14 笑合
高校生活始まりの週が終りに近づき、休日がやってきた。
いつものように身支度を整えて家を出る。
雲ひとつない青空が広がり、風芽は大きく伸びをして歩きだした。
今日は休み。
部活にも入っていない風芽のやることは一つだった。
街をゆっくりと歩き、覚えた道筋をなぞっていく。
目立たない場所に建っているその建物のドアをガチャリと開ければ、見知った顔がそばにいた。
学生服ではなく、身動きのしやすい私服を纏っている彼女に近づき、声をかける。
振り向いた彼女は最初に出会った時のように纏めた髪を揺らして振り向いた。
「あ、風芽君!おはよー」
「おはよう」
「風芽君も依頼?」
「ああ」
依頼リストの表示される機械の方を見るとどれも使用中で、彼女を見るとすでに依頼票をもっていた。
「そっかそっか」
「水留さんは……」
「祈でいいよ!水留さんってなんか変な感じだからさ」
「わかった」
頬を掻いて苦笑いする祈を見て微笑み頷く。
今は学生としてではなくライセンサーとしているため、先輩という敬称はつけなかったが、呼び捨てでいいと言われたことに少し助けられた。
外国にいたときはファーストネーム呼びだったため、苗字を呼ぶことがなかった。
今でも自己紹介の時には名前から名乗りそうになってしまう。
「祈はどんな依頼を?」
「探し物だよ」
見せられた依頼票にはランクFと書かれ、内容が提示されていた。
いかにもFらしい依頼だ。
「そういえば、知ってる?」
機械の列に並ぶと隣についてきた祈が話を振ってくる。
何を?と聞き返すと、得意げに笑う祈。
「最近、何故かは知らないけど高ランクの依頼が入ってきてるんだってさ」
高ランクというのはより危険度が高い依頼だ。
日本のように紛争地域や無法地帯が少ない島国ではそういったものが少ないと聞いている。
あるとしたら犯罪を犯した者の「処理」や捕獲などが主な依頼となっているらしいが……
「私はまだFだから高ランクの依頼は見られないんだけど……皆噂してるんだ。でも、なかなか手を出す人はいないって」
「どうして?」
「だって、進んで危険なことなんてしたくないでしょ?」
きょとんとした表情でそう言う祈に風芽は目を細めた。
(そうか……)
そう納得したような感想が風芽の頭に浮かんだ。
(これがこの国なのか……)
そして、無感情な冷たいものが生まれた。
表情には出さないため、明るくふるまっている祈は気づいていない。
前にドットが言っていた。
「日本はお前には合わないト思うゼ」
その言葉に引っかかりを覚えていたが、それが一気に解消された気分だ。
この国は何も知らない……平和ボケをしている国。
そう例えたドットは日本出身の風芽にすぐに謝ってきたが、特に怒りは湧かなかった。
「ドットの言う通り、か」
「え?なんか言った?」
「何も。それより、受付に行ってきたらどうだ?これだけ人がいるなら受付も並ばなきゃだろ?」
「あ!!そうだった!」
バッと振り返った祈の先には行列ができている受付があった。
休日のせいか、最初に来た時よりも人が多く、にぎやかなものだ。
「じゃあ行ってくるね!」
急いで去って行った祈から目をすぐに逸らし、空いた機械の前に立った。
ポケットからカードを取り出し、差し込み口に入れる。
表示されるのは自分のランクとそれ以下のランクの依頼の一覧だ。
受けられる依頼は自分の持つライセンスのランクとそれより下のランクだ。
それ以上のランクの依頼は全て見られないようになっている。
最高ランクの風芽は全て見られるため、表示される一覧はかなり多かった。
そして、前に見たときよりも高ランクの依頼が多くあがっているのがわかる。
(さしずめ、Sランク(俺)と織華が日本に滞在しているのにかこつけて「外」から依頼が来てるんだろうな)
依頼は支部によって違う。
しかし、高難度の依頼は全国に手配される。
