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現代ギルド  作者: あに
第1章 高校入学編
11/18

11 春雪




カサッ……


暗い道に転がる大きな瓦礫に一つの影があった。

手元には赤い紙があり、それをいじっている。


1つ折り、また折って。


「明日は雪にしよう」


そう言った手には小さな紙の花ができていた。

両手で掲げたその花を見て満足そうに微笑み、口づける。


静かに立ち上がると、地面にそっとそれを置いた。



「逃げるあなたが悪いの」



だから、逃げないでって言ったのに。



嘲うかのように呟く目の前には、大きな氷の塊が鎮座していた。



「兄様には秘密にしなくちゃ」



踵を返し背を向ける。

氷の塊は壊れることなく綺麗に凍りついている。


その中に"人間"を取り込んだまま……







―――――――――――――――――――










「新入生歓迎会?」


読んでいた本から目を放しそちらを向く。

楽しそうに陸奥が言ったのに首をかしげた。


「そ!部活紹介も兼ねてるらしいから、ぜひ!ってさ」


「部活か……」


部活は放課後や休日に主に活動するらしい。

興味はあるがギルドの依頼のことを考えるとそんな時間はないだろう。

悩んでいる風芽を見て陸奥は苦笑いを浮かべる。


「ってか、俺は部活は入らねぇけど」


何故、と聞けばバイトをするという。


「中学じゃバイト禁止だったからな。一人暮らしになったってのもあるけど、高校生になったからにはバリバリ稼ぐぜ!」


「そうか」


"普通"のアルバイトは高校生からか。

たしか、"時給"とかで金額が決まるってきいたな……と風芽は思い出した。


「ぶっちゃけ、ギルドに登録した方が稼げるんだろうけどさ」


「ギルド?」


陸奥からその言葉が出るとは思っていなかったため、思わずきき返す。


「結構流行ってんだぜ?楽に金が稼げて、自分で仕事が選べるって。まぁ、ライセンスとるのが難しいらしい」


「流行っているって、学生の間でか?」


「らしいなー……うちの学校の生徒でも何人かライセンス取ったってやつがいるんだってさ」



日本はそこまでレベルが下がっているのか、それとも平和なのか。

風芽のギルドライセンスはアメリカで取得したものだ。

治安の悪い地域の支部で取ったもので、そうそうとれる人間はいなかった。

軽々ととれるものでないことは知っているし、国や地域で依頼の難度に差があることもわかっている。


風芽にとってギルドの依頼はバイトのように簡単なものだ。


しかし、それは"風芽"であるが故のことであり、"普通"の学生が簡単に取れるのはおかしい。



「陸奥は興味あるのか?」


「興味はーない!って言ったら嘘になるけど、やろうとは思わねぇよ」


「その方がいい」


陸奥は普通の学生でいい。


「ん?」


「いや、歓迎会は行かなくてもいいかなと」


「だなー、あ!神楽さんと咲ちゃん誘って遊びに行くとか!」


鏡と陸奥を会わせてからなぜか意気投合したらしく、いつの間にかアドレスを交換していた。

学生生活で重要な友人である陸奥にちょっかいを掛けるようならば、と策をいくつか考えたが、純粋に男同士(?)で気が合うようだった。


「鏡は大丈夫だろうけど、咲はどうだろうな」


「メールしてみるわ」


あの鏡のことだ。

部活なんて面倒なものに入るくらいなら例の能力者を探さすだろう。

それと比べ、咲は芸能科の所属だ。

いろいろ忙しそうなカリキュラムが組まれているのを彼女から聞いていたため、無理なのではないだろうか。


メールを打つ陸奥がふと手を止めた。

開いていた窓から冷たい風が入ってくる。


「しっかし、今日は寒ぃな。雪でも降りそう」


もう春なのにな、と呟きながら携帯操作を始める。

風芽は曇った空を見て目を細めた。


春の暖かい風は今は吹いていない。


「あ」


陸奥が持っていた携帯の画面に白い綿のようなものがついていた。

顔を上げれば空から次々に降り注ぐ。






「雪だ」








―――――――――――――――――








「ぶぇっくしょい!」





その美少女のくしゃみはオヤジのものだった。


「あー、ちくしょう」


「陸奥がいなくてよかったな」


学校が終わり、なぜか校門で待ち伏せてた鏡と下校することになった。

陸奥はバイトの面接時間が変わり、急いで学校を出たためここにはいない。

