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Dichlied  作者: 古深
6/8

375-378 -Sternbild-

 『すべてを忘れて、お前は逃げろ』


 親とも慕っていた親方の遺言は、とうとう無視することになってしまった。


 「大概しつこいね、スタン」

 「それはこっちの台詞だよ」

 無理な制御を繰り返したせいで、スタンビルの体はもう随分とガタがきている。それでも、ここで止まるわけにはいかなかった。大馬鹿野郎の命令に従ってとんでもないことをやらかそうとしている元友人を、放っておくことができるはずがなかった。

 「終わりにしてやるよ、ナハト」

 「それこそ僕の台詞だ。君は僕よりずっと弱い。わかってるだろう?」

 「言ってろ!」

 吠えて走り出す、この一歩を刻むまでに、あの日から実に三年の月日が経っていた。


* * *


 ナハル鋼の産出量が少なくなる中、スタンビルは珍しくも特段機能特化を施すことなくつくられたディクリートだった。資源の取り合いと権力争いとで併合を重ね、生き残った三つの都市のうち、第三と号されるエンゲニアに所属する金髪の少年姿の機械人形。戦争のために不足した若い男での穴埋めとして生まれたスタンビルは、都市外から囲い込まれた老年の技師が親方を勤める工房で働いていた。

 「新入りの仕込みは終わったな?」

 「あいつ、覚え速いよ。すぐ部品のほうに入れるようになる」

 「そりゃいい。ちゃんと指導しろ」

 「わかってるよ」

 「あ、おいスタン、新入り済んだんならこっち手伝ってくれ!」

 「なんだよ、まだ片付いてなかったのか?」

 作業着で動き回るスタンビルは、見た目に反してこの工房では古株に数えられる。大抵の工程はマニュアル抜きでこなせる程度に叩き込まれていて、トラブルやおくれの調整にあちこち飛んでいくのが日常になっていた。年は喰ってもごつい体つきを保つ男たちの間をひょいひょいとぬい、辿り着いたのは兵器の内部構造を組んでいくベルト脇。空いた席から工具を取り上げると、ゴーグルもつけずに作業にかかる。

 「悪ぃな、自動装置にストップかかってんだ」

 「げ、ここのもか。三と七も節約令で止めてるよ」

 「こりゃ残業だな」

 「まったく、最近はどこもかしこも人使いが荒い」

 ぶつくさ文句を言いつつ手を止めないあたりは、皆よくわかっている。やれやれ、と肩を落としてから一段作業スピードを上げるまでがワンセットで、いつものやり取りににやっとすると、スタンビルも手元の作業に集中する。ちょっとでもミスをすれば、それは暴発という形で戦地に飛ばされた青年たちを悲劇の主人公にしてしまうのだから。


 しばらく手先の仕事を続け、必要な数をこなした頃には昼のローテーションが終わる時間になっていた。

 「助かった。また何かあったら頼むな」

 「何もないことを祈っとく」

 ラインの締め役に報告を済ませると、スタンビルは一度工房を出た。極論すれば一日際限なく動き続けられるため、スタンビルは朝、昼、夜に分かれたコマに人の倍、つまり二コマ連続で入るようにしている。今日も夜まで働くスケジュールだが、周りが申し送りをしている間に済ませたい用事があった。


 「ん、ちゃんと待ってたな」

 「そりゃあ、先輩の指示だから」

 「悪いな。じゃ、今日の課題」

 工房の裏手、運搬口に転がっていた箱のひとつに腰掛けていたのは、新入りことナハトという黒髪の少年だった。近頃都市に入ってきた研究者の庇護下にあり、腕を怪我して兵役の義務を果たせない保護者に代わり、工房の労働に駆り出されているのだった。スタンビルがナハトに構うのには、新入りである上にもうひとつ理由がついているが。

 「ごめん、昼しかいられなくて」

 「いいって。お前、学者さんの介助がホントの仕事だろう。研究所詰めてる間だけでも来てくれて助かってるよ」

 「スタンって面倒見がいいよね。兄貴って感じだ」

 「なんだそれ。いいからほら、チップ」

 「うん、ありがとう」

 照れくささを笑い飛ばして押しつけたのは、工房での基本的な作業をマニュアル化したデータチップ。手のひらにのったそれを、ナハトはぐ、と左手首に差し込んだ。

 「なるべく早く覚えるから」

 「あぁ。じゃ、また明日」

 「またね」

 穏やかな口調に揺らぐことの少ない淡い笑み。ナハトはつくられてまだ年数の浅いディクリートだった。ここ十数年の戦乱期に生み出されたディクリートは情緒面のつくり込みが甘く、感情の振れ幅が狭い。ナハトはそれが典型的に表れた一人で、先輩気分のスタンビルとしては、気性の荒い技師たちとひょんなことから衝突することがないよう、なるべく言葉を交わすことを心がけていた。会話を交わし、人の様々な表情に触れることがこなれた回路を形成する近道だと、実体験として知っていたから。

