06 銃口
数日振りに握ったグリップはどこか遠く感じた。
弾倉に弾を込め、目の前に現れる人型に向かって引き金をひく。
ガウンッ、ガウンッ!
全て撃ち終われば弾倉を落とし、新しいそれを一瞬で入れ替え出現する的を撃ち続けた。
現われては消え、違う位置に現れては再び消え……何分もそれを続けていると背後からため息とともに声をかけられた。
「ヘイ、カザメ。ソコらへんにしておいた方がいいゼ」
足元に転がる空の弾倉を目で指し、肩をすくめる男はそばにあったスイッチを操作する。
銃に安全装置をかけ小さなカウンターに置いた風芽の前に、全ての的が現れる。
全て頭、胸、人体の急所に穴が空き、本物の人間だったら即死の部分を確実に貫いていた。
それを見た男は小さく口笛を吹き、「グレイト」と拍手をした。
「前よりウマくなったんじゃねぇカ?」
「最後に会ったのはつい最近だろ」
この男、『ドット』と出会ったのは12の時にアメリカのギルドで、彼が銃の販売をしていると聞き、話しかけたのが付き合いの始まりだった。
まだ子供だった風芽を一対一の客として見たドットに好感を持ち、常連客となったことを覚えている。
銃の扱いを教わったのも彼からだし、自分の銃を預けていたのも彼だ。
ヨーロッパに行くとわかれた後もちょくちょく仕入れをしてくれ、日本に帰る際も銃を預かり、ここまで運んできてくれた。
礼を言うと、彼は日本に滞在してギルド専門の店を開く、と言って許可証を見せてきた。
ドットは銃の販売人としてギルドを通し、正式な商売をしている。
もちろん、ルールを破ればこの男にも制裁は待っていることを忘れてはいけない。
ずっと前に彼と同じ仕事をしていた男が無免許の客に銃を売ってしまったことで彼は『制裁』された。
『こういう』仕事は必ず規則が付き纏う。
その点で、ドットはもっとも信頼できる共犯者だ。
「ソウだな……どうだ?ニホンは」
「変わらないな。」
的に近づき穴をひとつずつ見ていく風芽。
弾倉を片づけながらドットは再会してからも変わらない背中を見て、首を緩く振った。
「お前のマムには久しブリに会ったんだロ?」
「あの人が一番変わらなかったよ」
「よかったジャねーカ。カゾクが変わらずに接してクレるのハ」
ハハハと白い歯をのぞかせて肩を叩いてくる。
地味に痛いそれにも慣れを感じ、そのまま何も言わずいた。
「ソレにしても、お前にガンは必要ないとオモうんだがナ」
風芽が置いた銃を回収し、ケースにしまった。
そこには多くの種類の銃と、弾が保管されている。
ドットはケースの中でも中心に位置している部分に鍵を差し込み、開けるとそこからアタッシュケースを取り出した。
ズズッと重たそうな音をさせながら引きずり出し、近くにあったテーブルへ置いた。
「ホラよ、預かってたのゼンブだ」
アタッシュケースを開ければ、整備された銃器がバラバラに収納されている。
全て風芽が購入し、ドットに預けていたものだ。
ライフルもあれば、マシンガン、マグナムなども丁寧に保管されていた。
「お前の“力”がアればイラないんジャ」
「俺は区別してるだけだよ」
状態を確認して、満足そうにうなずく。
そのなかの一つを取り出し、組み立てる風芽の手は慣れたもので、すぐに一つの形を成した。
「今回はこれだけで良い」
「もう一丁は?いつも二丁ダロ?」
ドットはバラされたままの銃を見て言う。
風芽はいつも二丁の銃を愛用している。
そのことを知っていたため、珍しいこともあるもんだ、とドットは笑った。
「いいんだ、そこまで『難しい』依頼じゃない」
「確か、護衛だったカ?なんだ、今度は誰を護衛シテるんだ?プリンセス?それとも……ドッカのマフィアのボスか?」
スーツ姿の風芽を見て楽しげに言うドットに首を振り、少し考えてから口を開いた。
「妖精」
「フェアリー?」
思わず声が裏返ってしまったドットは、愛銃の握りを確かめている風芽を信じられないものを見るかのような目で見た。
「ドウした?頭でも打ったカ?」
