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第三話 思い当たる親父の企み

 交流便が開通し、ある程度の試運用の後、いよいよ正式に各領地が交流をはじめることになった。


 そして領主だった親父だが、お袋と旅行気分で自ら使者兼警備を買ってでた。どうせ人手もないから持ち回りでやらねばならんし、まずは責任者が出かけた方がいいだろうというわけで妥当だったと思う。

 一抹の心配は、単純なことしか考えられない脳筋ということだ。


 それまでの工事関係のやり取りでは特に問題にならなかった。

 だが、年中上半身裸で筋肉自慢してるような奴だぞ?

 まともな服を来て、じっとして会話する挨拶事なんて親父が最も苦手とすることなのは想像がつくだろう。


 しかも、他領とはどんどん格差が開いていた。

 まともに対応してもらえるかも分からない。相手も脳筋であることを祈るばかりだ。


 観光ついでに売れそうな特産品を調べてくるぞぉ、なんて意気揚々と出かけて行った親父だが、予想通り、四ヵ月後に戻った時には頬がやつれていた。

 それも、ただ疲れきったというのではなく、白昼夢でも見てるのかというように視線は遠くを見ており、感想はやたら曖昧だ。

 お袋の方は新婚旅行を思い出して楽しかったとホクホク顔だったがな。


 何かしでかしたなら事態を把握しておかないとまずいと思い、どうにか聞き出して、後悔した。




 親父は怯えるように声を絞り出し、話し始めた。


「ワシらは、どうやら乗り遅れているようだ」


 乗るとか乗らないとかいう話なのか。


 親父の話によると、まずは幾つかの国に挨拶のため立ち寄り、最後にこの大陸の要であるトルコロル共王国へと向かう。だが、道中を見て回る内に既に危機(置いてけぼり)感を抱いたようである。


 そこで、恐らく一番大きな国となったトルコロルで色々聞いてみようと考えた。

 堂々と国の制度に関する知識を得たいと申し出たらしい。

 そして、それには良い時期だった。


 交流を始めたばかりの正式な表敬訪問だから、様子見段階であった。まだ各地は同等に扱われていたようである。少し後だったなら、そしてこの初回に領主自らの要請でなかったならば、貴重な資料を見せてもらえただろうか。僻地の格下が何を言うと門前払いされていたことだろう。


 なんと親父の願い通り、知識在る文官達を紹介してもらえた。二度目はないと思っている。なんせ変わりに与えられるものと言えば、海路による販売路の利用くらいのものだ。しかしトルコロルも船はさほど持たずとも、干潮時には一時的に向こう大陸とは陸続きになり、やり取りはこちらよりも活発なのだから。


 まあ聞いてるだけでも、親父にしては頭を使うことを出来うる限り頑張ったのが分かる。その詳しい者から話を伺ったり書物をむりや、懇願し書き写させてもらったり、学者を当って街中駆けずり回ったのだとか。それは趣味の体力作りついでだと思うけどな。


 しかし悲しいかな、普段は警備団を鍛えるのが好きなだけの筋肉戦士には、難解すぎた。聞いたことなど当然霧散している。


 当然親父は考えた。

 適役がいるではないか丸投げしちゃおうと。


 話し終えると親父は、お土産と称し持ち帰った書籍類の山を俺の部屋にどさっと置いてから、爺さんが亡くなったとき以来の至極真面目な顔でおもむろに言った。


「この書物を解読しろ」


 いやいや解読も何も普通の言葉で書かれてるからね?

