第十四話 一揆再び、そして黒船襲来
代表会議の後一週間は、慌しい日々だった。
会議や、その後の各所と詰めた内容を、げっそり商人隊改め俺の下僕文官隊に大急ぎでまとめさせる。それを確認しながら、各所へ配る為の指示書へと体裁を整えて行く。
力有り余る親父達は、早速土木作業で活躍していた。監督しながら、皆に混ざって丸太を運んだりしている。領民たちにもきちんと、これは罰の一環である旨、触れを出してある。これ以上俺の邪魔をしないよう、遠慮なく扱き使ってほしいものだ。
このしばらくの作業は、下準備の下準備だった。携わる皆に最終的な形を見せ、迷わず作業を進めてもらうためである。
まずは岸壁で隔てられていた領地を行き来しやすくするため、海側と繋ぐ主要な道を、二本ほど広げてもらっていた。
交流便の街道と繋げ交差する為、視界を遮らないようにその辺りから切り開いてもらった。伝達にしろ、資材の移動にしろ、道が必要である。
その道からさらに、境界の崖近くへと枝分かれさせ、後の集積所予定地を資材置き場にした。同様にその崖下へも、目印として資材配置。
こうやって皆が分かるように道筋をつけた。これらは国の要となる部分なのだ。
やるべきことが、目に見えたことで、皆が成すべきことを理解したようである。
こうして、その後の計画も一つ一つ、大枠から見せて準備していかなければならないだろうと思っていた。
が、俺が思っている以上に、領民の順応性は高かった。
計画の方向を見せると、実作業に関わる事ならば、彼らは即座にその次に伝えようとしたことを予測して見せたのだ。
「領主様よう。そんならこうした方が、もっと便利が良えぞ」
そう提案をしながら、修正案も出してくれる。
正直、職人さん舐めてましたすんません!
やはり頭でっかちの俺では限界がある。実体験に勝る知恵はない。そんな思いを新たにした。
というわけで早々に、色々改造計画は現場に丸投げできた。
住民が自主的に、港街の整備にも取り掛かっていた。元々の彼らの望みでもあることだし、交易に重点を置くなら、まずは港の方から整備すると説明していたこともある。
交流便との繋ぎを良くしておくことは、急ぐに越したことはない。そろそろ次回の使者も訪れる頃なのだ。
といっても整備というか、まずは大掃除みたいなものだけれどね。
それにしても、想像以上の進度だった。
俺はさして深く考えず、皆がやる気になったことに純粋に喜んでいた。
俺は俺で山積みのやるべき事があるのだ。これ幸いと、没頭することにした。
だが皆の頑張りには、一つの思惑があった。
ここのところ各地からの突き上げが厳しい。
国と成す理由に婚姻があるのに、作業ばっかりで肝心のそちらの話が聞こえてこないと、不興を買っていたようである……。
「いくら俺たちが単純だからって、嘘で巻けると思うなよー!」
「そうだそうだー!」
「領主は言ったことを守りー……えーと、ケジメをつけろー!」
「酒の肴をよこせー!」
俺は頭を抱える。
また、一揆である。
「ロウタ、てめえ……」
よりによって、こんな時期に!
俺は、嬉しそうに訴状を読み上げるロウタを、忌々しく睨むしかできなかった。
かくして代表とその場で話し合い、婚礼の期日を定めることとなってしまった。
まだまだやる事は山積みだし、落ち着いてからと恥ずかしげもなくごねまくっていた。いや本当なんだって、死にそうなんだってと、必死に訴えてみたのだが。
「そんなの何時だよ」
「諦めろ往生際が悪い」
「へたれ」
などと突っ込まれ、ぐぬぅと黙るしかなかった。
だが期日についての無茶な要求は断固拒否の構えだ。
「今すぐでもいいよ」
「朝一で結婚しちゃえよ」
幾らなんでも適当すぎるだろ!
「だから、まだ時間が取れないんだって! お披露目するにも街も片付いてないし、みんなも手が離せないだろ。な?」
その俺の言葉が、自分の首を絞めた。
「よっしゃ! んじゃ三日で広場用意すっから」
おういいいい、ふざけんな!
心の叫びを抑えて懇願した。
「頼む。せせせめて一週間は時間を。頼むううう!」
「お、おう」
懇願とは言いがたい目付きで睨んでいたらしく、詰め寄った野郎共も怯んで頷いた。
フン、交渉事で俺に勝とうなどとは片腹痛いわ。
などと悠長なことを考えたのは一瞬だった。
「今すぐみんなに伝えるぞー!」
「おー!」
しまった。そう思ったが時既に遅し。
ドタドタ走り去って行く野郎共の背を呆然と見やる。
「じゃ領主様、六日後なー!」
は? え? 一週間と言ったぞ俺は。
おまえら今日まで含めてるんじゃねえええ!