空想上の生き物を護衛すると言う彼は普段はかなり現実主義だ。
むしろ、理想や空想に厳しい方であったはず。
「違う。『妖精』って呼ばれてるらしい」
弾倉を出し、弾を入れながら他人事のように言う。
「ナンだ、人間か」
「ああ」
安心したように息を吐いたドットを背に、出たままの的に向かって銃口を向ける。
撃鉄は下ろしておらず、撃つ気はないがその目は鋭く的を射抜いていた。
「ただの、人間だよ」
大きなホールにはピアノの音が響いていた。
何千人が入る席には誰一人おらず、いるのは音色を生み出している冷華だけだった。
学校の制服ではなく、私服姿で流れるような指の動きはいつもより軽そうだ。
舞台裏の扉から入り、幕裏から腕を組んでそれを見ていると曲が終わる。
肩の動きを見て、息をついたのがわかる。
誰もいない客席を見た際に見えた横顔は、凛々しく堂々としていた。
何も言わずに静かになったホールに佇む冷華を見ていると、不意に風芽の方を向いた。
「用事は済んだの?」
離れていても、声が響く。
腕を外し、舞台上に向かって歩いた。
「ああ。SPは外か?」
「邪魔だから外してもらったのよ」
彼らも仕事なのだから仕方ない。
そう思いながらも冷華は追い出さずにはいられなかったらしい。
「それで……用事ってなんだったの?」
顔を逸らし、冷華が言う。
護衛に必要な用事を済ませると言って彼女のそばを離れた。
その旨を言った時は「そう」と素気なく返事をもらったため、興味がないと思っていたが、その質問は気になっているらしい。
風芽は僅かに口角を上げ、腰にしまっていたものを取り出した。
「これを」
冷華の細く長い、それでいて大きなピアニストの手に似合わない黒く光る銃を置いた。
軽くされたそれは手に乗った瞬間に重量感を感じさせ、冷華は両手に乗ったそれを見つめた。
「本物ね」
前に護衛が持っていたのを見た、と言う彼女に頷く。
「使ったことは?」
「あるわけないわ。こんなもの使って手に何かあったらどうするの?」
そう言って返そうとしてくる手を押し返す。
「もっていろ」と半ば命令的に言われ、冷華は眉を顰めた。
「これは反動も重さも人体に影響はない。君にも使える」
「護身用ってこと?犯人に向かって撃てって言うの?!」
銃を握りしめ問うが、風芽は首を横に振る。
彼女の手を取り、銃を持たせたままゆっくりと自分に向けさせた。
そして額に銃口をガリっと押しあてさせる。
その行動に冷華は目を見開き、銃を持つ手が震える。
「な……なにっ」
「ここだ」
そう言って冷華の眼をじっと見つめる。
額に当てられた銃口より、射抜くような視線から眼が離せなかった。
「もし、俺が信用できず、不安に押しつぶされそうになったら、俺を撃て」
銃を持つ冷華の手を握る風芽の手は冷たい。
「これは俺が君を裏切らないという証明でもある」
その言葉の最後に風芽は微笑み、手を下した。
それと同時に冷華の手も下ろされ、銃が床に落ちた。
「弾は弾倉に一発」
銃を拾い上げた風芽がグリップを握り弾倉を取り出す。
そこにはたしかに弾が一発分込められており、そのまま元に戻す。
「撃鉄を下ろして」
カチッと指で下すのを見せ、引き金に指をやる振りをした。
「狙って撃つ」
そのまま撃鉄を戻し、冷華の手に乗せる。
「依頼終了までもっていればいい。撃ちたいときに撃て」
風芽の言葉に銃を見つめ、握りしめる。
こんなにも重いものを持てと言う。
ただの護衛のために、自分を殺せと言う。
「ねぇ、どうしてここまでするの?」
ギルドなんてお金さえもらえればいいと思っている連中ばかりだと認識している。
そして、自分の命が危なくなれば、逃げる。
今までもそうだった。
なのに、この男は死を受け入れている。
どうしてギルドなんかに入っているのかと聞いた時、答えてはくれなかった。
しかし風芽は答えた。
「君は言った」
冷華に背を向け、そう呟く。
「『ピアノしかない』と」
―『私には……ピアノしかないのよ』