 親父は脂汗を流し怯えた目で俺の両肩をガシッと掴むとって痛い痛い、その痛みも忘れるようなことをほざいた。


「うねうねがっ身体に絡むっ縛るんだぞっ!」


 と悶えていた。

 夢でうねうね踊る文字の悪魔軍団に追いかけられるのだそうだ。知らんがな。


 常々、ええい座学に傾倒など軟弱な! 男子たる者~筋肉が~筋肉で~云々と、くどいほど聞かされてきた。

 その親父の眼差しに初めて「頼れる息子ステキ!」という熱い期待がこめられているのを見た。

 引き気味に、わかったわかったと追い出すのだが。


 その後、従者らに言っているのを聞いてしまった。声がでかいから嫌でも聞こえて、窓から訓練場を見下ろす。


「あいつは俺のような全身筋肉には恵まれなかったが、同じくらいたっぷり頭に筋肉が付いてるんだガハハ!」


 と自慢していた。俺はどんなだ。しかも問題から解放されたとばかりにニカッとさっぱりした笑顔なのがまた腹立たしい。

 親父の中で、訳の分からない方に俺の株は上がっているようだ。


 そんなでも俺は、初めてまともに扱って貰えたようで嬉しかったんだろうな。

 どうせ俺が他にできることなんてないんだしと、真面目に取り組むことにしたのだ。


 内容の把握を任されはしたが、俺達はどうするか、どうなるのかなどは特に考えなかった。

 取引先の、国という形がどんなものであるか学んでおくのは悪くないだろうと思っただけだ。

 海向こうの国に物売りに行ってはいるが商人相手であり、国の偉い人となんて関わる機会はなかったからその辺の感覚には疎いからな。




 まあ解読しろってことは、読んで、要約して、分かり易い言葉に置き換える、といったところか。

 分かり易いの基準は親父でいいか?

 いや、それじゃ省きすぎて余計分かり辛くなる気もする。


『国是。

 民の基本は走り込み。

 飯は体力作りのため。

 敵は認識即座に無力化すべし』


 物凄くダメな気がしてきたな。しかもこれでは要約ではなく改変だ。

 おっと遊んでいる場合ではない。

 俺は読み込み作業に集中した。

 そうして暫く部屋にこもって過ごした。




 そんな日々が一週間ほど経ったろうか、トゥロが来て言った。


「これからは領主様と呼べよ」


 俺が本を積んで作業している木の机。側に空いた椅子を引いて座り、両手で頬杖をついて俺を見上げてくる。

 かすれ気味の声音には、わずかに甘えるような響きが込められていた。何か悪戯心がある時の癖なのでその調子は無視し、内容に反応する。


「は?」


 本に没頭していたせいで、一瞬何言ってるんだこいつという反応が素で出る。

 そもそも俺に合わせて移行期間にさえ入ってない。すっ飛ばして領主になんて、前代未聞のことだ。


「最近父とおじ様は難しい顔でよく話し込んでいる。対して母と、おば様は楽しそうにしているがな」


 奥様方の話はどうでもいいんだけど。


「なんだ、まあ、おめでとうなのか?」

「早いとは思うけどね」


 あまりに突飛な出来事だった。だが、そういった冗談をトゥロが言うことはないから真実だろうことは疑わない。

 だが、親父達が、というところに引っかかりを覚える、というかありすぎる。


 トゥロは話を端折る癖がある。だが領主になった事実と、親父達が妙につるんでいるということを提示されれば、関連を見出すのは順当。


 だって我が筋肉領主と対を成すかという海の筋肉領主だ。

 力任せな海の仕事をこなす体力には問題ないし、即座に引退するには早すぎる。

 なにか企んでるとしか考えられない。

 トゥロは眉を寄せて口を曲げる。


「どのみち暫くは、父を頼ることになるだろうけど」


 そして俺の懸念を、トゥロは口にした。


「ハライは既に跡を継いでいるんだし、リィスも覚悟を決めておけよ」


 言葉にされるとギクッとした。

 最近、妙に俺を持ち上げる親父の態度はそういうことかと理解したんだ。

 俺を部屋に押し込めている間に、何やら色々動いていたらしい。


 まさか奴に腹芸が出来るとは……。

 いたいけな息子心を弄びやがってクソ親父が!


 そして俺が対策を考えようとしていた矢先に、案の定、軽く家督を継がされた、というわけだった。




 ところで、領内が不穏だとか国の情報やらと、領主交代劇に何の関係がとお思いでしょう。

 たんに親父たちは、嫌な役割を俺たちに押し付けたと気付いたんだよ!



