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後日談 王妃の逸話、王の想望

 晴れて王国~じゃよ!

 あんま嬉しくない……はあ。

 やること一杯。俺いっぱいいっぱい。


 さて婚儀後である。

 だが、未だ俺は旅立っていない。新婚旅行ならぬ突撃隣の国訪問は、出発を数日延ばすことに決めていた。


 さすがに、一晩きちんと睡眠をとってから出かけないとやばい気がしたのだ。それだけでなく、黒船のお客さんをこっちの用件だけ済ませてポイてのも、申し訳ない気もして。

 ……早い話が、ちょろっとポキッとね、疲労で心が折れたもんでね。

 そこで潔く、ちょっとした懇親会を行うことにしたのである。




 そのお題目というのがですね、珍しくトゥロからの希望だったんですよ。最近珍しい事続きのトゥロ。遠慮がなくなってきたのか。いやこれも俺が信頼されてきたのだ、ということにしておこう。

 で、トゥロが望むことといえば、戦闘系っすよね。


「せっかく、ここまでお越しいただいたのですから、余興でもと思いまして。一つ手合わせでもどうですか」


 俺は気が重いながらも、黒船大臣へ話を持ちかけていた。

 戦力なんて調べられても損しかないと思うが、トゥロの望みだから断りづらい。戦力という戦力なんてないけど。


 これも歓迎の催しと考えれば悪くない、と思いたい。食事関係でのもてなしなんて、様々な物が流通する大国の皆様に満足してもらえるとは思えなかったし。


 といっても、戦闘系だって同じだ。

 相手は自国の紋章に武器を掲げてるような国ですよ? 護衛の兵からして装備は行き渡っているし、行動もよく統率がとれている。ただの暴れ好きとは違うんですって。


 本当に渋々とお願いする俺に大臣はやや困惑気だったが、トゥロの期待に輝く瞳に納得したようである。

 だが不適な微笑を一瞬浮かべて、すぐ引き締めたのを見た。

 そりゃ武力をひけらかす、またとない機会ですからね。

 やややっぱさ、本職さんにマズイって!


 当然ながら、一度口にした以上は引っ込めることなどできない。撤回しようものなら、俺の舌が引っこ抜かれる恐れもあるし。


「えー彼女は、この国の精鋭の一人で、腕は確かだ」


 俺の紹介に、トゥロは眉をしかめた。

 なんせ、国内随一の腕前であると自負しているだろうから、精鋭の一人だなんて心外だろう。


 俺だってそう思っている。だが、国と国は見栄の張り合い。

 もしもだが、トゥロの腕が、彼らの精鋭部隊では平均値だったらどうするよ。それどころか一介の兵並だったら。


 散々自信持ってこの程度プフーなんて、舐められてしまうだろ。

 分が悪くても「初めからただの小手調べですよははは」というふりをしておけば向こうも納得してくれるはずさ。


 親父共も張り合いたそうだったが、遠慮していただく。強いかもしれないが、ただの力押し野郎などどこにでもいる。トゥロの親父さんには悪いが、渦潮流の剣筋はトゥロが完全な形で継承しているだろう。

 強い弱いはともかくとして、この地独特の流儀がある程度には文化も育ってるよ、というのを見せるのだ。トゥロ以外にその役は務まるまい。


 しかも女の身である上に妃身分ときたら、手加減もしてくれるだろうしな!

 小心者と呼ぶがいい。世の中慎重すぎるくらいでも足りないのだ。


 俺の紹介に、もう一人眉をしかめた人物がいた。大臣である。

 困惑が深まったようだった。

 あっもしかして、あれか。「はは~ん。さては嫁に、夫の格好良いところ見たいと、駄々を捏ねられたな」とか、渋々の俺を勘違いしたのか。

 残念、戦闘狂は嫁の方でした!


「では、こちらも『精鋭の一人』を出しましょう」


 ひえっ……藪蛇だったか?

 トゥロの満足そうな笑顔と俺の沈む顔が並び、さぞ滑稽なことだろう。

 だが大臣は、何もつっこまず、近衛の中から一人を手招きして呼び寄せた。

 ……そいつ、いつも何かしら指示して、他を率いている奴だったよな?


