第十二話 対決
当初の趣旨とは大きく外れてしまったが、とうとう会議開催だ。
一つ気がかりだったのは、ハライをどうするかということだった。
元々は、塔での予定だったから、嫌でもハライは参加することになっていた。
しかし今は事情が違う。
暗殺未遂と、トショーヤの船に突然変更された開催場所。
罠だろうなあ、という場所に連れて行ってよいものか。
何も言わなければ、これ幸いとしれっと見送ってくれるかもと思っていたのだが。
俺はちらとハライを見る。
既に、万全の出かける態勢だった。
これは俺の今までの対応のせいだな。恐らく嫌がっても無理やり連れて行かれると踏んでいたのだろう。
今後の計画遂行にも、みっちり役割を用意して巻き込んでいるのだ。初日の重要な会議に参加しないなどありえない。
「また何か企んでいるような目をしてますね」
ハライが俺の視線に気付き、警戒を顕にする。気付いたもなにも、思いっきりジロジロ見ていたので、視線に耐えられずこぼしたのだろう。
「うーん。あ、いや、ハライもやる気になってくれたみたいでうれしいなーとね」
「思いっきり棒読みですよ」
ますます警戒してジト目になっている。
「リィス、何も問題ない」
俺たちの警戒を解いたのはトゥロだった。
いや、問題はありすぎだろう。
「ここで負けたとして、逃げる場所などあるか?」
ないですはい。というか勝負事なのか。一応そうか。
「三人で進めると決めただろう。ならばそれを貫くぞ」
そのトゥロの言葉は、有無を言わさぬ力強さに満ちていた。
トゥロの瞳の奥を窺い見る。そこには確かな自信と決意が垣間見えた。
やっぱり、悩んでいたのは俺だけじゃなかったみたいだな。
彼女なりに何か答えを見出したようである。
「あのう、ただの会議ですよ、ね? 異様な気合に満ち溢れているようなのが恐ろしいのですが」
未だ胡散臭げに、俺とトゥロを交互に見ているハライにも声をかける。
「そうだな。じゃっ出かけるか!」
なにか誤魔化してませんかと怯えるハライを、俺とトゥロは両側からガッチリ挟んで連れ出すのであった。
後で謝るから許せよと、心で呟く。
俺達は意を決して表へ踏み出す。
明け始めた朝の淡い青空を見上げて気合を入れる。
覚悟しろよ、トショーヤの黒饅頭共。
▽▽▽
接岸されているトショーヤ一味の船を見上げた。
船体長さ二十床、幅十五床と、俺たちの持つ船より大きめの帆船。
二度と来たくなかったな。
船員に促され、船内に踏み入れる。
船倉内の情況は、あえて想像もしてなかったとはいえ、遥かに悪かった。
思い切り気合を入れてきた反動で、相当の脱力感に苛まれている。
溜息をついて頭を抱えたいのだが、一応目の前に敵がいるので、やや目を眇めるだけで堪えた。
「これは一体どういう情況だよ」
のこのこトショーヤの船に現れた俺たちは、一味に囲まれて船倉内へと連行されていた。
そして、そこに縄で四人まとめて縛られている親父共と脱力のご対面である。
なにしてんのこのひとたち。
「すみません間違えました」
つい回れ右してしまった。
無論、逃げ出せるはずもなく、中央へ押し出される。
このためにだろう、荷を端に寄せ場所が空けられている。
「おうリィス、すまんな!」
こんな中でありながら、相も変わらず朗らかな声が、暑苦しい笑顔と共に親父の口から響く。
「ハッハッハ、ワシらも鍛えなおしだな!」
トゥロの親父さんも、以下略である。
「リィスったらまた辛気臭い顔して。トゥロの無表情と並ぶと味気なさ倍増ね」
トゥロの母よ、余計なお世話だ。
「この縄もう少しゆるくならないかしら? 少々ドキドキしてしまって」
母さんは何を言っているんだ。なぜ頬を染める。体をくねらせるな。
あくどい笑みを浮かべていた筈の、船倉内に立ち並んだトショーヤ一味も気を削がれていた。
だがそこは悪人共。一瞬で立場を思い出すと、再度悪そうな笑みを貼り付けなおす。若干引きつっているが、そこは見ないでおいてあげよう。
改めて見渡すと親父共の後ろに、げっそり商人隊も並んでいた。樽に括りつけられていたが、あまりに馴染んでいて気が付かなかったよ。
「ゴホン、気を取り直して、会議とやらをはじめようではないですか」
悪人共の頭領、トショーヤが開催を宣言した。
交易を担っていた商人の姿から、トショーヤ一味はその醜い正体を現していた。
俺たちを囲むように一味が並び立つ中で、何を開催するのやらだ。
「とうとう悪の領主から、ストゥロンさんを救い出す日が来たのです!」
待ってましたとばかりに、トショーヤの背後から、息子ポロロがポンと飛び出した。
お前ら本当は、一つの生命体じゃないか?
