リズム
※この作品には残酷な描写があります。
一日目。
この日から記憶がある。赤い化粧をしていた気がする。どうしてなのかは私にも分からない。ただ目の前に三ついの死体があるということは分かった。
手には包丁を持っていて、何故なのか。随分刃は朽ちていて、まるで何か硬い物でも切ったのかのようだ。案外しっかり握りしめているのは、手に何かぬるりとした液体のようなものが付着しており、そのせいで滑り落ちそうだからだと思う。別に落としてしまってもいいのにと思っていると、すこしずつ固まっているのが分かって、放っておくことにした
思考の停止と身体の停止が同時に起きて、という結果、私はこうなのだろうという結論を出した。それはあくまで間接的に絞り出した推論じみたものだ。とりあえずこのまま立っていよう。
二日目。
随分立っているのにも疲れた。というのは、恐らく錯覚で。座ろうと考える前に座っていた。胡坐をかいてみた。確か、胡坐は女の子らしくないからしない。そう思っていた。誰かにそう言われたわけではないけど、多分自分でそう思いこんだ故の結果だ。別にしたくないわけではなく、私自身女の子らしくありたいとかでもない気がする。なんだろう。多分私はそんな女の子だった気がする。
都合の良いことに、カーテンは閉め切られていて、日の光がこぼれる程度にしか入ってこない。手にへばり付いた包丁を無理矢理剥がすと、手の皮まで取れる感覚がした。無論そんなことはない。静かに包丁を床に置いて、少し冷静に慣れた気がした。だから、もう一度包丁を手に取った。
三日目。
寝ているのかも分からず、目が覚めた気がする。多分寝たのだろう。時計は見ていないから、何時か分からない。東の窓のカーテンから日の光が強く見えるのは確かだ。
さてと、といった具合に私は腰を上げた。これからどうすればいいかを考えてみたけど、分からないのでとりあえず行動に移す。四肢を切り落とすには、包丁一本は心許ない。だから手始めに、小さい方から片付けることにした。風呂場に運んで、浴槽に入れる。お湯を出してつかせておこう。出刃包丁で手首を切り落としてみた。血はあまり出なかった。
ここまで妄想して、三つの死体の四肢が切り離されていることに気がついた。誰だろう。これで手間が省ける。四肢どころか、首も離れていた。
四日目。
臭いがあまり気にならない。何故だろう。私もその臭いの一部だからだろうか。それにしても、気にならないのと無臭は意味が違うと思う。どちらでも構わないが。
バラバラになっているのを、もう少しバラバラにしてみようと思い立ったのは昨日だったかな。忘れた。胴体を三つ、浴槽に入れてから追い炊をしている。溶けてしまえばいいのだけど。
腕を肘の辺りで切ろうとして、上手く出来なかった。骨と腱が硬いことに驚いた。のこぎりでもあれば良いのに。
それでも随分時間をかけて、腕をさらにバラバラにした。指をミキサーにかけてみると、ドロリとした液状になった。明日は脚の番か。大変だ。
五日目。
誰かがいたような気がしたが、気のせいだった。体調はすごく良い。顎と肩の辺りが少し痛いが、大したことではない。我に返る、という表現が正しいのかは分からないが、いつの間にか脚の切断に取り掛かっていた。強迫観念とでも言おうか。脚は想像以上に切れない。すでに包丁が殆ど使い物にならなくなり、切っているという表現があやしくなった頃、私は昨日バラバラにしたはずの腕がなくなっていることに気がついた。どこへ行ったのか。どこかへ置いたのを忘れてしまったのかもしれない。まぁそのうち思いだすだろう。
そういえば、湯船に付けたままの胴体はどうなっているのだろう。明日にでも見に行こうか。一先ず、切断した脚の指を、空のミキサーに入れてスイッチを押した。
六日目。
先ほど、ついに包丁が折れた。半分から少し先の辺りが音を立て、その役割がもうすでに無いことを表した。困った。やはり包丁で脚を切るのは難しいらしい。脚だけで合計二十四のパーツに分かれるべきなのだが、今数えてみると、まだ半分にも満たない。そこで私は、ここでようやく鋸を使うことにした。確か庭の物置にあったと思う。玄関を出て家の裏まで回り、中から埃の被った鋸と鉈を持って家に戻った。