鏡が一緒だということで残念がっていたが背に腹は代えられなかったらしい。

空を見上げる、というより睨みつける鏡。


「もう四月だぜ?なのに雪とか冗談じゃねぇよ」


隣を歩く鏡は少々ガニ股気味で、途中で購入したマフラーに顔を埋めている。


「寒いのは苦手か?」


「俺、南の方の生まれでさ……寒いのより暑い方がまだ我慢できる」


手が悴む、とポケットに手をつっこみ、再びくしゃみをした。

元泥棒の面影も何もないその姿に風芽は白いため息をつく。

そういえば俺が寒い地域にいるとき、訪ねてくる姿はいつも重装備だったような。


「お前は平気そうだな」


白い息を吐いているが、平然と手をさらしたまま歩く風芽を恨めしそうに見上げる鏡。


「これくらいは、な。慣れている」


「なんかむかつく」


ずずーっと鼻を吸い上げ、下がったマフラーをつまんであげる。


「もうちょっと女らしくしたらどうだ?」


「俺は男だ!」


「今は女だろう」


その言葉に言葉を失い、ますますマフラーに顔が埋まっていった。


「いつもは女の振りしてんだ。今ぐらい素でいてもいいだろうが」


鏡に親家族はいない。

小さな国の路地裏で隠れて育ったらしい。

人攫いが溢れていたその地で、安眠を許されない生活を送っていた鏡にとって安心できる場所はない。


泥棒、という職業柄友人も何も無く、初めてまともに知り合いになったのは風芽が初めてだという。


「(その点でいえば俺は幸せなのかもしれない)」


「ぶえっくしょーい!あー、肉まんでも買ってくか」


「……」


こいつに同情というものは不要のようだ。

呆れていると、どうしたー、とコンビニに入ろうとしている鏡に呼ばれる。


「肉まん奢れよ」


「断る」


「金有り余ってんだろー?」


ギルドの依頼はランクで金額が大幅に違う。

Fランクなどの低さだと何千円というレベルだが、Bランクからは動く金額がかなり大きい。

そんな多額の報酬をもらえる依頼を風芽はこなしてきている。

しかもそれは武器の購入や携帯電話の買い替えなどにしか使わない為、ギルドの口座に国家予算以上の金額が眠っている。


「人にたかるな元泥棒」


「今は休業中だから儲けがねぇんだよ」


鏡は元泥棒で、ギルドのブラックリストにのっていたほどの人物。

今ではギルドに投降し更生プログラムを受けたことで一般人と変わらない扱いとなっている。

ギルドに入ることもできるが、本人が言うに「空気が嫌い」らしい。


更生プログラムというのはギルド内にある更生機関のようなものだ。

管理局にも矯正プログラムはあるが、それは能力者限定のものであり、無能力者の鏡はギルドの更生プログラムを受けた。

更生プログラムを無事終了させれば、ギルドの監視下で通常の生活を送ることができる。


鏡が完全に更生したかどうかはわからないが、今は自分が元の姿に戻れるならなんでもいいと従っている。


「君に使う金はない」


「ケチ」


肉まんを購入している鏡をコンビニの透明な壁越しに見ながら、しんしんと降る雪を手に乗せる。

体温で溶けてなくなるのを見る。


「やっぱり……」


この時期に雪はないだろ。


「むぐむぐ、もぐひふぁ(どうした)?」


「さっさと帰るぞ」


「もがっ」


気温のせいではない寒気が走り、早歩きでコンビニを離れた。

後ろを急いで鏡がついてくるのがわかる。


雪のせいで駅までのバスが運休している。

いきなりの降雪で鎖の準備もできなかったのだろう、ほとんどの生徒が歩きか迎えの車を呼んで帰宅。


ギルド支部に寄らない時はバスを利用している風芽も鏡も歩きだ。


さっきからぶーぶーと文句を言っていた鏡も肉まんにかじりついて大人しくなった。


「なんか、また寒くなってねぇか?」


うっすらと白かった息が濃くなり、気温が下がった。





ふと、静かな周囲の一方向から嗅ぎなれた匂いが漂ってきた。





鉄の匂い……




いや、『血』の匂いだ。





「鏡」


「んぁ?」


鼻をズーズーとすっている鏡は鼻が詰まっていて匂いがわからないのだろう。

それに、覚えのある気配に風芽は駅とは別の道に足を進めた。


廃ビルが建つ道に入るとさらに気温が下がった気がする。

鳥肌が立つのを感じて鏡は身震いをした。


鏡は立ち止まり、足元に何かが落ちているのを見つけた。


「なんだこれ……折り紙か?」


手に取ったそれはちいさな青い紙で折られた花だった。


「鏡」


「んだよ!」


「伏せろ」






ドゴォオオオオオン!