あの時の冷華に冷たい空気はなく、ただ苦しい気持ちしか伝わってこなかった。
ピアノは好きだが、それと同じくらいの苦しさがある。
そんな矛盾した気持ちがあった。
「人間は居場所がないと生きてはいけない。子供だって、大人だって、関係ない」
「君にはピアノしかないように、俺にはギルドしかないんだ」
それから冷華は銃を鞄の奥にしまい、ホールから黙って出ていった。
何も言わず、ただ黙ってついて行く風芽を引き連れ、会場前に停めてあった車に近づく。
運転席から執事が現れ、後部座席の扉を開けようとした瞬間だった。
カチッと小さな機械音が風芽の耳に入る。
何かのスイッチのような音だ。
それに気づかない冷華を咄嗟に抱きしめ、自分の背を車に向ける。
執事がその行動に驚きながらも扉を引く手は止まらなかった。
冷華が抗議をしようと口を開いたとき、車体の下から爆発音が聞こえ、爆風とともに車を吹き飛ばした。
近くにいた執事は爆発に直接巻き込まれ、炎上した車と共に炎の中に。
風芽は爆風から冷華を抱きしめたまま吹き飛ばされ、コンクリートに背中を打ち付けた。
しかし、そのままじっと車の方を見ながら、冷華に覆いかぶさる。
腕の中の冷華は何が起こっているのか混乱、というよりも固まっていた。
あちこちに車の部品が飛び散り、本体からはガソリンが漏れ、再び爆発が起こる。
熱風は辺りを包みこむ。
パチパチと火が燃えているのを見て、風芽は腕の中の冷華をそっと放した。
執事はもう手遅れだが、風芽は物陰に冷華を避難させ、車に近づく。
視界に冷華を入れながら、爆発物の痕跡を見つけ、周囲の気配を確認した。
「(去ったか)」
先ほどから感じていた気配は爆発が起きた後に逃げるように消えていった。
これは脅しのひとつだろう。
風芽はそう考え、車の前に膝をつき、眼を閉じた。
「何、してるの?」
鞄を抱え、風芽の背後に立った冷華は落ち着いた声で言った。
眼を閉じたまま手を胸に当てる。
「黙祷」
「……そう」
一瞬の出来事だった。
それだけで何もしていない人間が命を落とした。
眼を閉じる風芽の横で冷華が座るのを感じた。
そっと目を開き彼女を見れば、同じように目を瞑り胸の前で手を組んでいる。
「君、クリスチャン?」
「生まれも育ちも日本だけどね」
母がアメリカ人なの、その言葉に「そうか」と言って目を閉じる。
警察沙汰になることは確実だと思いながらも、風芽は消えた気配のことを考えた。
最初は彼女のストーカーか何かと思っていたが、命を狙われている以上、恨みを買っているという線が強くなってくる。
しかも爆弾という過激なものを使うくらいだ。
人に憎まれる『妖精』。
彼女は眼を閉じたまま祈っていた。
それから警察や消防車が来るのを近くのベンチで座って待った。
サイレンの音が聞こえると、冷華はため息をついた。
「こんなことしてる暇はないのに」
コンサートが近い今、一分一秒でも練習に当てなければならないのに、これから警察で事情聴取がある。
車はいずれ持ち主が発覚され、逃げてしまえば事情を根掘り葉掘り聞かれることになる。
だとしたら、最初から説明をすれば印象はいい。
「すぐに帰れる。事情が事情だから、ギルドのこともあるし」
それは、俺が説明する。
「警察が嫌だからあなたを雇ったのよ」
「文句なら犯人に言えよ、俺だってポリ公は嫌いなんだ」
ベンチに腕を回し、いつもより不機嫌そうな口調で言った風芽に、冷華はクスリと笑った。
「『ポリ公』って……あなた、意外と口が悪いのね」
「そう?俺は嫌いなものは嫌いだって言うし、言葉も使い分けてる。」
そう言えば、出会った時よりも冷華は笑うようになった。
最初は冷たい表情と目が普通だと思っていたが、これが彼女にとっての自然な表情なのだろう。
「あなた、お父様に連れてこられたとき、他人行儀で無表情だったじゃない。なんか……自分を見てるようで苛々したの」
「他人だからな」
車が次々に止まり、騒がしくなっていく。
