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第四話 領主の本分

 昨日の今日で領主だからと態度を変えられるはずもなく。

 俺は砦の日陰になる場所にしゃがみ込んでいた。

 その背後から声がかかる。


「また石ころ集めか」


 はい、トゥロです。

 だから気配を消して近付くなと……恨めし気に見上げて、地面に目を戻した。


「ただの石ころではない、俺が命を吹き込む選ばれし石ころだ」


 昨日は俺にとっては劇的な日だった。一つの人生の節目だったのだから。

 只今現在、まるで領主にされた事など嘘だったかのように、俺は外壁の小さな欠片やら小枝やらを採集している。


 暇つぶしに部屋の隅で作ったり壊したり作ったりしている、砦の模型製作用だ。

 地面を集中して見て回ったり、しゃがんで選別したりと意外に疲れる。


「動くのをとことん嫌う癖に、こういうことにはマメだね」


 トゥロが思い出したくないことを言う。

 そう、微塵も動きたくは無いが、だからといって念波で誰かに頼むなんて芸当が出来るはずはなし、よしんば出来たとして必要な部品は気分なのだ。誰に頼めるものでもない。


「いいかトゥロ。何度でも言うが、俺に」

「本末転倒という言葉はない、ね。はいはい」


 要するに、心の平穏を得るべく、逃避行動へと邁進中なのである。


「つーか、お前はどうなんだよ。相変わらず暇そうにこっちに来るが、領主業はどうした」

「うむ。それがだな、見回りにしろ稽古を付けるにしろ、大抵追い出されてな」


 話はそれで終わりだ。

 なるほど……。

 トゥロは言葉が飛ぶが、流れは想像できてしまった。


「少しでも機嫌損ねたら暴れられるんじゃ、追い出されても仕方ないな」


 船の周りの喧しく荒っぽい空気を思い出す。

 きっと、いや確実に、少しでもからかうようなら、問答無用で制裁を加えているのだ。

 言葉より、拳ではなくて剣で語る女。領民に少しばかり同情する。

 暴れん坊領主と、眠りの森の領主。どっちがマシだろうかHAHAHA。


「……反省してはいるのだ。毎回」


 珍しくトゥロは項垂れ、口を尖らせた。毎回って、意味ないだろうよ。

 だが、懲りない奴らも奴らだな。まさかそういう方面の趣味の集まりでもあるのだろうか……ゴクリ。

 はっいけない。怪しいことを考えていると勘の良いトゥロに睨まれていた。


「揃いも揃って駄目領主だな!」


 俺は笑顔で答える。仲間がいるってスバラシイ。

 流れる額の汗を爽やかに拭いつつ、材料収集へひたむきに打ち込む。よし現実逃避のためにがんばるぞ!


 そんな俺をよそに、トゥロは複雑な気持ちを顕にしていた。

 彼女は根っから真面目なのだ。別に、俺のように怠けたいとか、相手をへこまそうなんて気持ちで暴れているわけではない。


 というか、本人に暴れているというつもりもないだろうな。たんに強さが異常なだけだ。わざとやっているわけではないので、ある意味可哀相である。


 でもまあ、トゥロの親父さんも脳筋だし、周りもあしらい方に慣れているだろう。

 それでこっちに追いやるのもどうかと思うが。


 ひとしきり材料を漁ると、お茶でも飲もうとトゥロと砦に戻った。



 ▼



 領主にされたことを今さら騒いでも仕方がない。

 親父が押し付けた仕事があるという理由で堂々と、なるべく人目につかないよう、いつも通りに過ごした。


 周りだって、呼び名が変わったくらいで態度まで変わりはしない。

 このままいけば、これまでと変わりなく過ごせそうな気がしていた。


 トゥロが帰っていくと、俺は二階の自室にこもって、いそいそと砦の模型の改造に勤しんでいた。日が沈んでも蝋燭の灯りの下で、細かい作業を続ける。

 今回の精神疲労はよっぽどだったらしい。逃避が捗る。


 ようやく人心地ついて肩をほぐすと、ふと辺りがざわついているのに気付く。夜になると、結構離れた場所の夜行性小動物や虫の音さえ風が届けるほど静かなのだが、これは珍しい……嫌な予感だ。


 木窓の隙間から仄かな赤い光が入り込んでいる。大量の人の気配だ。

 外壁の一定間隔にあけられた隙間から、木窓を押し開け不安な気持ちで外を窺い見る。

 案の定、松明を掲げた男達がわらわら集っている。


「よおリィス起きてたか! あ、いや領主様か。ただの一揆だ心配するな!」


 俺に気付いた東部村長の息子ロウタ・ダミヤが、にこやかに手を振る。

 少し年上だが、さして多くない同年代の遊び仲間の一人だ。俺はほっとして木窓を全開にした。

 やや興奮気味の見慣れた村民達とも手を振り合う。


「一揆か、いやあ久しぶりだねロウタ」


 ん? 思わず無意識に視線を外してしまい、外した方へゆるりと戻す。

 太い腕を胸元で組み堂々と立っている男が、ロウタの隣で朗らかな野太い声を響かせた。


「うむ。ダミヤ、皆も張り切っておるな!」


 あんの筋肉だるま!