トショーヤの背後には、昨日取り逃がした、俺を殺そうとした男が立っていた。
やはりか。結構な腕前みたいだし、重用されてるようだね。
忌々しげに、一味を睨む。
まあ、初めからまともに会議が行われるなど考えてはいなかった。
とはいえ、親父共を人質に取られるなど想定外だ。あの親父たちがと、心配よりも訝しんだくらいだ。力だけは当てになると過信していた。
捉えるには他にも手はあるよな。
歯噛みする。例え人質などなくとも、俺に何が出来ることはないだろうが。
まさかここまで。いや、トショーヤ共は、どこまで行けば気が済むのか。
隠す気すらない悪意にどう立ち向かえば良いのかなんて、平和に生きてきた俺にはわからない。俺に出来ることといえば、口八丁で丸め込むくらいのものである。
だが、達成条件を持たず行動している相手との交渉など成しえない。幾ら口車に乗せようとしても、こいつらの中では初めから決定していることなのだ。口を挟む余地はないだろう。
見通しの甘さを痛感する。
ちょっと融通してもらおうとか、得になるよう動こうと画策するくらいなら分からんでもない。たかが商人が、力にまで訴えるものかね。
隙だらけの俺達を見て、容易く手中に出来ると魔が差したか?
だが、悪意はここまで急速に人を呑み込むものなのか。きっと当人すら気が付いていないに違いない。あくまでも自身の選択だと。自らの目が曇っていることなど見えないだろうから。
まだ俺は、魔が差しただけなんて思っている。
初めからそう意図して近付いた、などとは考えたくなかったのだ。そんな人間が居ることを、認めたくなかった。
「申し上げたでしょう。この地を華々しく改革させていただくと」
トショーヤの陰険な笑みが絡みつくように迫る。
「それでは、早速領主様方にはお世話になりますよ」
トショーヤは、元から俺を侮っている。若造に何が出来るというのもあるだろう。
民の扇動されやすさの結果を、俺には人望がないと断定したのかもしれない。
「前領主のお二方が降れば、この地はワタシらの自由……ヌフフ妄想が捗りますな」
この髭付き肉饅頭の中身は皮算用で一杯のようだ。
「なんとも組し易いものですな。まあ、昨日の内に死んでいるかと思ったのですがね。それでもあなたのような男、恐れるに足りませんな」
軽く思ってる癖に、わざわざ殺そうとしたのかよ。
その内容にげっそり商人隊が動揺しざわついた。
俺に刺客の伝言を伝えに来た海領の商人が、何かに思い至ったのだろう、無念そうに叫んだ。
「ま、まさか……陸領様、申し訳ありません。俺が伝言を信じたばかりに!」
その言葉に、怒りよりも裏切られたのではなかったのだと分かって安堵した。
何も知らずに、言伝を預かっただけなのだ。
「だったら刺客なんか送らなければ良かったんじゃないか? しかも失敗するとかダサいよな」
ちょっと調子に乗る。
たとえ対立しても、俺の領民に、こんな人でなしは居ないんだ。
それだけで、力をもらえたようだった。
肉饅頭が引きつった。さっと背後の刺客を睨むが、男の方は何処吹く風である。
所謂金の縁ということだろう。
「しし刺客? リィス、大丈夫なのですか、なんでそんな大事なことを……いえ、あとにしましょう。あ、あなた方は、ここまでする必要があるのですか! 悪いことをするから顔が不味いのですよ!」
