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第十一話 覚悟

「トゥロ、ハライには黙っておこう。腰抜けて動けなくなると困るし。今のところはでいいから」


 先程の「あれもしかしてなんか俺やばかった?」という情況の事。口にしたくなくて言葉を濁したが、要は殺されかけた事についてだ。

 トゥロは不機嫌に眉根を寄せたが、今のところはというので納得したようだ。


「分かった。会議が終わるまでならね」


 塔に戻ると、ハライも戻ってきていた。その姿に少し安心する。

 港ではどうだったかなど幾つか聞いたが、いつもと変わらぬ呆れた親父共が居るだけだったとにこやかに話していた。


 ふと考えれば、あの男は脇目も振らず俺を狙ってきたのだ。トゥロもハライも大丈夫な気がする。


 まだ午後も半ばだったが、疲れたから少し休むといって卓に突っ伏した。

 混乱し絡みついた感情を解きほぐしたかったのだ。




 まさか、命まで狙ってくるなんてな。


 領民である商人が、あの場へ導いた。対立してさえ思ったこともない、裏切ったのかという気持ちが沸いていた。

 みんな暢気でほどよくいい加減で、文句言いつつも楽しく生きていたんじゃないのか。悪ぶってる奴らも含めて。


 海の民は喧嘩っ早いし陸の民は頑固だし、よくぶつかり合いはすれども、後は会合という名の宴会にて麦酒で解決する。

 そんな適当な怒りが殺意までに育つものか。まだ憎悪でなら、気持ちくらいは分かる気もする。


 だが、利益享受の邪魔だから? 

 それには何も共感できないし、理解の取っ掛かりすら見出せない。心が拒否しているのかもしれない。


 人をただの障害とみなす。かつてこんな不快な気分を味わったことはない。同時に、変な笑いさえこみ上げてくる。

 死への恐怖は感じなかった。まさか自分が、という衝撃が上回ったのかもしれない。ただただ現実感がなかった。


 変わりに怒りと喩えようもない哀しみが胸を刺すようだ。吐き気で思考が定まらない。震える手を握りしめて呟く。頭で落ち着けと唱えながら、歯を食いしばる。この妙な興奮が冷めるまで、どうにか受け流しながら、時が経つのを待つしかない。




 こんな小さな街だ。

 領主だからって、贅沢はしてないし、偉ぶっていいわけでも、格別に敬まう必要もない。俺が飯を食えるのは、作物を育てている人たちのお陰だし、彼らが安心して仕事できるのは、領主以下警備の者が対処してるからだし。ただ仕事が違うだけ。そんな感じでやってきた。


 この領地だけでやって行くならそれでも良いのだろう。

 だけど、各『国』との交流で、このままでは行き詰るのもなんとなく感じていた。

 変えていかなければならない。それが俺の時代って言うのが少しやるせない。

 よりによって武勲とは程遠い俺の代とは。


 変えたくない、変わりたくない者の気持ちも分かる。みんな昔は良かったと言う。

 しかし、そんな感傷的な気持ちとは無縁の、利己的な欲望に因る反対強行派がいる。

 それを許すわけにはいかない。俺たちの街にそんな奴らが居るという事実だけで、心情的には十二分に打撃を受けていた。


 だが、そんなものに街を乱されるなど絶対に許すもんか。

 誰かが矢面に立たねばならぬというなら、それは領主である俺以外ない。

 それでも。


「……畜生共が。なんなんだよ、あいつらいきなり」


 堪えきれず文句がこぼれる。


「ええい、もうこうなったら意地だ。面倒だから勝手にまとめてやる!」


 ああもういいよ。好き勝手にすればいい。それで出鱈目やるなら、俺も勝手にするだけだ!

 模型を弄ってるとき以上に、妙に感覚が研ぎ澄まされていた。今ならなんでも出来る気がする。

 弱く臆病な心を、怒りで奮い立たせる。これも長い間培ってきた対処法だ。


「な、なにやら気合が入ってますね」


 俺の叫びにハライはビクッと肩を大きく震わせた。

 見ると、手荷物を携えている。


「おいハライ、出かけるのか」


 思わず咎めるような声を出していた。


「ええ、午前中は海領へ向かいましたから、午後は陸領側を訪ねてみようかと思いまして。あのう何か拙いですか?」


 陸側か。

 恐る恐る答えるハライに、いや何もと返す。先程、狙いは俺であって、他の皆は大丈夫なはずと結論付けておきながら、不安になっていた。

 目的が分からないし根拠は無いが、さすがに陸側まで来るのは人目に付きすぎる。


「リィス、貴方は何か隠し事をしているのか、怪しげな妄想を漏らすのを止めたのか、判断付かないところが困りものです」


 伊達に人々の相談役など努めてない。鋭い指摘を残し、溜息をつくと出て行った。


 俺は神経過敏になっているのだろう。

 この塔なんか、周りに誰もいない。中立地帯なんて、領民にとって効果があるだけだ。外部のものにとっては、人目が無いから、悪事を働くならこれほど都合の良い場所もなかろう。