まんまと嵌められたのは俺の方だった。
また一つ仕事が増えたと、目の前の書類を力なく手に取る。目が霞む。しかし手を止めれば仕事は増えるだけだ。
余計なこの仕事を片付けてしまおうと、紙を準備する。
各所へ、婚礼の儀の期日についての通達を手配するのだ。自分で自分に。領主なのに。王様になるのに!
情報としては既に伝わっているだろうが、各代表者へ、これは正式なものとして文書で通達しておく必要がある。まだ先でいいとはいえ、他国へ知らせるためのものも用意しなければならない。書き物は増えるばかりで減りはしない、肩が鉛のように重くなるのを感じていた。
なんてな。クククこんな程度の重圧で俺が潰れると思ったのか?
だが甘い、甘いわ! 手紙をちまちま書き続けることなど、お手の物だ。これまでどれだけ訓練を避けるために、こういった仕事をもぎ取ってきたと思ってる!
机上で出来ることならまかせろーガリガリガリッ!
実のところ、皆さん本業に加えての突貫工事に付き合ってくれているのだから、俺が弱音を吐くことなど到底許されるものではないのだ。どうにか逃避と妄想力で乗り切れるだろう。乗り切れるといいなあ……。
トゥロも、足りない警備に手を取られている。
時々、盛り上がって喧嘩を始めるやつらを一息に制圧していく。非常に頼りになる。
今後は、国軍設立のため、両領地の警備を取りまとめ再編成する必要もある。
彼女にはその指揮に当たってもらうので、下準備にも手を取られているだろう。
ハライは、こまめに領地を巡り、皆の話を聞いてくれている。作業報告だけでは分からない相談事などを知らせてもらえるので、とても助かっている。
誰も手は空いていない。
俺は一人、相変わらず自分の部屋で、山と積まれた書類と格闘を続ける。
報せも、俺自らのお届けだ。
承認せねば進められない作業もあり、期日までに最低限お任せ出来るところまで進められるのかと、焦りが募る。婚礼の儀式そのものに関しては、ハライに丸投げで放置。
ハライも「そ、そんな急な!」と、目を白黒させていた。
婚礼の日には、神塔へ各部署から証人を招く必要があった。今回は通常の儀式とは異なり、身内だけで済ませて後はお披露目だけって訳にもいかない。
この日は、建国記念にもなるのだ。
建国といえば、先立って、国名は代表会議の時に決めておいた。
単純に両方の名前を繋げて『ハトウ・ルーグラン』にしようとしたら。
「なんとなく長いね」
というふんわりした意見が多かった。
そして他にもやることが詰まっているというのに、皆がわいわいと口を出そうとするので強権発動である。
「ハトゥルグランね!」
えーとか、まあうんとか、曖昧なぼやきが立ち上るのを遮った。
ちょっと短くなっただろ! 満足してくれよ!
国の目印は、二体の神獣模様を一部変更して採用することにした。
騒動中は戦う意志をもって碇を背にしていたが、平定したことと今後は皆を守護するものの象徴として、盾を背にしたものへと改めた。
意味は二体の神獣が共に守る。至極単純である。ほっといても小難しくなるのが世の常。物事は何でも分かり易くを心がけた方が良いのだ。
そんなこんなで忙殺されていると、あっという間に約束の期限目前だった。
▽▽▽
「て、てえへんだ! 親方あ!」
誰が親方だよ。
お茶を啜っていた俺は危うく噴出しそうになり、転がり込んできた漁師に突っ込みを入れる。
たが知らせを聞くや否や、反射的に飛び出していた。
すっかり無かった事にしそうになっていた、トショーヤ一味に関して動きがあったのだ。
いや、縛ったままの肉塊が蠢いてとかそんな意味ではない。そもそも、ずっと体中を縛ってたら鬱血して大変なことになってしまう。三日程は埠頭で晒し祭りをしたけど、その後は反省部屋へしまっておいた。
それはいやいや、ではなく、いよいよ婚儀を明日に控えた夕暮れのことである。
トショーヤの船とさして変わりない大きさなのに、やけに重々しく見える船が二隻、赤に染まりつつある沖合いに浮かんでいた。
掲げられた旗には、武器に蔦の絡んだ意匠――トショーヤ一味の祖国だ。
代表会議終了後、即トショーヤ共の本国へと、一味の罪状をまとめたものと、ご挨拶の手紙を送っておいた。できれば引き取って欲しいと、その旨も記しておいた。
確かに報せは最速で届くよう速度重視の船に、向こう大陸の一番近い港へと送らせた。そこから馬を走らせたほうが早いからだ。この時期、海風は十分吹いているが時化もない。
だがそれにしたって早い、早すぎる!
