(1)
ふと誰かに呼ばれたようで振り返る。誰もいない。
それは昔、臨海学校での遊泳中の時であったし、母親に手を引かれ初詣の時でもあった。
期末テストの最中の時でもあったし、友人達とバスの中での談笑の時でもあった。
気のせいといえばそれまでなのだが、とても遠い所からの声とも視線とも気配とも取れるソレは確かに私を呼んでいる。
「どうかした?」と婚約者の彼も私の振り返った方を見て不思議そうに私を見る。
「何でもない、行こう。」私と彼は結婚式場の下見に向かう。
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「吠えた?」
謎の高エネルギー体を見張ってたナカムラが素っ頓狂な声を出した。
「吠えたって?」オレが聞き返す。
「吠えた…ような気がしたんですよね。」モニターを見る細長い目をさらに細くしてナカムラがつぶやく。
2年前、突然現れた暗黒物質は土星の衛星を飲み込み、地球へ近づいていた。
無人探査衛星からのデータはその暗黒物質が高エネルギー体である事を示していた。
そして1年前、火星軌道のあたりで進行を止めた。
国際宇宙観測所アジア支部のオレとナカムラの班は今夜この謎の暗黒物質を見張っていた。
「センパイ…じゃなくってチーフ、お腹空きましたね。カップめん作ってきましょうか?」
「ああ、頼む。ついでにコーヒーも。」
ナカムラが席を立つ。ガサガサとフィルムをはがす音とスープの瞬間沸騰する音が聞こえる。ナカムラが両手にカップめんを持って帰って来た。
「チーフは味噌とんこつ味ですよね。」と差し出す。
「ありがとう。コーヒーは?」
「冷めちゃいますよ。後で持ってきます。」
男2人の食事がわびしくなったのかナカムラが言った。
「チーフ、今度Aちゃんたち誘って飲みに行きましょうよ。」
「お前なー、地球がどうなるか判んない時によくそんな事言えるな。」
「だからコソじゃないですか。」
「最後の時くらい、好きな娘と一緒がいいじゃないですか。」
もっともな意見だ。でもな…。
「政府が秘密にしてる事なんだから、女の子達にしゃべるなよ。」
「それぐらい、わきまえてます。それじゃ、一緒に行ってくれるんですか?」
「なんで、オレも行かなきゃいけないんだ?」
「Aちゃんがイシカワさんも一緒だったら来てくれるって。」
「…センパイといいチーフといい、何で女の子達はオッサン好きなんだ!」
いきなりナカムラが悔しがる。
「お前がガツガツしてるからだよ。初対面からメアド交換しようとしただろ?」
ナカムラがムスッとする。オレはナカムラに聞いた。
「オレとそのセンパイはそんなに似てるのか?」
ちょっと、驚いたような顔でオレを見るナカムラ。突然、懐かしそうに
「ええ、とても…。コーヒー取ってきます。」
初めてナカムラと会った時のあの顔だった。
仲村と石川に会いたくて書いてしまいました。
お目汚しとは思いますがお付き合いください。