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第六話 宣戦布告

 夕日が地平線を赤く染める頃、山の中は既に夜気を運んでいる。森の中に異質な気配が木々の合間を埋めるように立ち込めており、それらは頂上を目指して這い登って行く。

 月光を受けるべく刈り取られた山の頂には、白く艶を帯びた塔が鎮座している。異質な気配は黒々とした茂みに同化するように影だけが蠢いて見えるが、そのどよめきは森から伸びた魔手のように塔へ絡みつかんとにじり寄っていた。


 だが、一定の距離を空け囲むのみで、まるで結界で覆われているかの如くそれ以上は踏み込めずにいた。

 実際は、その黒々とした影達は、向かい合わせの相反する二派に分かれて対峙していたのだ。その睨み合いが不可侵領域の塔を挟んだことで力を拮抗させていた。


 緊張を含んだ風が俺達の間を薙ぐ――。


「おおっと陸領北部村のキスズが一歩踏み出した。踏み出しました。右足です。いや違う。隣のトウサの溢れ出た横っ腹にぶつかってよろめいただけか。体勢は立て直された。キスズの動きに一早く反応し一瞬誘い出された海領入江村ハタカシも元の位置へ戻った。体術指南のトゥロさん、民衆の動きはいかがでしょうか」


 横からトゥロの冷たい視線が俺を射貫く。


「お前には呆れる。これだけの敵に囲まれながら緊張感のない」

「なんとトゥロ師匠から敵として認められた模様! 軟弱共と侮られている方が精神衛生的には良かったぞー」


 トゥロとは反対の隣から溜息が聞こえた。


「これは、いつもの現実逃避じゃないですかねえ。目つきが死んだ魚ですし」


 ハライの言の通りだ。俺たちは隠し部屋で壁沿いの木箱に乗り、明り取りの窓から、塔をぐるりと囲む領民らを覗き見ていた。彼らは俺達が神塔に立てこもっていると思ったのだろう。まあ間違ってはいない。


 陸海領民が東西に分かれ、塔を気にしつつも双方が警戒しあう格好だ。塔に誰が向かうか、抜け駆けになるのを恐れたのか、集まってしばらく動きは無い。


 聖域なので踏み込んでこない、ということではない。

 こんな状況で境界を踏み越えれば、陸海民衆同士の対決となるかもしれないので距離を保っているということかな。

 殴り合いは自重できずとも、おあずけはできるのだ。


 俺たち領主に不満を訴えたいとはいえ、本当なら誰も戦いたくはないのだ。仕事後だし、疲れるしね。


 なんでこんな状態になってしまったかというと、昼間に港から野次馬の勘違いで追い立てられた後、塔に逃げ込んだ俺たちは息を整えて僅かばかり休憩した。

 一休みしたらひとまず砦へ戻ってみようとしていたのだが。ちょっとばかり俺が長居したせいで、出るに出られない情況となっていた。


 どこから聞きつけたのか、只ならぬ雰囲気の領民たちが集まってきていたのだ。聞きつけてなくとも、行く場所なんて限られてるけど。


「リィス、正気に戻れ」


 トゥロに頬を軽く叩かれた俺は、嫌々現実へ戻る。


「代表を呼んで話し合ってみよう」


 現状を打開するべく、平和的解決を訴えるしかない。




 恐る恐る、塔正面の青銅の両開きの扉から片方を開け、顔だけで外を覗く。

 すっかり日が落ち、闇に佇む遠巻きの黒い人並み。幾人かが持つ松明の灯りが、瞳に反射し、顔を揺ら揺らと浮かび上がらせている。知人連中だと分かっていても怖い。


「やあみんな。夜まで大変だねえ」


 顔見知りばかりなので、無愛想なのもなんだしといつものように挨拶する。

 辺りの人影からは、ほっとしたざわめきが立ち上った。

 出てこなかったらどうしようかとヤキモキしていたのだろう。


「今晩は、涼しいから過ごし良いがねえ」

「領主様こそ大変だなあ」


 などと口々に挨拶を交わす。

 大変だと思うなら俺の日常を返してくれよと、心で泣いた。


 言っても詮無き事か。悪巧みをしているのは他ならぬ前領主陣だろうしな。だけど少し腑に落ちない。別段、領主に忠誠を求めたりしてないし、幾ら親父たちが筋肉だるまとはいえ、領民達も奥様方に至るまで十分喧嘩っ早いし恐れているわけでもない。なんで、そんなに従ってるんだよ?