以外にも、ハライの意識はまだあったようだ。俺を庇おうと出ようとするも、即座に取り押さえられていた。やはり余計な言葉を足さずにはいられないのか。
「ワタシの信心するものは、利益だけです。あなたにも用はありませんな」
トショーヤは面倒臭そうに答える。
「会議をさっさと済ませたいのでね、まずはそこへ跪いてもらいましょう」
トショーヤは高圧的な声で俺に命令した。その声と共に、一味は剣を手に取る。
言われるがまま両手を上げて跪くが、侮蔑を込め一人々を丁寧に睨んでいく。
「これで全ては解決ですよ」
跪いた俺の前に、何かが書かれた丈夫な紙切れと、続いて筆が置かれる。
床に置かれたそれは、契約書だった。
ルーグラン領の全ての権限を委譲することや、交流便にまで及ぶ販売網の独占権など。
この地の自由を奪えるだけのことが、簡潔に書かれてある。
「さあさ、そこで署名をしていただくだけの簡単なお仕事ですよ」
こんな無理強いしたものに意味などない。
俺はゆっくりと、署名すべく筆を取る。
でだ、結局のところ刺客を送られた理由。脅威ではないと言いつつも、俺は邪魔者と判断されたのだろう。あれは親父たちに、議題内容を通達した後ではなかったか。
そこで、建国について知ったのだ。
建国を全世界に公布されれば、外部の一商人が口を出すなど難しくなる。
ここでまとまれば機会を逸すと焦って、あからさまな犯罪行為に出たんだろう。
なんで、もっと早く思い至れなかったんだろうな。
うむ、我ながら良い字面だ。署名に自画自賛する。これも現実逃避なのは分かって欲しい。
強制されたものなど意味はないと言ったな。だがそれは俺が生きていたらの話だ。
これを差し出せば、俺は目出度く天国の住人。ハライの塔からこっそり皆を見守る存在となれるだろう!
「良い取引となりました。これで本国とこちらの大陸を結ぶ重要な拠点を築けたわけです」
トショーヤは、俺から契約書をひったくり満足げに目を細めた。
成功を確信してか、饒舌になっている。
「ああ、安心して下さい。民への仕事も腐るほど与えましょう。取引物資の選別に時間がかかるのですよ」
これはあれか。いわゆる洗浄行為を示唆してるのかね。
領民が素直に従うとは思えないが、俺亡き後のことを気にしても意味はない。
力ある限りこいつらを呪っておくから許してくれよ。
「海領殿のこともご心配なく。別のお願いがございます。なあに難しいことではありません。息子ポロロへと嫁していただくだけで」
「断る」
トショーヤの横でポロロは自信満々に顔を輝かせていたが、トゥロの即効の否定に固まった。
トゥロは冷え冷えとした目で全てを見据えていた。船内へ連行される時に、剣を奪われていたので、両腕は組んで立っている。
フンと鼻を鳴らし、トゥロの横やりを無視すると、トショーヤはまた俺を見下す。
「陸領殿、我らの意向は伝わりましたな?」
「ああ、いい取引だったよ……潰れ饅頭なんて初めて見たからな」
怒りに顔を歪めたトショーヤの蹴りが、俺の顎に入った。自覚があるのかよ。
酒樽の分際で、よく足が伸ばせるものだと感心する。だがこんな程度、日頃からトゥロの突きに耐えている俺には大丈夫だなんともないぜ!
