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荒波の上の伝説~辺境国はじまりの物語~  作者: きりま


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第五話 反旗

 次は陸領ルーグラン側の商人達に話を聞いてみるかと、手綱を握った。

 いや、先にトゥロと打ち合わせして、海領の商人達に話を聞いてもらっておいた方が良いかとも考える。


 今日こそは、面倒事を片付けられる算段でもつくといいんだが。

 淡い青空をちらと眺めると、海領ハトウへ向かうことにして、ゆるやかな坂道を下る。目的地はトゥロの住む櫓だ。


 海沿いの見晴らしの良い高台に篝火台と呼ぶ、三階建て程の高さを持つ櫓が建っている。そこに登れるように梯子を備えた家が横付けしているのが、海領ハトウの領主邸である。

 日が暮れる頃、港に寄せる船のために櫓の天辺に火を灯す。ハトウ家の重要な仕事だ。


 そこそこ急いで駆けて、一刻もすると到着。運良く出かける前の、トゥロの親父さんを捕まえることが出来た。


「やあ親父さん、居てくれて良かった」


 馬を降り挨拶する。


「おうリィ坊。いや陸領様々だったな! どうしたまた本か」


 そういえば、ハトウの人々は領主の呼び方を、陸領(りくりょう)とか海領(うみりょう)と短縮する。

 微妙な事柄だが、こんなところにも気風や慣習やらの違いがある。距離は近いのに、不思議なことだ。


「お、何か手に入ったの? ああいやいや、別の用事だよ。トゥロは?」


 思わず本に気持ちが傾いたがぐっと堪える。親父さんは別の話題に飛びついた。


「おう変わらず娘にご執心なようで嬉しいぞ!」


 俺がトゥロの事を尋ねる度に、その暑苦しい笑顔を照からせるのだ。

 話題を逸らされまいと、目線をそっと外し乾いた笑いで誤魔化す。


「ハハハハハ、それでトゥロは」


 途端に笑顔を消した親父さんの目がギラリと光る。


「重々承知しているとは思うが……ワシの娘を傷物にして全うに外を歩けると思うなよ」


 うひっきたよ。怯みつつも負けてはならないと拳を握り締め立ち向かう。


「傷物にされるような柔な娘かよ」

「……フフン、分かるか」


 ニヤリ、じゃねえよ。分かるかよ。


「鍛え方が違うからなガッハッハ!」


 腕組みし破顔する親父さんに眩暈を覚える。


「大体、いたぶられているのは俺の方だ」


 もちろん、俺が禄でもないことを口にした時だけだが、あえてそれは伏せる。


「ぬっそうか。だが気に病むな、どっちにしろ責任もってお前に付くことを許そうではないか」


 結果は変わらないのかよ。

 こういう時、トゥロは居ない。この話は切り上げ時だ。俺は本題を切り出した。


「時間あるかな。最近の商人の事で教えて欲しいことがあるんだ」

「おうそうだったか。だが、そりゃ領主仕事だろ。だったらトゥロを当たれ。もうあいつの仕事だからな」


 何か親父と口出さない協定でも組んでいるのだろうか。それくらい、ここのところの親父共は慎重だな。誰かの受け売りか?

