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第十話 トゥロの気持ち

 俺の脳内が忙しいだけで、何事もなく平穏無事に代表会議を明日に控えていた。

 まあ、親父共がまだ何も起こさないとは限らないから油断はしない。


 そんな会議前までの懸念もあるが、開催後もまともに会話する気があるのか怪しいし。頭の痛いことは幾らでもある。一々腹を立てていたら、今度こそこめかみの血管がヤバイ。限度はあるが、親父共の奇行を考慮した対話集も用意しておく。


 ひとまず俺が勝手に主題にした「ドキッ☆いきなり国おこし!?」計画は、奴らを混乱させる程度には煮詰めたつもりだ。

 他に出来ることは無いかと考える。


 いきなり無理難題で混乱させるのも手かと思っていた。だが動揺の余り話にならなかったトゥロとハライを思い出す。暴れられでもしたら時間の無駄だ。


 うーんと悩み、まずは話し合いの意図を告知することに決めた。

 筆を取ると、予め議題を伝える手紙をしたためた。


「これで満足だろ」


 思わず吐き捨てる。

 結果的に親父共の目論見通りってのが気に入らない。他の考えが一段落するごとに愚痴ってしまう軟弱な精神を恨めしく思う。

 切っ掛けはどうあれ、俺が舵を取ってるのだ。後には引けない。


 自分で足を運ぶかどうか悩んだが、トショーヤ一味にまた会いたくないな。

 そこで出かけるハライに、悪辣親父と商人共本部へ届けるよう言付けた。


 親父共は俺の計画に異論あるまい。

 もちろん、商人だけでなく他の領民の不安だか不満だか話の種だかを解消できる提案も用意したつもりだ。


 後は親父共が細かく口を出さなければ万々歳だ。どうも「なんか国とかついたらかっこよくね?」程度の認識の気がしてるけどな。


 親父が反抗したら、俺が必死にまとめた計画書を掲げてやるか。泡吹いて黙りそうな気がするから大丈夫かな。また大量の文字に追い立てられる悪夢にうなされるのは嫌だろうし。


 実際、ここまで全領土を巻き込んでいるし、いい加減ここらが引き時だと分かっているはず。多分、その為に一気に俺を追い込んで対策を立てるよう迫ったみたいだし。

 これで断れば立場はますます弱くなる。俺の提案を無碍に断れまい。もしも決裂なんかした日には、親父共が領地を追われる羽目になっても知らん。


 そこでハタと気付く。無事会議の経過が良好だったとして、何のお咎めもないというのは問題だ。領民たちにも示しが付かない。フヒヒ、何か罰を考えておくか……。


「リィス、悪い顔になってるぞ」

「うむ、何も問題ない」


 呆れ顔のトゥロの言葉に己を諌めることもなく、思い至るままに、親父共とおまけの商人共をいかにいたぶるかに考えを集中させるのだった。




 俺以外にはどうでもいいことみたいだが、塔は俺たちの話がまとまるまで閉店中である。塔の罠を解除するのも面倒だからな。

 どの道、情報収集も必要だから、ハライの方から領民の元へ出向いてもらっているが。


 罠は今のところ役に立ってはいない。役に立つ情況がなかったのは良いことだ。

 設置場所を何度説明しても、祭壇の陰に仕掛けたネズミ捕りに爪先を挟まれまくるハライの叫びが時たま聞こえるくらいだった。

 明日の会議が終わったら外してやるか。


 親父共へのお仕置き方法をまとめている間に、昼を迎えていた。

 コンコンと扉を叩く音がする。覗き窓から確認すると、げっそり商人隊の一人だ。

 隠し部屋の方から外へ出て、表へ回る。


「よお何か言伝か」

「ふおぉ! 領主様方、脅かさないで下さいよ!」


 表戸を凝視していた商人は、俺が声を掛けると飛び上がって吼えた。

 そんなトゥロじゃあるまいし、こっそり近付いたつもりは無かったから俺の方が驚いたわ。

 よっぽど親父共に虐げられているんだろう、お疲れなのかもしれない。

 改めて用件を聞きなおす。


「前領主様方から伝言を頼まれました」


 その商人は、手紙の返事を伝えに来たようだ。


「議題内容について了承したとのことです。話し合いに関して、前もって直接口頭でお伝えしたいことがあるので、急ぎ、塔森港側入り口へ領主様をお呼びするようにと言付かりました」

「そうか、ありがとう」


 やはりあっさりと内容については受け入れたみたいだ。

 しかし呼び出しか。向こうにも何かしらの計画があったということなのかな。場所は塔の近く。この前も逃げたから、呼び出したら来ないと思ったのだろうか。


 親父共が簡単に手紙を書くなんて出来ないので、直に伝えたいということに関しては疑いはない。

 俺とトゥロは、商人について待ち合わせ場所へ向かう。



 ▽▽▽



 木々が途切れ途切れになり、やや視界が開けた辺りへ辿りつく。塔森港側入り口と呼ばれている辺りだ。海や港も目に入ってくるので、どこか安心感がある。


 木々はまばらに続くのだが、ここからちょっと森側へ入り込むだけで、鬱蒼として視界が悪くなる。大して道を整えてないこともあるが、傾斜具合のせいか入り組んでいる。そこでいつの間にか入り口などと呼ばれるようになっていた。

