09 入学
4月になり、新学期の始まりとなる。
今年から九十九中央学園に入学になる生徒が全員大講堂に集められ、教員や来賓の人間に囲まれて入学式が行われた。
その中の一人として風芽は座っていた。
長い話に欠伸を噛み締めながら、眠気と戦っている。
夜遅くまで銃の整備と、普通の学生が持つべき持ち物について考えていたのが原因。
今まで自分が持って来たものといえば、銃にナイフにライセンス、財布……時々ワイヤーなどで。
しかし、学生ならそんなものは持たないと相談しに行ったドットに言われた。
小学校の時はランドセルに入っていたものをそのまま持って行っていたため、気にしたことはなく、筆記用具だけ持っていくのが正しいのか、“装備”をして行った方がいいのか……
などと聞いたら、大笑いをされたので彼のお気に入りの銃に不細工な顔の装飾を『変換』して作ってやった。
とりあえず鞄を改造して、銃を解体して隠し、筆記用具と財布だけ入れた。
座っている椅子の下に鞄を置き、壇上に上がって先ほどから長い話をしている校長を見て、再び口元に手をやる。
風芽と同じように眠そうな人間は何人もいるようで、前の方に船をこいでいる生徒が見える。
ツンツン
右側からつつかれ、視線だけ向ける。
「なぁなぁ、お前普通科?」
小さな囁き声だが周りが静かなせいでよく聞こえる。
茶色い髪がふわふわとしているそいつは同じように視線だけをこちらに向けていた。
胸元には普通科を示すバッジがあり、自分がつけるのを忘れていたのを思い出す。
小さくうなずくと、そいつは「俺も」と言って笑った。
「俺、赤石陸奥」
よろしく。
そう言って手元でピースを作った。
「志方風芽」
小さな声で名乗り、見えないようにそっと手を差し出した。
陸奥はその手を見て悪戯っぽく笑い、ピースしていた手で握った。
それから入学式が終わるまで何も話さず、時々隣で陸奥が笑うのを感じた。
――――――――――――――――――――――
「へぇー、風芽は帰国子女かぁ」
式が終了し新入生全員が退場した。
一時的に解散となり、クラス分けを各自で確認してから教室に移動となる。
風芽の隣に制服を着崩している陸奥が並び、大きく伸びをした。
普通科のバッジを鞄の中から見つけ、胸元につけようとしているのを見て、バッジを取り上げた。
つけてやるよ、と言って手際よくつけられた。
「そんな感じ」
「じゃあ英語とかぺらぺら?」
「だいたいの国の言語なら」
世界各地のギルドを転々としていたので、その土地の言語を覚えてきたのだ。
英語はもちろん、イタリア語、フランス語、中国語、韓国語……その他のメジャーな言語は一通りできる。
かっこいー、と陸奥が言う。
「陸奥の方がかっこいいと思うけれど」
茶色い髪はたぶん地毛みたいだし、顔の造形も整っている。
日本でいうところの、ジャ●ーズ?みたいな感じだ。
英語が話せるからといって“かっこいい”というカテゴリーには当てはならないと思うけど。
風芽の言葉に数秒固まったが、陸奥は急に笑い出す。
「あっはっは!それ、お前が言うことじゃねぇって!」
「そ、そうか?」
「そうそう、お前の方が十分それだから」
首を傾げる風芽の肩をバンバンと軽く叩いた。
陸奥の軽いノリに慣れないものを感じ、少し動揺する。
小学校でも親しい友人というのはいなかったと思うし、今まで関係してきた人間もきちんとボーダーラインを超えないように接してきた。
“高校生”という範囲での関係はよくわからないのだ。
「風芽って面白いやつだなー。話しかけて正解」
「面白い?初めて言われたよ」
「マジ?いや、イケメンだし天然っぽいしさ」
イケ??天然?