「隊長が戦うぞー!」


 そんな声が合図とばかりに、話の行方を追っていた一般兵らしき男たちが船内に走っていった。

 ああやっぱり隊長とか、そういう人なのか。


 瞬く間に話を聞きつけた者らが集まる。船内に居たらしい他の兵も出てきて辺りを囲み、甲板にも人夫やらがわいわいと陣取った。

 うわあ、みんなこういうことには、どこも反応は同じだね。

 もちろん、こちらの野次馬たちも準備万端である。


「場所はあれです」


 俺は、海上に浮かぶ筏の足場を指差す。

 指名された隊長も初見なのだろう。興味深そうだ。


 黒船一味は、海上の会場が珍しいらしく興味津々だが、それよりも隊長が出てきたことが注目の的のようである。

 それって、強すぎて滅多に見れないとかそういうのです……?


 まずい、胃がキリキリしてきた。

 護衛の中でも、さすがの大臣の取巻き精鋭達は、警戒任務を怠ってはいないようだ。ただ、目の端がキラリと、輝いているのは誤魔化せていなかった。




 足場の両端に、向かい合って立つ、二人の剣士。

 彼らの闘志故か、辺りは緊張感に包まれ、人々のざわめきも小波のように小さくなった。


 木剣を手に、各々構えを取るトゥロと隊長。

 じっと、相手を見据えた一瞬の後、二人は同時に踏み出した。

 どちらも物凄い踏み込みだったと思う。一瞬、筏が沈み込んで見えたほどだ。


 しかしぶつかり合うことはない。

 後一歩と詰め寄り隊長が剣を握る手に僅かばかり力を込めたところで、トゥロはその間隙を縫って反動もなく静かに回避行動。隊長の背後へするりと回り込む。

 見慣れてない者は、いや見慣れている奴でも、真正面から相対すれば姿を見失う。


 ほぼ同時、トゥロは完全に回りきる前に、その回転力によって、剣を隊長の胴へと突き立てようとしていた。

 幾度となく見てきた俺だから剣の筋が、行き先が見えた。


 決まったと思った。


 だが、さすが隊長。半身を捻りきれないとみるや、咄嗟に剣を手元で反転し、後ろ手でトゥロの剣に合わせていた。

 木剣にしては重い音が響く。

 おおっ、と俺も他の兵からも感嘆の声が上がった。


 恐ろしいほどの反射神経か、訓練の賜物か。

 隊長は無理な体勢とは思えない安定感で受けはしたものの、トゥロの剣によって切っ先は弾かれていた。


 そのまま二者は、動かない。

 皆息を呑み、一同が静まり返る。


「御見逸れしました」


 隊長はトゥロに向き直ると、負けを認め姿勢を正し一礼する。

 トゥロは自嘲気味の微笑で、礼を返した。


 おおおーと歓声が上がる。

 一見、隊長が負けそうになっていたように見える。だがトゥロの表情はそうではないと物語っていた。

 俺も見ていた。多分精鋭の兵たちも気付いているだろう。


 隊長は剣を取り落としてはいない。トゥロの攻撃によって弾かれはした。だが同時にトゥロの剣先も、胴から僅かに逸れていた。

 彼が本気であれば、そこから剣を持った腕を掴み引き寄せられ、そのまま胴を貫かれるのはトゥロの方という結果もありえた。


 手合わせに、もしなんて言うのは無粋かもしれないが……もし、彼が本気なら、そもそもトゥロが回り込めたかどうか。


 その結果が意外でもなかったらしく、トゥロは戻るとさっぱりした顔付きだった。

 だが、汗ばんでいる。

 短い時間だったが、トゥロの中で、どれだけの戦いがあったか窺い知れた。


「隊長殿、手合わせに感謝する」


 トゥロの声は爽やかだ。

 その言葉に隊長も続ける。


「閣下、僅かに揺れる丸太の上では感覚が狂わされました。面目もございません」


 そしてトゥロにも最大のお辞儀をし、感謝の意を述べていた。


「隊長殿の手加減は見て取れた。リィス、今後の指針も出来た。満足だよ」


 そのまとう雰囲気といい、動きのキレといい只者でないのは俺も分かっていた。

 トゥロもただ腕試ししたいのではなかったらしい。どうやら勝てないのは承知だったみたいだ。それでも、他国の術に触れたかったのだろう。

