249 ―Reise & Nordlicht―
「うわー、でかいなぁ」
「え? 聞こえない!」
「敵さんが! でかいなぁって!」
「あぁ、そりゃあシステム丸一個暴走してるからね!」
『お前ら、ヘッドセットは何のためにあるか知ってるか?』
「「あ………」」
ゴリゴリとものすごい音を立ててスクラップ原を行く車の中、三人の声が飛び交う。うちひとり、男女の怒鳴り合いに静止をかけた黒髪の男は、器用にハンドルを操って跳ねる車体を標的へと寄せていく。胸には銀のプレート、腰のベルトにはカスタマイズのしすぎで購入当初のシルエットを失った銃が二丁。典型的な旅人のスタイルだ。
『便利だってわかってても、すぐ壊れちゃうから使う癖がつかないのよね』
『ライゼ、それ違う。壊しちゃうだから。君は動きが無茶すぎ』
『何よ、それが仕事なんだから仕方ないでしょ!』
『使い慣れてないのはわかったから大声出すな。お前らはともかく、オレに関しちゃ鼓膜が破れかねん』
『ごめん』
淡々とした注意に首をすくめたのは、ライゼと呼ばれた黒髪の女性。こちらも首にはチェーンを、腰にはシンプルな型の銃を装備し、後部座席の窓から外を見やる。視線の先には灰色の巨大な直方体。ところどころにいびつなアームが取り付けられたそれは、昔どこかの工房で溶接処理を担うロボットだったらしい。耐熱性に優れた装甲は、都市を離れた原野にあっては悪目立ちする。捕捉だけならしばらく前からできていた。
『それにしてもやっかいな依頼だなぁ。あれの動力、潰しちゃダメなんでしょ』
『回収要請がついてるからな。今回はお前が適任だろう、ノルトリヒ』
『せいぜい頑張らせてもらいますよ』
あっけらかんと返事をした青年は、もうすぐ巨体のセンサー圏に入りそうだと聞いて自前のロッドを取り出した。カードケースも開いて特殊効果を付与する回路を選ぶ。この薄い板は、特定の鉱物に彫刻師と呼ばれる能力者が紋を刻んだもので、旅人が携行するたいていの武器の強化に使える。今回ノルトリヒが取り出したのは、下端をレモンイエローに染めたチップ。
『電気系?』
『あれだけ腕があると動き回られてもめんどいし。部分的にでもマヒしてくれたらいいなぁ、と』
『んじゃ、あたしと運び屋さんも妨害ってことで』
『了解』
『お願いするよ。さて、そろそろ出るかな』
道が悪いとはいえそれなりの速度で走り続ける車の、後部左手のドアが無造作に開かれる。よく晴れた空から差す日の光を受け、強化ガラスがきらりと反射した。ロッドを左手に、ノブを右手に、こげ茶の髪をなびかせた青年の体がするりと乗り出す。
『じゃあ、フォローはよろしく!』
マイクに声を吹き込んだ直後、長身が宙を舞う。滞空時間は約三秒。唐突に車の慣性から外れたノルトリヒは、しかし危なげなくスクラップの上に着地する。グシャ、と合金製らしいプレートがひしゃげるほどの負荷を関節の屈折でいなすと、身を低くして疾走開始。
巨体の真正面を目指す仲間を後目に、運び屋の操る車は大きく道手へと迂回する。ノルトリヒの動線を遮らず、直射日光に視界をくらまされることがない位置につけるためだ。
黒一色でペイントされた車体は工房ロボットに比べればちっぽけだが、さらに卑小な旅人ふたりの鎧としては十分なスペックを持つ。ロボットからの反撃を度外視した重い弾丸を選り出すと、ライゼはからっぽの助手席へと身を滑らせた。
『初弾は右下、指が折れてるのやるから』
『こっちが飛ぶタイミングで』
『任せて』
ヘッドセットに届くノルトリヒの声に揺らぎはなく、狙撃に備えて窓を開いたライゼも風圧に押される気配すらない。運び屋は苦笑未満のゆがみを口元に刻み、マイクをオフにしたままひとりごちた。さすがに頑丈だな、と。
弧を描いて近づく軌道へ車がのったのを見計らい、ノルトリヒは一歩一歩で溜めをつくるように足運びを変える。足首や腰を痛めかねない動きに停滞はなく、息ひとつ乱さない表情は冷静そのもの。
―― 三、二、一、
『今!』
ガァァァン!
