表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dichlied  作者: 古深
1/8

086 ―Adler―

 つん、と爪先に抵抗感。転ぶ、ととっさに前に伸ばした左腕の肘をわしづかみされる。

 「ってぇ」

 「あ、すまない」

 平坦な口調にいらっとする。バランスを取り直すと、さっさと支える手を払いのける。

 「いいから、前」

 「わかった」

 こちらの不機嫌を意にも介さない茶髪頭をぎっと睨みつけ、マルクは次の一歩を荒々しく地に叩きつけた。


 大陸南西部の平野地帯に乱立する都市のひとつ、インゲニア。この地に暮らす少年のあこがれの的は三つ。

 一つ目は、他都市とのコンテストにエントリーできるような凄腕の技師。

 二つ目は、越境パスを授与された『公式』の旅人。

 そして三つ目が、都市警護特殊部第一隊、通称騎士隊の隊員である。

 その騎士隊に入隊する第一歩として、マルクは初の野外訓練に来ていた。内容はいたってシンプル。指定されたフィールドを歩き回り、あらかじめ放たれたターゲットを倒す、というだけのもので、教室で言い渡された時には楽勝だ、と友人とはしゃいだものだ。


 問題は、マルクのパートナーが『転入生』だった、ということで。


 「速度が落ちてきた。疲れているのか?」

 「そりゃあ、動き続ければ疲れるさ。俺は人間だからな」

 「それなら休憩を、」

 「いらない。さっさと行くぞ!」

 どうして怒鳴られたのかわからない、という風に一拍おいて前に向き直る転入生の様子に、歩き詰めの疲れは見られない。それもそのはず、彼はインゲニアの技術の結晶であるヒト型機械 ―― ロボットなのだ。

 なんだってこんなことに、と忌々しくまっすぐに伸びた背を睨む。座学の教員は、社会貢献の一環だの一級技師の役に立てるだのと興奮してまくしたてていたが、マルクにはまったくもって関係ない。気心知れた仲間とは行けない、とわかって落胆したくらいだ。


 『こんにちは』

 『ドーモ』


 めいっぱいのトゲを込めたあいさつにも動じず、淡々と打ち合わせをすませた時点でテンションはますます下がった。それからは必要最低限の会話しかせず、二人は歩き続けた。



 「ここがエリアの端だ」

 「見りゃわかるよ。赤い印がある」

 「だったら、次にどっちに行くかを決めないと」

 平然と苛立ちを受け流され、マルクの長くはない気の張りがぷつんと弾けた。

 「お前は好きな方へ行けよ。俺は北へ行く」

 「別行動は認められていないはずだ」

 「うっさいな。手分けして探す作戦とかって納得しとけよ」

 まだ何か言いたげなロボットに背を向ける。マルクの後ろめたさがそう見せるだけで、アレに困惑なんて感情があるはずないのだ。

 頭に血をのぼらせていたマルクは、だから反応が遅れた。


 「いた!」

 「! ちっ」

 左手の茂みから躍り上がる影から、地を転がって逃れる。サポーターが皮膚に食い込んだが気にしていられない。ダンッ、という打突音を聞く。

 くるりとめぐった目の前に降り立ったのは、メタリックに陽光を照り返す角張ったシルエット。マルクの胸ほどの高さには視覚センサー付きの『頭』を、全長の下三分の一ほどには関節でローター音を鳴らす『足』を備えたそれが、今日訓練生向けに放たれたターゲットだ。

 ぱっと身を起こしたマルクは、すぐさまホルダーに手をやる。つかんだのはロッドで、ボタンをおさえながら一振りすると、銀の柄が腕くらいの長さに伸びた。

 「おい!」

 タタタッ、と連なる射出音が返事だ。弱装弾はターゲットの表層を貫きはしないが、索敵コードを乱す。

 「大丈夫か?」

 「当然!」

 赤い『目』が後方の転入生を向く隙にダッシュをかける。ロッドを思い切り振りおろした。ガァン、と耳障りな金属音が響く。『腕』にあたる、ペイント弾を込めた銃部分がゆがんだ。

 「さがって!」

 再び銃声。今度は関節狙いで、『左腕』のランプが消える。故障判定がついた。

 ほっとする間もなく『右腕』が飛びすさったマルクをロックする。とっさに地に手をはわせ、つかめる限りの小石を投げた。


 ビシャッ


 運よくどれかがペイント弾を迎撃し、マルクの代わりに地面が青く染まる。

 「くる!」

 「おう!」

 弾道を追うように跳んだターゲットの着地点を潜り抜けて背後を取る。ぐるん、と『腰』からねじって振り回された『腕』も避け、『頭』と『右腕』を続けざまに殴りつける。じん、と利き手がしびれるのをこらえてもう一度。

 「ラスト!」

 声に合わせ、打撃音と銃声が重なる。


 ピピピピピ、と甲高い電子音が高らかにエリアに響いた。



 「これでクリア、したんだよな」

 「ターゲットの三部位ともランプがついている。君はうまく銃を避けていたし、合格だろう」

 「インクかぶったら減点だからな」

 素直に喜びかけてはっとする。何を普通のクラスメートに話すようにしゃべっているんだ。

 戦闘前のよそよそしさを取り戻そうとして、振り向いた先の姿に目を見張る。

 「お前、それ」

 「それ?」

 何を指しているのかわからない、と首を傾げられる。マルクはび、と指を突きつけた。

 「腕だよ腕! 平気なのかっ?」

 「表面に傷がついただけだ。問題ない」

 「それならいいけど……。でも、いつの間に?」

 「ターゲットが最初に跳んだとき」

 地を転がりながら耳にした鈍い音を思い出す。あれは、こいつがターゲットを受け止めた音だったのか。

 マルクのように汗をかきも息を乱しもせず、平然と装備の点検をする転入生の右腕は、千切れたジャケットの袖口から引きつれた皮膚をのぞかせる。血がにじまないから直視できるだけで、これが人体だったらひどく悲惨な有様になっているだろう。