「なんの、真似、だ!」


 せっかくの安堵も消し飛び身を乗り出し唸る。


「リィス、皆をまとめておいてやったぞ。民の声に耳を傾けるがよい!」


 だ・か・ら・さ。


「なんで親父がそっちにいるんだよ!」


 あらやだ何言っちゃってんのこの子可笑しい~ってな具合で親父は俺を見た。


「プフーッ! なんでって領主様はお前じゃないかハハッ!」


 碌なことしやしねえなマジで。

 俺は神師様のお墨付き、死んだ魚の目で睨みつつ歯軋りし頭を抱えた。




 俺は、素朴な自室の木の窓枠に両腕で頬杖を付き、うっとりと、瞬く星の煌きの微かな断末魔を聴き逃すまいと詩的なぽわんとした気分で夜空を見上げていた。広大な空の神秘の下、俺はなんてちっぽけなのだろうか。


 その俺の眼下には、松明を掲げた村中のむさ苦しい野郎共が、拳を振り上げ咆哮している。


「おれたちは、自由な貿易を求むー! でいいんだっけ?」

「そ、そうだそうだー!」


 村民代表の村長の跡取り息子であり、俺の遊び仲間であったロウタとその賛同者達の要求が砦一帯に響いているのだ。


「領主は領地の安全を守りー……えーと、責任を果たせー!」

「おーいえー!」


 これでも真剣なのだが、のんきな領民達である。

 はるか昔にはこんな俺達のご先祖様も、大陸の争乱を生き抜いたという。到底信じられない。想像しようもない光景である。


 まあ、こんな大陸南端に位置するのだから、おおよそ逃げ惑ったものの吹き溜まりの可能性も捨てがたいが。

 ……あまり悪い情景を思い描いていると祟られそうなので程ほどにしておこう。

 あ、終わったようだ。村人達の満足した顔へと視線を戻す。


「とまあ、そんなわけだリィス。なにか考えといてくれ」


 ロウタは一仕事やり遂げた清々しい顔を俺に向け、おやすみと手を振る。


「あ、うん」


 俺も曖昧な笑顔で手を振り返す。

 それを合図に、打ち上げやるべなどとざわつきながら皆そぞろに帰っていった。


 ちなみに一揆とは、何か領主へ訴えたいことが出てくると、代表を立てて訴状を砦の前で読み上げることである。


 皆で押しかける必要はないのだが、何時からか集うようになったという。一種の儀式であり領民の間でお祭り、というより飲み事の理由の一つとなっていた。

 民衆を扇動した諸悪の根源である親父は、さっさと砦の自室へ引き上げたようだ。


「ん、自由な貿易……?」


 今さらながら彼らの要求に疑問符が浮かぶ。これもあれもそれも親父の奇行のせいだ。



 ▼▼▼



 翌朝、俺は東部村へと馬を走らせていた。運動嫌いな俺だから馬に乗れないと思っていただろうが、これだけは必死で覚えたのだ。移動は楽なほうがいいからな。


 扇形に広がる田畑の根元、管理し易い位置に村長宅は在る。

 着くなり馬を降りながら、表で仕事の準備を始めていたが手を止めてこちらを見ている男に声を掛けた。


「ロウタお早う、昨日の訴状について詳しく!」

「お早うリィス、あ、領主様。ええ、分からなかったのかい? 俺一生懸命練習したんだぞ」


 眉尻を落とし悲しげに訴えてくる朴訥な青年風ロウタ。

 練習するような要素がどこにあったのかと問い詰めたい。が、今そこは気にしない。


「いや、分かりやすかったよホントだって。ちょっと内容の方に聞きなれない事があってさ」


 貿易云々のところだと質問する。

 ロウタは、他の村人へ先に行ってくれと指示すると俺に答えてくれた。


「商人の喧嘩のことだぞ。なんだお前知らなかったのか……引きこもりだもんな」


 憐れんだ目で見られた。ロウタは面倒見の良い男で、俺のことも弟分として遊んでくれていたのだ。その慈愛のこもった眼差しはやめろ。俺引きこもってないし。動かないだけだから!


「と、とにかく、それだ」


 気を取り直して、商人共の喧嘩のとばっちりについての話と、ついでだから領民たちが心配している訳の分からないことを聞くことにした。


 陸側で作った様々な物を、陸領側商人を経由し海領側商人に託し商船に積んでもらっている。

 その商人同士の諍いである。

 交渉事で過熱するのは常だが、仕事である。後を引いたことはなかった。


 それが交流便によってもたらされた情報と、陸領側の企みがあるという疑心により、それまでの些細な言い争いも含めて不満が募っているということだ。


 企みなんか無いのですが。

 単純な気質だからこそ、言っても聞かないというのも珍しいことだ。親父がいらんことしているのかね。


「とな、そんな話を聞いてるぞ」


 とロウタは言った。 

 目にしたことはないのか。まあ、商人たちの倉庫やらは、海側の領地との狭間にある崖沿いだ。


 で、問題はだ。

 そのことで最近、海側商人が積荷拒否をすることがあるとのことだった。


 あーそれは困るね。しかも認めたくはないが領主預かり案件になるよなこれ……うわあいきなりそんな面倒な。


「それで、企みの噂ってなんぞ?」

「そりゃお前あれじゃね。ほら、なんか隠れて物騒なもん作ってるって聞いたぞ。確か、国とかいう」


 え、どういうこと。物騒なものって何だよ。武器か何かとでも思っているのだろうか。まあ隣の大陸では戦の結果、国になるのが多かったようだから、あながち間違いではないかもしれない。