 早く面倒くさい仕事は押し付けて好きなことやりたいんだろうが。


「でも商人のことなんだ。親父さんのが詳しいだろ」

「ハッハッハッ当然よ! だがな、そう言ってるとトゥロも身を入れないだろう。娘を頼ってやってくれ。要領を得なかったら改めて来い」


 ばしんと背を叩かれ「ぐえっ」と声が出た。もうこれ以上は話は聞けないという合図だ。

 確かに、未だに俺のところに頻繁に訪れるし、来たときは稽古の話ばかりの気もする。親父さんの言も尤もだな。くそう、面倒臭い。


「そうだな。分かったよ」


 言いすがっても仕方ないし、親父さんと挨拶し別れると港沿いへ移動した。




 うっかり雑貨屋へ足を伸ばしたりと寄り道していると、太陽が真上に昇ろうとしていた。

 慌ててトゥロを探して筏の足場へ向かう。午前中は大抵そこか、船上で戦闘訓練しているはずだ。


「おーいトゥロ!」


 いつものように、海上で目的の人物を発見し呼びかけた。

 すぐにトゥロは訓練用足場から小船で戻ってくる。

 必要とは思えないが、俺は補助のためトゥロに片手を差し出し引き上げた。トゥロも別段不思議がるでなく手を取る。まだ小さい頃、段差が大きく感じていた時の名残だ。


「リィスがこっちに来るのは久しぶりだね」


 地を踏むなり声をかけられる。


「急にやることが増えたからな。訓練の邪魔して悪いね」

「いいさ、もう昼だし」


 肩をすくめて歩き出すトゥロに続く。昼食を一緒にとることにし、馬を引いて肩を並べた。

 食堂へ向かいながら、早速商人について聞くことにする。


「最近の商人同士の喧嘩のこと、知らないか」

「それは、私に関係あるやつか、ない方か」


 思わず眉間を押さえる。商人にも剣を突きつけているのかこいつは。

 実際に見た諍いがあるなら、その詳細を聞こうとおもえばずばりだ。


「ええと、とりあえず関係ない方で」


 やはり、東部村で聞いたのと同じような話が出てきた。話してくれていても良かったのにと少し不満に思いつつ、自分から避けていたことは棚に上げて聞いた。


 陸海商人どちら側にしろ、喧嘩っ早い奴らの間で時折だが積荷拒否があるという。

 さっそく確証が取れてしまった。

 たまたま仲裁に居合わせたときの様子を話してくれた。


「そこまで言うなら載せてやらんもんね!」

「なんだと言いがかりの癖にせこいぞ!」

「やだねバーカバーカ!」

「お前なんかケーチケーチ!」


 そんな醜い争いが続いていたので、即座に動きを封じてやったとのことだ。うつ伏せに地面に貼りついている二人を見て、やり過ぎだと親父さんに叱られたらしい。


 ああ、そこでトゥロが関係するのね。

 親父さんの気にするところも、やるならもっと美しく、などとずれている様だが。

 話はすんなり聞けたので、手早く食事を済ませて食堂を出た。


 話は分かったし、トゥロには海側の商人に注意喚起してくれと要請し、俺も自分ところの商人と話をしようかなあと考える。


 でもまだ早めの時間だし、ついでにとトゥロと共に商人のいる港倉庫へ付いて行くことにした。

 これはとんだ間違いだった。



 俺とトゥロは、雑多な木箱やらが点々と積んである埠頭の端へ向かっていた。漁船より一回り大きい商船専用の場所だ。

 遠目にも、船から大きな積荷が運び出されているのが見えた。輸入したものを船底から引っ張り出してきたらしい。だが妙な胸騒ぎがする。他と荷の形状が違いすぎるがのだが、なにかの本で見た覚えがある。


 大きな車輪のついた木枠のような台に、人幅はありそうな寸胴の筒っぽい塊が載せられているように見える。それが幾つか並んでいるのだ。

 漠然とした不安が湧き上がる。


 人も結構いるが、ただの船員とは違う。商人が集まっているようだった。

 もちろん、荷の確認に普段から商人も居はするが、こんな時間から外で会合というのは異例である。


 集まりの中には、見慣れぬ格好のやつも見えた。なんとなく、俺達の歩みは鈍くなる。

 トゥロと目を合わせると、彼女も不審に感じているのが見て取れた。


「格好が違うやつは、海向こうの商人だ。最近、取引を始めた新しい所みたいだよ」


 トゥロが俺の疑問に答えてくれる。だが、会合のことなどは知らないようだ。しかし、トゥロがその海向こうの商人を見る目を不快に歪めたのが気になった。あまりお近づきにはなりなくないらしい。


 あちらも同じ思いなのか。こちらに気付いてひそひそ相談しているように見える。

 疑問は増し、ほぼ歩みは止まりかけていた。

 そうこうしている内に、商人達の人垣が割れると、車輪付きの荷物の側から離れた。

 そして、聞きなれない音が空を切り裂いていく。


 ドンッ ヒュルルルル ガッ ドゴオオオン ガラガラガラ バスン ゴロゴロゴロ――。


 思わず、足を止めると、その軌道に視線は吸い寄せられていた。

 爆音が聞こえ、黒い飛翔物が右手の建物から破片を飛び散らす。石造りの柱を掠めて落ちると、道を削りながら丸い玉が跳ねていった。その黒い玉は大人の頭ほども大きさがある。


 一連の光景はまるで時間がゆっくりと流れているようだった。

 驚愕の思いで後方を見る。間抜けな声を漏らすしかなかった。


「何これ。投石器、とは違うか。打ち出すときに、すごい爆発音がした、ような」


 ここは港町の船着場で、商船用の荷が積まれている一画の筈だ。平和な日常生活を垣間見ることは出来るが、攻城兵器が稼動していい争乱時代などではない。

 しかし本では見たことがあると、はっきり思い出した。


「ほへえ、これが大砲かあ」


 こちらに向けて放たれたのであるが、現実逃避か妙に感心する。大砲を扱うなら、ほへえ、ではなく、ほうへいだ、などとは言わないでくれ。ただの間抜け声なのだ。


「ほう、これはたまげたな!」


 砲手側に聞き覚えのある朗々とした野太い声。

 またゆっくりとそちらへ頭を戻す。


「え、あれって親父……?」


 たまげたな、じゃねえだろ。殺す気か!

