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現代ギルド  作者: あに
第1章 高校入学編
14/18

番外 彼と彼の異常論






俺には何が正常で何が異常なのか、理解できなかった。






―――――――――――――




「お母さん、あの猫もうすぐ死ぬよ」


その言葉に母は冗談だと思って笑っていた。


次の日、道端にその猫が死んでいるのを見て、母が驚愕している横で俺は「やっぱり」と他人事のように感じていた。

どうしてわかったの?と肩を痛いほどつかまれて、答えた。


「あの猫、撫でたらお祖父ちゃんが死ぬ前と同じ心臓だった」


凄く弱くて、きっと病気だったんだろう。

何の病気かはわからなかったけれど、それが「死ぬ」生き物の最後の命の残り火のようなものだということは分かった。


「分かるんだ」


触ると、いろいろなものが自分の中に入ってくる。

不思議と気持ち悪いとは思わなかった。

それが自分なんだ、と自分にとって普通のことなのだと感じた。


しかし、それは周りとは違うということも俺は分かっていた。




俺は異常だ。




普通の子供とは違うというレベルではない。

人間とは別の生き物になってしまったような、そんな空虚感。

まるで他人事のように感じる自分自身。

全てが自分なのだ。



「それで、風芽君は人間が物に見えるんだね?」


「物じゃないよ。人間は生きているんだから」


「じゃあ、どういう風に見えるのかな?」


「細胞情報の塊」



小学校に通わなくなったのは俺の意志だった。

母に連れられ、精神科のある病院に行ったことがあった。


結果は正常。


賢過ぎるだけのただの子供だ、と……安心していい、と母に告げる担当医に俺は冷めた視線を向けていた。


「お母さん、僕は正常じゃないよ」


そう言った俺に大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせるように言っていた母がいた。



その後だった。



世界にはSAIと呼ばれる能力者がいるということ、特殊な力を持つ彼らは化け物と呼ばれ、「異常」だと蔑まされていることを知ったのは。



「お母さん、大丈夫だよ。僕、正常だったんだ」


そうだ。

異常な化け物の中なら俺は正常であることを知った。

母は喜んで俺を抱きしめた。



そして、俺はギルドの世界を知った。




「君たちは化け物だ」


「ああ、知ってる」


「本当に異常なことだよ」


「それは違う」





俺は……俺たちは正常だ。




――――――――――――――





ある犯罪者が言った。



「俺は狂ってなんかいない。お前たちは俺を異常と言うけれど俺にとっては当たり前のことなんだ」



誰もわかってくれないと訴え続けた彼は、俺に殺された。

人々は彼を馬鹿にし、恐れ、侮蔑した。


けれど、俺には理解できた。

他でもない、そいつを殺した張本人が。





「君は変わっているね」





いつしか過去の存在となった男が言った。



「よく言われる」


「違う意味で正常だ」


「それは……」




初めての理解者は大嫌いな場所の、大嫌いな組織の人間だった。




今思ってみれば彼も俺と同じで正常だった。


「僕にとって人間は二種類しかいない……正常な人間と異常な人間」


研究者である彼は時々、哲学的なことを言う人間だった。

その話は誰にも理解されないものだったらしかったが、俺が理解できることを知って嬉々と話していた。


「どちらも人間なんだ。でも、何かが違う……なんだと思う?」


「見方」


「そうだね」


答えれば楽しそうに続ける。

決して有意義とは言えない、無駄な時間を彼と過ごした。


「君や僕は異常だ。でも、僕たちは正常だと思っている」


「俺と貴方を一緒にしないでくれ」


根本的なものから違うのだから、と言えば苦笑いを浮かべ、すまないと反省の色も見せずに言った。


「でも、自分が異常であるのに、正常だと思っているのは同じだ。それが異なる種類のものだとしてもね」


こんなところにいるのも同じだ。

ただ、立場が違うだけで、いる場所は同じ。


「ある意味、君と僕の関係は僕たちとその他の人間の関係と酷似していると思うんだ」


地球という場所にいるのは同じなのに、人間は自分たちが普通だと認識していることと違うものがあると、それを異常だと思ってしまう。


「現に、僕たちは同じ異常者だけど、僕たちはそれが正常だと感じている。けれど、僕にとって君のそれは、やはり違うものなんだ」


「あたりまえだろ?貴方はただの人間の癖に、正常じゃない。俺は貴方の方が異常に見える」


「僕は化け物である君の方が異常に見える。でも、そう言い合っている僕らこそ、世界にとって異常なんだ」


理不尽ではないかい?


