祭り気分で楽しんでいるだけだ。受け取り手である俺は一時的とはいえ砦を取り囲まれるのはなかなかの脅威だが、こちらも粛々と付き合う。
そしてそれまでのお願い事は、害獣駆除などにもっと人手をケチらず出せ、といった些細な内容だった。しかも今までは、そんな程度のことも滅多になかった。
それが、今回はやたら限定的な願いで、ロウタたち村民の多くが気に掛けることではない。個々人のことなら別に普段の挨拶で聞かせてくれてもいいんだからな。
そして親父共は、各所の長を野次馬の中に集めていた。
初めっから、それも結構前から俺たちへ反旗を翻すためにあれこれ画策してたということになる。
初めから邪魔してると言ってたよな。
これまでちょっとした策に嵌めて来たことへの仕返しなどではない。親父に限らずそんなことで根に持つ気風ではない。俺が根に持たないのは面倒臭いからだが。
かといって悪戯のような雰囲気でもなかった。
単純な親父どものやることだからと、尻拭いをけしかけていると考えたが、それにしては冷静過ぎる。
そう、脳筋親父共にしては気が長すぎるのだ。
とてつもなく胡散臭い。
まだ、何か別の目的があるのか?
ふと、海向こうの商人を思い出した。
物騒なもん持ってきてたし、とりあえずあいつらも悪もん決定。
なんとなく流れと現状は把握できた気がしなくもないが、どのみち対応するといったってなぁ。
陸海を統合する、それも陸領が率いるという形で――まとめれば、そんな誤解だ。
これを解くしかないんだが、その思い込みをどうするかだよな……。
「場所はお貸ししますが、私にも仕事があるのです」
つい考えに没頭していたら、ハライに呼び戻された。
「嫌でも話を聞くことになるんだし、何か意見をくれてもいいだろ」
俺はハライの淹れてくれた茶を飲み、麦芽を固めた焼き菓子をバリボリ齧る。家主の気分など物ともせずにすっかり寛いでみせた。
「むぐ。でもな、さっきの顔合わせで領民たちはすでに、お前はこっちに付いたと思ってるぞ」
「そんな……私は塔の管理者なんですから居て当たり前じゃないですか」
ハライはそんな馬鹿なと今頃焦った顔を見せる。だが俺は事実を伝えたまでだ。あの場に居た者は自然にそう断定したはず。子供の頃から仲良し三人組だからなハハッ!
「悪いなハライ。しばらく世話になるよ」
「ええー、ち、ちょ、ちょっと勝手に巻き込まないで下さいよ!」
涙声のハライを無視し、部屋も卓も横取りする。
二人の領主様が同意しているのだ、平和的かつ正式な拝領である。フハハ、お前だけ高みの見物なぞ、トゥロが許しても俺が許さん。
「だいたい、俺たちが陥れられて困窮しているというのに、手を貸さないとは薄情だと思わないか」
ハライは珍しく据わった目で反論してきた。
「私は、民衆のために奉仕する義務があるんです。リィスも今までに幾らでも自身を守る術を学ぶ時間はあったでしょう。だからこんな事態になっても……」
長くなりそうなハライの言葉に警報発令。
ぬ。これは、ハライの親父が乗り移ったかのような説教波動!