 意外とトゥロも強かになってきたんじゃないか? ちょっと感心していた。


「ううむ、参ったな。実のところ、彼は我が国でも精鋭中の精鋭だったのだがな。いやはや大したものだ」


 大臣は呆れたような困ったような、やや渋い笑みを浮かべていた。

 その言葉が本当なら、俺と似たような事を考えていたのかもしれない。花を持たせてくれたのは分かっているが、お世辞でも嬉しいものだな。


 どうやら、隊長の方も目論見は同じだった様だ。ちょっと考え込んでいる風の表情の後は、方針が決まったのかスッキリしたような笑みを浮かべていた。

 そして大臣へと即座にその意を伝える。


「こちらも商船の護衛をする以上、海賊の問題にも手を焼いていた。水上での訓練は見習うべきものがあるでしょう」


 おうさすが護衛隊長様。皆の為ときた。

 大臣も頷きつつ俺を見る。


「彼女も得るものがあったようです。互いに交換できる事があったのならば幸いでした」


 俺の言葉に、大臣は恭しくお辞儀を返してくれた。


「お心遣い痛み入ります」


 俺としては、どちらも打ち身一つなく済んで万々歳だ。俺の胃の方がよっぽど傷を負ったと思う。

 もうこんなもてなしはしないぞ。


「陛下、剣の方は」


 大臣が慣れない敬称で呼びかけてくるのは背中がむず痒い。


「残念ながら俺はからっきしですよ」


 そこで自信満々なトゥロの一声。


「うむ。彼は頭の方を磨いているのだ」

「トゥロ!」


 俺は溜息と共に、額を押さえ項垂れる。

 大臣の背後からは、兵たちの笑いを抑える空気音が漏れた。

 さすがに大臣は顔に出さないが、目に愉快そうな光が浮かんだのを見逃さなかった。


 その後は、緊張のほぐれた関係になったようで、双方肩を並べて麦酒をあおり、笑いあっていた。


 彼らは初の国賓といってよいだろう。和やかな雰囲気で送り出すことができたのは、なんとも幸先の良い出来事であった。

 事実、かの国とはその後も、安定した取引を続けて行くことになる。




 確実にトゥロの人生の見せ場だったろうと思う。やっぱ脳筋には、拳と拳で語り合え論なのか。

 何が貢献するか分からないもんだね。

 これも王妃の逸話として、歴史書もどきに記されるのであった。



 ▽▽▽



 目の前の景色がガタガタと揺れては流れていくのを、ぼけっと見ている。数日遅れの出発となった、新婚旅行中である。


 旅立つ直前まで、後を任せる皆にあれこれ指示して回っていて、こんなに移動中の馬車での睡眠を快適だと思ったことはない。寝起きの地獄加減も、相当なものだったがな。


 旅程だが、まずはかなり距離が空いてるとはいえ、東と中ほどの隣国である二カ国を訪ねる。

 最後に、大陸一の大国である北西端のトルコロル共王国へ向かう。そこから、交流のある全有力国へと報せを出してもらう予定なのだ。


 さすがに全世界を巡るほどの時間も金も余裕も無い。すでに過労死待ったなしな状況でもあるし。

 俺は街の宿屋に着く度に、一日は全く動けずにいた。


「だから鍛えろとあれほど言ってるのに」


 トゥロの小言から耳を塞ぐ。

 立場変われど俺達のやり取りは相変わらずである。

 でも、短期間に色々あった。動かざるを得なかったため、嫌でも体力が付いていた。


 確かに以前より体が軽く感じ、動くのもそう面倒でもないかなと思い始めている。

 良くない傾向である。


「私がお前の変わりに辺りを警戒しておく。だから、安心して業務をこなせ」


 そう微笑むトゥロの目には、優しさが増した気もする。

 いや騙されるな。俺はそもそも常に辺りを警戒されるような生き方などしていない。


「お前、書類仕事全部押し付ける気だな」


 トゥロは微笑を固めたまま、風のような身軽さで警戒任務とやらに出て行った。

 畜生、卑怯者が!

 なぜ良くない傾向かお分かりいただけただろうか。

 なんでも俺に任せてるんじゃねぇぞ!