掲げられた旗による敵意はないという意志を受け、俺は誘導の為の小船を出させた。
静かに接岸する船体を、内心びびりながらも目は釘付けになる。
近付くにつれ、重々しく見えた理由が分かった。夕日の逆光で暗く見えるのだと思っていた。その地肌から木造なのは分かるのだが、何かを全面に塗布しているのか実際黒かった。
係留している船の元まで近付く。
「リィス、無警戒に近付くな」
いつの間にかトゥロが並んでいた。警備担当なので警戒は当然かもしれないが、あまり威圧しないでくれよ。
緊張しつつ見ていると立派な舷梯が降ろされ、これまた黒っぽい服を着た人間が、ぞろぞろと整然と降りてきた。そして、階段のような梯子の下で道を空けて整列する。
……え、ほんものの軍隊?
どういう仕組みだろう、あのはしごかっけーな!
早くも現実逃避しかかっていた。だが、浸りきる時間はない。トゥロに腕をつねられたお陰でもある。
全身を覆うような、暗い色合いの外套を羽織り、足早に降りてくる壮年の男が、待ち受ける俺の前へ辿りついていた。
見るからに格上で権力がありそうである。
男の周りを、微かに艶のある濃紺の衣服と革鎧で揃えた物々しい雰囲気の護衛達が囲んでついてくる。その一挙手一投足に油断は伺えない。その恐ろしい雰囲気たるやトゥロを十人並べたみたいで、めちゃくちゃ怖い。見るだけで漏らしそうだった。
「知らせを受けて参じた私は……」
男が名を告げていたが、ある単語だけが耳に残り、他はすり抜けていった。
「だっだいじん?」
あからさまに動揺してしまった。くそっ、舐められてはいけないと、堂々とした態度で渡りを付けたかったのに台無しだ。そりゃもう出来れば引き取って欲しいとは言ったよ、だけど引渡し責任者になんでそんな大仰な地位の人がこんなところへ?
「この度は、とんだ迷惑をお掛けしたようだ」
大臣とやらの続く言葉に我にかえり、遅ればせながら名乗る。
「この国、ハトゥルグランの王となる、今のところはダリィス・ルーグランです」
一応正式には明日からということにしてあるので、はっきりしない自己紹介だ。名字は明日から変わっちゃうのである。
「陛下御自らのお出迎え……」
大臣のご丁寧な挨拶は続いたが、やはり俺に全ての言葉は届かなかった。
「へっ、へいか?」
裏声になってしまった。もう取り繕わなくていいよな!
「いや、ゴホン。失礼しました。呼ばれ慣れてないもので」
慣れないどころか、誰からもそう呼ばれたことはない。想像すらしなかった。
隣のトゥロも紹介しておく。恭しく挨拶をされることに、トゥロも珍しく戸惑っているようだった。
面倒になり、早速トショーヤ一味をお引取り願うことにした。
改めてトショーヤ親子のみ、裸晒し縛りに戻してから連れ出すよう指示を出し走らせる。
待つ間、トショーヤの船を指し、これについても引き取れるかと相談する。積荷も行き先は分からないし、何しろ船員も残ったままなのだ。
彼らはやはりただの雇われ者だったようで、食事を保証すると力仕事を手伝ってくれたので助かってはいた。だけど向こうの国の者だから帰りたいだろう。
すぐに大臣は、配下の兵に指示を出した。
その時ちょうど、反省部屋からトショーヤ一味が連れ出されてくるのが見えた。
大きな板に乗せた、縛った肉塊のトショーヤ親子を先頭に、縄で連ねた一味共が歩いて続く。
大臣以下兵士たちは一瞬何かの感情が過ぎったようではあるが、どんな感想を持ったのかおくびにも出さない。お見事である。
俺にとっては対策が見えないので、反応のなさに困ってしまった。
予め割り当てられていたのか、兵の一人が罪人を引き受けるため指示を出す。
大臣は、俺が送った罪状をしたためた手紙と、別の書状を取り出す。
それは確かに罪人を引き受けましたよという確認だった。さっと内容に目を通し署名した。
内容は別に俺を謀ろうなんてものではない。どちらかというと謀られるのを心配するような内容だった。
要約すると、「後から、やっぱこらしめたいから返せとか言うなよ」というもの。
今のところ、この地に罪を裁く機関などない。