「あーくどくどくどくどくど」
俺は両耳を塞いで詠唱に入る。
こんなこともあろうかと、独自呪文を開発しておいて助かったぜ。
「って、なんですか、それは」
「審議拒否の呪文だ。ふぅ、精神汚染は無い。間に合ったようだ」
呆れを通り越したのか、ハライは頭を抱えて目を閉じる。何かと葛藤しているようだった。
そして、完全に諦めたのだろう、肩を落とし心から深く深ーく溜息をついた。
「分かりましたよもう。私に出来ることがあるなら手もお貸ししましょう。代わりに、何をするかはきちんと教えてくださいよ」
よしっ抵抗心を折ってやったぞ。
「本当に、助かるよ」
俺の態度はともかく、感謝は本心だ。
なんせ今回は、領民たち全体の問題だ。好感度が高いハライが居てくれないと、何かを伝えるだけでも苦労するだろう。
なんだかんだで人の好いハライは頼みを聞いてくれる。つい甘えてしまうが、いつも心の底から感謝している。
恩を返せる日がいつになるかは分からないが、心の中の恩返し名簿では間違いなく首位だ。
トゥロは、俺の分身みたいなものだから数に入れないことにする。あまり増えても面倒だし。
ハライは幼い頃から、俺に悪戯の責任を押し付けられたりと振り回されたせいだろう。それはもう及び腰には定評があった。堂に入った涙目は、その頃より培われたものである。
前神師はこいつの親父だが、頑固で厳格だった。ハライが長々とした説教を涙目で受けている姿をよく見たものだ。
もちろん俺も逃げ切れなかった時は一緒に説教をくらった。二人とも民と密接に関わる要職に就くのだから責任ある心構えを云々と、あらゆる言葉で言っていた気がする。
説教の途中に居眠りして余計に怒られる俺などとは違って、ハライは涙を堪えていつも真剣に聞いていた。
その頑固な親父さんも数年前にあっけなく逝ってしまった。だがハライは、まだまだ自信が無かっただろうし、不安もあったろうが、迷うことなく跡を継いで神師となった。
だからこそ、その根性を俺は認めていた。
頼りなく見えても、どんな問題からも逃げ出したことはない。これ以上に心強い、普段の態度からはそう思えないが、助っ人はいない。信頼できる仲間なのだ。
良い友達を持ったものだと思う。
彼はどちらの領民とも等しく向き合う職である。立場としては、己の領地だけ気にしていれば良い領主よりも重要だろう。
今回、俺たち領主側に立ってくれたことへの葛藤は計り知れない。押し通したのは俺だけど。
ただ、ハライも、同じことを思ってくれたのかもしれない。
共に積み上げてきた過去に、賭けてくれたのかもしれないと思った。神職が賭けとはどうかと思うが。ともあれ、最終的には皆のためとなるよう動いてくれると、俺を信じてくれたのだと思う。
うんうんと頷いていた俺にハライの冷めた言葉が続いた。
「まあリィスだけならあれですが、トゥロも巻き込まれたことですから、なんとかなるでしょう」
やはり俺への信頼などそんなものか!
とまあ皆の心がまとまったところで、ようやく緊急対策会議を開いたが、本日のところは遅くなりすぎたし、明日朝一で集まることを決めて解散した。
今晩くらいはゆっくり休んでおきたい。
▽▽▽
翌早朝、日が昇るかどうかの薄暗い中を起床した。皆自分の睡眠時間は大切とみえて、砦に戻っても邪魔はなかった。
俺は、昨晩の不安を思い出し、何か対策を立てることにしようと準備する。必要な物をまとめて馬の鞍に乗せ、塔へと向かった。
一週間の猶予を貰ったが、そう思っているのは俺だけという可能性はある。
親父共は邪魔をしていると言ったのだから。親父側にとっても何か準備に時間を当てるには格好の機会だろうが、一週間きっちり必要とは限らない。
果たしてまともに期限を守って、大人しくしてくれるのだろうかという疑念があった。
もしや、奇襲なんて思いついて精鋭部隊でも送り込まれたらどうしようというのが不安の種だ。商人の精鋭部隊ってなんだという感じだが深く考えない。
考えた挙句、ちょっとした仕掛けを神塔全体に張り巡らせることにした。
鳴子のようなものを扉や窓の内側に仕掛けたり、ネズミ捕りを祭壇の陰に配置したり。大掛かりなものでいえば、水を貯めた皮袋を表の扉の上の庇上の飾り窓へ幾つか設置。袋の口にくくりつけている紐を伸ばし、扉の取っ手へ巻いておく。引っ張ると水をかぶる仕掛けだ。
気休めではあるが、いきなり入り込んでこられるよりはいい。
恐らく街に出たなら確実に茶々を入れてくるだろう。外に出たら無意味な事だが、せめてこもっている間は作戦立てに集中したいからな。
会議の合間にも、そこらの木切れを加工したりと、あれこれ仕掛けをした。どれも子供の悪戯としか言えないものだ。
色々と自分に言い訳して、うきうきと楽しんでいる雰囲気なんて微塵も出していない筈なのに、トゥロとハライの視線は冷たかった。
ひとしきり仕掛け作りを楽しんだ後、ようやく気持ちが落ち着き、何をすべきかへと頭を切り替える。うん、楽しんでた。
代表者との会議での議題。
それは、商人と取引する領民との関係修復。
その原因である、彼らの商売を独占するという誤解を解くこと。
だが、はたしてそれで良いのか?