ギンッ!
ドンピシャの着弾音に、左肩後ろから思い切り振ったロッドの打撃音が重なる。ゆびがひしゃげたアームではノルトリヒの攻撃に対処しきれなかったようで、ロボットが衝撃に耐えるように束の間挙動を止める。その隙をつき、巨体の側面を蹴って一端距離を取ろうとしたノルトリヒだったが、『敵』を認識したロボットが左真ん中のアームを振りかぶった。
『動かないで!』
女声の通信と同時に精密な連射を浴びて灰色の壁が揺らぐ。その間にロッドへ回路をしこんだノルトリヒがすぐさま行動を再開する。
バヂィッ!
青みがかった火花が散るも、ノルトリヒの手には傷ひとつない。対してロボットは制御系の末端がマヒしたらしく、無様に仰のいたまま動かない。
『ポイント行くぞ』
そこで運び屋が呼びかけた。手にはハンドルの代わりにカスタム銃、眇めた黒の瞳には、意識を絞ると藍色の光が映る。各種機械の組織を一目で読み取り、そのバラし方を直感する能力、通称解体師の技能の発現だ。
狙いは三か所。動力には負荷がかからずロボットの行動制限には有効な、下部のアーム二本に上部のセンサー。引き金が三度引かれ、一瞬の後にペイント弾のスカイブルーがぶちまかれる。
『ありがとう!』
答えたノルトリヒの反応は素早い。ポイントを待つ間に蓄積させた運動量を腕部にのせ、下部アーム二本をまとめてひとなぎ、さらに底に鉄板を仕込んだブーツで一蹴。
ゥンッブンッ
マヒが解けたロボットの、中央真ん中と下のアームが青年を襲うも、一方はロッドで流され、一方はライゼの二度目の連射に軌道を逸らされる。
『相変わらず重い弾をポンポンと……』
『腕力の限界なんてクリアしてるからね』
車の会話を耳に、ロッドの半ばを握り直したノルトリヒは下部アームを下から叩く。青く染まった二本が気持ちよく吹っ飛んだことで、巨体がギシ、ときしむ。どうやら動作系のシステムが破たんしたらしい。
ロボットに回避行動がとれないと悟ると、ノルトリヒは一度後方へ退く。ぎこちなく追いすがるアームにはまたもライゼの連射が応じ、運び屋はすでに観戦大勢体勢だ。最後にセンサーを壊せば、ロボットはもう暴れなくなる。
『トチるなよ』
『もちろん、さ!』
言い切ると同時に青年がジャンプ。一足で五メートル近く跳び上がった、その脚部にめまぐるしく渦巻く藍色の光に目をすがめ、運び屋の顔つきがやれやれと言いたげな呆れに緩んだ。
「まったく規格外だな、お前らのスタイルは」
見守る先、思い切り背を逸らし極限まで力を上乗せした渾身の一撃が、見事にセンサーの真っ赤な半球をぶち壊した。
* * *
光に沿って工具を当て続ける事三十分。見上げるほどの巨体は外装と内部パーツの山に小分けされ、あらたなスクラップとして原野に溶け込み始めていた。
「こんなもんか」
「へぇ、けっこう大きいんだなぁ」
「これでもずいぶんエネルギー効率はよさそうだけどね」
「それで暴走されるのは勘弁してほしいがな。ライゼ、後ろをあけてくれ」
「はいはい」
ライゼが鈍く光をはじく金属製の板をずらすと、運び屋の細かい指示を待たずにノルトリヒが成人男性の胴ほどもある動力部を持ち上げる。推定五十キロほどの銀塊は、片手で無造作に担ぎ上げられた。
「悪いな」
「あはは。ま、これでも僕らはロボットですから」
