記憶のディスク
「あ~あ、またか。」
「まったくだ。とにかく裏付けとるぞ。」
俺と相棒は犯人の裏付けを取りに出かける。どうせ空振りだろう。俺達が逮捕した被疑者は連続窃盗犯だ。自供によると数十件の窃盗を繰り返している。その裏付けに来ているのだ。
「ここも何回来たかな。」
俺と相棒はとある宝石商に来ていた。見慣れたドアを開け中に入る。
「またですか? 何も盗られてやしませんって。」
店の主がうんざりした様子で言う。
「ああ、だろうな。一応念のためだ。」
「もう、いいかげんにしてくださいよ。うちが泥棒に入られたのは1年も前の事ですよ! 」
「仕方ないだろう。被疑者がここで盗みを働いたって言うのだから。」
「何も盗られていません! 」
「そうか、邪魔したな。」
また無駄足か。俺も相棒も足が重い。
結局、今回も被疑者の自供の裏付けを取った結果、実際に被害を確認できたのは、逮捕のきっかけになった1件だけだった。
「結局、はじめての窃盗だったって事か。」
「ああ、いつもの事だ。」
俺と相棒は署内のロビーでコーヒーを飲んでいる。この相棒とはちょっと前からコンビを組んでいるのだが、気があった。お互いの好みも似ている、たばこの銘柄も一緒だった。こんなふうな無駄足ともとれる捜査の中で、それだけが救いだった。
1年前からだ。1年前から窃盗で捕まえた被疑者のほとんどが、同じ店での窃盗を自供する。同じ動機、同じ手口で同じ品を盗み、同じルートで売り捌く。俺達は被疑者の裏付けを取る。裏付けが取れなければ検挙はできない。裏付けが取れるはずがない。同じルートで売り捌くって言っても、そのルートはとっくに摘発している。基本的にありえないのだ。
理由は分かっていた。2年前、ある研究所が、ある研究結果を公表した。
人の過去を自分のものにするというものだった。それは小型のマイクロディスクで、中には人の記憶が納められている。そのディスクに入っている音楽を聞くと、そのディスクの中の記憶が聞いた者の記憶と入れ替わると言うものだった。
人の記憶を自分の物にできるというのは大変魅力的で、全国的な関心を呼んだ。しかし政府は危険だとして、その研究をやめさせた。
考えれば恐ろしいものだというのは理解できる。そのディスクを聞いたものは、みな同じ記憶を持つことになる。同じ両親の元に産まれ、同じ学校に通い、同じ所で同じ相手とデートした者がたくさん出る、というあり得ない事が起こるのだ。もっとも記憶上だけでの話だが。記憶上だけでの話なのだが、その本人はそれを本当の記憶として生きて行くのだ。
ともあれ、研究が中止されたことにより、巷の話題にのぼる事も少なくなり、人々は忘れていった。
俺達が苦労しているのは、どうやらその研究のせいらしい。1年前に逮捕した窃盗犯が、記憶を売ったと証言したのだ。売った相手は『あの研究所』だった。それからだ。その窃盗犯と同じ記憶を持つ被疑者が増えたのは。どこかで、窃盗犯の記憶のディスクが出回っているとしか思えない。
「どうやら。ネットでダウンロードできるらしいぞ。」
ネット犯罪科の課長が俺達に言いに来た。
「ネットで? で見つかったんですか? そのサイトは? 」
「いや、まだだ。」
「早いとこ見つけて下さいよ。うんざりなんですよ、もう。」
相棒が力なく訴える。俺も全く同じ意見だ
とその時、俺の携帯が鳴る。
「いまどこだ? 署内? また窃盗したと自首してきた者がいる。また連続窃盗犯だ。一応調書とってくれ。」
と電話口から聞こえたのは上司の声だった。上司の声も、どことなく元気がない。上司も俺たち同様に疲れているのだろう。
「何だって? 」
相棒が尋ねる。
「まただ。」
俺はため息交じりに答えた。そのディスクを処分しない限り、すっとこの様な事が続くのだろう。
心身ともに疲れた俺と相棒は、たまには息抜きするかってことで、居酒屋で一杯やることにした。
「ところで、お前はなぜ刑事に? 」
相棒が俺に酌をしながら聞いた。
「俺か? 俺は本当は捜査一課の刑事になりたいんだ。昔、TVドラマを見て憧れてってやつだ。ありきたりだろう? 」
俺は照れ隠しで自嘲気味に笑いながら答えた。
「お、奇遇だな! 俺もなんだ。俺はザ・刑事魂ってドラマを見てだ。」
相棒が懐かしむように言う。俺は何か違和感を覚えた。
「俺も同じだ。だがよく知ってるな、そのドラマって人気がなかったのか、すぐに終わったやつだぞ。」
今度は相棒も不思議そうな顔をしている。たぶん同じ事を考えているのかもしれない。
「なあ、ちなみにお前の経歴を教えてくれないか? もちろん俺も教えるよ。」
俺は確かめずにはいられなかった。
数分後、俺と相棒は無口になっていた。
やがて相棒が呟いた。
「俺とお前、記憶が一緒だな…… 。」