 近頃は珍しい同族への親近感ももちろん含まれていて、年若い友人との気軽なやり取りに楽しみを見いだしてもいた。

 「んじゃ、もうひと頑張りするか」

 手を組んでぐい、と上に伸ばす。同時にセルフメンテで人工筋肉残りを軽くほぐすと、スタンビルは夜のローテーションに参加すべく、再び暑苦しい工房に入っていった。


* * *


 「スタン、動くな」

 「は? それじゃ片づけられないんだけど」

 「いいから」

 まだ太陽は顔をのぞかせない、けれど空がぼんやりと白光を含ませ始めた頃。引き継ぎを終えて親方の家に帰ってきたスタンビルは、既に目覚めていた親方に就寝準備を止められた。納得がいかないまま、就寝モードの差異体を預けるスツールに手をかけて身動きを止める。と、何の前触れもなく部屋のドアがスライドし始めた。ぎょっとして振り向いたときにはロック音まで響き、照明が落ちる。

 「おい、閉じ込める気か?」

 「黙ってろ。何があっても絶対に動くな。これは命令だ」

 「………」

 スタンビルの養い親は、理由も告げずに合理性重視の奇行に走ることで有名だが、まさかこんな夜更けに理不尽に振り回される羽目になるとは思わなかった。

 キーワードで一切の行動を封じられ、声まで出せなくなり不満を膨らませるスタンビルだったが、黙ったことで耳に入るようになったかすかな音に気持ちだけ目を見張る。意図的に殺された足音が三種類、家の裏手から回り込んできている。

 とっさに演算で割り出した忍び足の重量は、どれも人の平均体重前後にすぎないが、重心の位置、荷物の有無といった計算結果が嫌な予感を引きだす。何だって軍人並みの武装をした連中が、一階の機械技師宅を訪ねてくるのか。

 「……、……!」

 内線からの緊急コールも断たれており、思いのままにならない体は密室に縫いとめられたまま。せめても、と拡張した知覚が、不穏な気配と親方の接触を知らせた。


 『こんばんは。今日もおひとりですか』

 『この時世だ。ガキにヒマさせとく余裕なんぞない』

 『それは残念。彼がいればぜひ狩らせていただいたのに……』

 『熱探知、磁場処理ともクリア』

 『へぇ、本当にいないんだ。勇気あるなぁおじいちゃん』

 『勇気、な。貴様らの定義する正義や何やにどれほどの価値があるものか

 『価値の有無などどうでもいい』』

 『大切なのは結果だってば』

 三者三様の言い分、そのどれもに盲信という名の狂気がまとわりついているのを察し、スタンビルは嫌な予感が的中したことを悟った。と同時に、指一本動かせない現状に憤りと恐れを覚えた。薄暗い中でも、強化された視力は鈍器に使えそうな工具箱や縦になりそうな余り物の資材、それにこの部屋を牢獄状態から解放するためのパネルもとらえているが、どれもがスタンビルの手に届かないところにある。

 『その様子では、ご意見に変化なし、ですか』

 『貴様らを見ておれば、上の人となりも知れる。馬鹿どもに貸してやる力も知識も持ち合わせておらん』

 『馬鹿、ね。我々の崇高な理念をわかっていただけないとは』

 『ナハル鋼を一定量以上集めて使おうという考えがそもそも間違いだ。あれは人体には有害なもの。加工技術など人の手には余る』

 『うっさいなぁ、ボスが何も考えてないとでも思ってるの?』

 『第二が攻撃衝動電波を発信したことがそもそもの誤りだ。我々の目的はそれを潰すこと。ためらう理由はどこにもない』

 『それだから馬鹿というんだ。帰れ』

 『物わかりの悪い方ですね』

 カチリ、と乾いた音が廊下の先とスタンビルの耳の奥に響く。

 『これが最後の機会だと伝えてあったでしょう』

 動かない唇がもどかしく、やめろ、と頭の中で叫んでいた。

 『ご助力願えないのならば』

 焦燥に感情を支配されながら、一方で冷静に近未来予測を叩きだす思考回路。

 『ここで退場願いますよ』


 何もできない、間に合わない、と。


 ダンッ!