口を切ったのか、数滴零れ落ちる赤い玉が目に入った。
強がってはみたが、痛みに歪んだ笑顔でトショーヤを睨み上げる。
俺に出来ることと言えば、死んだ魚のような目で睨み上げることだけである。
渾身の死んだ目を向けると、トショーヤは反射的に後ずさる。
それが可笑しくて、本当に笑えてきた。
「……く、くく」
「き、気でもふれたか……!」
トショーヤの怯え顔は、驚愕で縦に伸びた。
視界には、俺の血を見た途端に表情が暗く翳って行くトゥロが映っていた。
やばい。そう思ったのはトゥロの表情を見てだ。
彼女は、静かにぶち切れていた。
いやぁ、煽ってみるもんだね。
まさか蹴りを入れてくれるとは思わなかった。
俺は、実のところ素直にあの世に行く気などない。
信じていた。
なによりも、トゥロを――。
「こ、ころせ!」
トショーヤの命令は、一足遅かった。
己の野望の成功を疑わず、悦に入ってしまったのが運の尽きだったな。
結果から言うと、血や胃の内容物を撒き散らして悉く倒れ伏したのはトショーヤ一味だった。
船倉の中央で激しく息を切らしながらも、それらを睥睨しながら立っているのは、ただ一人。トゥロだけである。
トショーヤが手で合図を送る前に、トゥロは動き出していた。
隣に立つ男の剣を持つ腕を掴み、その脇に肘を打ち剣を奪う。後は、いつものトゥロの動き。なのだが、その威力はいつも以上だった。
動きを見慣れているからこそ、普段ならば俺も目で追うことはできていたのだ。
今しがたのトゥロの動作は、尋常ではなかった。
その動きは敏捷で、変幻自在。大昔にはどこの森にも居たという絶滅寸前の黒豹を人にしたら、こうなのではないか。そんな思考に乗っ取られている間に全ては終わっていた。
人で満載の狭い船倉内で思い切り得物を振り回しやがった!
ようやく出た感想はそんなものだ。
傷を負っているだろう呻き声が、床のいたるところから上がっている。
呆気にとられていた俺は、その声で正気に戻された。慌てて、まだ唖然としている親父たちの縄を解く。
なんか嬉しそうに固まっているから、親父共にはトゥロの動きが見えたのかもしれない。正気を戻させるべくけしかける。
「皆の衆、今のうちだ! 悪人共を取り押さえろ!」
取り押さえろ、といっても皆すでに這いつくばっているので簡単に事は済んだ。
偉そうに命令したので、親父共に抗議されそうになったが、そこは受け流し、げっそり商人隊の身柄を解放させる。
しっかり意識を保っていたハライに、いざという時には役に立つ男だと見直していたのに。
なぜか、トゥロの姿を見て失神したようである。悪いがしばらく放置だ。
最後に、拘束されて床に転がされている一味を見やる。なんと、死んだ者はいないようだ。こんな奴らとはいえ安堵してしまう。と同時にトゥロの腕前はどんだけだよと戦慄する。絶対に怒らせてはいけない。
珍しく、息の上がるトゥロを見た。
「トゥロ、あまり無茶をしないでくれ」
俺は思わず咎めるように言ってしまった。違う、そうじゃないだろ俺。
「大切な片割れだ。我が身を傷付けられるより辛い」
なのにトゥロは、事も無げに言い放った。
ちょっとばかり口を切っただけだ。本当はそれで済まない筈だったのだが、トゥロがぶち切れたのは、確かにあの瞬間だった。
気軽に煽ることは止めようと心に刻んだ。
「ありがとう。助かった」
ようやく、言えた。
せめて、そう返すしかできないからな。
俺は結局トゥロを頼り、何を言おうとトゥロも俺を守る。だったら、信頼しなければならないと思った。信頼されていることも、受け入れなければと思ったんだ。
「行こう、手当てする」
トゥロに手を引かれて、船倉を出た。
後に親父たちは、「血の雨が降ることをこんなに喜ばしいと思ったことはない!」 などと、宴席にて語り続けた。
皆は「また始まった」と渋い顔で聞いたという。