軽やかな口調も明るい笑顔も人のそれと区別がつかないが、ノルトリヒとライゼはディクリートのコンビなのだった。チェーンに吊った銀のプレート ―― 都市間を自由に行き来できる『越境パス』を授けられた一握りの旅人の中でも、特に珍しい存在。マスターをもたない二人は、今日のように気ままに依頼を受けて旅費を稼いでは遠出を繰り返す、生粋の旅人である。
運び屋が二人と知り合いになったのも、とある依頼のパーツ回収がきっかけだった。解体師という能力者としてはこれもまた異例なことにフリーである運び屋にとって、スカウトや買収といった面倒な思惑を持ち込まないふたりは、組む相手として申し分ない。向こうは向こうで精密機械をいじるスペックの持ち合わせがなく、比較的交渉しやすい運び屋を誘いに来ることが多かった。
「にしても、最近ふえてるわね、ポンコツ」
「インゲニアのお偉いさん方もまだ原因つかめてないみたいだし、依頼も多くなりそうだなぁ」
「つまり、稼ぎ時?」
「だね」
「少しは危機感を持たんのか」
「運び屋さんとお説教ってミスマッチすぎよ」
車に荷を固定し終えたライゼが、鳥肌が立ったとでも言いたげに腕をさする。
「ま、今のとこは古いのがバカになってるだけだし? あたしらまで巻き添えにはならないでしょ」
「だといいがな。お前らが狂った日には、下手したら都市がひとつ潰れる」
「ヒトを何だと思ってんのよ」
「まぁまぁ、実力を評価してくれてるってことだろう」
気をつけるだけは気をつけるよ、と笑うノルトリヒに片眉を上げて見せ、運び屋は道具箱を抱えると運転席に身を落ち着ける。パネルを起動させると、依頼完了の報告を出す。
都市が提供する依頼リストには、やはり暴走ロボット関連の件が目立つ。ここ三十年ほどで、ひとつ前の大戦より先につくられた機械が故障し、今回のターゲットのように周辺に危害を加えるケースが出てきた。技師連中が集まっては議論する大きな問題だが、調査はなかなか進展せず、最近では原因解明よりも貴重な部品の回収を優先する傾向にある。
このスクラップ原も、元々不毛の戦場跡だったところに誰かが不要なパーツを捨て始めたために出来上がった場所だ。どの都市も余計な予算をつけたがらず、旅人しか使わない道は早くに埋もれ、ここを走れる車の製造へと解決策がシフト。原野専門ドライバーなどという職までうまれている。
「報告すんだの?」
「あぁ」
「じゃあ帰りますか。はやく報酬をもらいにいこう」
「出すぞ、乗れ」
操作用のパネルを閉じたところで後部座席が埋まる。ゴゥン、と低いエンジン音とともにがたがたと走り出す車の中、ミラー越しに見える表情はのん気なもので、いつか自分たちが壊れるかもしれない、という不安はどこにもない。旅人コンビにとっては、次に向かう予定地や、名物を買い漁る土産代の捻出のほうがよほど大事らしい。
「焦るは人間ばかりなり、か」
「なあにー?」
『独り言だ。それと、ヘッドセットの電源』
『―― 忘れてた』
何度目かわからないやり取りに苦笑し、運び屋はハンドルをインゲニアへと大きく切る。
各々考えるのは帰路のこと、別口の仕事、それにちょうど帰り時が頃合いだろう夕食のこと。目先の小事を疎かにしてはたまの大事に動けない、と自らに言い訳をつけながら、ようは面倒なことを考えたくないだけだ。時折三人で他愛ない話を交わしながら、真っ黒な車は道なき道をがくがくと走る。
そうして今日も、ディクリートと人間の日常は続いていく。
-Reise-
製造:171
性別:女性
タイプ:普通
マスター:なし
-Nordlicht-
製造:172
性別:男性
タイプ:普通
マスター:なし