第5話
暗闇の中にいる私。
店を後にし、先程車を止めた場所まで歩きだすと、急に背中の後ろから肩に腕が回り、私は驚いて肩をびくつかせた。右隣に並んで歩いている彼を見上げると、やさしく微笑み少し顔を下げ私を見つめている。私はその顔に拒否することは出来ず、また、騒ぎ立てたりもしたくはなかった。肩に入った力をすーっと抜き、バレないように深呼吸をすると、不安だった気持ちが和らぎ、私も微笑み返した。
車のエンジンをかけるが直ぐには発進せず、運転席と助手席の間のボックスに左肘を付けながら、
「これから、どうしようか?ドライブでも行く?」
私は雰囲気に流され、
「う・・・・ん」
小声でうなずくと、
「かわいいな」
彼の顔がどんどん近付き、私の顔の手前でまでくると、
「本当に、かわいい」
さっきからやられているその笑顔に、またしても胸をときめかせ、本心で言っているのか、社交辞令で言っている言葉なんか、どうでもよくなった。褒められてどういう態度をしたらいいのか分からずにいると更にゆっくりと顔を近づけ唇にキスをした。胸板を両手で押しつっぱねることも出来たが、私はほんの数分の間に彼に惹かれてしまっていた。
初めてのキスなんかじゃないけれど、濃厚なキスばかりしていた私には新鮮で、初めてキスした時と同じように恥ずかしさとうれしさから、舞い上がってしまっていた。車は街中を走り出すと、街灯の明かりがキラキラ輝いているかのように見え、綺麗な街並みに見えた。
「どこに行くの?」
見慣れた景色が眩しく見える中、私はふと冷静さを取り戻す。
「・・・・・」
返事をしない彼を見ると、やはり先程と同じあの顔をして、私は何も言えずにいた。そのまま何も聞かず、ネオン街へと車がつくと、
「ここって、さあ」
私が話かけているのに、聞こうともせずよく知っている場所へと来てしまった。この場から走って逃げタクシーで帰ってしまうことも出来たが、私はそうしなかった。したくなかったのかもしれない。
薄暗い部屋に入ると、
「先にシャワー浴びる??」
「う・・・・ん」
今日身に付けていた下着が気になって、すぐさまシャワー室へ入ると、洗面台に映った自分を見つめた。アイツを裏切ってしまうのに、後悔はしないのだろうか。明日からアイツと向き合えるだろうか。熱めのシャワーを浴びながら悩ましいことばかり浮かんでは、増えていく。