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現代ギルド  作者: あに
第1章 高校入学編
18/18

17生残




【SAI能力】。


未知とされるその力。

しかし、どんな未知でもいずれは解明する人間が出てくる。

偶然か、積み重ねてきた結果上の推論か……どちらにしろ、人間は未知という存在をそのままにしておく事の出来ない生き物だ。

それが人間の進化を助長するものというのなら、研究者と呼ばれる人間はこぞって手を出すだろう。

そして、目を付けるのは引きこもりの研究者だけではない。


『力』とは元来多くの物を生み出すきっかけとされている。

それが人を助ける物ならば、病気や怪我に対する治療法にワクチンなどが作られる。

逆に命を奪う兵器として使われるなら、争い、戦争が生まれる。

武器を作る人間、薬を作る人間、その裏では金が流れ、それを操る資金主が睨みを利かせながら力を独占しようと画策する。

それもまた、争いの火種となる。


だが研究者はそんな争いに微塵も興味はそそられない。

彼らの本分は未知なるものを解明した『名誉』にある。

名を残す事にある。

金は付属品。

必要経費は必要だが、『力』を欲する人間は山の様にいる。

彼らは金を生む研究に端金を惜しむ事はない。

それが善なる人間でも、悪なる人間でも同じ事。

研究者に善も悪もない。

彼らは『解き明かす』ことが善であるのだから。

その経緯、手法、全てが許される事だというのが研究者達の言い分である。


だからこそ、彼らは区別をしない。

謎を解き明かす為なら『モルモット』に投薬し苦しめる事も、臓器を取り出し解剖し、殺す事も躊躇は無い。

そうすることによって人類の科学や医療は発展してきたのだから。



—―ならばSAI能力も同じ様に解明できるのではないか?






最初のSAI能力者が生まれて間もなくの事……

誰も立ち入る事の無い場所にそれは佇んでいた。

電流が流れるフェンスに囲まれた灰色の箱。

廃屋のような外見とは裏腹に、中には最新鋭の機材と頭脳、そして多くの『実験体』が収容されていた、その場所。


『SAI能力研究所』


後に焼け野原となり、記録上から消え去ることになったそこは、かつて、何人もの能力者が『能力制御』の被験体という名目で連行され、非人道的な扱いを受けたとされる、狂った研究者達の箱庭だった。

子供も大人も関係なく、時には甲斐甲斐しく世話を焼き、時には残虐的な拷問の如き仕打ちをし、使い物にならなくなれば解剖実験のモルモットにされる。

研究所の研究者達は能力者を人間とは思ってはいなかった。

なぜなら、解き明かす者である自分たち以外は全てが研究対象であり、連れてこられたものは『モルモット』でしかないから。

彼らの犠牲のおかげで人類はまた一歩、進化していくと信じ切っていた。


しかし、その常識も一般的な思考を持つ人間にとっては狂気の沙汰でしかない。


彼らは人権が確保されているはずの能力者の権利を踏みにじった。

ギルドも管理局も彼らとその後ろにいる人間を一掃する事に異論は無かった。

研究者達がバックの人間にもたらす情報次第では、世界に大きな争い、もしくは反逆行為が行なわれる可能性もある。

早急に彼らを根絶やしにする必要があると考えた……



研究所が一晩で壊滅させられるまでは。



研究員はその場にいた全てが焼死、凍死、窒息死、圧死……多種多様な死に様で転がっていた。

何かが爆発した痕跡や散らばった血痕。

地下にあった檻は全てが破壊され、何かが繋がれていたと思われる鎖は鍵が外されていた。

骨と皮だけになり餓死した被験体らしき死体もそこにあり、能力者らしき遺体は全て脳が潰されていた。

研究所の研究データは全て、書類は燃やされ、データ上の痕跡も無くまっさらな状態で、復元すら不可能だった。

まるで、全てを消し去ろうとした様に、死体以外何も無くなっていた。


研究データと被験体とされたSAI能力者の命は、研究所の破壊と虐殺と共に闇に葬られた。


……はずだった。




「まさか、生き残りがいたなんてな……調べが甘かったよ。おかげで他人の依頼を邪魔するはめになった」




まったく、と息を吐いた待ち人。

白瀬は彼の質問に答える事が出来ず、鼓動が早まった。



研究所の人間で虐殺の夜を生き残った人間がいた。

その事実はギルドと管理局にも届いた。

消されたはずの実験データを持っている事も、それを狙っている組織がいる事も。

名前や顔写真の情報は入手できてはいないものの、ギルドはデータを売買される前に回収する事に成功した。

買収するはずだった組織は壊滅状態になり、データはギルドに管理される事となっていたのだが……


目の前で歯をガチガチと震わせている男を見据えて、風芽はため息を吐いた。


「ギルドに内通者がいたのもそうだが、こうしてギルドの依頼システムを利用されるなんて……一度、ギルド内を一掃した方がいいのかもな……なぁ?IDアイディーD0125、白瀬孝二しらせこうじ


「?!」


USBを握りしめた男、白瀬は自分の名前を呼ばれ、顔を青くした。

今持っているデータの中身を知られているだけではなく、自分の名前すら把握されている。

男は緊張が高まるのを感じた。


「なんなんだ……なんで、僕の事をっ、知ってる?」


—―誰も知らないはずだ!