一晩経ってみると、関わる事柄が多すぎて、対処療法でしかない気がしてきたんだ。
親父たちは、既に領主は新世代へ! というのを強調するべくあちこち言いふらして回っていた。
いかにも得体の知れない怪しい企みは、新領主のものだと印象付けるために、自分たちは自由に行動するためにだ。
その自由はなんのために確保してるんだ?
親父共が油を注いだことによる誤解や諍いなどを解決しただけでは、今後も同様のことが起こる可能性は否めない。というか確実に起こす。
なぜなら、親父たちこそが国家制度へ最も傾倒している者であろうことだ。城壁に大砲と部分的、というか正直、軍事的な方面でしか考えてなさそうで不安だが、興味津々なのは明らかだった。
ということは、今回の扇動を沈静化に成功したところで、それは一時的な解決に過ぎないということなのだ。
本当に本当にあいつら碌な事しねえ。
俺はね、のんびり平和に大地にへばりついて動きたくないんですよ。
なのに考えるほどに今後も反勢力組合として、親父共は暴れるだろうとしか思えない。めちゃくちゃな行動に俺の平穏無事な生活を脅かされるのは真っ平御免だ。
この地は、食べて行くだけなら田畑や牧草地の領民らが居れば回るだろう。
雑貨屋や食堂など店は幾つかあるが、小さな領地故、実態は物々交換所のようなものである。
金銭の概念は薄く、外地との取引用に扱っている程度の認識だ。
だが、他国との取引に商人は不可欠。交流便が出来たならなおさらだ。
今後はもっと重要な仕事を担うだろう。商人と他の村人との認識の差を鑑みれば一目瞭然である。
俺としても、商人の協力は欲しい。
親父共の行動をいかに封じ、どう引き剥がすか。
全てを解決するには――根本から有無を言わせぬ改革が必要だってことだ。
俺がこんな性格なのを重々承知で仕掛けてきたのだろう。
それに腹を立てたところで親父らの行動が正されるはずもない。
ならば、受けて立とう。挑発に乗ってやるまでだ。
天候制御型破壊兵器だとかなんとか恐れ慄かれ罵られようとも、ここを国にしてやったらどうだ。ぐうの音も出ないほどにな。
今までは、怠けるためなら吝かでないと、何か行動するなら皆の為になるように考えてきたつもりだ。
だが此度の件、あいつらの腹積もりはようく分かった。
雁首揃えて待ってろよ親父共!
考えるほどに、ここのところの周りの態度に苛立ったり、うんざりしたりしてみたりした。俺は、自分勝手な思い出し怒り力で気合を入れ直したのだ。
そうでもしないと、すぐ面倒くさい気持ちに流れちゃうからね。
祭壇前での宣戦布告を終えて、下っ端商人軍団率いる悪の親父連合が高笑いしつつ出て行った姿を浮かべる。
ということに脳内で脚色する。純然たる怒りよ、俺に力を!
うん、いい具合に腹が立ってきた。
こうなったら、俺が独断で怠けられる国にしてやるぜ!
どうせ怪しまれてるんなら、乗っちゃおう。ちょうどよく反対勢力が在るし、あいつらを潰して勝利を宣言すれば領民は仕方ないと納得してくれるだろう。
領民が気になるのは、日々の生活に響かないことだ。品物を受け取ってくれさえいいのだから。
一応、現在その他の領民の立ち位置も考えてみる。
村長らの反応から、今回の件で親父らの企みとの関わりはないだろう。おろおろしていたし。
戻ってからどのように言いふらされるか。
前領主及び懇意の商人連合と、新領主と中立の筈の神師連合という、二大勢力が対立した。二大といっても、俺達に追従者はないけどな。
他領民にとって直接関係あるような無いような対立を見て、右往左往するしかないだろう。まあ、積極的には加担しようがないのだけが救いだろうか。そんなわけないよな。すぐ乗せられるし。
不利なんてもんじゃねえな!