 トゥロが側に居なければ、じっと座っているのも難しい。

 ああ結局トゥロに頼っているのか俺は。

 焦ったり、不安になったり、落ち込んだりと、体を乗っ取られたようだ。


「リィス、砦に戻ろうか?」


 そんな俺に心配そうなトゥロの声がかかる。

 そうした方が良いのかもしれない。

 だが、期日まで後半日。

 代表会議まではここで頑張ると、ハライには迷惑極まりない決意を宣言した。

 幾度か深呼吸し、鼓動の速さを落ち着かせる。


「いや、明日の為に、ここで計画書を見直して過ごす」


 砦に戻ってもできるが、荷物を移動するだけで終わりそうだ。

 それに、ここで挫けたらすべて白紙に戻りそうな気がした。

 今は手段が目的と化していたが、確実に会議へ参加してやると意気込む。


 もう一度。あるだけの怒りを思い起こすんだ。


 刺客の目的は俺を始末すること。

 それで得をするのは誰だ。

 俺を阻止したら困るのは親父共だから、外す。

 商人たちは、思惑はそれぞれだろう。不埒な事を考える輩はいるかもしれない。

 確実に絡んでいるのは、トショーヤ一味だ。それは間違いない。

 トショーヤと他の領民に繋がりはないのでこれもなし。


 だが、そのトショーヤの目的はなんだ。ただ騒動を眺めて楽しんでいるだけではないな。それにしては行き過ぎている。

 逆に、俺を殺したらすべて白紙なのだ。現在の騒動は終わってしまうといえる。別の騒動は始まるだろうが。


 利益享受。

 この領内の商人にさえ、そんなことを考えた。

 トショーヤにも、それ以上のことはないのかもしれない。

 この騒動に居合わせて、自分たちに都合の良いように、会議の内容を誘導して行くとか?

 親父共に請われて滞在しているようだが、その際余計な口添えをしているのだろう。

 だが、それだけでは物足りなかった、ということなんだろうか。


 そこで思考を一旦停止する。後は事実を確かめるしかないだろう。

 気持ちはともかく、思考を切り替えることはできた。

 あとは怒れ怒れと発破をかけつつ乗り切るのだった。




 どうにかひと眠りしようとして、昼間の事が浮かんでしまう。

 なにしろ理由が分からないというのは不気味だ。


「あ」


 ふとポロロの情けない姿を思い出した。

 刺客に請け負った仕事をやり遂げる気概はなかったが、そもそも俺への仕返しに脅したかっただけかなのもしれない。



 ▽▽▽



 俺とトゥロとハライは、三竦み状態かの如く、珍しく難しい顔をして卓を囲み立ち尽くしていた。

 視線の先は、卓の中央に置いた紙切れ。

 明け方にもたらされた手紙だ。


 そこへは、会議場所が指定されていた。


 内容を知るや俺は渋い顔に、トゥロは険しい顔を作り、ハライは俺たちを見てきょとんとしている。


「てっきり、また祭壇前で会議が開かれると思っていたのですが。違いましたっけ?」


 ハライは昨日の事件を知らないので、単に物忘れかと思っているみたいだ。

 俺とトゥロは、その意味するところに、しばし逡巡する。


 新たに指定された場所。

 それはあのトショーヤの船だ。

 完全に第三者の立場である、他国の船が重要な事案決定場所に相応しいとかなんとか。都合の良いことが連ねてあった。


「これまた堂々としたことで……」


 ポロロに対する仕返しかと思って安眠したらこれだ。

 まさか、暗殺が現実味を帯びるとは。


 失敗したから開き直ったのか?