「それも初めて言われた。」
「だろうな!」
「いつもは『変な奴』とか『変わってる』とか」
可笑しいとか、クレイジーだとか……とかもある。
たしか、ついこの間も言われたはず。
それを言うと、陸奥はなんだそれ面白い、と笑った。
俺からしたら陸奥の方が面白く見える。
「ま、よろしくってことで!」
「ああ」
「まずはクラスだな!一緒だと良いなあ」
掲示板には生徒が群がり、前の方には進めなくなっている。
見た人間もなかなか外に出られなくなったりしていて、混雑していた。
陸奥がジャンプしながら見ようとするが、なかなか見えないらしく駄目だなと呟いた。
なるべく遠くからでも見えるように人の頭より上の位置に張られているようだが、異常に遠すぎて見えないらしい。
風芽は目を凝らす。
「Gクラスだ」
「見えんの?!」
風芽の身体的能力はかなり高く、視力も聴力も優れている。
別段隠すことでもないので、ああ、と答えた。
掲示板を見ながら答えた風芽に驚き、陸奥が目を見開く。
そのまま見ていくと陸奥の名前も同じクラスにあるのを見つけた。
「陸奥も」
「よっしゃ!」
わかればもう用はないと言わんばかりに背を向けた陸奥について行こうとすると、横に見たことのある顔を見つけた。
小さな背で限界まで背伸びをしながらもプルプルと震えている。
それとともに黒い髪が揺れていた。
「どーした?」
「あ、いや……」
陸奥は風芽が見ていた人物を見ると、眼を光らせた。
「お!可愛いー、誰?知り合い?」
「入試の時にちょっと」
バランスが崩れ、ふらつく身体を休めるように足をつき、肩を落としている大和撫子……古野枝咲のその肩をポンと叩く。
振り向いた彼女は風芽の顔を見て沈んでいた表情がぱぁっと明るくなった。
「か、風芽さん!」
「咲、だよな。久しぶり」
「はい!お久しぶりです!」
入試の時とは違う、高校の制服を纏い結っていた髪もストレートに流していた。
「髪おろしたのか?」
「に、似合わないでしょうか」
そう言って自分の髪を指に絡め、もじもじとしている咲は顔を少し赤く染めていた。
「可愛いと思う(ツインテールよりいいかも)」
「はぅ!」
(そんな、か、可愛いだなんて!)
笑顔(営業スマイル)を浮かべた風芽。
惚けている咲と笑顔の風芽を見比べながら陸奥は呆れた顔をした。
「(無自覚……ですねー)」
知り合ったばかりだが、風芽がモテるのはよくわかる。
日本人にしては珍しい眼の色に、整っている顔。
さっき、陸奥をかっこいいと言っていたが本当に思ったことをそのまま言っていたのだろう。
「クラス、見えないなら見ようか?」
「えっ」
「芸能科だっけ?……B1クラスだってさ」
九十九中央学園では特殊学科は2クラスずつ、一般の普通クラスは3クラスに分かれている。
芸術学科の芸能科はBクラスで、その中でも成績順にB1クラス、B2クラスと分けられる。
他の科も同様で1、2に分けられているようだ。
普通科は成績順ではなくランダムに組まれている為、数字はついていない。
「ありがとうございます」
「あ、そうだ。こっち、さっき知り合った赤石陸奥」
「よろしくー」
一応、友人というカテゴリーに当てはまるのなら紹介ぐらいはしなければ、と朝家を出る前に言われた母の言葉を思い出す。
『風芽は人当たりはいいのに、お友達は少ないんだから。ちゃんと仲良くするのよ?』
『ぜ、善処する』
『『善処する』……じゃなくって!『わかった』でしょ?』
『わかった』
とりあえず、陸奥は咲のことを可愛いと形容していたから、“好き”の部類に入るはず。
「私は、古野枝咲と申します」
丁寧に挨拶をした咲につられ、陸奥も「あ、どーも」と頭を下げた。
そのおかしな風景に苦笑いを浮かべる。
「そろそろ、教室行かないか?」
「あ、そーだなぁ……あ!咲ちゃん咲ちゃん、アドレス交換しよう!」
そう言って携帯電話を取り出した陸奥。
そういえば……と風芽も連絡手段がなかったことを思い出す。
「俺も交換しようと思ってたんだった」
「んじゃ、俺のとも交換しとこうぜー」
風芽も携帯電話を取り出すと、慌てて咲も鞄から出して開いた。
操作をしていると、身を乗り出して陸奥が風芽の携帯を見てきた。
「それ、新しいの?」
「よくわかんないけど、最近買った」
前のは血がべったりとついてダメになったから、などとは言えまい。
この携帯電話も何代目かわからない。
流行りというのにも疎いらしいし、古い機種かと思ったらこれが最新機種だということも知らなかった。