 ▽



 そんな回想をしている内に、混乱した頭も落ち着いてきたため塔を出た。


「次は私が居ないときにしてください」

「おう、またな」


 ハライの挨拶を背に受け、トゥロと並んで山を下りる。

 ふと濃い青空にぽっかり浮かぶ分厚い雲を仰いだ。


「一雨来るかな」

「こっちまで来ない。私は戻るよ」


 麓でトゥロと分かれ、砦への道をのんびり歩く。


「ようリィス、外にいるなんて珍しいな!」


 畑から声をかけたり、手を振ってくる皆に笑顔で手を振り返した。内容には突っ込まないぞ。

 俺に声を掛けた後で、数人が顔を曇らせて話すのが聞こえた。


「明日のカボチャは無事かいのう……」

「やっぱ天変地異じゃろか……」


 地声がでかいから丸聞こえだ。大地でも割れるかの如く困惑している。

 俺の顔を見て噂を思い出したのだろうが、なにをどう捉えればそんなことになるのか、まるで分からない。

 絡まれる前にと、そそくさと通り過ぎた。


 今はまだ、領内も日常の顔を見せている。

 けれど、何かの切っ掛けでふいに崩れるかも知れない。真夏の海の嵐が来る前のように、波乱を含んだ空気が漂っているように思えた。




 砦に戻ると、待ち受けていたように立つ従者の一人から、冷たい目付きで釘を刺された。


「領主様、お忘れのようですが、昼から連携訓練ですよ。領主になったからってこれから逃げることは許されませんからね」


 冷や汗が流れた。砦の者は、今朝のやり取りを見てる。

 既に領主呼ばわりとは順応性が高すぎないかとぼやきたいが、その口調には棘が含まれている。俺が嫌がってると分かって言ってるから、手違いだと言いくるめることもできない。


 なぜなら従者たちは、訓練の度に行方を眩ましていた俺に苦渋を飲まされてきたのだ。彼らが冷たい態度なのは当然なのである。

 散々怒られ、この連携訓練にだけは、せめて参加することを約束させられていた。


「お、覚えていますとも!」


 軽い昼食を済ますと、渋々ながら訓練に参加した。

 俺だって領主の跡取りだという自覚は砂粒くらいはあるんだ。他は適当に誤魔化せても、最低限民の要請に応えられるだけの技術は身に付けておかねばなるまい。


 皆との連携が必要な訓練だ。訓練は、俺たち警備に関わる者は毎回だが、領民らも交代で参加する。これには嫌でも参加していなければ、いざというとき役に立たないのは考えずとも理解できる。

 とっさに妙な動きをすれば、自分だけでなく味方への危険もあるだろう。


 俺たち砦の住人が借り出されるのは、緊急だったり危険だったり力が必要だったり時間がかかって面倒だったりの……主に害獣駆除だ。


 弓で簡単に射殺せるならいいが、そうはいかない。大きな獣だと罠にかかったところを弱らせる前に、自力で逃れることもある。

 この連携訓練は、剣や鍋などで追い立てる者と、獲物との距離を保つために周りから槍などの長物で邪魔をする役だ。


 無論、俺は槍術など使えないし、そんな体力も気力もない。そこで、巷では女性でも比較的楽に獲物を押さえられると噂の刺又(さすまた)ですよ!

 刺又を手に腰に力を入れ、獲物に見立てた干し藁人形を突く!