 でも、うちとは無縁だ。

 あくまでも仕組みを知りたいだけだから。


「まあちょっと興味があって、そんな本は読んでるぐぇっ!」

「やっぱり本当じゃねえか!」

「待った待った誤解だって苦しい」


 一瞬で大らかな青年風から鬼気迫る表情に変えたロウタが胸倉を掴んできた。領民は頭に血が上りやすいやつらばかりなのだ。柔和な顔立ちではあるが、畑仕事で日に焼け、鍛えられてゴツゴツとした体躯の男に掴みかかられるのは、慣れていても萎縮してしまう。素直に両手を挙げて降参の意思表示だ。


「そうか、言い訳してみろ」


 俺から手を離すと、硬い表情のまま腕組みし、見下しながら威圧してくる。俺の周りにはこんなのばかり。そりゃ、誰もが俺が鍛えないのを不審がるというものだ。

 とにかく一つ一つ疑問を解消していかないとな。


「こっちの方が知りたいわ。そもそもなんで物騒なもんてことになってるんだぜ」


 すると、ロウタの方がこちらが吃驚するほど狼狽した。


「えっ!? いやだって、聞いたこともないし? 地割れして作物に被害があるとかいう話だし?」


 すいすいと目が泳いでいる。

 聞いたこともないのに危ないもんということになってたのか。

 そんな根拠の怪しい話をさも事実かのように受け取るなよ。


 せめて体制の変化に戸惑う民衆の疑心とか、至極全うな不安ならまだしもだ。

 そもそも、とんでもないものに進化しているじゃないか。


「ロウタ、知りもしないことで俺を脅すのか……」


 ゆらりと顔を上げ、俺は暗い感情のこもらない目で見返す。

 俺の唯一の武器、周りの不条理に鍛え抜かれた、相手を一瞬で不安に陥れることもあるかもしれない死んだ魚のような目攻撃だ。

 人の好いロウタはこの眼光から逃れられない!


「くっ卑怯な! だが俺の善性が弱点だと見抜いたその一撃は見事だと称えよう」


 ロウタは膝を屈する。

 子供の頃のままの調子で育つと、このように傍からは白い目で見られるような感じになるわけだね。

 これでようやく話のできる状況になった。


「あのな、他所の名前を思い出してみよう。トルコロル共王国とか、ミチ・ノエキ寄合国とか聞くだろ?」


 ロウタはそれが何の関係があるのかと訝しげに頷いているが続ける。


「最後に国って、付いてるだろ?」


 俺の言葉に、ハッとしてその面を驚愕で彩るロウタ。


「そんな。そうだったのか……真実は目の前に転がっていたんだな」


 うん、まあ、そこまで「犯人はアイツだったのか」みたいな反応に俺の方が驚く。


「とりあえず、危険物ではないと覚えておいてくれ」

「ああ分かったよ。勘違いしてすまなかったな!」


 国といっても色々あるから、各国にとって最善の形を取るようだ。ただ自由な形とは言えど最低限の要件を満たす必要はあるみたいだし、そのように大陸中が変化しているのだ。

 それで、俺たちだって知識だけでも蓄えておく必要があることを伝えた。


 もし俺たちが目指すなら、という検証も必要だと思う。そこで念のために俺たちにとっての良い面や悪い面も検討している。

 そんなことをさらっと簡単に伝えた。


 最近村長は足腰が悪いようで、現在ロウタが村の実働的なまとめ役である。説明しておいて損は無いだろう。

 ざっくり説明して理解も得られたようだし、まずは一段落。


 今のところは、まだ資料に目を通した段階だし。そりゃ何度も読んだけどさ。そこから次の段階に進むのが大変というか、次は領内の情報もまとめないといけない。さらに領主の仕事も追加されるし、とてもじゃないが手が足りないんだ。

 出来ればこれ以上、妙な誤解による仕事は増やさないでくれよ。


「朝から仕事の邪魔して悪かったな」

「何言ってる。これも領主の仕事だろう。頑張れよ」


 手を振り合って村長宅を後にした。


 うーん、次は陸側商人の所かな。トゥロに海側はどうなっているかも確認した方が良いだろう。

 頭で予定をまとめながら、通り過ぎる田畑の中の領民達と挨拶を交わす。既に、皆の呼びかけが「領主様」と変化しているのに気付いた。


 やっぱ親父が張り切って告知しまくったのだろうか。

 それにしたってだ。なぜそんなところだけ、異様に順応性が高いんだよ。

 俺の与り知らぬところで、着々と現実は書き換えられているらしいと、肩を落としつつ立ち去るのだった。


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