 『っは、それで結構』

 零れる血の音、崩れた膝が床をこする、どう、と倒れ伏すと同時に三人が撤退を始めた足音、裏手のドアが閉じられる、粗い呼吸音、


 『 ―― 解除』


 その一言に動き出し、ドアを半ばこじ開けるように操作して駆け込んだ先、赤黒い血だまりに倒れ込んだ老人は、かろうじて息をしているというありさまだった。

 「おやかた……」

 ようやく零れた声に、嗚咽が混じることはない。それでも常より幼げな呼びかけは、わずかに差しのべられた手が受け止めた。そっと握り返すと、しわの寄った頬がひくりと動く。

 「生きろ、スタン」

 「待って、親方……!」

 わかったとも嫌だとも、何も伝えられないうちに親方は事切れ。


 スタンビルに残されたのは、遺言として開示された文書ファイルだけだった。


* * *


 ディクリート同士の争いで大切になるのは、磁場の使い方だ。いかに相手の加速度を殺し、感覚を鈍らせ、こちらに優位な展開へ持っていくか。いつかの三人組の『ボス』、ナハル鋼を用いた自動制御式の電磁塔をつくるなどという荒唐無稽な計画を師から引き継いだ研究者をマスターにもつナハトは、核を集める過程で幾人ものディクリートを手にかけている。組織を負ってあてどない旅暮らしをしてきたスタンビルに比べ、経験のうえでも機体整備状態のうえでもアドバンテージを持っていた。

 数十分の組み合いを経て、スタンビルは左目と左手首を損傷、対してナハトは右足の命令系統にノイズが混じるくらいで、ダメージと言えるほどの怪我を負っていない。何より元々蓄積されていた疲労がスタンの足を引っ張る。

 「そろそろきついんじゃないかな。わざわざ核の提供に来てくれるなんて、君はどこまでもお人好しで親切だ」

 「へぇ、人の親切心をくみ取れるほどの情緒があったのか。感情回路閉じてるお前に」

 「……気づいてたか」

 「薄っぺらい笑いに平べったい声。つくられたてのふりして、実は俺よりずっと長生きだろう」

 「お爺さんの入れ知恵?」

 「っと!」

 さらりと出された個人の話題はスタンビルの動揺を引きだし、とうとう腰から下の命令系統攪乱を仕掛けられる。

 「感情なんて邪魔なだけだ。ここで終わりだよ、スタン」

 「は、どうかな!」

 延髄めがけて振り下ろされた手刀は、スタンビルの右手に絡め取られ、磁場による強烈なしびれに見舞われる。それでも落ち着いていたナハトが目を見開き、初めて動揺を露わにしたのは、自身の思考回路と運動全般の回路が接続不能に気づいたからだろう。ボロボロの体をどうにか六割制御をとり戻した右足で支え、スタンビルは方頬で笑った。

 「反射で怯えて逃げてればよかったんだ」

 「ナ、ニ、ヲ」

 「お前のマスターはどうして親方にちょっかいかけたんだった?  ―― 核の加工技術、俺が受け継いだんだよ」

 まさか、とぎこちない唇が刻み、スタンビルはもはや指一本動かせないナハトの腕を強引に引く。面白いくらい簡単に少年の体が地にふした。

 「ソフトは遺言ファイルを鍵にして入れられてた。つまり、これは俺の固有データだ。誰にもコピーできないし、無理に引きだそうとすれば壊れる。この話をするのはお前が初めてだな。外の馬鹿どもは仲間がひっ捕まえてくれたから、聞き耳立ててる奴もいない」

 このタイミングを待っていたのだ、と仰向けに倒れたナハトの傍らに膝をつき、スタンビルが右手を伸ばす。人工皮膚をはいだ指先に、核に作用する磁場を形成する端子がのぞく。

 「お前が入らないっていう感情が、俺をここまで連れてきたんだ。さよなら、ナハト。マスターに恵まれなかったかわいそうなディクリート」

 「………」

 機能停止に瀕しても揺らがない表情を見下ろし、一拍おいてうなじに触れる。完全に核の機能が壊れたのを確認し、スタンビルは尻餅をつくように後ろに体重をかけて床に座り込んだ。

 「これで終わり、か」

 切りっぱなしの通信端子の向こうでは、仲間たちがじりじり地知らせを待っていることだろう。切り札をもっていたとはいえ、負ったダメージはスタンビルも大きい。さっさと修理を受けなければ、後々支障が出るかもしれない。

 わかってはいたが、すぐ動く気にはなれなかった。

 「感情を覚えたこと、後悔はしないからな」

 それが例え、家族に対する耐えきれない喪失感を呼び、押し殺しきれない友人への想いを自責と憎悪に転化させ、どんな傷より痛みをもたらしたとしても。


 乾いた瞳で天井を仰ぎ見つつ呟くと、スタンビルは束の間、自らに悲しみにひたることを許した。



-Sternbild-

製造:328

性別:男性

タイプ:普通

マスター:親方

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