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第二話 事の発端

「よし。ハライんとこ行こう」


 俺はトゥロの溜息の威圧を避けるため、もう一人の幼馴染の名を出した。




「あ、あのう、お二人揃ってこれまたどうされましたか。特にお約束はしてなかったかと思うのですが」


 俺達を見るなり及び腰になる目の前の男は、ハライ・オガミ。俺達より二つばかり年上だった筈だが、幼く見える顔立ちに身長と腰の低さでむしろ年下に見える。

 見た目は頼りないが、その頼りなさが優しげに見えるのだろう。拝み屋としてなかなか人気のようである。


「おう心の友よ。素晴らしい話があってわざわざ足を運んでやったのだ」

「無表情かつ棒読みで言わないでくださいよ」


 俺とトゥロは、神塔(しんとう)へ来ていた。神を祭る為の場所である。海と陸の領地を隔てる境界の中心に、仲良し印の中立地帯として建てたのである。

 今俺たちが押しかけているこの場所は、その神塔の隠し部屋であり、ハライの自室でもある。


 正確には特に隠しているつもりはない。建築にあたって、境界線内で一番高い小山のてっぺんをジョリっと円形に剃りあげ無理やり場所を作ったのだが、居住の為の離れなどを造りつける余裕は無かったのだ。

 仕方なく塔にへばりつくように部屋を作ると、ちょうど祭壇の壁掛けの裏に隠れるような位置に扉が出来たというだけだ。


 居住者は塔の管理を兼ねてもらう、神に祈りを捧げる役どころの神師(しんし)。普段は領民らの相談相手などになっている。

 先程、拝み屋と言ったが、ハライはこの神師である。俺達より数年早く親の跡を継いでいた。


 仕事は面倒そうだが、俺は自分だけの家を持つハライが少々うらやましくもあった。

 一人だけ落ち着いた時間を持ててずるい!

 そんなみみっちい理由と、どのみち各領地の中間であるので、俺とトゥロも集まるのにちょうどいい。居座っていることが多いのは申し訳なくもある。

 だがご愁傷様だ。


 さあ出るぞ、神師職で磨いた必殺の口上が……。


「やれやれ、何度も言い聞かせているではありませんか。ここは聖域たる神の褥であって、若人の愛欲の語り場では……へぶう!」


 必殺は、ハライが成される側でした!


 鳩尾を鞘当したのはトゥロである。トゥロは照れたり恥ずかしがったりもじもじしたりの気配は一切なく、無言で相手を制圧する。

 こうしてハライは余計な口をきくので、とばっちりを受けるのだ。一応女の子だからね? 少しは考えろよ。

 よくこれで民の相談に乗れると、たまに不思議に思う。


 ぷるぷると震えるハライを憐れに見下ろす。

 運動嫌いの俺などが助けを出すなど考え及ぶ前に事は片付いている。敵に回したくない相手なのだ。すまんなハライ。


 ハライとはトゥロよりも後に出会ったとはいえ、三人で育ったようなものなのだが、全く学習能力がない。よもや矛先を自分へ向けさせるための計略であるなら、なんと素晴らしい自己犠牲の精神だろうと見直すところだ。さすが迷える小魚を掬う神師様であると。