日本はそこまで高いランクのライセンサーはいなかったらしく、手配はされていないと知り合いから聞いたことがある。
入国審査の情報が漏れたのか、指名依頼ではないが風芽向きの海外からの依頼がドッとなだれ込んできたのだ。
指名依頼はその名の通り名指しでの依頼が可能だが、申請費が規格外に高い。
そのため、特殊な依頼でよほどのことでなければ指名依頼は申請されないのだ。
それを裏付けるように、日本では数人しかいないであろうSランクの依頼がありえないほど表示されている。
(アメリカ、中国、カナダ……イタリアからもか)
呆れてため息をつき、とにかく日本の依頼を検索するがめぼしいものは見つからない。
流れる文字をぼんやりと見る。
「……ん?」
一瞬目にとまった依頼。
過ぎてしまったのを戻し、その詳細を見る。
「これは……」
――――――――――――――――――
「あ、依頼見つかった?」
「ぼちぼちかな」
談話スペースのソファに座っていた祈に近づくと、飲み物を飲んでいたらしく、ストローから口を放した。
「あいまいだなー……選り好みはよくないよー。できるものからやらなきゃ!」
「いい心意気だ」
風芽が笑いながら帰ろうと踵を返すと祈が立ち上がってついてきた。
「そうだ」
「ぶふっ」
急に立ち止まると背中に祈りが潰れたような声を出してぶつかった。
「ど、どしたん?」
「祈の依頼、俺もついていっていいか?」
「え?」
「祈はいつもどんな依頼をしているのか興味があるから」
「え?え?私?興味?!」
何故か嬉しそうにしている祈に頷くと、頬を赤らめる。
「暇だし、祈を手伝うこともできるかもしれないだろ?」
依頼には助太刀してはいけないという決まりはない。
試験依頼は別だが、それ以外は本人が了承すれば、何人でも助っ人は可能だ。
「いいけど、私の依頼ってそんなに難しくないよ?」
「でも、興味があるんだ」
「そ、そっか!風芽君は勉強家なんだね!」
別にそういうわけではないけれど。
「よし!じゃあ依頼は明日から始めるから、今日は解散ね?」
「わかった」
携帯のアドレスと番号と交換した祈は笑顔で手を振り、元気に去って行った。
「さて」
携帯で時間を確認すると、予定よりも時間が空いてしまった。
ドットの店に行って新しいのを調達するか……と思いつき、彼の店に向かうことにした。
――――――――――――――
店に着くと店の中から外まで声が漏れていた。
ドットではない人間の怒声が聞こえ、ドアに手をかけた。
「――って言ってんだろ?!ああ?」
「ワターシ、貴方知らないデス。日本語勉強中デス」
一方的に怒声を浴びせているその男は派手なスーツにサングラス、切り傷がある顔を凄めながらドットの胸倉をつかんだ。
「ここらで店やんなら、許可ってもんが必要なんじゃ。わかるか?ここはわいらのシマなんや。お前みたいな外人が許可なく踏み込んでいい場所じゃあねぇ!」
「OH,ぼーリョク反対デス。お客さんキましタ」
「チッ!今度来た時にゃどうなるか分かっとるな」
店内に入った風芽を見て舌打ちをし、その男はドットから手を放した。
覚えとけよ、と言い残して風芽に顔を飛ばしながら乱暴にドアを蹴破って出ていった。
男がいなくなると両手を軽く広げ、呆れた表情を浮かべていたドットが楽しそうに笑った。
「オレの演技どーだっタ?カザメ」
「笑える」
カウンターに近づきながらつられてクスリと笑った風芽にドットはさらに大笑いをした。
「多いのか?」
「HaHaHa!可愛いもんだ」
アメリカ以外にも多くの国を回っていたというドットは様々な死線を乗り越えてきた男だ。
あれくらいの悪は手に取るように簡単に扱える。
「まぁ、いい暇つぶしニなるゼ」
「じゃあ俺はいらなかったかな」
「NonNon,カザメは別格ダ、いつでもWelcome!カンゲイ!チューしてやろうか?」
「No thank you.」
そう言ってコーヒーを淹れたドットに礼を良い、口をつける。