領民がどちらの加担も難しいことの理由を考える。
品を受け取ってくれないのは困るし、その商人達の下で働いている家族を持つ者もいる。俺たち領主に対するのとは違い、直接の上司だ。生活がかかっている、下手に逆らえないだろう。
だから商人たちの軟化を領主に期待している。
しかし、商人がああなった理由も領主にあるのではという疑惑もある。
あとむずかしいことわかんない。
ということで、藪蛇にならないように様子を窺おうとなるだろうか。
ひとまず、他の領民に関しては脇に置いておけそうだ。
そうと決まれば、なんたら制とかなんたら国家とか、色々書いてあったと思う資料を見直す。幾つか本も持ってきておいて良かった。
全部頭に入っているが、要所要所は見ながら確認する方が考えに入りやすい。
「そうだ王国で行こう」
資料の大部分は海向こう大陸に存在するものだから、細かい決まりも既に設定済みだし、大枠はそのまま採用した方が破綻も少ないだろうと思う。
こっちの他の国は、聞いた限りではこれを元に手を加えたようだ。
俺は何かある時以外は動かない。従者たちに仕事させようそうしよう。
まずは仮でも方針を立てねば次に進まないからな。そういう事にして、考えをその方向に決定付ける。あとは必要な件を書き出していくだけだ。
すっかり自分の考えに没頭し、筆を走らせていた。
周りの者の事などすっかり忘れていた。
「死んだような目ではなく、血走らせているのは珍しいですねえ。雪でも降るかな」
「フッ、本気のリィスか。私が剣の腕を磨いている間、常に頭を磨いていたからな。どう転ぶか楽しみだ」
のんびりお茶を啜って俺を評しているトゥロとハライ。彼らの言葉に、存在を思い出した。
じっと黙って俺を窺っていたのだろう。俺が集中し、ある程度考えをまとめるまでは邪魔をしないようにしてくれるのだ。
だがトゥロよ、俺の頭髪が寂しいような物言いは止めてくれませんかね。それにあまり期待はしないで欲しい。
俺の地頭は決して良くはない。そりゃ領内では誰よりも多くの情報に接してきただろう。だが、実際の経験則に基づいた判断などに劣るのは間違いないのだ。
で、ハライ、雪なんてこの暖かい国で降るなど凶兆だよな。俺が真面目に取り組んでいるというのに、仕方がない。
「ハライは国教の始祖ね」
「はい、ひぅええええ!? 待って下さい、何を言ってるのですかちょっとあの!」
ガン無視。
今さらながら、俺も交流便の視察に付いていってればなあと溜息が出る。どのみち責任者が誰もいないのは困るから付いて行けなかっただろうけど。変わりに母を残していたら後でどれだけ拗ねられたか分かったもんじゃないし。
……そういや暫く母親たちも見かけませんな。絶対、親父共ときゃいのきゃいのと楽しんでるんだろう。ということは、ご婦人連合も味方にはなるまい。うう面倒臭い。非常に面倒臭い状況だ。
何故俺がこんな苦労を背負わされなければならないのか。これまでの怠けのツケが一気に回ってきたとでもいうのか。それならそれで仕方がないが、これで一生分働いてお釣りが来るくらい取り戻せないですかね。
そんな不遜なことを考えつつ作業を進めた。
国の体裁を整えるため制度だけ改編しても、実感が湧かないだろう。親父共にもまた何か余計なことをし出さないよう仕事を用意してやるべきだ!
領民たちにも、他人事ではなく全員が関わっていると自覚を持たせた方がいい。乗せさえすれば、こっちはどうにかなりそうだ。
そうして一息に叩き台を作り上げていったのだった。