 だが、残念ながら長い付き合いなので知っている。こいつの言動に深い意味はない。




 出会い頭の儀式を終えると、ハライの部屋の小さな卓を囲んで、勝手に決めた各々の席へ座る。

 差し出された冷めたお茶は、暖かい気候の中でちょうどよく喉を潤してくれた。


「というわけでな、俺も今日からお前らと同格の身分なんだ。ああ色々漲ってくるなあ……ハァ」


 木製のカップを手に、俺は肩を落とし深く溜息をついた。


「そんな打ち上げられた魚のような目で言われても怖いですよ」


 ハライは海辺で見慣れた光景で俺の様子をたとえる。


「どうせ今までと大して変わりはないだろ」


 トゥロは澄まして言うが、そんなわけないだろう。


「なんの責任もなく怠けるのがいいんだよ。領主とか肩書きなんてついてきたら、もう堂々と木陰で自分を陰干しするのも憚られるようになるだろ」

「なにを今さら」

「今さら誰も気にしないと思いますよ」


 二人の揃った声には反応せず俺はブツブツと呪詛を吐き続けた。


「だいたい、おかしいと思ってたんだよ……あれとか……これとか…………」


 俺たちは領主交代劇の真相に薄々勘付いている。

 何故そんなことをするのか、それはまだ分からないが、体力作り以外で親父達がやたら出かけるようになったのも何か企みがあるに違いないのだ。


 俺は現在任されている作業を引き受けた日や、色々ありすぎる心当たりを思い返した。

 多分、あれが事の発端だ。



 ▼



 この大陸は長いこと、全集落が協力して街道作りに励んでいた。

 そして遡ること一年ほど前、満を持して開通し、交流便の活動が始まることとなった。

 交流便とは、この大規模街道網を利用した運輸事業である。


 俺たちの先祖は海を挟んで隣にある大陸出身だ。曾爺さん辺りが、わらわらとやってきた入植者なのだ。それを大陸争乱などと呼んでいるが、幸いなことに先住者はあまりおらず、争うことなくあちこちを開拓して住み着いた。

 各集落を何々領と称すようになったのは、隣大陸で住んでいたところがそう呼ばれていたから、なんとなくということらしい。


 そして各々が腰を落ち着け生活が安定してくると、大陸中が更なる夢や希望に餓えていたのだろうか。全領地が一丸となって、街道整備を進めることに同意し根気良く取り組んだ。まあ不便だしな。


 無論、そんな一大イベントを見逃すはずもない、生前の爺さんと親父も率先して参加したようだ。俺は子供だったこともあり関知していない。元より体力のなさで土木作業などに参加すれば行き倒れていただろうけどな。


 これは親父たちが残した最も大きな功績でもある。親父も自ら遠い隣の領地群らに協議へと奔走し、しばしば留守にしていた。

 おかげ様で俺も心置きなく遊びまわる事ができた偉大な事業であった。


 力自慢の陸海領民たちもこぞって参加した。これで大規模な土木作業に関する技術も蓄積したことは、最大の収穫ではないだろうか。




 各領は一定の距離を以って点在しており、特に協定もなく各々の所領を治めるのみで、人の行き来はほぼなかった。


 まともな街道が出来る前のやりとりは、獣道のようなガタガタの道を根性で行く幌馬車商隊にお任せするしか手立てはなかったのだ。

 ついでのお願いだから時間はかかるし、不定期だし、規模は小さいしと大した事は出来なかった。まあ以前はそう必要もなかったのだけれど。


 それが一気に効率化ですよ。 

 商隊にとっても、道が進みやすくなれば速度も上がるし疲れも減るし品の傷みも少ないしで、ついで仕事が減るくらいどうでもよい程の恩恵を受ける。整備のために喜んで手を貸したらしい。


 なにしろ街道整備の本懐は、恒常的な運輸機構の構築であった。


 使者の派遣、物品販売他、郵便、伝令などなど――各地が必要と思うことを取り決め、定量のやり取りを目的としていた。


 常に様々な情報物資を伝達し続けるためには、大量の荷車が必須である。

 莫大な維持費を分担するための規則も設けられた。


 発着場は、権益争いなど起こらぬよう各地に一箇所とする。あくまでも目的は各国間のやりとりである。荷車毎に警備する者も用意。それに必要な経費も各々が賄う。街道の利用優先権は認可された荷車にある――こうした荷車、馬車の運用についての決まりだとかだ。


 実はこの件で、各地に問題が発生した。


 複数領地群は、代表もしくは窓口の領主に託す。複数領地で構成された集落は、合計で一つとみなす――という決まりになったために。


 そりゃ街道に一番近いところが出入り口になるんだから、その方が手間はない。

 街道へ各集落から横道を伸ばすのは勝手にやればいいんだが、公式のやりとりは一つだけだ。

 情報が届けばいいんだし、どこも、そこまで余裕はないからな。

 この決まりは人口などの格差を考慮し、最低限で回すための縛りだった。


 しかし、命令系統の迅速化を図るためにも取りまとめた方がよいだろうとなり、領地統合の流れが急加速していったようなのだ。


 特に、うちとは真反対の北西端に位置するトルコロルが、大陸一の大国となったのが始まりか。この海向こうの大陸との中継国であり活気のある国が率先したため、大陸中にその流れが瞬く間に広がっていったということだ。