試してみると、やはり包丁とは比べ物にならないほど楽だった。しかし、比較的というだけで、木を切る程度の力では切れず、思いのほか力を込めていた。ゴリゴリ削り、鉈でへし折る感覚に恍惚する。切り終えたら腕を探しに行こう。きっとどこかにあるはずだ。
七日目。
食事中に喋ってはいけない。そう教え込まれた気がする。マナーとして物心ついたときに身につけたものなのか、それとも両親による躾だったのかは覚えていない。しかし現実的に、食事中に無言というのは、それは相手に失礼だ。場を弁えるということだけで、喋ることにより何か弊害が生じることでもない。
気が付けば、昨日切断した脚だけがここには残っている。頭部はどこへいったのだろう。忘れた。
狭い家だ。探せば見つかるだろうと思い、それぞれの脚の指を切断してミキサーにかけたところで家を回ってみた。しかし、居間、寝室、台所、トイレ、全てもぬけの殻だった。そう言えば、浴槽に入れた胴体はどうなったのかと見てみたところ、三つあったはずが、二つに減っていた。今確認出来るのは、指の無い脚が三組。と胴体が二つ。私は神隠しという言葉を思い出した。
八日目。
昨日まで減ったいたのだが、今日は一つ新しい物が増えていた。弟と同じくらいだろうか。指を切り離してミキサーに入れた。
しかし、スイッチを入れても、中でそれがおかしく踊るだけで一向に削れる気がしない。刃がダメになっていた。仕方がないので一斗缶に新聞紙と一緒に入れてベランダで燃やした。鼻が曲がりそうな悪臭と共に良い音がした。
九日目。
四肢を切り離すのにも手慣れてきた。相変わらず力はいるが、それでも随分と上手くなったように思える。ある程度鋸で切り、残りは鉈を使うと、ドスッという音とバキッという音と共に離れる。きれいな断面にはならないが、それで構わない。
一斗缶の中は全て炭になっていた。もっと燃え残る物だと思っていたけれど、これでよしとし、庭に巻いておいた。
十日目。
関節ごとに切り分けたはずの腕と脚が無くなっていた。
首の繋がっていない胴体と頭が残り、血だまりに倒れている。考えるのが面倒になり、やめた。これまで以上に胴体を細かくしてみた。明日には無くなっていることだろう。何となく、そう思った。
十一日目。
予想通りと予想外の出来事があった。減っていたけど、増えていた。血だまりにあるそれについての思考をやめ、私は何も考えずに作業に取り掛かった。一日掛けて作業を行い、やりやすいように、それまで以上に細かくした。
作業を終えた頃に、吐き気がして嘔吐き、それを堪えた。
十二日目。
新しい物は無く、昨日在ったものも無くなっていた。私はうつぶせの状態で吐瀉物に塗れている。どうでもよくなり、そのまま意識の成すままに流れてみた。
顎は砕け、腹部に強烈に圧迫感を感じたのを最後に、私は目を覚ますことも無く消えた。
先日、世を騒がせた誘拐事件の犯人が判明した。
被疑者は一人暮らしをしていた二十代女子大生で、自宅には犯行に使われたと思われる刃物と、行方不明者の衣服が見つかった。
目撃証言は無く、隣に住む住民から異臭がするとの通報があり事件解決に至った。
被疑者はある友人に過食症を打ち明けていたという。痩せ形の彼女が過食症だとは思えなかったが、随分真剣だったので相談に乗っていたと話す。
被害者の遺体は無く、被疑者の吐瀉物が至る所に吐かれており、そこから人の物と思われる体のパーツが見つかった。
被疑者は死亡しており、胃破裂と急性腸管壊死を起こしていた。胃の亀裂部分からは未消化の人の一部と思われる物が漏れ出していたことから、容疑を誘拐、監禁から殺人、死体損壊の容疑に変わった。
過食症とは
摂食障害の一つで、神経性大食症とも言われる。
激しく飲食したのち、嘔吐や過度な運動、絶食などそれに対する代償行為を行う。そのため必ずしも肥満しているわけではなく、標準体重の人も多い。
つらつらと書きなぐった感じ。あまり深い意味はない駄作でした。