「だから僕がこうやって君たちのような化け物を研究しても、結局のところ同じ世界にいる人間だってことは結果として変わらないんだろうね」


「……やっぱり、貴方は変だ」


「そうだね、僕たちの間ならその言葉が一番しっくりくる。だから、あえて言うよ」




君は変わっている。




―――――――――――――





「おかえりなさい」



その言葉に心のどこかが温かくなるのを感じた。

懐かしいと感じることに違和感があるが、出迎えてくれた母の顔は覚えていられた。


「外国はどうだった?怪我はしなかった?」


「大丈夫だよ」


身体中を確かめるように見た後、安心したように息をつき、抱きしめられた。


「良かった……変わってなくて」


変わったよ。

いろいろなものに出会って、失って、拾って……

変わらないものなんかないんだ。


「よかった……」


そう呟く母の顔を俺は見れなかった。


「ごめん」


「なんで謝るの?何か悪い事でもしたの?」


したよ、たくさん。

良いことも、悪いことも……全部。


「俺はやっぱり異常なんだと思う」


小さい頃、正常だと思っていたのはただ、そう思いたいだけだったからだ。

世界のルールに従うならば、俺は「異常」だ。


「私には……ただの変な子にしか見えないわ」


「母さんは単純だ」


「そうかしら?悪いこと?」


「いや」


よくわからない。


「母親ってそういうものなの?」


「そうね、でも母親だからってわけじゃなくて、私は私として、風芽は風芽として、そうなんじゃないかと思うの」


「変なの」


「ふふふ、親子揃って変なのね。でも変わっていることって素敵なことよ?他の誰とも同じではないってことなんだから」





母さん、それは違うよ。





俺と母は違う。

母はこの世界では正常なんだと思う。

正常な人間の中で少し変わっているだけ。


けれど、俺は……




「そうだね」





そう考える俺はやはり異常なのだ。










―――――――――――――――――






「変わっているというのは美点だ」









「そう思うのは貴方だけだ」


「いやいや、多くの人間は平凡なものよりもスリルがある方に興味を示す……それと同じだよ」


「異常なことが?」


「異常と変、という言葉は似ているようで違う。君も分かっているだろう?」


「……」


「同じだが、違う。そう言った意味では僕たちのような関係に等しいね」


「なんでもかんでも俺と貴方を例にしないでほしい」


「だけど、君と僕ほど比較対象としてふさわしい存在はないと思うよ」


「身近にいるから、だろ」


「何が悪い?比較をするならより現実的に、より効率的にしなければいけない。それが君と僕だ」



「……そろそろ、時間なんじゃないのか?」



「おや、もうそんな時間か……残念だね。君との時間はとても有意義だ」


「そう思っているのは貴方だけだ」


「そうかい?ああ、そうだね。そんな枷をつけられた状態でされる話ではなかったね」


「こんなもの、枷にもなってない」


「ではなぜ君はここから出ようとしないんだ?いくらでも機会はあるだろうに」


「さぁ……なぜだろう」


「ぜひ逃げ出すときは僕に一言言ってくれよ」


「なぜ?」


「どうせ君はこの研究所ごと壊しつくしてから出ていくんだろ?」


「ああ」



「なら、僕は君に殺されたい」



「死にたいのか?」


「僕はここ以外では生きられない。目的がないからね。ここにいてこうして生きているのは君のような人間を探していたからだ」


「俺?」


「僕は異常だ。でもそれを分かってくれる君に出会えた。僕は満足だ。この会話も有意義だったけれど、君が出ていくのなら僕はもう存在している意味はないからね」


「満足なのか?」


「満足だよ。ああ、満足だとも。君が僕の言葉を理解してくれた。理解してくれる人間に出会えた。そのうえ、こうして会話することができた……生きている中で最高の時間だった」


「……わかった」


「ありがとう」


「お礼を言われることじゃないけどな」


「ははは、僕は変人らしいからね」


「それが貴方の普通なんだろ?」


「そうだね……普通だね……じゃあ」


「ああ」


「さようなら」












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