 道中、馬車の中でも気を揉んで、あれやこれやと思いついたことは書き溜めてある。

 国としての法整備なんぞ、地味に地道に進めては確認して修正してと肩が凝る。

 王制だけれど、全ての整備は国民のためなのだ。


 以前から、これから交易が増えるなら、個人レベルの判断でなく即座に反応できる体系作りを何かしたいとは思っていた。

 だが、以前のまま改革を進めようとしていたら、皆の気持ちはまとまらず、長いことゴタゴタしていただろうな。

 その点で、今回の騒動は渡りに船だったと言えるけれど……。


 旅立つ直前に、親父たちから伝えられた企みの真相を思い返した。特に知りたくもなかったが。

 それは、力任せな親父たちと、お気楽な母たちらしい考えだったんだ。


 俺とトゥロが心置きなく夫婦となれるようにとの、計らいだったらしい。どこにそんな要素があったよ。

 確かにその内婚姻をと言っても、どちらも当主だったのだから何かしら揉めていたのは分かる。主に領民同士でな。


 だから親父たちは商人らの訴えを逆手にとって無理矢理俺たちと敵対した。

 その問題を俺とトゥロに片づけさせて実績作りを試みていたわけだ。

 特に俺に対することだな。

 それは、これまでの俺の態度のせいではある。


 けど、頭を使うことならトゥロではなく、俺でなければ駄目だというのを領民に印象付けようという思惑だったそうな。

 俺の実績で、陸領が率いるのも仕方がないと海領に納得させるつもりだったんだ。


 それを居合わせた腹黒トショーヤ共に知られて、利用されてしまったのだ。いや本当にそうか? 物凄くノリノリだった気もするけれど。そもそも親父が呼び寄せたんじゃねえか。


 そういえばトショーヤ共に要請していた件は交易の秘訣みたいなことで、真面目に講習を受けていたそうだ。トショーヤ共も、それなりのことを教えていたようだが、後で配下に置こうとしてたのかもな。


 まあいいか。

 結果的に丸く収まったのだから、必然だったのかもね。そういうことにしておこう。




 新婚旅行という名のどさ回りから、三ヶ月ほどして戻る。

 仕事とはいえ色んな国を見て回れたことは、疲れもしたが純粋に楽しかった。


 だけど、やっぱり見慣れた景色が一番いい。

 そこで、心許せる相手とならばなおさら。


 俺は後始末を下僕文官たちに任せると、ようやく僅かばかりの自由時間をもぎ取った。

 何年ぶりだろうと思えるほど、久々に感じるトゥロと二人きりの時間だった。


 小さい頃から好きだった場所であり、ここ数年は俺とトゥロくらいしか来ない、神塔近くの崖の縁。

 見慣れたようで、日々表情を変える空。

 今にも地平線に溶けだしそうな金色に輝く陽を眺めている。

 いつものように並んで座っているが、今トゥロは俺の右肩に頭を預けていた。


「俺、今まで何がしたいのか分からなかった。というか何をすべきかなんてのも考えたことなかった」


 いつもならば黙ったまま日が沈むのを見て帰るのだが、疲れによる緊張のせいだったのかもしれない。どうにも今日は、心の奥にある何かを吐き出したくて仕方がなかった。


「動きたくないってのが、何故なのかも深く考えたことなかったし」


 余計な思考に惑わされないよう、なるべく素直に言葉を紡いでみる。


「ただ俺は、のんびりしたこの地が好きなんだと気付いた。よく寝そべっていたのも、この場所そのものになって、ずっと見守っていきたかったみたいだ」


 いつも大地に背を預けて、空を眺めていた日々を思う。

 怠けて無駄に見えただろう。自分でもそう思っていた。

 だけど俺は、それに意味があったのだと気付いた。


「よく分からず王制なんての取り入れることになって、散々動き回る羽目になったけどさ。今は良かったと思う。自治できる程度、そこそこ発展して、みんなが暢気なままでいてくれたらいい」

「そこそこでいい、か。リィスらしい」


 トゥロの、肯定を含んだ柔らかな声に力付けられる。


「きっとさ、子孫も変わらず、自分のことよりもこの場所を守って行きたいと思ってくれる。そんな確信があるんだ」

「何をするのも面倒なくせに、妙な自信だけは人一倍だな」


 その言葉とは裏腹に、嬉しそうである。


「ハッハッハッこんな良い女が側にいてくれて、俺が完全駄目男なわけないではないか」

「リィスは誰よりもこの地が大好きで、その為ならば何でもする男だって、知ってたよ」


 俺の照れ隠しは不発だったようだ。一瞬で素直時間終了。

 トゥロやハライみたいに素直になりきるのは、俺には難易度が高い。


「リィスが言うように、子々孫々まで、この景色を変わらず眺めていられたらいいね」


 トゥロが呟く。

 その意見には俺も完全同意だが、何よりもトゥロの為に叶えてやりたいと思った。


「先のことは分からないけど、出来るだけこの国が長く続くよう考えてみるよ」

「リィスなら出来るだろう。私とハライも同じ気持ちだと忘れるなよ」


 おお珍しく期待されてる。


「怠け者だが、やると言ったら頑固だからね」


 惜しい。その一言がなければ。


 後は俺たちは黙って、蓄積した疲労が洗い流されていくような、空の壮大な変化を見守っていた。


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