研究所についての情報は一切開示はされていない。

全てはギルドと管理局、そして政府の極一部の人間にしか開示されておらず、その上で機密となっている。

ギルドの人間と言えど、一介のライセンサーが知れる事ではない。

事件を知るのは情報を管理している組織だけ。

そして、研究所内の人間や研究内容の内部情報は全て『消去』された。

全容を知るのは生き残った研究者……それと……


「0500起床」


「っ?!」


白瀬はその一言に息をするのを忘れた。


「0510血液接種。0530栄養摂取。0600能力開発及び実験開始」


目の前の少年の口から言葉が並べられる度に一歩後退する。


—―誰も知らないはずだ。

研究所の人間は自分以外死んだ。

あの時研究所から出ていた自分以外は。

手柄を独り占めしたくて実験データを自分のパソコンに移して、逃げた自分以外は。

殺されたはずだ。


「2005実験終了。2015被験体収容。2030廃棄体の選別及び処理開始……」


—―誰も……


ふと、機械の様に話している少年と目が合う。

翠と蒼の不思議な瞳の輝きが妖しく光り、背筋がぞっとした。

暗闇の中のそれがいつしか見た色と重なったのだ。


「まさか……そんな……いや、そうかっお前か」


ははっ、と青い顔のまま狂った様に笑う男。


「あれをやったのはお前だったのか!ふははっ、道理で『何も』なかったわけだ!そうか……そうか……ふふっははは!ははっ……くそぉ!」


頭を抱えた白瀬は急に風芽に背を向け走り出した。

震える棒となっていた足を必死に動かし、逃げようとした彼を逃がすはずも無く……

風芽は近くの壁に手を当てた。


変換コンバート


ただでさえ崩れそうな天井。

その構造を更に劣化させることで小さなヒビが時間を早めた様に広がっていく。

逃げる白瀬の行く手……その頭上からパラパラと砂が落ちる。

それに気付かず、追ってこない風芽に不信感を抱いた瞬間だった。


「うぁああああ!」


脆い天井がヒビ割れに耐えきれず、抜けたコンクリートが白瀬に向かって落下した。

大きな音と砂埃が舞う中、風芽はゆっくりと近づく。


「ううぅ……あ、足がぁっ、僕の足がぁ……」


痛みに泣いて呻く声。

落下した一枚のコンクリートの塊が白瀬の下半身を覆い、血が流れてきている。

見下ろす風芽はそれでもデータの入ったUSBを手放さない白瀬から、それを取った。


「返せぇ!それはっ僕の!僕のだぁ!」


必死に取り返そうとする白瀬。


「それがあれば、僕は世界に認められるんだ!そのために何人も何人もぉっ!」


「切り刻んできた、か?」


「うっ……うぅうううっ」


白瀬の担当は、廃棄される被験体の解剖だった。

健康状態の被験体とそうでないもの。

後者は実験続行不可となった時点で白瀬達の研究室に移送され、解剖された。


能力者と人間の人体的相違点を見つけ、研究の役に立てる。

そんな名目上で、何人もの能力者を殺してきた。


「でも、お前だって!お前が犯人なら!同じ様な事をしたんじゃないかぁ!研究所の人間も、『被験体』もぉ!何人だ?!殺したぁ?!」


SAI能力研究所施設破壊、及び施設内の人間の排除。



かつての行いを風芽は思い出す。


暗い檻。


誰の者かも分からない悲鳴。


与えられた番号。


脳を弄られる様な感覚。


そこで出会った能力者。


消えていった能力者。


色紙で出来た花。


燃え盛る炎。


懇願する声。


自分を制御する術と引き換えに得たのは、引き返す事の出来ない片道切符。




何人殺したか?




「なら、お前は覚えているか?」


足下で血液が不足し青白くなっていく白瀬は答えない。

答えようも無い。

彼が殺したのは『モルモット』……人間という認識は無かったのだから。


「俺は覚えてる。最初に殺した警備員から、最後に殺した廃人となった能力者まで。施設の奴らは皆殺しにする予定だった。能力者は逃がすつもりだった……けど、生きていく気力もなく、死を望んだ奴らが多すぎた。皆、言ってたよ……『死にたい』って」