 まあ妙な噂もわざと流したんだろうから、扇動されてるのは分かるんだが。ロウタには、こんな事が起こらないように話したのになあ。それともロウタの話では上手く伝わらなかったのか。

 こうなっては時既に遅しだけどな。


 ぐるっと見回し、陸側勢力にて恰幅の良い村人に隠れるようなロウタを発見。俺の絶対退却の術として磨いた目端の鋭さから逃げられると思うなよ。ロウタの体はびくっと震えた。「このっ裏切り者が裏切り者が裏切り者が」との怨嗟を視線に乗せて叩きつけると、諦めたのかそうっと前に進み出た。


「おいロウタ。俺が話した事、伝えてくれたんだよな?」

「ああ、も、もちろんだよ。だがすまん。商人の噂の方が大きくなってしまって、皆を抑え切れなかった……」


 心強くない返答だった。おおロウタよ情けない。面倒見の良い頼れる兄貴分キャラはどこへ行ったのだ。


「それでお前まで参加しているのは何故だ」

「いやまあ皆で盛り上がっちゃって。面目ない!」


 てへっと軽やかに返された。そうだった。そんなやつらだったよなくそ。

 しかし、また商人か。

 いつまでも睨みあっていたって仕方がない。俺はぐるっと全方位に向けて声を張り上げる。


「各所の代表を出してくれ。祭壇前で話し合いたい!」


 そして、やはりというか、人垣を割って親父たちが朗らかな笑顔で現れた。

 絶対、これも焚き付けたろ!

 げっそり商人隊も後に続いている。扱き使われてそうだな。当然といえばそうだが、あの外から来た商人は居ないようだ。

 俺は扉の片方を開け放ち、各所の代表者を招きいれて閉じた。




 俺、トゥロ、ハライは祭壇側に立つ。その前で皆が円を描くように並んだ。代表は、親父共、陸海商人、陸海村長らだ。

 もしや親父共に攫われるのではと警戒し、トゥロをやや前に配置し、祭壇の前で相対する。ここは堂々と女を盾に胸を張るぜ!


「フハハ、リィスよ臆せず現れたか」

「クハハ、さすがはワシが認めた娘婿よ」


 面倒臭い親父共よ、現れたのはあんたらだ。


 はてさて、この街で何が行われているのやら。

 幾ら俺があまり出かけないからって、噂にしろ諍いにしろ、他にもなにかありそうだけど、ここまで俺に気取られることがないとは用意周到すぎる。


 俺を膨大な資料に釘付けておいたのは、俺の目を逸らすためというか、親父もすぐ騙されるのに気づいているから、遠ざけようとしたのだろうとは思っていた。


 しかし、それがさらに別の謀を気付かせないためとかだったりしたら、いつの間に進化したのかと驚愕ものだ。いやさすがに、そこまではないか。親父共の頭で、まさかね……。


 というわけで、何か企んでるのかと直球で聞いてみた。


「うむ。陸海商人たちに手伝いを頼まれたのだ。国なんてものを領主共がこさえて、それまで培ってきた商売を破壊しようとしていると不安がってな」


 おお! こっちは村人達のように天候制御型破壊兵器か何かとは勘違いしていないようだ。さすが多少は世間を知っている商人たちよ。

 初めて全うといえる反応を聞いて、やや感心して聞いていた。


「『お前たち領主』の、企みを粉砕すべく、我ら前領主が責任を感じて手を貸したというわけだ!」

「ちょっと意味が分かんないです」


 俺の声は冷たい。

 なぜに『お前たち領主』が強調されてるんですかねえ。

 そもそも持ち込んだのは親父だろうが。


「……俺たちもこんな面倒事は早く片付いて欲しいのです」


 対して商人たちは、本当に首謀者なのか疑わしいげっそりした顔でこんな事を言っている。


「なるほどなるほど……それで、俺たち領主を亡き者にしようと、街中で大砲ぶっ放したんだな?」


 この恨みは忘れんぞと睨んで言うが、残念ながら口調はイジケていた。

 返して親父たちのきょとんとした顔。


「まさか、大事な跡取り息子だぞ。殺してどうする」

「ではあの砲撃は何だったんですかねー」

「城壁を築いたら、そこへ設置すると良いかと思ってな! お取り寄せしてみたのだ」


 何故入手したかではなく、何故使用したかを聞きたいのだが。

 しかも今さらっと城だとか本心漏れてるぞ。


「あの辺人通りも少ないし広いだろ。だから試し打ちしたまでよ。お前たちもちょうど居たから見せたくてな。どうだたまげただろう!」


 聞き間違いだろうか。

 確かに、荷の積み下ろしの多い商船は、埠頭の端に専用の区画を設けているから他から遠い。射程範囲内に俺達以外誰も居なかった。だが、初めて見たものの有効射程など分かるはずもなかろう。