 この場所変更指示に、親父共も納得してるのだろうか。

 俺たちが指示したことになっているかもな。


 どう見ても罠である。

 今から親父共や商人たちに確認するわけにもいかない。

 薄暗い中、松明掲げて出かけるなんて、見つけてくださいと言わんばかりだ。

 ただ、出かけたところを襲うくらいなら、今襲ってもいいわけだ。だから考えすぎなのだろうが、やはり出かけるのは躊躇われた。


 いつものように、日が昇ると共に行動する。

 いつも通り行動することで、せめて心乱されまいと思った。


「いくのか?」


 トゥロは憤慨している様子だ。

 だが俺は腹を括った。


「行くしかないだろう。今から確認に出るのもなんだし、出る準備をしよう」


 そう決めると持ち出す計画書等を厳選することにした。

 初めの一歩が決まらなければ、進むこともないのだから全てを持ち出す必要もない。


 その一歩、俺達が国としてまとまっていく、全領民の意見をまとめて突っ切る為の策があれば事は早い。

 策はある。絶大な切り札が。

 だが決め倦ねていた。昨日までは。




「トゥロ、ちょっといいか」


 俺とトゥロは、部屋を出て祭壇前で向かい合う。


「手っ取り早く皆の目標を一つにしたい。初めは混乱させて、ぐだぐだしてるところに乗じて進めればいいかと暢気に構えていたんだが、情況が変わった」


 トゥロも頷いている。


「できれば、明日即効で打開したい。その為に、協力して欲しい。海の民にとっては結局のところ、不満が残るかもしれないから無理は言わないが」

「リィスが私に、無理なんか言ったことあるか?」


 確かに言ったことはないが。言わないと言えない、には大きな隔たりが……などとの考えがちらと横切ったが、その思考を押しやる。


「リィス、決めたことをやれ。私は、お前の策が成功するよう尽力するだけだ」


 いともあっさりバッサリだ。トゥロはいつも迷いなく見える。実のところは分からないが、それに助けられてばかりだった。


「なあいいのか。いつもトゥロに頼ってばかりで、俺がトゥロに何かしてあげた事もないし」


 今さらながら、己の行動を思い出して後悔する。


「リィスから貰った思い出、全部が宝物だよ」


 その裏の無い笑顔。

 迷いなど一筋も見えなかった。


「そ、そうか……」


 それ以上何も言えず。熱くなった顔を隠すと、部屋に戻った。




 部屋に戻ると、三人で卓を囲み計画の一つをハライに伝える。


「大儀が要るなと思ったんだよ。領民に対しての」


 ずっとなんとなくで遣り過ごしてきたけど、はっきりさせるならば今しかない。


「海と陸の領主の婚姻。これで納得してもらおうと考えている。これ以上の穏便かつゴリ押しな手段はないだろう」


 俺は言い切る。ノリの良い、いやノリしかない民衆には最大の酒の肴だ。過去の親父たちの婚礼の儀の際も、一週間はお祭り騒ぎだったと散々聞かされて育った。あれは、陸海同時結婚だったとのことなので例外かもしれないが。


 それでも今回使える策の中で、最大の効果を発揮する手には違いない。これ以上の方法はないと言える。

 これで民衆の余計な行動を防ぎ、その間に解決を促す努力をするしかない。


「異論はない」


 トゥロも即答する。


「……はあ、難儀なことですね。こんな形でしか求婚できないのですか」


 またハライが余計な事を言う。

 まぁ……今回は俺も咎めない。その通りだから。


 初めから頭にはあった案の一つである。

 もし断られたらという考えは捨てていた。微塵でも不安があれば俺は動けなかっただろう。普段の我が道を行く態度に、人々には肝が据わっていると映るようだが、小心者だから冒険したくないだけなのだ。


 みんな知ってるだろうに。

 はじめから彼女無しでの決め事なんて望んでいない。

 ハライと同様に、子供の頃、出会った頃からすんなりと受け入れていた存在だ。


 俺たちは極端だったから、二人で一人前みたいなものだった。大人たちは面倒事が相乗効果で増えるとぼやいていたが忘れることにする。

 子供の頃は、一緒にでかいことするんだろうって漠然と思っていた。

 まさか、それがこんなゴタゴタとは思いもしなかったけど。


 それでも、もし昨日の不安がなければ、口にしなかったかもしれない。

 けれど、もう少しも愚図愚図している場合ではない。それはトショーヤ一味の問題だけではなかった。


 こんな状態が長くなればなるほど、外部への対応も遅れて行く。

 今回の一連の騒動で、そちらの不安も大きくなった。

 外部に関しては、俺が直接どうこうすることは出来ないのだから、できるだけ手早く安定させるべく進める必要があると思い直したんだ。


 トゥロを見れば、笑顔を浮かべた。

 なんの迷いもなく、俺を信じてくれている。

 俺も笑顔を返す。


 不安は、気が付けばすっかり晴れていた。

 一つだけ、大きな安心を手に入れた。

 それが、百の怒りの言葉よりも、ずっと大きな力となる。

 これまで知らなかった想いの力だった。


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