反射的に伏せるようにしてしゃがんだ鏡の頭上を何かが通過し、壁に激突した。

パラパラとコンクリートの埃が鏡に降り注ぐ。


「な……」


上を見ればそこに刺さっていたのは巨大な氷の塊……氷柱だった。

鋭くとがった先端はコンクリートに突き刺さり、日々ひとつないそれに息を飲む。



兄様(あにさま)



凛とした声が風芽の横から発せられた。

驚きもしない風芽の腕にからみつくように抱きつく少女。


「会いたかった、兄様」


織華(おりはな)


天然の薄いクリーム色の髪がふわりと舞う雪のように揺れ、ほんのりと頬を赤くしている。

しかし眼は鏡を睨んだまま笑っていなかった。


「織華は寂しかった。兄様は寂しかった?」


潤んだ目で風芽を見上げ、尋ねる少女、織華。


「この雪はお前だろ」


彼女の質問に答えることなく、風芽は言った。

くしゃみをしながら立ち上がる鏡ははっとした表情で振り向く。

つまらなそうに眉を下げる少女が頬を膨らませる。


「兄様に見せようと思って……それで……」


「お前は無暗に能力は使うなと言っただろ」


「だって」


「今は春だ。わかってるだろう?」


桜は散り、花には雪が積もっている。

今日の雪はイレギュラーすぎる。


風芽の厳しい言葉に織華は言葉に詰まった。

目に涙をため、俯く織華を見て風芽は形のいい眉を下げた。


そして、俯く織華の頭に手を乗せる。


「能力が上がったのはお前を見ればわかる。」


「兄様……」


「こんのぉ……」







「雪女ぁあああああ!」






「きゃふっ!」


ばしっと大きな音と共に織華の後頭部に鏡の強烈なビンタが入った。

額に怒りマークが浮かんでいるのが見えるほどに鏡はガルルと威嚇している。


「てめぇが能力でこの雪降らせたのか!ってかさっきの氷柱はなんだぁ?!」


殺す気か、と怒鳴る鏡に、織華は冷たい視線を向ける。


「黙れオカマ、兄様に唾を飛ばすな」


風芽を庇うようにして立ち、舌を出す。

挑発するような行動に持っていた肉まんを握りつぶされた。


「この(あま)ぁ……」


「鏡、こいつは織華。凍結のSAI能力者だ。織華、こっちは鏡。女に見えるけど男だ」


「オカマ」


「オカマじゃねぇっていってんだろ!」


「女装男」


「い、いい度胸じゃねぇか……」


「死ぬ?」


一触即発とはこのことだろうか、と風芽は考えたがそれも一瞬で、すぐに二人の間に入る。


「織華、すぐに雪を止ませろ」


「……」


「ぶぇっくし!」


雪はやむことなく降り続いている。

織華の能力は強力であるがまだ成長過程で、局地的に雪を降らせるくらいまで強くなっていた。

空気中の水分を凍結させて氷を作るのを得意としているが、強力なものになると人間をそのまま凍らせてしまうこともできる。

人間を構成する水分は60パーセントあるといわれている。

そのすべてを凍らせれば、人間の死など早いものだ。


しかし、このまま雪が降り続けば生態系が崩れてしまう。


「織華」


「ごめんなさい」


バツの悪そうな表情を浮かべ再び俯いてしまった。

風芽はそれを見てため息をついた。


「……止められないなら最初からするな」


「ごめん、なさい」


「ま、まさか」


嫌な予感がした鏡は鼻水を垂らし、風芽を見上げる。





「最低でも明日中には止むだろ」





それを聞いた鏡が雪のように真っ白になって凍りついたのだった。












「つか、そこに磔になってる半裸の男は何?」


織華が出てきた方向に壁に両手両足に釘のような氷をつきたてられて磔にされている男がいるのを鏡が見つけた。


「はぐれの能力者。大丈夫、殺してないから。兄様と約束」


「ちゃんと守っているのか?」


「う、うん」


不安そうに眼を逸らす織華に呆れながらも男を見る。

開かれた両手の中心に鋭い氷柱が刺さり、首はぐったりとうなだれているが気を失っているだけだ。

髪を掴んで顔を見るとはぐれの能力者のデータベースにあった顔と一致した。


「管理局には?」


「どうでもいい」


「……俺がやっておく」


「ぶぇっくし!」


「下品」


「うっせぇ」


「野蛮」


「ぐぬぬぬ……風芽ぇ、こいつぶん殴っていいか?」


「勝手にしてくれ」


「兄様、織華とご飯食べに行こう」


「だめだ。母さんが家で待ってる」


「マザコン(ぼそっ)」


「なんだ?女男」


「お母様に挨拶……」


「織華、家には入れないからな」









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