 領地群は大抵、争乱時代の仲間同士の集まりで、各移民団を率いた者を領主に据えていた。それで特に混乱なくまとまっていたのに、ちょっとしたゴタゴタに発展してしまったらしい。ちょっとした、で済んだのかね。


 なにぶん、全て伝聞なので実際のところは分からない。

 他所の事はな。


 問題は、俺たちも無縁ではなかったことだ。




 陸領ルーグランと海領ハトウの取り決めでは、陸側の商売の窓口はルーグランが受け持っていた。

 二領地しかない上に海路と陸路とそれぞれ分担していたので、統合などまるで頭になかったというのもある。

 要は、陸側としては一領地だったので、陸続きの他領とのやりとり時に混乱はなかったのがいけなかったんだ。


 それと、俺たちは争乱時代の仲間だったのではない。

 入植者がこの高台にたどり着いた時、海の側には南の諸島群から別の移民が船で流れ着いており、たまたま立地的に接することになったのだ。


 他と成り立ちが違いすぎた上、隅っこだったため、情報に疎かったのが一番大きいかもしれない。

 あまりにも知られてなかったという意味で。


 交流便のお蔭で外から情報が入ってくる速度が、商隊や商船任せの以前と比べて格段に早くなった。こちとら何でも物珍しく、ちょっとしたことでも一々大仰に反応する情報弱者の集いである。

 各領と互いに使者を送りあって、ほんの何度かやりとりしただけで、結構な情勢を知ることができた。というよりも、急速にもたらされ過ぎた。


 そして各地の使者と話してみると、気が付けば「何々国」と付いてない所は俺達だけだった。


 なんと世界は今や春の国興しまつり!


 だから、ある日やってきた使者は窓口である陸側を、領地群の頂点と位置づけ応対し、海側へもそう振舞った。海領ハトウはルーグランの一部という話になっているようだったのだ。


 使者らは悪意があったわけではない。もう、世の中がそんな状況だったから、逆に気を遣ってくれた気さえする。


 俺たちは陸海共同で交流便を管理している。各々用意する余力など無い。だから窓口は窓口なのだと説明はしたのだが、狭いからね……。


 自治の形なんてそれぞれ違っていいじゃん、で良い話かもしれない。

 だが海領側は、「俺たち無かったことにされてるうぅ……!」と愕然とした。


 この交流便によって、今以上に海向こう大陸との繋がりが重要になる。海領の商人たちは、これを大きな商機と考えていたのだ。

 うちの売り物なんて、日干しや南国ならではらしい日用品くらいだったのが、他領から仕入れたものを売れると皮算用していた。


 だから、それを陸領側が横から掠めとるとか独占するつもりだと捉えたんだと思う。

 俺が良いと思うものは他の奴もそうに違いない! と思う単純な気質だからな。


 親父もなんとか説得はしたらしいが、航路長らはどうにも受け入れ難かったらしく疑心暗鬼は拭えなかったらしい。

 たまに、陸側商人とのいさかいが起こるようになっていた。

 元々が喧嘩っ早いやつらばかりなので、今のところは終われば酒飲んで済んでるみたいだが、それは習慣的なものだ。


 原因が無しになったわけではないのだから、漠然とした不安は払拭できないのだろう。




 時が永遠に止まったようなこの地の者らにとって、文化文明の垣根はあまりに高く、そして、未知なるものへの得体の知れない不安が優先した。

 その不安が悪い噂を呼び、領内には暗雲が立ち込めている。


 誰もかれもが話題にしているわけではないし、具体的に何がどう不満を言ってるだとかは耳にしていない。今のところは。

 ただ、何かにつけてそういった不安が別のところで表に出るようだ。あちこちで、ちょっとした喧嘩が増えていると、トゥロが持ち寄る日々の話を聞いて感じた。


 で、その噂の元というのが――なんと俺が任されている作業に因るものらしい!


 もちろん砦にこもっていた俺から、何をしているか話が洩れることはない。というより、誰にも細かい話は通じないから話題にしない。


 だから、まあ、なにか親父が不用意なことを言ったんだろうと思ってる。母は父の仕事に口を出さないからな。そもそも珍しく親父から直接資料を渡されたから、それしか考えられないのだ。


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