 頭痛がしてきて眉間を片手で揉む。


「なあに当てないように工夫しておったぞ。海を狙ったのだからな!」


 その言葉にぶち切れた。ここ数日で、増えなくても良いこめかみの血管の稼働率が急速に増えていく。

 これぞ脳筋罠だ。砦での俺の苦労に少しは共感していただけたのではないだろうか。


「ふざけんな! そんな簡単に制御できてたまるか! しかも、初弾は倉庫にぶつけてたじゃねえか!」


 ここに机があれば、間違いなく振り下ろした両拳は叩いた体をなしただろう。

 だが俺達は円形に立ち並んでいるだけなので、空を殴るこぶしが駄々っ子のようであった。


「まあまあ、落ち着け」


 気の抜けた合いの手がさらに逆撫でする。


「申し訳ない、領主様。俺たちにはとても前領主様方を止める力ははなく……」


 なぜか商人たちが無念さを滲ませている。

 親父たちにも見習って欲しい。心の底から見習って欲しい。


「大体な。領主仕事を俺たちに押し付けて好きなことしたいんだろ。だったらなぜ邪魔するようなことばかりしてるんだよ」


 商人の謝意に苛立ちは多少抑えられ、再度親父に訴える。


「何故ってプ」


 プークスクスと笑いでもしたら只じゃ済まさねえとの意気込みで睨みつける。珍しくびびったのか、親父の笑いは「プ」で器用に止められた。


「ゴホン。何故って邪魔しているからに決まっておるだろ? 賢いリィスなら父の気持ちを汲んでくれているものとふんでおったが」


 なあコイツ殺っちまっていいかな。いいともー(裏声)

 何か邪悪な輩が生み出されてもよさそうな昏い炎が立ち上り、今までにない憤怒に呑み込まれる寸前、俺の視界を遮る者がいた。

 柔らかい長髪を揺らめかせ、俺と親父の間に立つ。


「トゥロどけそいつ殺、ひぇっ!」


 わき腹を押さえて頽れる俺。トゥロの鞘で突かれていた。


「全く、リィスとおじ様では埒が明かない」

「おお我が娘の攻撃に耐えるとは、リィ坊もなかなか鍛えておるではないか!」


 ぱあっと顔を輝かせる親父さんの親馬鹿ぶりも、普段なら微笑ましいのだが、その感想は今はどうでもよい。諸悪の根源その二だからなこの野郎。


「単刀直入に聞く。前領主並びに商人は、我ら領主に反旗を翻した。そういう事だな?」


 わあ物騒な既成事実を作らないでくれ。あえてそんな表現は避けていたのだ。


「あたぼうよ」


 フフンと鼻を鳴らす親父。マジで意味分かってんの。

 ここまでの情報を元に急いで考えをまとめる。


 親父の不用意な発言のせいで領民の不安を煽る。

 国とかいう、生活を脅かすようなものが持ち込まれたと伝わってしまう。

 流通網に不安を抱いた既得権益者が、文句や積荷拒否の脅しを親父たちへ。

 商人がなに言ってるか分かんねえと、親父たち満場一致で家督を継がせ回避。

 親父たちは、さも彼らの味方というように徒党組んで対立。


 という事だったのか?

 親父のせいに違いないが、やっぱり済し崩しだったわけだよ!


 しかし、反乱を起こして抗議行動ね。

 商人たちはそんな大事は望んでないようだが、初めは勢いでノリノリだったのだろう。親父共の体力と脳天気力に付いていけなかったに違いない。


「クククここで会ったが百年目よ。覚悟しろリィス、解決策を見出すまでワシらは立ち塞がるであろう」

「何度でもな!」


 いつの間に俺はそんな仇になった。投げやりになってはいけないが、これ以上は気力がもちそうもない。体力と胃袋と膀胱の限界でもあった。


「とりあえず一週間後に、またここで話そう。な?」


 諭すようで、実際は絞り出すように言葉を紡いでいた。


「相分かった!」


 親父たちはあっさり承知した。そして朗らかな笑顔と共に颯爽と出口へ向かう。

 商人の代表らは互いに目配せし、一人がぎこちなくこちらへ向く。


「あの、俺たちが言い出しておいてなんですけど、出来るだけ早く何か対策を考慮して頂けたら嬉しいです……」


 その悲痛な顔を心に刻みつつ、重々しく頷いておいた。心ではざまあと呟いてな。

 残念だが彼らの頼った先が悪かった。

 最後に、ずっとその場でハラハラと固唾を呑んでいた商人以外の村人たちに目を向ける。


「とりあえず俺たちは、作ったものが無駄にならないように、商人が荷を受けてくれたらそれでいいんだ」


 こちらには、分かってると頷いてみせるしかできない。

 うまく片がつくといいなと、励ましてくれた。そしてお休みを言って帰っていった。

 そうして、皆が引き上げて、ようやく静寂が訪れたのだった。


 解散して、戸締りを確認し祭壇を振り返ると、目を開けたまま失神しているハライが。


「し、失神はしてませんからね」


 おお蘇えったようだ。


 とりあえずの猶予を得たおかげで、無事に砦には戻れるが、急ぎ方針を決めて一週間後に備えなければならない。


「はぁ、喉渇いたな」

「まったく、おじ様たちはとんでもないことをする」

「まあ、おおごとにならなそうで良かったですよ」


 やれやれと三人で隠し部屋へ移動した。


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