周りには野次馬が集まり、警察が規制を開始し始めた。
「私は、他人が私の領域に入ってくるのが許せないの」
「そうだな、俺もそう思う」
風芽は苦笑いし、それを聞いていた。
「でも……あなたは特別に許してあげる」
警察の人間がこちらに近づいてくるのを見て、冷華が立ちあがる。
鞄を肩にかけ、背を向けたまま視線だけを向けてきた。
「もし必要以上に私の領域を侵したら、その時は殺してやるわ」
人差し指と親指で銃の形を作り、風芽に向ける。
「これでいい?」
そう言って笑った冷華は温かく、初めて『女の子』に見えた。
「ただの……女の子、だったか」
呟いた風芽の言葉はサイレンに搔き消されて、届きはしなかった。
脅迫状のことは結果的に隠すことになった。
警察に行く途中のパトカー内で冷華が九条院家当主に電話をし、事情を伝えると風芽にかわらせ、脅迫状のことは秘密にしろ、と指示されたのだ。
依頼人の指示ということで、何を言われようと脅迫状や犯人のことは何も言わなかった。
会議室のような場所に連れて来られると、冷華と風芽の身分証明を確認しようと提示を求められ、冷華は学生証、風芽はギルドのライセンスを見せた。
ライセンスを見た瞬間、事情聴取をしていた担当刑事は机をたたき、怒鳴り散らしてきた。
警察の中でもギルドのライセンスを知らない人間はまだ新米だ。
この刑事もその一部なのだろう、と風芽は飛んできた唾をハンカチで拭いた。
「署長を呼べ」
命令口調で言えば、さらに怒りを増して何かを言おうとしてきたが、部屋の扉から一風変わった男が入ってきた。
警察の制服を着て、後ろに部下を連れているところを見ると、偉い人間らしい。
彼は冷華と風芽に礼をして、新米刑事を下がらせる。
「署長の藤島です」
「九条院冷華と護衛の志方です」
署長はギルドのライセンスを知っているようで、黒いそれを見て驚きの表情を浮かべた。
「黒のライセンス……話に聞いたことはあるますが、初めて見ました」
そう言って目の前の椅子に座った。
署長からは今回の爆発についてはすべて九条院家に管理されることになり、警察は関与しないことを伝えられた。
警察としては事件として取り扱いたいということだが、九条院家の圧力と、ギルドの力が合わさり、絶対的な命令として当主の意向が叶えられた。
ギルドの人間が警察に関与し、そこでいざこざが起きることは少なくない。
と、いうよりもかなり多い。
だが、ギルドのバックにはあらゆる機関が居る。
ある意味で様々なことが許可されている機関のギルドに警察はいい顔をしないのだ。
それくらい、『ギルド』というのは法外的異物とされている。
「では、私たちは失礼します」
冷華が立ち上がり、それに続いて風芽が立つが、署長に呼び止められる。
「先にエントランスにいるわ。すぐ来て」
携帯で迎えを呼びながら冷華がエレベーターに乗っていくのを見送る。
署長の方も部下を下がらせ、二人きりになった。
「君は、Sランクのライセンサーだが、なぜ日本に?」
「それをあなたに話す必要があるのか?」
「そうだね、必要ない。だが、君のようにハイランカーが現れると、こちらとしては気になってね」
にっこりと人のよさそうな笑みを受けべてはいるが、腹の中では何を考えていることやら。
嘲笑を浮かべ、風芽はポケットに手を入れる。
ライセンスを取り出し、裏面を見せた。
「ただの里帰りに、文句を言われる筋合いはない」
国籍が日本と記載されているそれを見せられ、署長は「そうか」と頷いた。
「それに、あなたたちはギルドを目の敵にしているが、いつかはそうも言ってられなくなる。」
風芽はエレベーターのボタンを押し、冷たい声で言った。
「それは、どういう意味だい?」
「ただの人間に“化け物”は管理できない……そういうことだよ」
開いた扉に入り、眼を見開いている署長を見て、「失礼」と扉をしめた。
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風芽が去った後、署長に部下が近づいた。