犯罪者など居なかったし、部外者で悪さをする者もなかったので本当に面倒だから送り返したかっただけだ。
別段そんなことを伝える必要はないので、黙って書状を渡す。
大臣は多少、信じ難いという面持ちで、あっさり署名した俺を見ていた。
そこで、ようやく薄っすら意図が見えてほっとした。
黒船に次々飲み込まれていくトショーヤ一味を眺める。
「もう悪いことするなよー」
特に期待もせず、そう声をかけてさようならだ。
さて、急な来客、しかも要人をもてなせるような土地柄ではない。
幸い明日は婚儀のために、広場は綺麗に飾り付けられている。唯一の宿屋兼食事処も、二階のバルコニーを明日のお披露目に使うため整えられていた。
思案した後、宿へ招待してみた。船内の方が安心であれば断るだろう。
そして案の定、宿泊はやんわり拒否されたのだが、話はあるようで食事を共にすることになった。
それはそうか。俺はトショーヤが片付いたら用済みとばかりに、切り上げようとしていたのである。こんなんで外交できるのだろうか。先が思いやられる。
慌てふためく宿屋の親父を宥めて食事を用意させると、大臣は話を切り出した。
今さら焦ったところでどうにもならないさ開き直ったぜ。
内心強がりつつ何を言い出すのかと、そわそわと耳を傾ける。
「なるほど。そのように捉えられたわけですか」
大臣の話に、俺は目を丸くするのを渾身の気合で抑えた。
彼の話はこうである。
書状とその内容を見た王以下重鎮たちは、委任証を持った者が他国の代表の命を狙った事実に戦慄したらしい。
証拠が在っては到底知らぬ振りは出来る筈もない。
俺は鉄板の委任証を、判子の要領でペタンと墨で押印し添えておいたのだ。
やってて良かった!
しかし、そこそこ大きな国だと聞いているが、聞いたこともないこんな小国に何を恐れることでもあるのかと不思議ではある。というかまだ正式に発表したわけではない。なんとなく手紙のついでに「これから王国名乗るからよろしく!」と伝えたのが憶測を呼んだらしい。
彼らはトショーヤとの取引を調べた。すると、購入したものは親父共のせいで大砲とか物騒なものばかりだった。その上で独立宣言だ。買ったのは少量だが、他国からも輸入してないとは限らない。
なぜか、新進気鋭の追い風に乗ってる国だと受け取ったらしい。
こちらで罰さず身柄を引き渡すのも、何か取引の手立てに違いないと判断を下したようである。
それで、こんな大層な肩書きの男が派遣されたわけだ。
俺は彼の話に口を挟めなかった。藪蛇になっては困る。
「お詫びには足りないだろうが、中央大陸で商業組合が管理する販路の利用を保証する。どうか怒りを治めていただきたい」
そしてこの交渉である。本気で詫びてる風ではないし、争いは避けたいとはいえ小国などに恐れているわけではないことを男の雰囲気は滲ませている。なお、国が命じてトショーヤを差し向けたわけでは決してない、ということも釘を刺しに来たようだ。
俺だってもちろん争うなんてとんでもないし、さも今後も取引が出来ればそれで良いと同意した。それこそ誤解をされては堪らない。脅して有利に事を運ぼうなんて野望などは微塵もないと念を押したかった。
まあ低姿勢過ぎるのも、与しやすいと思われると困るから堪えた。
それにしてもえらい棚ぼただ。向こう大陸は、こちらの倍以上はある広大な大陸という話だ。そこでの販路に、参加する権利をもらえただけでとんでもない話である。
今のところ定期的に供給できる名物は、鰯と鯵の干物くらいしかないけどね。
そこは追々考えればいいか。
ひとまずはこの結果を素直に喜ぼう。
最後に、明日から正式に、婚儀と共に国として歩き出すことを伝えた。
では、是非お披露目にと参加してくれるという。外からの招待は、時間的に無理だと思っていたので、ありがたくその言葉に甘える。他国の証人があるのは、対外的に重要なことだ。
大臣は、ややしまったなという笑みを浮かべていた。意図せずして利用されてしまったことに気付いたようだ。
明日は馬鹿騒ぎに巻き込まれると大変なことになると思い、このバルコニーで自由に寛いで下さいと伝えておいた。