 互いの中間の位置であり、ここならちょっとした話には丁度良い場所だ。


「まだ来てませんね。俺が伝言を受けた時はまだ品出しを手伝ってもらってたんで、もう少しかかるかもしれません」


 商人は、親父共のことを、俺たちに対してより砕けた調子で話している。しかも品出しか。親父共の威厳も地に落ちたようだな。微かに哀れんでおいた。

 まだ仕事残してるんで先に戻りますとのことで、手を振り合って分かれた。


 俺は、この辺の景色も久しぶりだと堪能して過ごすことにする。


「いよいよ明日だな」


 トゥロも辺りの景色に目を向けながら言う。


「うん。でも一日じゃ終わらないだろうな。また一週間はこんな生活かもね」


 のんびりした空気が心地よい。両腕を上げて背を伸ばす。

 しばしの間、気の抜けた気分でいた。


 空気を変えたのは、トゥロの険しい視線だった。

 そんな緊張感を初めて目にした俺は、トゥロの視線の先を追う。


 背後のまばらな木陰の合間に、一人の男が佇んでいた。いつの間に立っていたのか。ガサリと草を掻き分けるような音一つしなかった。

 当然、見覚えの無い男だ。領民なら大声で声を掛けてくる。


 その男は無害そうにだらりと立ち、笑みさえ浮かべている。だがその悠長な見た目とは違う、張り詰めた空気をまとっていた。

 なんの気負いなく、男はこちらへ踏み出した。そのまま、ただ挨拶をするためといった歩みで近付いてくる。


 普段なら、人に気付いた俺は、無意識に挨拶の声を掛ける。

 だが只ならぬ違和感に、喉でつっかえて言葉にならない。

 横目で見たトゥロは剣の柄に手をかけていた。


 もう普通に声をかけても、届く範囲にまで近付いていたが、その時俺はトゥロに力一杯押しのけられていた。

 よろめきつつ踏み止まる。視線は男から外せなかった。男は、片手を背後で隠すように伸ばしている。

 トゥロはその先に何があるか気が付いているのだろう。既に、剣を抜き身で構えていた。


 先程俺が立っていた場所、今はトゥロが立つ場に、あと数歩といったところで男は突如真横へ跳ねた。

 その手には、鈍い色の片手剣が握られ、日を微かに反射する。


 立ち竦んだまま、ただ俺は一連の出来事を追うだけだった。


 男は脇を閉め、両手で剣を右側の腰に引き寄せると水平に剣を構えた。

 そいつは目が合うや否や俺の斜め前に、飛び込むように距離を詰める。後を追ったトゥロを躱し、一足飛びで滑るように、俺の背後へ回った。


 振り向こうとするが、すでに俺の胴を貫かんと、半身を捻るだけで突き出された剣身を視界の端に捉える。

 まるで現実味を感じられなかった。

 どんな風に刺さるんだろな。

 なんて考えたくらいだ。


 だがその軌跡は、上段から振り抜かれた剣に遮られた。

 金属同士弾く重い音が響き、俺が完全に振り向いた時には相手は剣を取り落としていた。


 落とされた剣は、一度地面に弾かれやや遠ざかる。刺客はたたらを踏むが、トゥロの返す刀を不安定ながら避ける。

 そのままトゥロは俺と男の間に割り込み、そいつを蹴り飛ばして距離を保った。俺もまた場所を譲るように後退る。


 ええと、トゥロさん馬鹿力過ぎないかね。


「リィスを傷付けさせはしない」


 トゥロの身体能力は相当なものだと思う。

 いつ踏み込んだのか、まったく分からなかった。それに、躊躇は見えなかった。

 自分が狙われているのでなければ見惚れていただろう。

 見れば男の表情も、驚いたものに見える。


 男へ向けて剣を水平に構え、トゥロは言う。


「その首と胴とどちらが惜しい?」


 腹の底から響くような、ぞっとする声で恫喝した。


 商人の精鋭部隊ってなんだよな。

 なんて思ったことが現実を呼んでしまったのだろうか。俺の馬鹿馬鹿馬鹿と心の中で己の頭を殴る。

 だが悪いのはどう言い訳しようとあっちだ。

 でももっとうまく立ち回れば回避できていたのではないか。そう、考えてしまう。


 トゥロは強い。

 微塵も疑ったことはない。


 確かに平和な地で育ち、命のやり取りなど経験はないけれど。周りが文句を言おうとも常に剣と共に行動しているだけあって、臨機応変である。

 よっぽど形勢的不利がなければ、負けることはない。


 守るようにして、俺を背に立ちはだかる、目の前の女を見る。


 そうなんだ。信頼しているからといって、こんな風に立たせてはならなかった。

 俺と命を狙う者との間になど。



 男の小さな舌打ちが耳に届いた。

 トゥロが構え直した一瞬に、男は腰を落とすと足で取り落とした剣を払い、飛び退る。と同時に剣にその手を伸ばしていた。