ぼーっと立ち竦む署長を呼び、はっと気付いたかと思うと大きく息を吐いた。
「一体彼は何者でしょうか」
「いやなに……ただの化け物だよ」
言い捨てるように廊下を歩きだした彼の言葉にごくりと息を飲み、部下は後を追った。
――――――――――――――――――――――――――
「で?」
「……しょうがないでしょう!家の車という車を点検してるんだから!」
警察署を出た風芽と冷華は九条院家の屋敷まで徒歩で帰ることとなっていた。
爆発騒ぎが起きたことで、屋敷中の車を点検しているらしく、一台も出ることはできないと。
爆発物が仕込まれていては大変だから文句は言えない。
そこで、風芽がついているということで、徒歩で帰宅しろと指示された。
タクシー等の密室よりは徒歩の方が風芽にとっては守りやすいので好都合。
そして、現在賑やかな町を2人で歩いている。
冷華が前を歩き、少し後ろを風芽がゆったりとついていた。
時々ウィンドウを見ては立ち止まり、心なしか楽しそうな目をしている。
「欲しいのか」と聞けば、「見てるだけよ」とそっけない返事が返ってきた。
「こういうのは初めてだから」
「街を歩くのが?」
「いつも車だもの」
ガラス越しに飾られている服や靴、鞄を見ながら風芽に言った。
「友達は?」
「いるけど、ピアノのレッスンでいつも誘いを断ってた」
学校でも芸術科音楽専攻という音楽を専門的に学ぶクラスで、常に音楽と共にいるという。
家でもピアノを弾き、学校でもずっとそうだった。
「か、風芽は?」
「俺?」
「学生……でしょう?」
「今度高校1年」
そう言うと、冷華は驚きの表情で「嘘」と言った。
年下?と言われ、考える。
確か、冷華は高校2年になると言っていた。
「いや、君と同い年」
「じゃあ、なんで」
「学校は小学校卒業してから通ってなかった。今年から学業に復帰」
「不良だったのね」
スーツのせいかしら、年上に見えたもの。
呆れたように言われ、苦笑しか浮かべられなかった。
決して不良というわけではなかったが、世間からしたらそうなのかもしれない。
学校行事にも積極的ではなかったし、ギルドの仕事しか興味がなかったからその言葉に反論は出なかった。
「学科は?」
「普通科しかバイトは許されてないからそこ」
「バイト、ね」
知らないうちに、風芽と冷華は多くのことを話していた。
冷華が質問すればきちんと風芽は答え、気になれば風芽の方から質問した。
後ろを歩いていたはずなのに、いつのまにか冷華がゆっくりと歩き始め、風芽と並んでいた。
――――――――――――――――――――――――――
「(ああ……なんだか)」
冷華は隣を歩く風芽を盗み見る。
自分の鞄には彼を殺すためだけにある銃がしまわれている。
「(不思議ね)」
こんなに長い距離を人と歩いたのは久しぶりだった。
ただじっとピアノを弾く自分を見て、時々違う場所を見て……
何も言わずにただじっと見守っている。
でも、あの爆発の時、身を挺して守ってくれた。
強く抱きしめられ、彼の心臓の音が近くに聞こえた。
まるで人形のようだと思った時があったけれど、彼は『人間』だった。
とくん、とくん
そう、音がしていた。
心臓の音は人を安心させるという。
「(ああ、本当だ)」
そう感じた時、冷華は車の爆発なんてどうでもいいと思った。
さっきまで緊張していたのになぜだろうと考えていた。
しかし、風芽が黙祷をしている姿を見て、自分を恥じた。
「(私の代わりに死んでしまった)」
護衛の人間は今まで何人もいた。
九条院家の人間というだけで、命を狙われ、その度に代わりに誰かが死んでいった。
それが役目だった。
そう言って冷華は自分が目をそらしてきたことを思い出す。
自分をかばって銃弾に倒れた護衛を見て冷めた視線を向けた。
そんな自分が今までいたことに、急に心が締め付けられるようだった。
無意識にそこに座り込み、十字をきる。
その時、初めて九条院冷華は『他人』の為に手を合わせた。