「私も新しいの買ってもらったんです」
綺麗なブルーの携帯を持ちながら、赤外線を陸奥と合わせている咲が言う。
傷がないのですぐに新しいとわかる。
「いいなー、俺も買い換えたいんだけどバイトしなきゃ金ねぇし」
「まだ使えそうなのにか?」
もったいない。
風芽にしたらまだぜんぜん買い替える必要なんてないように見える。
多少傷はついているが、機能的には問題なさそうだし。
「結構古いんだぜ?中学入学した時買ったやつ」
「そんなに使ってるのか?!」
俺、最高で1か月もつかどうかなのに……という意味を込めて驚いた。
そんなに驚くことか、と言われたが、すぐに故障させてしまう風芽にとってはかなり凄いことだ。
潰れたり、水没したり、逆パカしたり……そのたびに買い換えている。
仕事用とプライベート用と分けようとも思ったが、二つ持つというのが面倒。
今度の携帯もどれだけもつことやら。
「物持ちがいいんだな」
「そっかなー?」
「っと、来た」
電話帳に新しく作った『友達』というフォルダに初めての名前。
先のアドレスも送られてきて、2人になった。
「あれ?電話帳それだけ?」
「ああ」
友達というフォルダ以外には『依頼』『家族』『支部』『ギルド』のフォルダがある。
見せる訳にもいかないが、現在表示している友達のフォルダには陸奥と咲の名前のみだ。
「学校の友達って初めてだから」
登録の操作で携帯を見ていた風芽は2人が何も話さないのに気付き、顔を上げる。
陸奥と咲はあんぐりと口を開け、こちらを見ていた。
「どうした?」
「お、おま……っ」
「風芽さん……っ」
感極まった2人が風芽に抱きつく。
周囲の生徒は掲示板に夢中な為、気づかない。
ひしぃっと抱きついてくる2人。
「よぉーし!俺がお前に友達というものを味あわせてやるー!」
「わ、私もです!いえ、でも、それ以上でもっ、でもでも、そんなっ」
風芽の頭をわしわしと撫でる陸奥。
何故か顔を真っ赤にして興奮している咲。
「あー……そろそろ、移動しようか」
放れない2人を引きずりながらそこから離れる。
髪の毛はぼさぼさになり、制服も少し乱れてしまった。
未だに陸奥は「そうか、そうか」と言いながら肩を組み、咲は少し離れて歩いている。
「(ど、どさくさに紛れて抱きついてしまった!は、恥ずかしい!)」
「じゃあ咲、俺たち先の教室だから」
「え?あ、はい!」
B1クラスの教室で咲と別れ、風芽と陸奥は端のクラスに近い教室に入った。
教室はかなり広く、40人入っても余裕がありすぎるくらいで、一つ一つの机も広いものだ。
まだそれほど生徒は集まっていないらしく、指定されているわけでもない為、窓際の席をキープする。
一番後ろを風芽、その前が陸奥という順番に座った。
「ってか、風芽はなんで普通科なのさ?」
「なんで、って……」
自分が選んだわけではないし……
「バイトができる、から?」
「へー、バイトやってんだー」
ギルドだと言ってもいいのか、と考えたが聞かれない限りは言う必要もないだろう。
学生でもギルドに登録して金稼ぎしている人間は少なくないらしいので言っても問題はない。
内容は別だが。
「陸奥は?」
「俺は偏差値の問題。特殊学科って普通科より偏差値高いんだって」
「そうだったのか」
通りで試験問題は簡単だったわけだ。
目立たないように合格ラインぎりぎりの点数を狙ったから解答はいくらか空欄だったけれど。
だいたい中間くらいの成績は保とう。
「俺頭悪くてさぁ」
「でも今ここにいるんだからいいんじゃないか?」
「だよなー?」
言えない。
自分にとっては間違える方がおかしい、とは。
そんなことを言ってしまったら即絶交されるかもしれない。
せっかく初めてできた学校の友達。
“普通”の初めての友達だ。
「でさぁ」
陸奥が話題を振り、風芽が答える。
意味のない話をして、笑う。
正直にわからない、と言うと教えてくれた。
陸奥は明るくて、いろいろなことを知っていた。
風芽もいろいろなことを知識として知っているが、種類が違った。
彼の、陸奥の話すことは面白い。
時々意味のわからないことを話すが、話題がころころ変わっていく。
生徒が集まってくると、席が埋まっていった。
ちらちらと女子の視線が来るが、無視する。
好奇心の視線だろうと思っていたからだ。
陸奥に「気付かないのか」ときかれ、視線のことかと答えると驚かれた。
「お前、鈍感ではないんだな」
「?何がだ?」
「……あ、いや……忘れてくれ」