第五章 「気持ちのいい昼下がり、林道を抜けて集落へ」
車は街道を抜け、それから大通りに出て真っ直ぐに走った。叔父がハンドルをさばくたび、よく日焼けし、隆起した筋肉がポロ・シャツの袖からのぞいた。
「でも向こうに比べたら涼しいだろう」車が長い直線に差し掛かったとき、叔父はこちらにぱっと顔を向けた。それから手でバックミラーの角度に修正を加えた。「東京の暑さはおれも経験したことがあるけどさ、ありゃちょっと普通じゃないよ。そりゃ京都なんかもおそろしく暑いよ。でも東京の暑さはまた別物だ」
「わかるような気がします」
「あそこは大体人間が多すぎるんだよな……うち来る前になにか買って行こうか。メシは家にあるけど。なにか必要なものある?」
「花火がやりたいですね、去年みたく」
「……ああ、そういや去年もやったなあ」と叔父は言い、きれいに剃った自分の顎を撫でた。「よし、じゃあ花火も買ってくか」
我々はそろって車を降り、ファミリーマートで花火とペットボトルのジュースを買った。勘定は叔父が払った。僕が財布をポケットから出そうとするその仕草だけで、叔父は僕の胸に手を置き、半ば押し飛ばすような感じで制止した。それで案の定、僕はレジの前でおろおろする結果に至ってしまった。彼は僕に対して父性的な存在であろうと常から努めていた。でもどういうわけかそれが僕を息苦しくさせてしまうのだ。
道の途中、僕は大学の競争的で半ば惰性的な日常を吐露し、叔父は自分の気ままな暮らしぶりを楽しそうに話した。子供のころから彼と話をするたびに、胸に将来は田舎に住みたいという気持ちが募った。でもそれを口にするたび、叔父は気のない感じで「やめとけやめとけ」と受け流した。叔父はもちろん僕になにか伝えたかったのだろうけれど、僕にまだそういう意味での想像力がいくぶん足りなかったせいもあるだろう、実際的な問題を彼の生活の中に見出すことができなかった(そして彼自身、どこかしら田舎者を嫌っている節があった)。
大きなスーパーマーケットのわきを通り過ぎ、林道へ入ると、姿のない鳥たちの鳴き声が頭上に降り注いだ。軽快に砂地を噛む車の上を、木の葉の影が休みなくその模様を変えながら踊った。気持ちのいい昼下がりだ。ときおりサイドミラーが鋭く光を反射し、ある地点に差し掛かったところでちかちかと絶え間なく光った。それが道の終わりを示すサインだった。気づくと我々は閑静な住宅街に、その完璧なまでに整地されたアスファルトの上を音もなく走っている。叔父の家は一年前となにも変わらないように見えた。張り出した一階のテラスからは束ねられた更紗柄のカーテンがのぞき、奥に広々としたダイニングが見える。大きな窓がいくつも配され、それにのっぺりとした銅色の屋根がふたをしている。隣家と見比べてみてもほとんど見分けがつかない。それが遠く山の麓まで続いているのだ。
叔父はぴったり車を青天井の車庫に止めると、一仕事終えたような顔をして煙草に火を点け、座席をいっぱいに倒してのびをした。彼はしばらくのあいだ目をつぶってそうしていたのだが、突然はっとして飛び起き、亡霊でも目にしたような顔つきで僕を見た。
「いけねえ。いま何時?」
「三時十分」
「しまったな」と叔父は言い、考えあぐねるように間を置いた。「だってケイちゃんお腹空かしてるもんな?」
「まだ平気ですよ。どうしたんですか?」
「ちょっと出ちゃってるんだよ、あいつがさ、女房が。まあいいか。どっちみち夕方になったら帰ってくるからそれまで……とにかく家ん中で食いもん探そうか、ね?」
我々は荷物を持って家の中に上がった。紛れもない木の香りが部屋中に満ちていた。叔父はリビングのソファに僕を座らせると、自分もどっかと腰を下ろした。
「もてなすもんがなくてわりぃね」と叔父は言い、頭のうしろの方を掻いた。「あいつもタイミングが悪いんだよ。最近じゃあ習い事にはまってるみたいでさ」
「習い事って?」
「手芸だよ。グラスに敷くコースターを作ったり、ぬいぐるみを作ったり……そうだよ、この前なんか粘土のフルーツ・パフェ作ってきやがってさ」
「へえ」と僕は感心して言った。
「なにがおもしろいんだかさっぱりわからんけどね」と叔父は呆れるように首をひねった。「そのうちペンションを始めようとかいいかねん勢いで……」
「いいですね、それ」
「ジョウダン」叔父はそう言うとソファから腰を浮かせ、ダイニングに向かって歩きかけた。「お酒はまだ無理なんだっけ?」
「多少なら」
叔父は高らかな声で笑い、「男はそうでなくっちゃ」と上機嫌にくくった。