 まじまじ見るものでもない気がして目を逸らす。本人が問題ないと言っているのだから、放っておけばいい。帰ったら教員に小言を喰らうかもしれないが、いつものように聞き流してしまおう。どうせ工房で修理してもらえば、あの腕は元通りになる。マルクが居心地の悪さを覚える必要はない。

 よくよく自分に言い聞かせ、もう一度転入生に向き直る。変わらない表情、滞りない動作。だけど。


 この腕が傷ついたのは、マルクをかばったせいだ。


 「―― やっぱりよくない」

 「え?」

 無事な左腕を掴んで引っ張る。本来はびくともしないだろう力に、しかし大人しくついてくる転入生をターゲットのそばに座らせる。

 「どうしたんだ?」

 「いいから腕出せ」

 ターゲットの胴体を探ると、小さな救急箱が出てきた。包帯とハサミだけ取り出す。

 律儀に両方伸ばされたうち、ボロボロなほうに包帯を巻く。実習をちゃんと受けておいてよかった。

 「何に怒っているんだ」

 「別に怒っちゃいない」

 「でも、顔をしかめてる」

 「怒ってるときばっかりこうなるわけじゃないんだよ。お前にはわかんないだろうけど」

 「そう、だけど」

 まるでためらうような言い様に顔を上げる。父の工房で幾体かのロボットを見てきたが、こんな話し方をするやつはいなかった。

 灰色っぽい目がマルクを見返して揺れる。

 「僕は、それがわかるようにならないといけない」

 「無理だろ」

 「できるはずなんだ。だって、」


 心を入れてもらったんだから。


 「…………は?」

 聞き間違いだろうか。手を止めて目をぱちくりさせると、正面の顔がわずかにゆがむ。

 「君のお父さんたちが、感情回路を再現させて、僕の中に組み込んだんだ。先生から聞いていない?」

 「あー、聞いた、ような」

 たぶん、聞き流していたどこかで言っていたのだろう。気まずく目を逸らして頬をかく。一方で、納得するところもあった。

 「もしかして、今日はずっとおれの観察をしてたのか?」

 「僕にとっては『勉強』だ。工房の人も先生たちもいろいろ話しかけてくるのに、どうして君は黙ってるんだろうとか。転んだときは何がいけなかったんだろうとか。今も、怒ってはいないと言うし」

 大真面目な様子に、マルクは思わず口元を緩めた。

 「今お前が感じてるのは、たぶん、困るとか不思議がるって感情だよ」

 「困る、と、不思議がる」

 ゆっくりと繰り返し、覚えた、と頷くところは子供のようで、マルクは笑みを深くした。感情があるとわかったがはやいか、こちらの見る目にフィルターがかかったのか外れたのか、さっきまでの嫌悪感がほぐれてくる。

 急に笑い出したマルクに目を丸くした転入生は、おかげでますます子供っぽく見えた。つくられて日も浅いのだろうから、ある意味では当然なのかもしれない。

 「どうして笑うんだ?」

 「おかしいからだよ。面白いやつだな、お前」

 納得していないのを置き去りに、手元に目を落とす。くるくると残りの包帯を巻いてしまい、きゅ、と端を縛る。見目悪い袖口はハサミで切ってしまった。

 「ま、こんなもんだろう」

 「ありがとう」

 「いーえ」

 ひょい、と肩をすくめる。胡坐から立ち上がり、腕時計を確認。のんびり歩いて帰っても刻限には間に合いそうだ。

 「ほら、変な顔してないで行くぞ」

 「変な顔?」

 「眉間にシワ」

 それ、戸惑いってやつな。またひとつ教えると、シワをほぐすように額に当てた手のひらの下、灰色の瞳が瞬く。今度は何も言わず、ただ表情を少し緩めた。

 「ずいぶん勉強できたみたいだな」

 「いや、まだわからないことだらけだけど」

 笑みを浮かべた自覚がないらしい。座ったまま見上げる目線に左手を差し出す。

 「立てよ」

 ぐ、と引いた手のひらはひとのもののようで、少しひんやりとする。右手を曲げ伸ばししてさわりがないと確かめ、マルクより頭ひとつ高い背が荷物を手に振り向く。

 「待たせた。もう行ける」

 「おう。……お前、名前は?」

 「アドラー。ディクリートの一号機だ」

 「オレはマルク。よろしくな」

 今更のあいさつに、アドラーは呆れるでもなく頷いて。

 「こんな変なやつでもよかったら」

 「いーよいーよ、オレが『勉強』に付き合ってやるから」

 妙な遠慮を笑い飛ばして、マルクはアドラーの肩を叩く。ぱし、といい音がした。


 行きの不機嫌と戸惑いをどこかに落としてきたように、二人の帰り道は騒がしく、楽しげだった。



Dichlied:造語。人間並みの情緒を学び得る下地を持った機械人形。


-Adler-

製造:086

性別:男性

タイプ:騎士

マスター:マルク

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