豆からこだわっているドットのコーヒーは執着しない風芽には珍しく、好物になっている。
これを飲むと彼にはいろいろな物をもらっていると改めて感じさせられる。
「店は繁盛してるか?」
「んー、上客はカザメだけダ。あとはまだまだ……見どころのあるヤツはイない」
「そうか」
「お前はどうダ?学校は面白いカ?」
「ああ……………あ!」
「ドうした?」
「ドット、前に教わった日本式の謝罪の仕方だけど、違ったぞ」
「Dogezaのことか?」
先日、学校であった騒動を思い出し、ドットに話す。
「あれをやったら、違うとダメ出しされた」
「オカシイな……前にヨんだ本に書いてあったんだガ」
風芽が知らない日本の主な知識は全てドット経由だ。
彼はいろんな国の知識をつけることが趣味で、よくいろんな話をする。
そのどれもが彼の主観が入っているがおもしろく、風芽が主な話し相手となっていて、日本についての話題が多くなっていたのはそのせいだ。
「あと、男が女を泣かせたらとにかく謝るらしい」
「そりゃそうだろうナ」
「え?そうだったのか?」
「カザメはニブいからナ」
呆れ混じりに笑うドット。
陸奥にも言われたことのある言葉をドットも口にするとは……
「俺は鈍いつもりはないんだけど……気配は読めるし、感覚器官も正常だし」
むしろ発達しているけれど。
「そうじゃナいんダって。コレは精神的なモンだ」
「?」
「ほんと、カザメは変なヤツだ」
笑いながら言われるとこちらもつられて笑ってしまう。
ドットは人当たりがよく、不思議な人間だ。
彼と出会うまでの自分から考えれば、今この人間性を形成出来ているのは彼のおかげといっても過言ではない。
「でも……学校は楽しい?の、かな……楽しいっていうことがよくわからないけど、なんか全部が新しくて」
「ソウか」
「それに友達も、できたんだ」
「そりゃイイ!友達はダイジだ!」
まるで自分のことのように喜び、ドットはコーヒーを淹れなおした。
「オレは学校なんか行けなかったカラ、よくわからないケド……友達ってのはどこでも作れる。でも、学校で作る友達は特別って教えてもらったことがあるンダ。ダイジにしろヨ」
ドットに家族はいない。
いや、知らないと言う方が正しい。
貧民街でゴミをあさりながら育ったという彼がこういう商売をやっているのはそこで銃と出会ったからだ。
今日の食事のために生きていた彼にとって、学校なんてもってのほかだ。
そのことを知っているカザメは深くうなずいた。
「わかってる」
学校で出来た友達の陸奥と同じ空気をドットに感じるが、ドットは友達……というよりも戦友といった方が正解に近い。
それよりも相応しい言葉があるのだろうが、今の風芽にはそれしか当てはなる言葉が見つからなかった。
ドットは陸奥に似ている。
「ン?」
「いや……ドットに似ている奴がいるんだ。全然違うのに」
顔も国も、住む世界も……何もかもが違うのに、どこか似ている。
何故だろう、と考えるが思いつかない。
悩んでいるとドットがにやついていることに気づき、眉を顰める。
「何笑ってんだ?」
「イヤ?お前の悩ンでる姿なんテ珍しいからナ」
「そう、か?」
そういえば自分はもっと淡泊で、即決派だった。
なにかに悩むことなんてなかったのに……
「変だ」
「やっと自覚したカ」
「いや、それは最初からしてる」
しているのだが……何か違うような。
「まぁ、とにかく!若いウチはドンドン悩んだ方がイイ!」
「そういうものか?」
「そういうモンだろ」
2人で顔を合わせるとドットがぷっと吹き出す。
「カザメはガキの頃から大人に見えたガ、今はトシソーオーで可愛いな」
「ドット、次に可愛いなんて言ったら殺すから」
「Sorry!!冗談だろ?」
「本気だよ」
俺は冗談は言わないからな。
焦るドットと久しぶりにゆったりとした時間を過ごした。
それは出会ったころよりも会話が多くなっていて、店の中ではドットの大きな笑い声が響いていた。