 案の定、親父である。そしてもう一人、トゥロの親父さんもいた。二人並んでガハガハと笑い合っている。


「おうどうだリィス、驚いたか!」


 嬉しそうにはしゃいでいる親父共と、対照的に背後に並ぶ嫌々付き合わされている感ぱない、見知った商人達。心なしかげっそりしているようだ。


 つーか、街を破壊するなよ!

 ずれた部分で我に返る。

 一体何が起こった。突然何事だ。とうとう親父も本格的にいかれたか。だがトゥロの親父さん、はともかく、海側の商人たちも揃っているのはどういうことだ。


「いやあ、ダディク。さすがにこれは洒落にならんな」

「ううむ、ここまでの威力があるとは、海向こうは禄でもない所だな」


 それを街中でぶっ放したお前らが言うな!

 親父達は声がでかいから聞こえているが、あまりのことに近付くことが憚られた。

 どうしたものかと思いつつその場に踏みとどまる。


「くっくっく気に入ったぞルネコ・トショーヤ」

「へっへっへトショーヤ商会を今後とも御贔屓に」


 なんとも胡散臭い光景が眼前に広がっていた。

 丸々とした胴体の揉み手をしているあれが海向こうの商人か。そいつは口ひげの下から厭らしい笑みを覗かせていた。


「なんだあの悪者ども」


 当然親父を含めてだ。

 茫然としていると親父たちの影から、ひょろりとした青年が顔を出し叫んだ。丸い商人と顔立ちが良く似ている。


「ああ麗しのストゥロンさん~僕がその男から君を救い出してみせますよ!」


 えええー。何か出てきたぞおい。


「どうも関わりたくない感じではあるが一応聞くけど、あれは?」


 トゥロは苛立たしげに呟いた。


「トショーヤの息子だそうだ。やたら近寄ってきて気味が悪い」


 なんと、トゥロに言い寄る猛者がここに。

 それでさっきから不愉快そうにしていたのか。

 それに今まで話題に出なかったのは、それが理由か。


 一応は好意を寄せてくれているらしいのに、気味が悪いとは少し不憫だ。さすがに外から来た奴らだから殴れないのだろう。それで余計に苛立ちを募らせているのかもしれない。


「リィス、避けろ!」


 トゥロに首根っこを掴まれ、頭を押さえられる。直後に空を切る音と、水面を叩き割るような音が響いた。


「ちょおおおまだやるのか試し打ちじゃなかったのかよ!」


 なんだか分からないが、この場から離れよう。

 戦略的ということにしておく撤退だ。

 気が付けば、只事でない物音に人が集まってきていた。


「みんな、危ないヤツが居るから逃げろ!」


 俺は逃げながらも周りに声を張り上げる。

 だが、状況が理解できずに混乱を招いてしまった。


 ざわざわ……ざわ……ざわ。


「なんの騒ぎだ?」

「あっちに前領主様方がいるぞ」

「危ないヤツがいるってよ」

「どこに? あの、逃げてるヤツじゃないか」

「ありゃ、海領様と陸領様が走ってるぞ」

「……てことは」


「「「領主らを捕らえろーーー!!」」」



 なんでそうなるんだよ!



 ▽▽▽



 逃げ込む場所は一つしかない。中立地帯、ということにしてある神塔(しんとう)の建つてっぺん禿山だ。とりあえず、どうにか落ち着くために俺達は塔へ駆け込んでいた。

 砦に戻るには少々遠いし、親父が何か企んでいる様子だと戻るのも不安だ。

 

「ど、どうされたんですかお二人とも。なんだか怖い顔ですよ。トゥロはいつもですがぶふぅ!」


 また余計なことを言ってトゥロに突っつかれるハライを横目に自分の席にへたり込む。

 つ、疲れた。馬に乗ることも忘れ、走ってきたのだ。馬はその辺で離した。今頃は自力で砦に戻っているだろう。


「いやあ、なんなんだろねあれ。大変だったよ砲弾なんか飛んできてさぁ」


 大したことではなかったように話して聞かせた。

 まずは、大砲が何かから。

 港で起こったことを聞きながら、ハライは見る間に青くなり、今にも失神しそうな勢いで泡食っている。


「え、なんで、それで貴方がたはここに来るんですか!?」


 ハライの悲鳴のような文句が塔内で反響した。

 なんて薄情な男だよ。

 俺は両手で耳を塞いで知らん振りをした。


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