だから、望み通りにしてやった。


「人間として死にたいと言っていた。だから、殺した」


顔も、どうやって殺したかも分かる。

認識番号を割り当てられても、風芽には能力で本名を知る事が出来る。

殺す直前、彼らの本当の名前を呼んでやった。


「そいつらのことは忘れない。忘れるはずも無い……覚えてなくてはいけない事だ。……お前ら以外は」


「嫌だっ、僕は、死にたくないっ」


「お前にそれを言う権利があるとでも?」


「あるぅうう!あるさぁああ!僕はぁ!僕はぁああ!」




その時、ガウンッという破裂音と共に白瀬の額に穴が空いた。



「っ!?」


風芽は咄嗟に壁際に飛び込む。

壁を背に立っていた場所を見ると、白瀬の額と同じ穴が空いていた。

瓦礫に埋もれている白瀬は額の穴から血が流れ、目を開いたまま絶命している。


「(狙撃か……位置は隣のビル。人数は1人……敷地内には……8人、全員銃器所持……)」


弾が撃ち込まれた角度から狙撃地点を推測し、風芽はポケットから携帯電話を取り出した。

さすがにここからあれの相手をするのは無理だ。

数少ないアドレスから電話番号を引き出し、呼び出し音が流れる。


「ああ、織華。俺だ」


『兄様から電話……嬉しい』


電話の向こうで喜色の声が発せられた。


「今暇だろう?ちょっとあれをなんとかしてくれないか?」


『あれ?』


とぼけた声に風芽は呆れた声を出す。


「朝から付けてただろ?気付かれてないと思ったか?」


今朝の祈との待ち合わせから今まで……

ずっと付けられていた事に気付いていた風芽。

織華は小さく「うっ」と図星をつかれ、小さくごめんなさい、と呟いた。


「あれをなんとかしたら許してやる」


『わかった……他のは?』


「問題ない。こっちで処理する」


『じゃあ、いってきます』


途切れた通話に風芽は携帯をしまい、バッグから折りたたみ式のナイフを取り出した。

少し『弄った』だけで崩れる廃墟で大きな衝撃は出したくはないための選択だが、相手がそれを考慮するかはまた別の話だ。


白瀬の死体と『偽』のUSBをその場に放置し、風芽は部屋を出た。







*****







「目標、死亡確認。もう一人は逃がした」


『了解、こちらで始末する』


「了解」


高所だが風もなく絶好の狙撃日和、とでも言おうか。

目をスコープから放し、男は仲間との通信を切った。


目標は組織にデータを売りつけてきた元研究者。

引きこもりの研究者が裏の取引を一人で成功させられるはずも無く、取引後に組織の動きを嗅ぎ付けられていた男達は仲間を殺された。

データも奪われ、ギルドの手に渡り、再び男の手に戻ったと聞いた時には取引相手の研究者の男を殺し、データを奪い返す為に探していた。


あのデータが男には何なのかは知らされていない。

相当ヤバいもの、とだけは組織の幹部に聞いた事はあるが。


だが、男の仕事は終わった。


後は仲間があの場にいた人間を処理するだけ。


国に帰って酒を飲んで、また女を買いにいく。

それを思うと楽しみだった。


そんな男の周囲に冷たい風が吹いた。

まだこの時期は寒いのか?と首を傾げ、最近雪が降った事を思い出す。

異常気象といえる積雪に仲間の車がスリップしたと苦情を漏らしていたっけ、とライフルをしまう。

冷たい空気に男は手がかじかみ、はあっと息を吹いた。


「『くそっ!寒いぜちくしょー!』」


そう呟いた男はふっと耳元に冷たい息を感じた。




「じゃあ……寒さなんか感じなくさせてあげる」




囁かれた言葉に振り向いた男はそのまま、冷たい世界に閉じ込められた。

















ジジッ……ッジジジ……



『おい!応答しろ!ヤバいんだ!援護をっぐぁ?!』


『どうした?!おい!ファック!なんなんだ?!』


『うぁあああああ!』


『来るなぁあああ!』


『おい!なんだ?!何が起きてる?!』


『援護はまだか?!寝てるんじゃねぇのか?!』


『相手は一人だぞ?!さっさと……っ』


『待て!おい!待っ……』


ジジッ…………










「兄様、終わった?」


『…………ああ。ありがとう、織華』


「うん……だって、織華達だけの秘密だから、ね?」


『どこから聞いてたんだ?』


「兄様の事はなんでも分かるの」


『……ほどほどにな』


「兄様も……織華以外の女に優しくしたら……嫌」


『それとこれとは別問題だ』


ガチャ……


通信機の電源が切られ、織華はぶすっと頬を膨らませた。


用無しになったそれは手の中で氷漬けになり、バラバラと崩れ落ちていく。

織華は屋上のフェンスに座り、散っていく氷を見送り、空を見上げた。

日が落ちても明るい街のせいで星は薄らとしか見えない。


幾多の星が空にあっても、目を凝らさなければ見る事は出来ない。

そして、その星を、その名前を誰もが知り、覚えている訳が無い。

覚えようとする人間がいなければ……



「織華も、ちゃんと覚えてる……兄様だけじゃない、よ……」



寂しげに呟いた言葉も冷たい空に消えていった。








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