 周りがどんな目で見ようと、俺は気にしないのさ。




「それで、なんで寝くたばっているんだ」


 木陰で、木の根を枕に四肢を投げ出している俺に、何時の間にやってきたのか、しゃがんで俺を見下ろすトゥロから声が振ってきた。トゥロの声は、雲間から降り注ぐかの如く遠くから反響しているようだった。


「…………」


 腰の辺りの鈍い痛みに、俺は虚ろな目で、木陰から無言の意志表示。

 きょうおれはなにもしないぜったいにだ。

 民のありゃあ駄目だというような視線が、全身に突き刺さりまくっていた。


 俺の体はもう無理だと叫んでいる。

 こういうときは抗わないほうが良いのだ。

 俺の投げやりな気持ちが届いたのか、トゥロも隣に腰を下ろして幹に背を預けている。特に何を言うでなく、ただ抜けるような青空を見上げる。


 爽やかな空気に慰められ、雲の流れを目で追いかける。

 ずっと変わらぬこの景色を眺めてきて、目に入るものは何も変わっていないのに、自分の体だけが大きくなっているのが不思議だった。


 視界に揺れる、トゥロの柔らかい黒っぽい髪。それが時折銅色を反射するのを見つめる。これも小さい頃から変わらない光景で、その頃が思い出された。


 ▽


「そうか。リィスは物知りだな」


 小さくとも既に落ち着いた口調のトゥロ。

 俺は、本を読むことを覚えると、知ったことをトゥロと話していた。

 その度に、感心したように聞いてくれた。


 本は貴重で大した数はないが、俺が本好きだという印象操作のおかげで、色んな人が読み物を持ち寄ってくれた。たまに爺さん婆さんの残した日記のようなものも混ざっており、とんだ黒歴史を知ってしまったがその記憶は封印だ。

 トゥロの親父さんも、交易で手に入れたやつなどを貸してくれたものだった。


「リィスが頭か。なら、私は剣を磨く」


 すくっと立ち上がると、小さな木刀を手に、打ち稽古を再開するトゥロ。

 今でこそ、俺の方が上背は頭半分ほど高く肩幅もある。だがさして体格差のないこの頃から、トゥロの動きには目を瞠るものがあり、見ていて楽しかったものだ。


 海の民は海上での戦闘経験を積むためだといって、筏状に組んだ丸太を海に浮かべ、その上で稽古をしている。単に地上部分にそれなりの広い場所が少ないからってのも大きかったみたいだけど。

 揺られる場での稽古故か、軸がぶれないというか、軸を制御しているというか。何かで読んだ気というものがあるなら、全身の隅々にまで行き渡っているだろう。


 家の稽古から逃れるため、トゥロの稽古の見学に行くこは多かった。見ていると、海の民皆がそうという訳ではなかったので、トゥロが格別なのかもしれない。力で全てを制すオヤルジのように、別の意味で別格なやつもいたがな。


 トゥロの剣技。渦潮流とか呼んでいた。あれ渦巻だっけ。まあいい。

 それは派手に飛び跳ねまわったりしない。腰を落とし、重心を低く意識する。まるで磁石に吸い寄せられ張り付く砂鉄のように、身を翻す回避重視の身捌きだ。


 回転の勢いでもって反撃の力を得る。

 とかなんとか言っていたと思うが、俺にはよくわからん。指南書など読み漁り知識だけはあるが、実際の体の動きなんて知りようもない。管轄外である。

 だが、その力の移動する様子は子供心にも美しいと思えた。


 ▽


 今も大して、その頃から変わっていないなあと思いながら、海領内でのトゥロの行動を思い出す。

 そういえば、外で話しているのをあまり見たことはない。話しかければ結構色々と話すけどな。女友達など居なさそうだ。まあ同じ年頃の娘とトゥロに共通の話題はありそうにないけど。


 人前では、いつも口の端を引き結んでいる。切れ長の瞳でじっと見据えられると、妙な威圧感があり皆黙ってしまう。

 少女の頃合に、口より先に腕を振るい過ぎていたのが、比較的落ち着いた今でも皆の記憶に焼き付いているのだろう。


 俺は俺で砦にこもりがちだから、人のことなどとやかく言えない。

 今さらながら、こんな二人が領主でいいのかなあなんて思う。

 信頼のなさが、領民たちの不安に繋がってないとは言い切れない。


 その日は、空が炎のような赤みに染まる時間まで、そうやって過ごした。


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