 張り詰めた視線が、束の間トゥロと男の間を交錯する。

 剣を持った者が近くに居てさえ、躊躇せず俺に踏み込んだ男だ。特に怖気づいた風でもないようだし腕前に自信があるのだろう。


 だが、一撃で仕損じたのを恥じたのか、はたまた剣を交えて危険に身を晒してまで成し遂げる程の拘りはないのか、とにかく男は後ずさると、身を翻して走り去っていった。

 長く感じたが、僅かな時間の出来事だった。


 トゥロは忌々しげに男が去った方向を睨む。俺は呆然と、目の前で起こった出来事を、他人事のように眺めていただけだった。

 カチンと鞘に剣を収める音に我に返る。


「怪我はないな」


 トゥロが俺の頬に手を触れつつ、胴に目を向け検分している。俺も見たが、服が裂けてすらいなかった。トゥロは完全に男の動きを見切っていたのか。


「リィス?」


 思わず俺はトゥロの手首を掴んでいた。じっと、彼女の青みがかった深い灰色の瞳を見つめる。ぼんやり立っていた俺なんかよりも、トゥロの方が大丈夫なのかと叫びたかったが声にはならない。


 彼女を危険に晒した後悔と、傷を負わせたかもしれない不安で胸を締め付けられるようだった。

 ようやく口に出来たのは言い訳じみた言葉だけだ。


「トゥロ、ごめん。本当に俺は」


 どうしようもない男だ。言い切る前にトゥロが言葉を重ねる。


「私が守る役だ。子供の時に決めただろう」


 俺が頭、トゥロが剣。あれってそんな意味かよ。


「役割分担というやつだ。お前が死んだら誰が私に指標を与えるんだ」


 そう柔らかい笑顔を浮かべて言うトゥロが眩しく見える。あまりに真っ直ぐで、敵わないなと思った。


 ただ、その言い方だと俺の場合「お前が死んだら誰が俺を守るんだ」とか「誰が俺の代わりに戦うんだ」となる。あまりの情けなさに益々落ち込む。

 トゥロは「気にするないつものリィスでいろ」と俺の背をバシンと叩くと歩き出した。


 恐らく、待ち人とはあの男だろう。親父共が来るとは思えない。トゥロもそう思ったようだ。殺そうとした奴を追っても仕方がないし、このままここに居るのも嫌だった。

 一応辺りを警戒しつつ、急ぎ足で帰路に就く。


「まさか殺しに来ておきながら、不利と知るや逃げ出すとは。なんたる不覚悟。刺客の風上にも置けん」


 一人メラメラと怒りを滾らせているが、トゥロさん刺客の心得などご存知なんすかね。

 というか刺客か。誰が送り込んだのかはともかく、疑いようもないだろうな。ただの殺人者とは思えないし。


「生きてるんだから、今は良しとしよう」

「だがまた来るぞ」


 そうだろうね。

 今度こそこんな情況にはしないと心に誓う。


「あの剣種や服装、動きを見れば、この近辺の国の者でないのは明らかだ」


 トゥロが核心を突く。今ここにいるのはあの一味しかいないわけで。


「海向こうの商人か」


 俺はぼそりと呟く。

 海向こうの国は染色技術がこっちより発達しているため、深みのある濃い色の布を多く使っている。刺客も、色褪せた風合いになってはいたが、濃緑の上着を羽織っていた。


 刺客ということにしたが、あの男はなんだと考えてみる。

 ただの脅しにしては、本気だった。だが是が非でも事を成そうとしなかったところからして、ただの雇われ者だろう。


 潜伏しているとしたらトショーヤの船しかないわけだが、明確な証拠もなく勝手に他国の船籍の船を漁るわけにもいかない。

 何の手掛かりもなければ手立てすらないが、そうなると、トショーヤに直接切り込むしかないだろうな。


 あいつらの手勢など取るに足らないし、孤立しているのだが、俺たちは迂闊に手を出せない。

 トショーヤは海向こうの国が認可した委任証を持っている。国の代理で交渉事を行う権限を得ているからだ。アレを見せびらかしたのも、牽制だったのだろうか。


 国を相手取るなどもちろん面倒なことだ。もっと直接的な問題で言えば、販路に影響するだろうなということ。

 この大陸内でも、近隣諸国と離れている為、下手したら海向こうの国々の方が生活の距離的には近い。外貨の獲得も、こちらの大陸内より多いくらいだった。

 向こうに変な噂でも流されると、まあそこそこ迷惑なのである。


 うまいこと国っぽくなった暁には、海向こう大陸の国々に、商用の窓口でも置けないか交渉してみるかな。

 気が重いことからは即座に逃避が信念である。先程の大事から気を逸らすように、ついつい思考は別の事に移っていった。


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